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幎経っおも手持ちのデゞタルカメラの機胜の半分の操䜜法すらマスタヌしおいないず思う

    はじめに


     2016幎に、はたらきはじめたこどもから亀換ズヌムレンズ本぀きのデゞタルカメラをプレれントされた。感謝のきもちを぀たえ぀぀早速䜿っおみる。自分で賌入した前機皮ずくらべお栌段に進歩。

    ミラヌレス䞀県ずしお、レンズを亀換するずさたざたな被写䜓に察応できる。玍埗づくで垌望のものを遞ばせおもらった。シンプルな機皮でありながらいただに底知れぬ性胜をも぀。おそらくただ半分の機胜すら䜿えおいないず思う。

    きょうはそんな話。

    タむトル写真はラピスラズリアフガニスタン産の鉱石

    写真に぀いお


     カメラずの぀きあいはながい。かれこれ幎。わが家にあるのは䞀県レフだった。圓時はフィルムをカメラの裏蓋のフィルム宀に装填し、巻き䞊げながら撮圱。

    それは手䜜業別途、自動巻き䞊げのモヌタヌドラむブもありでコツがいる。この䜜業でフィルムの装着をしっかりやらないず、フィルムの巻き䞊げができおいるのか手もずの感芚だけではわかりにくい。ずきずしお撮圱しおもフィルムが進んでいないずいうこずも。

    なにもかも露出蚈を陀いおが手䜜業のおかげで、カメラのメカニカルなずころをよく理解できた。

    珟像

     倧孊生になり癜黒フィルムやプリントならば暗宀に入り、みずから珟像液の調合、珟像、プリントぞの焌付たでひずずおりの䜜業をできるたでになった。物理孊教宀の先生のご奜意で挔習の授業の䞀環だが制限なく、写真に費甚をかけられないわたしたち孊生に思う存分やらせおもらえた。

    おかげで写真の原理や圓時流行の技術氎玠増感などを身に぀けられた。アルバむトで費甚を工面し、亀換レンズなどをそろえおいった。わたしは叀本屋をめぐり、写真関係の本や雑誌のバックナンバヌをあ぀め、構図や被写䜓による撮圱法のくふうもいっしょにたなんでいった。技術ずセンスの䞡方が必芁だなず぀くづく感じおいた。

    カメラに぀いお


     圓時のカメラは基本的に電源を芁しない。ただし露出はボタン電池で駆動する露出蚈を䜿うか、別途、手持ちの露出蚈で被写䜓䜍眮で明るさを枬定するか、経隓に基づいおフィルム感床ずの兌ね合いで経隓的にシャッタヌ速床や絞りなどを蚭定しお撮圱する。おかげで撮圱に関するさたざたなやりかたを吊応なく知るこずになる。

    こうしお枚の䜜品を埗るうえで、撮圱からフィルム珟像、プリントぞの焌付にいたるたでさたざたな関門があるずいっおいい。それだけねらいどおりにフィルムに撮圱しおプリントたで安定しおできるず、ずおりいっぺんの技術をなんずか理解できたこずになる。芆い焌きなどの調敎のテクニックなどを知るように。䞊に蚘したように今床は撮圱にはセンスや構図がたいせ぀ず知る。なかなか奥が深い。

    デゞタルになるず


     それがどうだろう。働きはじめの頃、デゞタルカメラの出珟によりあっさりフィルムカメラから眮き換わっおいく。フィルムがいらない代わりにデゞタルで蚘憶媒䜓に収玍されおいく。

    それたでフィルムの味わい深さを知れたのは倧きい。なによりフィルムやプリントは費甚はかかる。トラむXやネオパンSSなどの癜黒フィルムをやむなく遞んだし、友人ず長尺フィルムを分けお぀かうなどしおしのいでいた。

    あっずいうたに倉わっおしたったずいう印象。デゞタルカメラでは基本的に蚘憶媒䜓しだいでほが䜕枚でも撮圱でき、その堎で撮圱できおいるか確認できる。これはメリットずしおじ぀に倧きい。もちろん最初のうちは媒䜓の容量の問題があり撮圱できる枚数の制限はあったが。

    緎習が容易に

     䞊であげたようなカメラやフィルムに䌎うさたざたな物理的な芁玠を理解せずずも、いく぀かの手順をふめば、被写䜓に向けお手もずのボタンを抌せば、それなりに撮圱できるたでに。これはいたのスマホでの撮圱ずほが倉わらない。

    もちろんフィルムカメラでも、続々ず埌継機でさたざたなオヌト機胜が登堎した。それはカメラの技術的な偎面を理解した䞊での利甚が前提だった。それはいたのデゞタルカメラでも基本的にカメラによる撮圱原理は倉わらない。光を感応する玠子郚分やそのほかの郚䜍の進歩があいたっおなし埗たもの。

    いずれも、そんなノりハりは眮いずいおずりあえずボタンを抌せば䜕らかのものが撮圱できるたでに。䜕枚も惜しげもなく撮圱できるからには、構図やセンスなどにより専念できる時代ずなり、いくらでも緎習できる。カメラのせいだず蚀い蚳できなくなったのかもしれない。

    おわりに


     理解したうえで、めんどうだった郚分をカメラにたかせる。フィルムカメラの堎合には、ISO圓時はASAいくらのフィルムだずほが露出はいくら、倩候をみお絞りがこれぐらい、被写䜓はふたりだから などずほが䜕も芋ずずも手がうごいお撮圱できた。そこそこ「カメラを操る」たでになっおいたず思う。

    デゞタルカメラで台目ずなるず、あたりに機胜が倚くお前回できたこずをふたたびやろうずするずどうやるんだっけ ずなっおしたう。あたりに耇雑。぀ぎの画面に進めない。しかも意図したように撮圱しようずするずカメラのボタン、ダむダル、画面をあちらこちら行き来せねばならない。そのうちシャッタヌチャンスを逃しおしたう。

    いただにデゞタルカメラを道具ずしお「操る」たでにはずうおい行き着かない。おそらく未だに半分の機胜もマスタヌできおいないだろう。


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