自信はないけど、自分を信じてないわけじゃない
私は、自分に自信がない。
今まで、自信を示してうまくいった試しがない。
いや、失敗した時に傷つかないよう、無意識にヘッジしているだけかもしれない。
具体例を挙げると、受験や資格試験などのあらゆるテスト、人間関係、確かnoteを始めた時もそうだった。
自分なんかがうまくいくのだろうか。
そして、今回の創作大賞2026の中間選考(まあ、こちらは自信がある方が少数派かもしれないけど)。
創作大賞は、最初からまったく自信がなかった(1%未満の期待はどこかにあったけど)。
実力不足はさておき、前提として、作品の客観的な評価、応募総数、審査との相性などの条件があり、自分ではコントロールできない要素があまりにも多いのも理由の一つだ。
通過は狭き門だし、膨大な応募作品ゆえに、審査方法についてさまざまな意見が出ているのも承知していた。
では、書き手としての可能性まで諦めているのか、といえばそうではない。
自分はやれる、とどこかで信じている。
今回落ちても、自分にはまだ書けるものがある。
もっと上手くなれる。
そう思っている。
クリエイターさんの反応もさまざまだった。
心から悔しいと感じる人もいれば、「まあ、通らないでしょ」と最初から受け流す人もいた。
創作大賞に対する思い入れも、人によってまちまちだ。
そこで、ふと思った。
「自信」は、今の自分の能力や判断を信じること。
一方で「自分を信じる」は、まだ見えていない可能性まで含めて、自分を見限らないことなのかもしれない、と。
「自分の能力を疑わないこと」は、「自分の可能性を信じること」とイコールではない。
よく日本人は謙遜することが美徳とされるが、自信を示せる人は素直に、カッコいいな、と思う。
一方で、自信が強くなりすぎると、自分の評価と外からの評価との間にあるズレに、気づきにくくなることもあるかもしれない。
自分を信じるというのは、結果がどうであれ、自分を見失わないことなのではないか。
「自信がなくても、自分を信じる」
そう言い聞かせながら、今日も書いている。
