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靜寂を、建おる。

    ヌ芭蕉の県ず祖父の背䞭ず犅ずクラニオ、靜けさを知った倧工は䜕を建おるかヌ

    私の故郷には、束尟芭蕉が居た。
    立石寺ずいう、巚倧な岩々ず長い長い石段で有名なお寺のある小さな門前町、山寺。山ず、岩ず、川ず、寺ず、小埄ず、叀い鉄道ずが、絶劙に織りなす靜かな絵画のような颚景。仙台ぞず続く、未舗装の现く長い峠道を通る者はもう居らず、列車が吞い蟌たれおいくトンネルを陀いおは、行き止たりの小さな谷だ。母の生たれ育った故郷であり、産たれおからの短い間、私が産湯に浞かった土地である。
    そしおこの山寺は、芭蕉が圌の名句のひず぀を残した堎所でもある。

    閑さや
    岩にしみ入る
    蝉の声

    い぀この句に觊れたのかもう芚えおはいないが、切っおも切り離せないほど、山寺ずいう土地にしみ入った句である。あの長い石段の途䞭に据えられた、この句を刻んだ蚘念碑が、あらゆる方向から沞き立぀蝉たちの鳎き声の底にひっそりず立ち、蚪れる人々を今でも、芭蕉の涌しげな心ず繋げおいる。
    私もあの叀びた石段 ヌ䞁寧にそれを積み䞊げた人々の手ず通り過ぎおいった無数の人々の脚を感じさせるあの石段ヌ を自ら登り降りし、あの蝉の声に包たれあの巚倧な岩々を芋䞊げたものだ。

    色々なこずに片っ端から「なぜ」を向けおいるような子䟛だった私だが、この句は䜕の抵抗も違和感もないたたに、幌い私の心にも沁み入った。
    それはきっず、この句がたさにありのたたの情景を捕らえおいるからなのだず思う。いたはもう、倧奜きだった祖父母も亡くなっおしたったが、山寺が湛える閑さ(しずかさ)は、時を超えお続いおいくのだず、䜕癟幎も前に芭蕉が詠んだその句が私に告げる。

    䞭孊に䞊がるたで毎幎のように、倏の間は祖父母の暮らすこの山寺で過ごしおいた私にずっおは、䞡芪ず暮らす江戞川のほずりのベッドタりンは、既成品でできた灰色のコンクリヌトゞャングルだった。
    そんな私が、山寺で倧人たちが䞍思議がるくらいに奜きだったのは、埓兄匟達ず遊ぶこずよりも、叔父や叔母に街ぞ連れお行っおもらうこずよりも、䜕よりも祖父の埌に付いお回るこずだった。
    祖父は独孊で怎茞や滑子の栜培斜蚭「ハりス」ず私たち家族は呌んでいたを建おおおり、圓時はそこで䞀人で栜培仕事に勀しんでいた。怎茞甚の原朚をチェヌン゜ヌで切り揃え、それを倧きな氎槜にゎロゎロず沈め、手䜜りの無菌宀でひずり黙々ず皮菌を打ち、長い長い棚ぞ䞊べお氎を撒く。私はそこぞ付いお行っお、滑子の菌床朚箱ず䞀緒に゚ンゞン匏の運搬車に茉せおもらったり、冬には皮菌を培逊するための狭い暗宀で祖父が焚く倧きな薪ストヌブにあたったり、その既成品ではない䞖界を探玢しお廻るのが倧奜きだったのだ。
    祖父は同時に、立石寺鎮守神であった山寺日枝神瀟の宮叞を務めおおり、私はそこぞも付いお行っお、拝殿に入れおもらい、烏垜子に狩衣の神職姿の祖父が、厳かに倧幣を振っお埡祈祷したり祝詞を読み䞊げたりするのを、じっず眺めおいたこずもあった。

    ハりスでも、神瀟でも、祖父は黙々ず働いた。その背䞭はい぀も、靜けさを湛えお真っ盎ぐに䌞びおいた。曞斎代わりの自宅の客間で新聞を読む時も、倜明けに小屋の二階で豆乳を䜜る時も、その靜かな背䞭は、他の倧人たちのそれずはたったく違う䞖界に属しおいるかのようだった。

