
「こんなに辛いのはお母さんのせいだ」良い子でいたい娘の主語が変わった日
“しっかり者の良い子”
これは、娘が小学5年生の出来事。
幼稚園の頃から、娘を見つけるのは簡単だった。
顔を上げて話を聞くし、指示通りに走り、歌い、踊るので、
先生が何を言っているかがわかれば、その指示の先には必ず娘がいた。
でも今なら、これは娘を表す要素の半分でしかないとわかる。
娘の行動は私そのものだった。
こういう時、私だったら…と考えた先に娘がいるからすぐに見つけられたのだ。
娘は、私とよく似ていた。
こんなに苦しいのはお母さんのせいだ
そんな娘が、10歳頃になるといろいろ拗らせ始めた。
「忘れ物をして先生に注意されたから学校に行きたくない。私は言ったのに、ちゃんと入れてくれなかったお母さんのせいだ。」
「ピアノが上手く弾けなくて先生を困らせたから辞めたい。お母さんが練習に付き合ってくれないからだ。」
何かにつけて文句を言って、うまくいかない理由を私に押し付けるようになった。
人を傷つけてまで自分を正当化するのはなぜなのか。
その原因を知ることになったきっかけはちょっとしたことで、
失敗を隠そうとして、
友達には友達の、
先生には先生の、
私には私の、
それぞれに都合のいいことを言って誤魔化そうとしたけど、その嘘が立ち行かなくなったのだ。
「嘘がバレたら、今までずっと努力して培ってきた良い子の私が台無しになってしまう!」
そして、やっぱりその矛先は私に向いて、
「“お母さんは”、良い子の私を連れているのが自慢なんでしょ。」
「“お母さんが”望んでいるから、私はお母さんのために良い子にしている。」
「こんなに苦しいのはお母さんのせいだ。」
主語が変わった瞬間
「良い子でいたい」子だとは思っていたが、
良い子にさせているつもりはなかった私は、「お母さんのせい」という呪縛の中で、ダメな理由を自分の中に数えて苦しかった。
そんな中で、また娘の嘘がきっかけで激しくぶつかることになった。
小さい頃に私についた嘘が判明したのだ。
あぁもう、私が知っている娘は全部嘘なんだ、何もかもが無理だ、と心の糸が切れそうになったその瞬間、
泣き叫ぶ娘の主語が変わった。
「”私が”、お母さんに良い子だと思って欲しかった。」
「”私が”、お母さんの自慢の子どもになりたかった。」
いつも人の顔色を見ながら“良い子”を演じていた娘が、
失敗や思い通りにいかないことも引き受けて、自分の本音を解き放った瞬間だった。
自分で生きる
この出来事以来、娘は相変わらず「良い子でいたい」しっかり者だが、自分を大きく見せたり、演じたりせず、自分のやりたいことに素直に手を伸ばすようになった。
そして私も、
誰かの期待に応えることより、
自分にとって心地いい方を選ぶことが増えた。
やっぱり、私と娘はよく似ている。