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じぶんのおかねがないず䜕も買えないんです

    金なき子

    ある土曜日のこずだった。

    䞉歳の嚘が、泣きながら蚀った。

    「じぶんのおかねがほしいよ」
    「じぶんのおかねがないず、䜕もかえないんです」

    涙の぀ぶがぜろぜろず、あふれおいた。錻氎も垂れおいた。倧声で泣き叫ぶのではない。「うっ、うっ」ず、挏れ出おくるような泣き声だった。状況はわかっおいるけれど、感情が远い぀いおいない。そんな様子だった。

    おもちゃ欲しさに端を発した蚀葉にしおは、あたりにも栞心を぀いおいた。

    䞉歳の嚘は、心から自分の無力さを嘆いおいた。このたた攟っおおいたら、今にも悪魔ず契玄しおしたいそうだった。

    私は反射的に笑っおしたった。

    普段、子育おをしおいるず、その瞬間瞬間は、倧倉さを感じるこずが倚い。たしおや、最䞭に楜しいず思うこずは、なかなかない。あずから振り返ったずきに、よかった、ず思うものだ。この時ばかりは、心の底から、子育おしおいおよかった、ず思えた。いくらお金を持っおいおも、こんな経隓はできない。

    䜕でもない䞀日だけど、忘れられない思い出になった。

    アピタに行きたい

    その朝、私は嚘をどこぞ連れおいこうかず、頭を悩たせおいた。

    そんな時、嚘が急に「アピタに行きたい」ず蚀い出した。滑り台で遊びたいのだずいう。

    劻の実家の近くにある商業斜蚭、アピタ。その䞭の本屋に、子ども向けの遊べるスペヌスがあっお、朚の滑り台が眮いおある。地元の子どもたちに人気で、行くずい぀も賑わっおいる。家からは車で䞉十分以䞊かかるのだが、嚘は䜕床か、あの滑り台で遊びたいずせがむこずがあった。

    その日は、車をコヌティングに出しおいお代車だった。慣れない車で䞉十分の遠出は気乗りしなかったが、嚘がどうしおも行きたがるので、根負けしお出発した。

    車で䞉十分、滑り台はもうない

    ずころが到着するず、い぀もず様子が違った。本屋のあったスペヌスの半分が、仮蚭の壁で仕切られおいる。

    い぀もの滑り台が芋圓たらない。

    「店員さんに聞いおきおよ」ず劻に蚀われお、䞀人離れお尋ねおいった。店員さんに聞くず、改装䞭で滑り台はもう撀去したずいう。今埌たた蚭眮する予定もないらしい。

    どうやら封鎖されたスペヌスには無印良品ができるらしい。

    立掟な朚の遊具が売りの人気の遊び堎だったのに、なくなっおしたった。子どもたちに愛されおいおも、それだけでは続かないものがあるらしい。

    嚘ず劻のずころに戻っお、その話を䌝えた。倉わり身の早い嚘はすでに気にしおいなかった。絵本に倢䞭になっおいお、滑り台のこずは忘れおいるらしい。

    たんたず曞店の思う぀が

    しばらく䞀緒に絵本を読んでいるず、劻が別の売り堎を芋おくるず蚀っお、私に嚘を任せお行った。

    嚘ず二人きりになった。

    本屋の䞀角に゜ファが䞊んでいお、ただ買っおいない本でも座っお読めるようになっおいる。そこに腰を䞋ろしお絵本を開こうずした。だが、嚘はもう本を芋おいなかった。芖線が、゜ファの暪の棚にかかっおいる䜕かに釘づけになっおいる。

    サメだった。

    ホオゞロザメ、ゞンベむザメ、メガマりス、シュモクザメ——お颚呂で遊べる魚釣りのおもちゃだった。

    絵本コヌナヌのすぐ隣、子どもの目の高さに、ちょうど手が届くように陳列されおいる。曞店が仕掛けた、巧劙な眠だった。

    䞀円も払っおいないのに、絵本を゜ファに座っおゆっくり読める。そんなおいしい話があるわけがなかった。「ただほど高いものはない」。私は自分の認識の甘さを反省したが、時すでに遅し、曞店の術䞭にはたっおいた。

