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『海の帝国オキナガの逆襲 〜白村江(はくすきのえ)の幻影〜』

    第一話:呪われたシステム


    その日、杜(もり)は死んだ……。

    白村江(はくすきのえ)の海で、オオアマの率いるオキナガの無敵艦隊が全滅したとの報が、ついにナカノオオエの元に届けられた。

    その知らせを聞いた彼は、カマタリこと百済(くだら)の王子ホウショウと静かに目を合わせ、してやったりとほくそ笑んでいた。
    「ついに……やったぞ」
    あの憎きオオアマを、誇り高き筑紫(ちくし)の艦隊もろとも海のもずくとしてやったのだ。これでもう、彼の邪魔をする者は、このヤマトのどこを探しても誰一人としていなくなった。

    ナカノオオエ。伝統ある「豊(トヨ)の杜」のヒメミコたちに溺愛されて育った彼は、まさに裸の王様だった。
    なんといっても、彼は最高位のヒメミコの杜である「豊の杜」の巫女長、トヨヒタラシヒメの愛息子。幼い時から「ヒコ様、ヒコ様」とおだてられ、何でも思うように運んでもらいながら成長してしまったのだ。

    だが、その豊の杜が誇る「格式」の裏には、目を背けたくなるような深い劣等感と、前時代の怨念が渦巻いていた。

    かつてヤマトには、二つの巨大な聖域による絶対のルールがあった。

    豊の杜(比売の杜): 精神と格式の頂点。

    筑紫の杜(比孤の杜): 武力と実力の頂点。

    本来のルールでは、ヒメミコの格式はトヨが上、ヒコの武力はチクシが上。この二つが揃って初めて「ヤマトの王」が出るはずだった。
    かつての大王・欽明(きんめい)は、そのバランスを命がけでとり続けた男だった。右手に筑紫(オキナガ)の血筋を抱え、左手に急速に台頭してきた貿易の杜「商」の血を引く蘇我を抱え、薄氷を踏むような婚姻政策で東西の激突を抑え込んでいた。

    しかし、欽明という安全弁が死んだ瞬間、東西の杜は激しく牽制し合い、一触即発の膠着状態に陥った。
    その狭間を、蘇我のトップ・蘇我稲目(そがのいなめ)の冷徹な野望に突かれたのだ。

    「お互いに血を流すのはやめましょう。東西どちらの杜にも関係のない、欽明様の残された中立なお子様を王に立てるのが、一番の平和です」

    稲目の提案に、トヨもチクシも「相手が王になるくらいなら無害なお飾りのほうがマシだ」と妥協し、同意してしまった。その罠によってヤマトの王座に就かされたのが、稲目の娘を母に持つ少女、カシキヤヒメ(後の推古天皇)だった。

    それが、すべての悲劇の始まりだった。
    カシキヤヒメを待っていたのは、完全なお飾りという名の「窒息」だった。

    格式のトヨ、実力のチクシの狭間で、自分を支える伝統もなければ軍事力もない。ただ蘇我の操り人形として座らされているだけの孤独のなかで、彼女の精神はすり潰され、心は死んでいった。

    血のつながらない先代カシキヤヒメが窒息しながら死んでいく姿を、豊の杜の人々は恐怖と怒りを共に見つめていた。ナカノオオエの母トヨヒタラシヒメは、そのカシキヤヒメの晴らせぬ怨念を我が子に吹き込み続けた。

    「我が豊の杜こそが格式最高位。蘇我の泥に汚された王座を正し、いつかあの傲慢な筑紫を見返して、この杜を世界の中心にするのです」

    それは呪いのような英才教育だった。ナカノオオエが「豊のヒコ」として傲慢に育ったのは、この剥き出しの劣等感の反動だった。


    次回、「第二話:引き裂かれた初恋」に続く

     
     
    「今を、明日を、どう生きるか」自分の時間を自分らしく過ごすためのツールとして、noteにファンタジー小説を綴っていきたいと思います。「はてなブログ」にも掲載中…来てね😊

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