
英語で冗談を言うために
海外のレストランで働いていた頃、厨房にはいつも笑いがあった。
ディナーのラッシュが終わった後の、あの弛緩した空気。
フライパンを洗いながら、同僚たちが冗談を飛ばし合っている。
私は、いつも笑う側だった。
英語のジョークを聞いて、理解して、笑う。
それはできるようになっていた。
最初は何が面白いのかすらわからなかったけど、数ヶ月もいれば、厨房のノリにはだいぶ慣れた。
でも、笑う側と笑わせる側には、巨大な溝がある。
笑う側は、受け身でいい。理解すればいい。
笑わせる側は、ゼロから生み出さないといけない。
この溝を、ずっと越えられなかった。
日本語なら、冗談を言える。
大した冗談じゃない。
でも、場が和む程度のことは言える。
英語では、それすらできなかった。
ある夜、挑戦した。
仕込み中、同僚が巨大なカボチャを抱えてきた。
笑いのチャンスだ。
日本語なら「それカボチャ? お前の頭かと思った」くらいの軽口が言える。
英語に変換すた。
盛大に滑った。
何がダメだったのかわからない。
まずもって、文化的にそのタイプのイジリが合っていなかった。
日本の厨房では、外見をネタにする軽口は日常だ。「お前太った?」「お前の方がデカいだろ」みたいなやりとりは、親しさの証。
でも英語圏では、外見ネタは慎重に扱わないといけない。
親しい間柄でも、言い方を間違えると笑いじゃなくて気まずさが生まれる。
文法じゃない。
文化を間違えたのだ。
ある時気づいた。
日本語で面白いことを考えて英語に直す、というプロセスを捨てた。
代わりに、目の前の状況に反応するようにした。
同僚がステーキを焼きすぎたとき。
「Congratulations. You just made beef jerky.」
おめでとう。ビーフジャーキーの完成だ。
同僚が笑った。
大した冗談じゃない。
でも、「その場の空気」から生まれた言葉だから、ちゃんと届く。
もうひとつ気づいたことがある。
英語の厨房ユーモアには、パターンがある。
ひとつは、大げさに言うこと(Exaggeration)。
もうひとつは、自虐(Self-deprecation)。
自分をネタにする。これは日本の笑いとも共通している。
少しずつ、厨房で笑いを取れる場面が増えていった。
滑ったときの対処法も覚えた。
「It's not my day.」
今日はついてない。
レストランを辞める最後の夜。
片付けの後、みんなでビールを飲んだ。
スーシェフが言った。
「You know what I'm going to miss? Your humor. 」
何が寂しくなるか知ってる? お前のあのユーモア。
英語で冗談を言えるようになるまで、半年以上かかった。
笑わせることは、最高のsmall talkだ。
一発の冗談で、距離が縮まる。
滑ったら、「It was not my day.」と自分で認める。
完璧な英語は要らないらしい。