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【062】 かもねぎ音頭

    【このブログの目次はこちら】

    (写真は鴨南蛮)

    銀座八丁 ネオンが灯りゃ
    客がくるくる ミニクラブ ミニクラブ
    鼻下五センチ どばっとのばして
    鴨がネギしょって やってくる やってくる
    『かもねぎ音頭』(作詞:吉岡オサム)


    私は、1972年発表の中川レオ版はリアルタイムで聞いておらず、この歌を知ったのは、2008年の渚ようこ版『カモネギ音頭』である。

    鴨が葱を背負しょってくる

    この諺がいつ頃からあるのかは分からない。鴨がネギしょってやってくれば、鴨鍋がすぐにできるという好都合な状況だ。カモは「カモられる」など不遇なトリである。

    さて、チキン南蛮は酢漬けなのに、なぜカモ南蛮はネギなのか?

    これも「【060】 チキン南蛮タルタルとは何か?」で説明したのと同じく、南蛮人が好んでネギを食べたことに由来するらしい。どうもしっくりこないが、スペインには「カルソッソ」と呼ばれるネギがあり、大食い祭りまであるので、ネギ好きは本当なのかも知れない。

    ネギの日本初出は『日本書紀』で、「巻第十五 清寧天皇 仁賢天皇」に以下記載がある。

    秋葱之轉雙雙 重也納 可思惟矣

    秋葱あききの転双納いやふたごもりのように、思惟おもう可べし矣かな。

    転双納いやふたごもり=二つのものが一つに包まれている状態。

    二本のネギが包まれている=二重の苦しみ、別れられない苦しみ、などのいくつかの解釈があるようだ。

    ネギがチャイナやコリアから齎された云々なる根拠なき珍説が流布されているが、私は日本古来から自生し栽培も行われていたと考える。なぜならネギは大和言葉だから。古名は葱きで、平安時代の宮中の女房詞にょうぼうことばでは、一文字ひともじとも呼ばれた。

    ただし庶民にネギ食が普及したのは江戸時代以降だと考えている。理由は、江戸時代より前の日本人の食習慣は、仏教の戒律を守っていたから。

    仏教の禁葷食きんくんしょくに、五葷ごくんがある。

    葱:ねぎ
    韮:にら
    葫:ひる
    蒜:にんにく
    薤:らっきょう

    現代ではどの植物を指すのかは明らかではないが、いわゆる臭においのキツいネギ類だ。ネギ類の総称は「なまぐさ」であり、戒律を守らない僧=なまぐさ坊主、である。

    江戸時代には仏教信仰がかなり薄れたため、五葷ごくんが禁忌ではなくなったのではなかろうか、そしてネギ類の薬味が一般化し、蕎麦や寿司などが発展していったのだろう、と推察している。

    「【059】 うっせえ! うっせえ! うっせえ! うっせえ!」で説明したように、葫ひる、胡葱あさつきには「胡コ」を含むので、チャイナにとっての外来種であることが推察できる。

    次は「胡椒」を見てみよう。柚子胡椒は、なぜコショウ?

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    Amazon Kindle でトリに関する本や写真集を出版しています。 昭和後期のサブカルチャーの研究をライフワークにしています。

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