    酒も奜きだった祖父は、蚪ねおきた客ず呑むず必ず䞊機嫌で喋り続けた。自分がしおきたあれこれ、自分が孊んできたあれこれに぀いお、時には神劙に、そうでなければ嬉しそうに、満面の笑みを湛えお長々ず語るのだった。そんな調子だから、倧抵は自慢奜きの話奜きず思われおいた気がする。しかしその実、日垞での圌は、幌い私が芋おいたどの倧人よりも靜かで、本物だった。

    倚くの人は、靜かなものを芋るず、情報の䞍圚ずしおスキップする。目立぀もの、匷調されたもの、意味を芋出せるもの、私たちの耳目はそういうものを探しお、それらにラベルを付けお廻っお䞖界を理解しおいくのではないだろうか。
    しかしだからこそ私には、幌い頃から、靜けさの方こそ珍しく貎重に感じられた。

    靜かであるず感じるのは、䜕故なのか。
    その奜奇心を満たすには、考えるこずの前に、靜けさずいう無圢のものの、その質感を味わうこずから始める必芁がある。
    祖父の䜜った堎所はどこも靜かだった。旅通颚の間取りを斜された自宅も、朚補の急な階段を降ろした小屋も、林道の先に珟れる小さなキャンパスのようなハりスも。だがそれら手造りの建物たち以䞊に、それら靜かな堎に眮かれた、祖父ずいう存圚の靜かさの方が、私には䞍思議か぀魅力的だった。

    蚀葉では衚せないし理解もし切れない、けれど靜かな堎で靜かな人の傍に居るず、靜けさに觊れられる感じがする。
    早熟にしお頭の䞭が蚀葉で䞀杯だった幌い私にずっおはきっず、黙々ず働き、あるいは靜かに坐っおいる祖父を眺めおいる時間は、蚀葉が消えお靜けさに盎接觊れられる、特別な時間だったのではないかず思う。
    神瀟、ハりス、客間、倜明けの小屋、秘密の園のような銀杏畑、林道をガタコトず進むゞヌプの車内。䜕凊であっおも、幌い私は祖父の傍で、尜きるこずのない靜けさに觊れお安心しお居られた。

    その靜けさの感觊は、芭蕉の䞀句ず盞俟っお、その埌の長い遍歎の䞭で䞖界を広げおいった私の、足堎であり、錚(いかり)であり、決しお沈たぬ北極星であり続けた。
    振り返っおみれば、仄暗い海の底から剥き出しの倪陜が昇る空の䞊たで、煙草の煙に霞むバヌカりンタヌの䞭から森林限界を超えた山の頂䞊たで、郜䌚の路䞊から異囜の聖地たで、この身を投じたあらゆる皮類のあらゆる堎所で、私がその靜けさの感觊を芋倱うこずは無かった。いや、芋倱う瞬間はあっただろう。感情の波に呑たれれば、い぀でもすぐに芋倱うのが人間である。しかし自分が立ち返りさえすれば、䜕凊にあっおも靜けさは圚るのだった。

    そう、靜けさは造られるものでも生たれるものでもない。
    靜けさは圚るのだ。
    それを感じずる機䌚は、堎ず自分、他者ず自分、自分ず自分、぀たり垞に生じ続ける䞖界ずの出䌚いの䞭にある。

    音の量で蚀えば到底靜かだずは蚀えないあの山寺の蝉の声も、䞖界ずの出䌚いを芳おいる意識にずっおはノむズずはならない。
    芭蕉が時代を超えお远随を蚱さない俳聖であり続けるのは、圌のその、䞖界ずの出䌚いを捕える感芚の鋭さがあったからこそではないだろうか。
    蝉の声に囲たれお巚岩を芋䞊げたかもしれない芭蕉が、立ち止たっお懐から出したのはきっずたっさらの玙きれだったろう。私たちは、代わりにポケットからスマホを取り出しおしたわないだろうか。そこでスクリヌンに目を奪われおしたったら、蝉の声はきっず耐え難いノむズになるだろう。
    私たちを靜けさから遠ざけるのは、蝉の声でもうだる暑さでもない。その堎で起きおいる䞖界ずの出䌚いを捕える感芚を、それを芳る県を閉じおしたうこず。
    目を奪うスクリヌン、暑さや蝉を嫌がる思考や感情。意味を、䟡倀を、ラベルを探す慣性。そういうものが私たちの「芳る県」を閉じおしたう。

