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〓メモ.22 〝戞惑いの颚景〟

 戞惑いの颚景がひろがっおいく。地震による第䞀次的な疲匊はピヌクに差し掛かっおいる。平穏さを取り戻すず反比䟋しお身も心も重い疲劎に耐えかね悲鳎を䞊げそうになる。この巚倧な埩興の嵐の䞭で生きおいくのには、か぀お発揮したこずのないような倧きな「優しさ」が必芁なのだろう。䜕をやっおいく䞊でも、思いや気持ちの䞭に粟䞀杯挲らせるこずの倧切さを痛感する。蚱すこずが難しいように、無為に優しくあるのもそう簡単ではない。
匕き続き昚日の続き第二号のレポヌト

●被灜地・被灜者ずいうレッテルを貌ったあなた達に問う。

 母はガレキを怖がっお倖を歩けない。
 郚屋の䞭に䞀人でいるず䞍安で涙が出る。
 もう䞍安がるこずはないから、のんびりず芪父ず避難先で静逊しおいたらず勧めおも気持ちはこわばったたただ。
 明治生たれの父は以前にも増しお無口になっお動かない。兄二人も家を倱い、誰が、どこで䞡芪たちず暮らすのか、兄匟たちずの盞談は口論のようになっお堂々巡りずなる。芪たちをタラむ回しにする぀もりはないが、それを聞いおいた母が「もう止めお」ず突然に泣き出す。こんなに激しく泣く母を芋たのは初めおだった。
 家族党員の生呜があっただけでこれ以䞊の幞せはないはずだ、ずいう説埗はもう通じない。人生のあらゆる䞍安を胞の内に抌しずどめおいた堰を倱っおしたっおいる。これは地震ず関係ないこずだ。ただ地震がそれを加速させたにすぎない。

 「䜓隓者䞀人ひずりが、しっかり足元を芋぀めるしかない」ずいう願いも蚀葉も虚しくなる。ただただ泣きじゃくる母をひしっず抱きしめるしかなかった。思えば私から母を抱きしめるこずは初めおの経隓であった。
 この母芪の有様からは、空襲の䞭や戊埌の焌け跡の䞭を、幌子人を抱えお奮闘した母の姿を想像するこずができない。
 「こんどの地震の方がずっず怖い。あの頃の若さも元気もないから 」
 返す蚀葉もない。幎寄りや匱者に被いかぶさる粟神的圧迫を少しでも軜くするには、より䞀局の思いやりず優しさを以っおするしかないのだろう。蚀葉は矎しいが、これも容易なこずではない。これからこの悪環境の䞭で、いや環境がどうのこうのではなくお、粟䞀杯、私たちがどれだけ優しくなれるのかだけが厳しく問われるのだろう。

 䞀時だが地震は、この瀟䌚の秩序を壊した。その混乱の䞭で䜓隓者の倚くは「生・死」をはじめずしお现々した生掻の端くれにおいおも、さたざた根源的なものず出䌚うこずができた。倧きな犠牲をはらうこずになったが、このおかげで今たでの私たちの生掻にあった嘘ず誠、瀟䌚のも぀虚ず実を垣間芋るこずができた。このこずは凄い出来事だず思う。
 創刊号でのマスコミ、各機関ぞのお願いは圓然ながら無芖された。「被灜」ずいう蚀い回しからは、い぀たで経っおも人的、物的損傷しか語れない。あえお蚀うなら、この出来事は人の生き方ず瀟䌚の圚り方を顧みる「受難」だず蚀った方がふさわしい。

 「被灜地」「被灜者」などず蚀うレッテルしか貌るこずしかできなかったあなた達、いたたでの瀟䌚の枠を越えお動くこずができなかったあなた達に問いたい。あなた達は䞀䜓、私たちの「䜕」を芋るこずができたのですか 

〝Re-set〟第2号「被灜地・被灜者ずいうレッテルを貌ったあなた達に問う」より抜粋。
〝Re-set〟第2号「ネバヌ カンバック トヌ む゚スタデヌ」

 創刊号䞀䞇郚のうちさばけたのは千郚足らず売れた数ではない撒いた数残り千郚は目の前にある。抌し入れに収たる嵩ではない。どうしようず思案する。優しく考えようずしおも぀い苛立っおしたう。第二号は千郚に枛らしたした。
 以䞊にお回想は完。

〈2007幎2月11日初皿〝遊歩のススメ〟より転茉〉

【远蚘】震灜から21日間にわたっお残されたメモによる12幎埌の回想はここで終わっおいたす。さらに30幎埌の今〝note〟に再掲するにあたっお、さらに思い圓たったこず、残しおおきたいこずなどを远蚘しおいきたす。
そしお、このマガゞンに来蚪された方で䜕か気になった点、「私はこうだったよ」ずいうようなコメントなり質問がありたしたらお寄せ䞋さい。ぜひ共有したしょう。

時間が止たったたたの颚景。垂の郜垂蚈画、䜏民たちの 気持ち、
折合わない事情をそのたた象城しおいる颚景。
JR新長田南駅前/4月2日撮圱/J

【远蚘メモ. 創䜜倧賞2025・応募するにあたっお】に続く

震灜埌、生きおいるMacを探し出し、盗電しながら線集した地震ゞャヌナル〝Re-set〟党巻、䞀幎限定の隔月刊だったが、結局䞀幎ず半幎かかっお終刊ずなった膚倧な借金を抱えるこずずなった

〓マガゞン


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山端がう遊歩クリ゚むタヌ よろしければ応揎お願いしたす おいしいずろろ蕎麊なんずか食べおみたい♪