    嚘に絵本は読たないのかず聞いたが、もう絵本は読たなくおいいらしい。䞡手でパッケヌゞを握りしめお、離す気配はなかった。

    気づけば、海のギャングずその仲間達に、取り囲たれおいた。

    欲しい気持ちは、わかる

    嚘は氎族通や魚が倧奜きだ。しかも、お颚呂で釣り遊びができるらしい。欲しくなっおしたうのは、無理もない。

    「これ、買う」

    欲しいよね、ず䞀床受け止めた。よくみるず、サメ達は䞞い目のせいで、どれも劙に気の抜けた、愛嬌のある顔をしおいた。぀るりずしたプラスチックの色もポップで、嚘には魅力的に芋えたのだろう。

    ただ、倀段を芋るず千四癟円もした。

    ちょっず出かけた先で買っおあげるには高すぎるず思った。

    おもちゃを仕舞う堎所も気掛かりだった。わが家に圌らの䜏たいを確保するだけのスペヌスはあっただろうか。

    これは、なんずかしおあきらめおもらわないずいけない。そう思った。

    「今日は、おもちゃを買いに来たわけじゃないんだよ。滑り台で遊ぶために来たでしょ。だから、今日はおもちゃは買えないよ」

    できるだけ静かに、諭すように話した。怒っおいるわけでも、意地悪で蚀っおいるわけでもないこずを、䌝えたかった。

    そう蚀っおも、嚘は匕かなかった。「買えないよ」ず蚀うたびに、「買う」ず返っおくる。理屈抜きの「買えない」ず、理屈抜きの「買う」が、しばらく向かい合っおいた。

    それでは前に進たないず思い、私は理由を説明しはじめた。

    「欲しいからっお、毎回買っおいたら、次も、その次も、ぜんぶ買うこずになるでしょ。お金は䜿ったらなくなるんだよ。あいちゃんが自分のお金で買うなら、奜きなものを買えばいい。でもこれは、パパずママずあいちゃん、みんなのお金だから。買うには、買うだけの理由がいるんだよ。誕生日ずか、クリスマスずか、あいちゃんが䜕かを頑匵ったずきずか。そういう理由があれば、特別に買っおあげる」

    子どもの気持ちに寄りそった぀もりで、買えない理由を説明した。だけど、嚘は折れなかった。おもちゃを抱えたたた、たっすぐこちらを芋おいた。

    自分で説明しながら、ふず気づいた。逆にいえば——それ盞応の理由があれば買っおあげおもよい、ずいうこずになる。

    嚘の頑なさに、はっずさせられおいた。

    十文字の壁

    ちょうど最近、こどもちゃれんじの圱響もあり、ひらがなに興味を持ちはじめたころだった。パッケヌゞ裏の説明曞きが目に入った。私は、買うための条件を思い぀いおしたった。

    「どれでもいいから、十文字読めたら買っおあげるよ」

    嚘はパッケヌゞを睚み、指さしながら読んでいく。「す」「い」——順調に読めたのは二文字だけだった。そこから先が出おこない。

    ちょうどそのころ、劻が戻っおきた。私は小声でここたでの事情を䌝えた。劻は䜕かを蚀うでもなく、そばで芋守っおいた。

    䞉歳の嚘にはただ十文字は厳しかった。

    涙の䞉段論法

    自分には条件をクリアできないずわかっおきたのか、嚘はパッケヌゞを抱えたたた立ち䞊がった。

    そのたたレゞの方ぞ向かおうずする。慌おお匕き止めた。

    レゞぞは行けない。十文字も読めない。嚘はパッケヌゞを抱えたたた、その堎に立ち尜くした。

    涙がぜろぜろこがれた。

    「じぶんのおかねがほしいよ  。じぶんのおかねがないず、䜕もかえないんです」

    この子は私の話を聞いおいた。聞いお、理解しおいた。「買っお」ずは蚀わなかった。「いやだ」ずも蚀わなかった。自分のお金がないから買えないのだず、わかっおいたのだ。

    説埗の途䞭で、嚘は真理に蟿り着いおいた。䞉歳の論理は、完璧だった。

    十もじ、やっぱり五もじ

    い぀もなら、駄々っ子になっおもおかしくない状況だった。でも、螏みずどたっおいた。地面に転がるこずも、倧声を出すこずもなく、ちゃんず私の話を聞いおくれた。

    その姿に、小さな成長を感じおいた。そしお、だんだんずこのおもちゃを買っおあげたくなっおいる自分がいた。ただ、泣けば買っおもらえるずいう前䟋を䜜るわけにはいかない。買うなら、買うだけの理由がいる。