    その県をしっかりず開いお生きるこずを願うようになっお、私の遍歎は䞖界を広げおいくこずよりも、深めおいくこずぞず収束しおいった。犅、ノィパッサナヌ、クラニオ。自らが靜けさに接続し続けるこずを芁求する様々な蚓緎を通しお、祖父の傍で感じおいた靜けさが、䜕凊にあっおも觊れられるものなのだず知るに至った。䞀期䞀䌚の䞖界ずの出䌚いを芋぀める県を開き続ける術を私は䜓埗しおきた。

    結果ずしお犀の角のように歩むこずになった私のその道のりは、しかしたったくの孀独を貫く道では決しおなかった。手本ずなる他者から孊び、その䜓隓を手掛かりに進んでいく。
    修行の途䞊で幟床も、その身を以お靜けさに觊れおいる先達方ず共に坐る機䌚に䞎った。それらの䜓隓は、たずその堎においお私を匕き䞊げおくれたし、その埌においおは灯台のように私の珟圚地を教えおくれた。有難いこずに、逆に私が他者にずっおの灯台ずなれたこずもあった。
    背に仲間や垫の手を添えられお、恐れや䞍安や叀傷を乗り越えたこずもあった。

    しかし人生の悪戯が私を最埌に導いたのは、芚悟を決めお叩いた仏門の䞭ではなく、倧工ずいう仕事だった。
    未知の䞖界ではあったが、感觊を頌り、重心を調え、力を入れ、重量を支えするその仕事は、粟神修行の末に郜䌚を離れお隠遁した身には、身䜓を䜿っおこそ孊べるこずの倚い有り難いものである。
    さらには予算を螏たえ、手順を考え、構造の力孊を捉え、玠材の癖を掻かす。考えるこずは山ほどあり、しかし手元ぞの集䞭は欠かせない。様々な制玄の䞭で工倫をこらし、墚を打ち、朚を削り、打ち蟌み、組み䞊げる。造る䞭でもやはり靜けさに觊れおいるこずは助けになる。しかし造る空間の圢ず質感が人の心に圱響を䞎える様を芳察しおいるず、その空間が山寺の石段や巚石や蝉の声のように靜けさを浮き䞊がらせるのか、あるいはスマホの画面や情報で䞀杯の郜䌚の景色のように靜けさを隠すのかを、芳おいる自分がいる。

    建おるずはどういうこずなのか。
    もちろん、石や朚や鉄を䜿っお、屋根ず壁ず床ず窓ず扉のある建物を組み䞊げるこずではある。
    しかし、人が共に存圚する堎を保ち支える蚓緎もしおきた私には、「堎」ずいうものを䜜り出すこずが「建おる」こずだずも思える。私ずいう存圚、そしお同垭する人の存圚、それらが柱ずなっお生じる「堎」。
    もちろん、そこに朚石で組たれた噚が䞎えおくれるものがある。しかしその噚は「堎」の栞心ではないず、山寺の祖父の傍で靜けさに抱かれおいた幌い自分の感芚を尋ねおいた、私は思う。

    噚の質やそれをずり巻く環境の質。そしお同垭する他者の存圚の質。条件さえ調えば、特別な修行や蚓緎を経なくおも、人は靜けさに盎に觊れるこずができるのではないか。たさに幌い私がそうだったように。

    䜕幎も郜䌚を離れお過ごしたが、時代の流れが加速し、瀟䌚の速床も加速し、人々の意識も加速しおいくであろういた、私は敢えおこの隠遁の靜寂から離れた郜䌚の䞭で、建おたいず願う。土地を手に入れ建物を建おるこずはできなくずも、然るべき噚に、誰もが靜けさに觊れ、それを共に味わい、その䞭で自らに再䌚できる堎を。

    靜寂を、建おる。

    人生の半ばにしお、隠遁の果おに発起した誓願である。



     
     
    瞑想家、クラニオセむクラル・セラピスト、倧工。 意識の芳照、生呜ぞの傟聎、空間の構築。それらが亀差する焊点で、あなたの倉容を支える。 ここでは䞀根の柱ずしお、「柱の蚘(しるし)」を蚘したす。 靜智庵 広間「芳乃座」→https://kannoza-lp.jochian.com

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