
正解がわからない
人間だれしも自分ではどうすれば良いかわからない事ってあると思う。その時は、自分で調べたり、人に聞くとかすると思う。いわば”相談”をする。
僕の場合、就活に失敗して、ニートひきこもり状態になった。自分ではどうにかするのは難しい状況でもある。だから相談しに行く。就活のことを相談するときに、どんな状況だったのか、死したくなったことも話す。それを何度も説明することは結構苦しい。なので一度説明したところですべてを解決してほしい。もしその場所よりも適切な場所があるのなら、その場所を紹介してくれればいい。何もしない、放置することはあってはならないと思うけれど、その相談先が相談しても無視をする、放置をする現実がある。
地域若者サポートステーション(サポステ)に相談したけれど、僕は今放置されている。いくら連絡しても返答がない。サポステは厚生労働省委託事業だから、厚生労働省にも相談した。労働局にも連絡した。でも解決していない。3年ほど、何も進まないままひきこもらされている。
相談しに行くのも勇気のいることです。簡単じゃありません。でも勇気を出して相談に行ったのに裏切られました。言いたくもない個人情報も結構言っています、それは支援を受ける為です。なのに放置されています。何のために行ったのでしょうか?相談したのでしょうか。すべてが無駄でした。
長いこと、無職の期間があるので普通に就職するのは難しいです。サポステには職場体験というのがあり、それを通じて就労したいと考えている(考えていた)。自分なりに自立するための行動を起こしていた。
その気持ちを、気力を、裏切られて失った。
自分ではできないからこそ、周りを頼る。
自転車に乗れるようになる時みたいに、はじめは補助してもらってから徐々に一人で出来るようになれば…と思っていた。
その考えは間違っていたのだろうか。ほかに方法があったとも思えない。サポステのことに関しては、他のサポステ、ひきこもり支援施設、地元の行政、労働局、厚生労働省に連絡している。それでも解決しない。連絡しても返信すら寄越さないところもある。
自分で出来ることはやり切った感がある。
生きようとして苦しんだ。もし、最初から自立をあきらめてひきこもりでい続ければ、苦しむことはなかった。何もしなければよかったのだろうか。ひきこもり続ければよかったのだろうか?
そんなこんなで生きたくなくなった。頑張っても意味がないのなら苦しみを感じる必要はない。生きることが苦しみだから楽に死にたい。
心の病気とかではないです。現実が死んだほうがマシな状況です。
行動した。
相談した。
そして、
放置され、
無理され、
苦しんだ。
何が正解なのだろう。
僕にはわからない。