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「Blue in Green」と緑一色(リューイーソー)| 斜めジャズ

     ジャズも麻雀も詳しくはない。
     そんな私の妄想的エッセイ。


     5月のある日、田舎を走る電車に乗った。
     普段はうつと解離でもうろうとした日々を過ごす私にとって、こんな日は滅多にない。
     曇り空だが、車窓を流れる緑さえも眩しく、すぐに目を伏せて揺られていた。

     二つほど駅を過ぎたころ、視線を感じて見上げた私は少女と目が合う。さっき乗り込んできた親子だ。まっすぐな目にこちらのほうがたじろいでしまった。
     彼女は窓の景色を追いかける。
     顔がガラスにくっつきそうだ。
     何かを見つけるたびに、お母さんの耳元にひそひそとささやく。まだあどけない口調は鳥のさえずりのようだ。そのたび若いお母さんも「そうだね」というふうに微笑み返す。

     よくある光景だろうが、私にはそこだけ淡い光に包まれているように見えた。

     話は変わるが、ここ半年ほど私の頭によく流れるのはビル・エヴァンスとスタン・ゲッツの演奏による「The Peacocks」という曲。
     曲に何かを探すも、むしろ探さなくてもいいのだと言わんばかりに満ち足りた空気感がある。枠に収まって生きることが馬鹿らしくも思えてくるから不思議だ。

     ちなみに私はビル・エヴァンスのファンというわけではない。だいたい、アーティストに執着はなく、その曲が好きという感覚だけで音楽を聴いている。
     それでもビル・エヴァンスの曲には、ふと立ち止まってしまうことが多い。


     そしてまた話は変わるが、よく麻雀の配信を観ている。とは言っても麻雀に詳しいわけではない。牌の図柄の美しさと、技術もさることながら「運」にも左右されるあたりに、神秘を感じてしまうのだ。
     そして緑一色(リューイーソー)という役満に憧れ、いつか出ないかとワクワクしている。

     そんなことを思っているからか、緑一色(リューイーソー)とビル・エヴァンスの静謐な曲「Blue in Green」が私の頭の中でカシャっとはまってしまった。
     あれ?
     単に緑(Green)に反応しただけか。
     いや、私だけが感じる気高さか……。

     調べてみる。
     緑一色はアメリカで発案された「All Green」という役満が中国に逆輸入されたのだそうだ。
     そのついでに前々から気になっていたこと。「白」「發」「中」はなぜその漢字なのかも。
     諸説あるようだが、「白い肌」「緑の黒髪」「紅い唇」という美女の三大要素というものらしい。それを知って、ますます麻雀に浪漫を感じてしまった。


     電車に揺られる前夜、ジャズギターのライブに行った。実はそれが目的だった。
     同じ楽器だからこその三者三様の世界観。
     その音を選択した奏者の心意気。
     そしてワルツ。白髪混じりの大人が弾くワルツは、置き去ったロマンティックを漂わせて、色気を感じる。
     この夜は、素敵だった。


     あ、電車の彼女が降りていった。
     お母さんと手をつないで。
     私の頭に「Waltz for Debby」が流れる。
     ビル・エヴァンスが愛する姪っ子デビイのために作った可愛らしいワルツ。
     きっと彼女がデビイなのだ……。

     いつか大人になるだろう彼女を想像する。
     白い肌、緑の黒髪、紅い唇。
     きっと美しく育つのだ。

     この頃の私の伏線を、彼女がすべて回収してくれたような気がした。

     
     
    鏡のなかの自分が誰だかわからないという症状。 この解離症(離人症)だけは手に負えそうにない。 「いつか突然、私の記憶が消えてしまったら……」 そんなわけで、日々の思いを苦手な文章でつづっている。 私の生きがい、ドールやジャズのことも。 こんばんは。読んで下さってありがとう。

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