
ロケット人間は止まれない
人間の中には、グライダーと飛行機がいる。
群れることを知らず、思うがままに空を飛ぶタイプと、きっちりかっちりお手本通りを好む保守タイプだ。両者は時にどちらが優秀か競い合い、時に互いにないものを羨んできた。
だが、人間にはもう一つ別種のタイプがあることを忘れてはいけない。
それがロケット人間だ。
最も速く空を突き抜け、誰も知らない高みを目指す理想家。
ロケット人間を見抜くのは難しくない。彼らは常に考え事をしていて、息をするように努力する真面目人間だからだ。
ロケットが目的地めがけて真っ直ぐ飛んでいくように、ロケット人間も目標以外のことに見向きもしない。興味を持とうと思うことすらない。
まこと薄情なことである。
また、ロケットが発射前によくわからない計算をたくさんするように、ロケット人間は対人関係を計算している。
彼らの頭では、発射角度の代わりに大量の会話がシミュレーションされていて、これが1番失敗しないだろう、という確信が得られたことしか話さない。
ロケットと一緒で、計算ミスイコール死なのだ。
だから、ロケット人間の中には、無口なくせに時折えげつないひと言を放つ謎の存在、と距離を置かれている奴もいる。
努力家で真面目なロケット人間だが、グライダーや飛行機同様彼らにも弱点がある。
ロケットにはブレーキがない。
一度火をつけたら最後、止まるのは燃料がなくなったときである。
燃料がなくなったロケットはどうなる?
孤立無援の宇宙で迷子になるか、流れ星として太平洋のど真ん中におっこちるかだ。
ロケット人間も同じだ。
彼らは目標が定まり、そこへの道筋が見えた瞬間、火がついたように走り出す。
もう誰の声も聞こえない。
彼らが見つめているのは自分が描いた航路だけ。
万が一航路が間違っていることに気づいても、彼らはロケット同様戻ったり立ち止まったりすることはできない。
彼らにとって、努力はお金である。
ロケットを一つ飛ばすのにとんでもない資金が投じられるように、ロケット人間は目標達成のために信じられないほどの努力を注ぐ。
だから、彼らにとっての失敗は求めていたものが手に入らないことではない。
努力したのに何も身にならなかったことこそ、彼らが避けるべき最大の失敗なのだ。
失敗しないようにするにはどうしたら良いか。
簡単なこと、何かを身につけるまで飛び続けることだ。
ロケット人間の辞書に「失敗」は存在しない。
彼らが失敗する時というのは落ちる時であり、それは彼らにとって死と同義だからだ。
切ないのが、ロケット人間は苦しみの元凶が「ロケットであること」にあるとわかっていることだ。
わかっていてもロケット人間は止まれない。
生まれてからずっと打ち上がってきたのだ、自分の業に気づいた頃には雲の高さなど遥かに超えている。
地上の気配すらわからない高さで、エンジンのスイッチを切れる真面目人間が果たしてどれだけいるだろうか?
世界では、毎日どこかで人工衛星が墜落している。
ロケット人間も同じだ。
毎日、ロケット人間たちはひとり、またひとりと墜落している。
これ以上頑張ることができなくなったロケット人間の墜落はとても早い。
ロケットのエンジンは常にフルスロットル、昨日元気だったからといって明日も元気である保証はどこにもない。
ロケットもロケット人間も落ちる時は静かである。
誰にも気づかれないような場所を選ぶし、
空っぽの体は救いすら求めない。
そして、人々が彼らの墜落に気づく頃には、彼らは流れ星の如く跡形もなく消え去り、2度と打ち上がることはない。
ロケット人間の唯一の救いは、人工衛星になることだ。
周りの誰か1人でもロケット人間の才能を見出し、彼らをたよってくれたなら。
そうすれば、ロケット人間は当てのない旅路をやめ、今度は他者のために燃料を使い始めることができる。
人工衛星の生き方こそ、ロケット人間が真に欲している姿である。
しかし、忘れてはいけないのが、ロケットはとても重いということだ。
ロケットが飛行機やグライダーで楽々牽引できないように、ロケット人間を正しい道に導くことは至難の業である。
ロケット人間は真面目でひたむきだ。
そして、誰よりも失敗に臆病だ。
高みに向かうのを止めること、
努力しても何も得られなかったという事実を受け止めることができるかどうか。
それが高く打ち上がってしまったロケット人間たちに残された、最後のチャンスだ。