
●シン古事記 上巻
はじめに
この話は古事記・日本書紀を暗号書、古史古伝を攻略本として歴史を読み解いたものです。
「この様に解釈したら腑に落ちた」という個人的な考察です。本文中にそこそこの根拠を挙げはしますが、学術的な論文・仮説等ではありません。
「歴史の見方を変えたら、こんなに面白かった」
という読書体験をお届けしたいので、歴史ミステリーとしてお楽しみください。
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序章:日本神話はいつも意味不明
古事記・日本書紀に挿入された神話的記述を読んでいると、いつも思うのは「結局なにを伝えたいの?」「肝心なところの説明は無いの?」ということです。神話表現だからと言われれば受け止めなければならないような暗黙ルールすら感じますが、モヤモヤは残ります。
- イザナギ/イザナミの三貴子はなぜ書物によって構成が変わる?
- オオゲツヒメはなんでスサノオとツクヨミに2度も殺されたの?
- 大国主もそう。兄の八十神に2度も殺されてる。
- 天照大神は大事な場面で隠れんぼ。
- 事代主は何故いつも隠れる?
- 天の羽々矢の説明が繰り返し書かれるのは何故?
などなど不思議な記述だらけ。それらは個別記事でも読み解いてみましたが、今回は特に「とある暗殺事件」と「大物主」を中心に一気に読み解いていきたい。
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大国主親子暗殺事件
◆ 天若日子、徐福の来日
「出雲口伝」によれば、BC219に来日した徐福はホアカリを名乗り、大国主(大己貴命)の娘・下照姫と結婚して天香山命をもうけた。しかしその後、大国主と事代主を暗殺したことが発覚し、いったん中国に逃げ帰る。朝鮮半島ではスサノオを名乗り、BC210に再来日した時には饒速日(ニギハヤヒ)を名乗ったとある。
「古事記 上巻」には——
最初に遣わされた天穂日命が大国主神に服従して3年戻らなかったため、次に天若日子が派遣された。しかし天若日子は大国主神の娘・下照比売と結婚し、自ら国を支配しようと企んで8年間復命しなかった。
1年のズレはあるかも知れないが、二書を読み合わせると8年強という期間の一致と見ることができる。「高天原から派遣されてからの年数」と「下照姫との婚姻」、この二点から天若日子が徐福に相当すると読める。
また同じく「古事記 上巻」に——
大国主神は国譲りを自ら決定せず、息子の事代主神に委ねた。当時、美保ヶ崎(美保関)で釣りをしていた事代主神は平定の要求を受け入れ、「この国は天の御子に奉りましょう」と答えた後、船を踏み傾け、青柴垣に変えてその中に隠れた。
「隠れた」……隠れた?
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◆ 傍証①:三書に見る同一人物比定
ここで仮説に入る前に、複数の文献から傍証を整理しておく。
「秀真伝」より
大和に移動したホアカリに同行した事代主は、近江遷都直後に飛鳥遷都を希望するホアカリに逆らって三輪山に隠れたと伝わる。またも「隠れた」である。
「宮下文書」より
外敵を迎撃した吾田津姫の部隊は大きな被害を出して敵を排除したが、敵の情報は一切明かされない(歴史書としてあまりに不自然)にも関わらず、主に事代主一族が亡くなったと伝わる。
▷▶ 宮下文書の編者は徐福である。外敵は自分であるという事実は書かないだろう。
「日本書紀 巻三・神武紀」一書第四より
天羽々矢は饒速日命の神宝(家宝)であることを伝える場面がある。
ん? 天の羽々矢の所有者はタカミムスビから授かった天若日子ではなかったか?
