
【エッセイ】信号を待つ人の心――心に触れると、風が吹く――
神戸のある交差点に、どうにも腑に落ちない信号機がある。
一方通行の細い道に立っていて、通る車など数えるほどしかない。
だが、律儀に赤と青をくり返している。まるで「仕事ですから」と言わんばかりに。
この信号機の前に立つと、僕の中で小さな議論が始まる。
「渡ってしまえよ。車なんて来やしない」
「いやいや、赤は赤だ。ルールは守るもんだ」
天使と悪魔のささやきが、交互に耳元でうるさい。
他に誰かが信号待ちしている時は、妙に従順になる。
「人が見ているから、ちゃんとしておこう」――そんな見栄が、品行方正を装わせる。
ところが一人になると、急に心がぐらつく。
「誰も見てないし、いいじゃないか」
「でも、誰も見てない時こそ人間性が出るんじゃないか?」
そう思った瞬間、足が止まる。
結局、信号が青になるまで待ってしまう。
そして渡りながら、自分に苦笑いするのだ。
「俺って、なんて小心者なんだろう」
だが、こういう“ちっぽけな逡巡”こそ、人間の面白さだと思う。
犯罪でもなければ美徳でもない。けれど、心が正直に揺れる。
誰もいない交差点で、己の良心と意地と面倒くささが三つ巴の喧嘩をしている。
この光景をもし神様が見ていたら、さぞ笑っておられるだろう。
「お前ら、かわいいのう」と。
ある日、とうとう僕は決心した。
「今日は渡ってやる」
そう心に誓って、その赤信号の前に立った。
朝の通勤時間、周りには誰もいない。
車も、風も、鳥の影すらない。
「今だ」と一歩を踏み出しかけた瞬間――
なぜか胸の奥に、ざらりとした違和感が走った。
「これを渡ってしまったら、何かを失う気がする」
それが何なのかはわからない。けれど、確かに“何か”だった。
きっと、ほんのわずかな「自尊心」みたいなものだろう。
見えないけれど、自分を自分としてつなぎとめている糸のような。
信号は、黙って僕を見ていた。
その赤い目は、「どうする?」と問いかけているようだった。
僕はため息をついて、立ち止まった。
そして結局、また青になるまで待ってしまった。
通り過ぎる風が、わずかに頬をなでた。
あの信号の前に立つたび、僕は思う。
ルールというのは、人に見られて守るものじゃない。
誰も見ていない時にこそ、心の形が出るものだ。
だが同時に、少しぐらい迷う心もまた、人間らしくて愛しい。
完璧に正しい人間よりも、ちょっと揺れて、少し立ち止まる人のほうが、ずっと信頼できる気がする。
それにしても、あの信号は今日も働いている。
「ご苦労さん」と心の中で声をかけて、僕はまた立ち止まる。
ルールと自由、見栄と良心、その狭間で足踏みをしながら。
結局、今日も青を待つ。
きっと明日も同じことをするだろう。
だがそのたび、心の中では小さな風が吹く。
――「人間って、やっぱり面白いな」と。
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