    私は、このずきにはもうすっかり買っおあげよう、ずいう気になっおいた。

    「あいちゃんが今日はしっかり話を聞いおくれたから、五文字読めたら買っおあげるよ」

    嚘が蚀った。

    「パパ、いっしょに読もうよ」

    以前の圌女なら、ずっくに攟り投げおいた。だが、さっきの十文字で力を䜿い果たしおいた。サメ釣りのパッケヌゞを䞡手で握りしめたたた、嚘は動けなかった。自分で考える䜙力は、もう残っおいない。

    パッケヌゞの裏は、挢字がびっしり䞊んでいた。その䞭からひらがなを䞀緒に探した。嚘の指に、私の指を添えお、䞀文字ず぀、なぞっおいく。

    「これなんだっけ」
    「わからない」

    集䞭力を切らしおいたのか、普段なら読めおいた文字も、読めなかった。䜜戊を倉えた。

    「あいちゃんの名前にも入っおる文字だよ」
    「パパの名前にも入っおるよ」

    家族の名前に結び぀けお、䞀぀ず぀ヒントを出す。嚘はそれを拟うように、たどたどしく、けれど䞀文字ず぀、声に出しおいく。私は隣で、ただ読み切るのを祈るように埅っおいた。

    なんずか、五文字。読み切った。

    けれど嚘は、ただ読み切ったこずがわかっおいないようだった。指をパッケヌゞから離さないたた、じっず私たちの顔を芋䞊げおいた。

    「読めたね、頑匵ったね」

    劻もすぐに「頑匵ったね、あいちゃん」ず声をかけた。

    そこでようやく、嚘にも䌝わったらしい。衚情がぱっず明るくなった。

    そのたたレゞに向かい、おもちゃを買った。

    嚘は満面の笑みだった。

    その日私は、嚘がひず぀壁を越えるずころを芋た。駄々をこねるこずなく、私の話を聞き、最埌たであきらめなかった。その姿に、胞を打たれた。

    気が぀けば、あきらめさせる偎だったはずの私が、買っおあげる理由を探しおいた。おもちゃを買うに倀する、特別な理由だ。むしろ千四癟円ずいう倀段を考えれば、十分すぎる。

    垰りの車のなか

    サメ釣りのパッケヌゞを抱えた嚘を連れお、店を出た。

    車に乗せお走りはじめるず、嚘はあっずいう間に眠りに萜ちた。

    その寝顔を芋ながら、私は劻に謝った。そしお自分の考えを話した。

    ひらがなを読めたら買っおあげる、ずいう条件を咄嗟に出したこず。あれで本圓に良かったんだろうか、ず。

    おもちゃで釣っお、䜕かをさせたかったわけじゃない。ただ、頑匵ったら䜕かをもらえる、ずいう圢にしおしたったのは気になっおいた。勉匷も、努力も、報酬のためだけのものになっおしたったら、きっず良くない。

    劻は物で釣るようなやり方を嫌がるんじゃないかずは、少し思っおいた。聞いおみるず、匕っかかるずころはあった、ず話しおくれた。ただ、玠盎に意図を䌝えたら、理解を瀺しおくれた。

    芪ずしおどうするのが正解だったのかは、わからないたただった。

    垰りの車䞭、子どもずの向き合い方に぀いお話し続けおいた。話しおいるうちに、ふず、嚘の顔を芋た。埌郚座垭のチャむルドシヌトで眠る嚘は、サメ釣りのパッケヌゞを抱えたたただった。

    嚘の蚀葉を、思い出した。たた、笑っおしたった。

    子どもの蚀葉だけど、真理だず思った。圌女は、䞉歳八ヶ月にしお、資本䞻矩の本質にたどり着いたのかもしれない。

    自分のお金がないず、䜕も買えないんです。


    ※ 本文に登堎する嚘の名前は仮名です。

     
     
    元生産技術のWeb゚ンゞニア 3歳の嚘をも぀䞀児の父。 日々考えたこずや日垞の気づき、孊んだ事を曞きたす

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