▷▶ 天若日子=饒速日=徐福であれば全てが腑に落ちる。
「史記 巻118 淮南衡山列」より
徐福は東方の三神山に向けて出航し、広い平野と湿地のある土地に至り、王となって帰らなかった、とある。
通常、下照姫は出雲を飛び出た亡命者であり、その後に統一王・饒速日の正妻になると伝わる。しかしバツ2のブラコン亡命者が統一王の正妻になれるだろうか? そもそも天若日子とは死別としても、徐福と離婚しなければ饒速日と結婚できない。徐福と離婚した記述はどこにも無い。
饒速日のフルネーム「天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊」は、天照族・国照族(出雲)・天火明(ツクヨミ族)・櫛玉(越国)の統一王を意味する。出雲族は末子相続であるから、下照姫と結婚しなければ「国照彦」は名乗れない。史記にある「徐福が王になれるタイミング」というのはここであったろう。
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◆ 傍証②:天若日子の葬儀シーン
天界への裏切りと見なされ、天の羽々矢によって貫かれ亡くなったと伝わる天若日子の葬儀の場面にて——。
故人・天若日子と見間違えられた事代主(阿遅志貴高日子根)は激怒して喪屋を十握剣で叩き切って蹴り飛ばした。親友であり義弟でもある天若日子の葬儀の場で、その母(栲幡千千姫か)に見間違えられてのことである。その時に天若日子の妻であり事代主の妹でもある下照姫が詠んだ歌が以下。
天なるや 弟棚機の うながせる 首珠の御統 御統に あな玉はや み谷 二わたらす 阿遅志貴高日子根神ぞ
(現代語訳)
天にいる美しい機織りの乙女の首にかける紐で貫かれた統べる玉よ、その玉のように谷を2つも貫き輝く——阿遅志貴高日子根の神ぞ。
(さらに砕いて言えば)
「天にいる乙女のアクセサリーかのような超イケメンのお兄ちゃん! タカヒコお兄ちゃん格好イイ♡ アジスキ大好き!」
この場面には複数の矛盾がある——
- 阿遅志貴高日子根(事代主)は国津神である。天津神も参列している葬儀で国津神の兄に対して「天にいる」はあまりに不適切。むしろ夫の天若日子こそが天津神。
- 母が息子と他人を見間違えるのも充分不自然。
- 親友かつ義弟の喪屋をぶち壊したのが、あの恵比寿神とも同一視される人格者・事代主というのも不自然。
- 夫の葬儀そっちのけで「お兄ちゃん格好イイ♡」も不謹慎。どちらかと言えば「なにしに来たの?お兄ちゃんヤメテ!」、なんなら「お兄ちゃんが死ねばよかったのに!」くらいの場面であろう。
▷▶ 顔がそっくりであること、阿遅志貴高日子根と呼ぶことが目的であったと考えたくなる。
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◆ 傍証③:大己貴の前に現れる別神格
「古事記」大国主の神話の段——スクナビコナが常世国へ去った後、海を照らして現れた神が大国主神の国作りを助ける条件として、吾を御諸山(三輪山)に斎き祀るよう要求する場面がある。「貴方は何者か?」と尋ねた大国主に対し、大物主は「此は御諸山の上に坐す神ぞ」と言う。
同じ場面を扱う「日本書紀 神代上 第八段 一書第六」では、海から現れた神が「吾是汝之幸魂奇魂也(われは汝の幸魂奇魂なり)」と名乗る記述が存在する。
「私は三輪山の神であり、貴方(大国主)自身の別神格である」と言っているわけだ。神には神格モードがある——
- 荒魂(アラミタマ):荒々しい側面(突破)
- 和魂(ニキミタマ):和やかな側面(安定)
- 幸霊(サキミタマ):豊かさをもたらす側面(繁栄)
- 奇魂(クシミタマ):知恵や奇跡をもたらす側面(英断)
それでも大きな疑問は残る。
疑問①「私は貴方?」
大己貴命(大国主)は初代大物主であり、大己貴命より先輩の大物主は存在しない。この時点での歴代大物主は大己貴命と息子の事代主(2代目大物主)の2人だけであるはず。つまり海を照らして現れた大物主は、この二人に確定する。
疑問② 少彦名の問題
「スクナビコナが常世国へ去った」ともあるが、少彦名(スクナビコナ)も初代以外は出雲の副王の称号である。出雲の副王という意味であれば事代主も少彦名命に該当する。また三輪山祭祀では今でも磐座(いわくら)と呼ばれる祭祀ゾーンが上・中・下に別れ、上から事代主神→大国主神→少彦名神と並んでいる。
▷▶ これで繋がったのではないか? 大己貴の前に現れた幸魂奇魂の大物主は、息子の事代主だったのだ。「父上、私は先に殺されました」とは言えなかったのであろう。国づくりの相棒として消えたあの「スクナビコナ」は初代少彦名神ではなく、自分の息子のことだった。
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◆ 傍証④:大己貴は2度死ぬ
「古事記 上巻・大国主神の段」には、大己貴命は八十神に2度殺されている。
- 1度目:焼け石で殺害 → 母神が高天原へ → カミムスヒが蘇生
- 2度目:再び八十神が謀殺 → 大木に挟んで殺害 → 母神が再蘇生 → 根の堅州国へ逃亡
このシーンは本来、出雲王継承者であった八十神(大歳神や饒速日に相当)だが、スサノオと天照大神の婚姻によって生まれたスセリビメに(末子相続ルールにより)継承権が移動した。その恨みでスセリビメとその婿・大己貴を排除したことを、マイルドに描写したものと読める。
主王・副王の区別さえしなければ、たしかに出雲王は2度殺されたとも読める。犯人は下照姫と結婚した者がいちばん怪しい。
▷▶ 天若日子=徐福=饒速日
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