
「極上の錯覚」サウンドに身を委ねて24「57ヘルツの手術」 部屋の唸りを、ピンポイントで削り取る
~AIと組み上げるモダン・ヴィンテージ・聖域化オーディオ構成~
【はじめに:本作のコンセプト】
一行の問いから、旅が始まる。往年の「名機」と最新のネットワーク技術を融合させ、AIという「外部脳」と共にノイズ対策を推し進め聖域化オーディオを構築する日々。ケーブルを変え、ルーターのポートを分け、光アイソレートで壁を築く。その果てに鳴り響く「モダン・ヴィンテージ・サウンド」は、果たして真実のピュア・サウンドか、それとも心地よいプラセボか。これは、真偽すらもスパイスとして楽しむ、大人のためのオーディオ探求録である。
スピーカーの配置を追い込み、音場は見違えた。次は、司令塔に手を入れる。
Eversolo(エバーソロ)DMP-A8は、Android OSを使ったミュージックストリーマーだ。
ネットワーク経由で、Qobuz・Amazon Music・Apple Music・Spotifyなどのストリーミングや、
ハイレゾ音源を再生できる。
単なるストリーマーにとどまらず、DAP・DAC・プリアンプの機能を一体化しており、
これ一台でシステムの中核として司令塔を担う能力をもつ。末尾参照
DMP-A8に搭載されたこうした機能は、どんなに自画自賛しても十分に活用できているとは言い難かった。
まずは、DSP(デジタル信号処理)という頭脳がどれほどのものか見てみよう。
そこで私は、AIに問いを投げかけた。
「DSP、R2Rボリューム、DACセパレーション――この機械が誇る三つの技術のうち、まずはDSPと音響補正について、部屋の中で聞こえる音の特性をどのように調整するのかを教えてほしい、と。
するとAIは、またしても待っていましたとばかりに熱を帯びた回答を返してきた。
どんなに良いスピーカーを使っても、部屋の形や壁の材質で音は変わる。
DSPは、その部屋の「癖」を修正する頭脳だ、と。
部屋の角で「特定」の「低音」が「響きすぎ」て生じる「定在波」を、
パラメトリックEQという機能で、ピンポイントに狙い撃ちして削り取れる、という。
私の問いかけに対して期待していた内容の次元を超える回答だったが、面白そうだった。
やってみよう。そのためには、まず自分の部屋の「癖」を測らなければならない。
スマホで、部屋を測る
測定には、専用の測定用マイクが要るのだろう、と私は思っていた。
ところがAIは、スマホの内蔵マイクでも代用できる、と言う。
手持ちのマイクを尋ねられ、私は、スマホ、標準プラグのマイク、三つ穴のマイク、どれもある、と答えた。
AIの答えは、意外なものだった。
マイクの「性能」より「性格」が重要だ、と。
測定には、三百六十度すべての音を平等に拾う「無指向性」のマイクが要る。
カラオケ用の高級なマイクは、正面の音だけを拾う「単一指向性」なので、かえって不向きである。結局、いちばん素性の素直な、スマホの内蔵マイクを使うことになった。
いつも高価な道具がよいとは限らない。
測定アプリ(Spectroid)を立ち上げ、スピーカーからピンクノイズという「ザーッ」という音を出す。
マイクは、普段自分の耳がある高さ、リスニングポイントの中心に、天井へ向けて構える。
エアコンも空気清浄機も止め、部屋を静かにして、身じろぎせずに測る。
生活音は、すべて雑音になるからだ。
測定結果の画面を、私はAIに送った。
「こんな感じでした」と。
57Hzの山
AIは、そのグラフを見て、はっきりと言った。
「57Hzと表示されている、左側の大きく突き出た『山』があります」と。
その一点だけが、周りの音より十五デシベルから二十デシベルも高く、突き抜けている。
「定在波」を起こしている。
私の部屋は、その「癖」のせいで、57Hz付近の低音がワンワンと響きすぎている。
これが、低音がすっきりしない最大の犯人かもしれないというのである。
画面の中に、それは確かにあった。
なだらかな稜線の中で、一箇所だけ、鋭く天を突く山。
数値が、私の部屋の癖を、隠しようもなく描き出していた。
ふだん耳で「なんとなく低音がボワつく」と感じていたものが、
目に見える山のかたちとなった。
パラメトリックEQで削り取る
AIは言った。
この山だけを、DMP-A8のパラメトリックEQで、ピンポイントに削り取る。
他の帯域はそのままに、このモヤモヤした低音だけをすっきりさせる「外科手術」をしようということだ。
だが、その手術は、簡単ではなかった。
DMP-A8のコントロールアプリは、多機能な分、目的の画面にたどり着くまでが一苦労だった。
DSPの画面を開く。
だが、入力ソースごとのスイッチが、すべてオフになっている。
これでは、設定しても音に反映されない。
AIに聞き、やってみる。一つ一つの画面を写真に撮ってはAIに送る。AIは、その一枚一枚を見て、次の一手を示してくれた。
「これですか」「どれをどうすればよいのですか」「この後にどこをどうすると開始できるのですか」と、手順を確かめながら、一手一手、繰り返して進めた。
・「本体プレーヤー」のスイッチをオンにする。
・「Config 1」をタップして、グラフの画面に入る。
・左右のスピーカーに同じ設定を一度に適用するため「Independent EQ」をオフにする。
・定在波は左右共通の問題だから、まとめて設定する。
・PEQのスイッチをオンにして、特定の周波数だけを上げたり下げたりする。
・既定のフラットグラフが描かれた枠をタップして、大きなグラフの画面を表示させる。
・「周波数(Freq =Frequency)の設定 は画面下のFボタンでピンポイントに、深く、狭く設定する。
ピンポイントで =周波数57Hz(狙う場所を、その一点に定める)
深く =ゲイン マイナス10dB(しっかり削る、深く切り込む)
狭く =Q値5.0(削る幅を狭く、鋭くする)
[Q値を5.0]
設定を終えた画面を送ると、AIは言った。
「完璧です!まさにその設定です」と。
グラフの白い線が、57Hzの一点で、鋭くV字に切れ込んでいる。これが、あの山を手術で削り取る「メス」だ、と。
霧が、晴れる
いよいよ、術後の経過観察だ。
イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」のライブ盤をかけた。
イントロのベースと、その後のボーカルのバランスを見るのに、これ以上ない一曲だ。
聴いて、私は書き送った。
「Hotel California Liveバージョン。まず、イントロのバス。ヴォーカルは、いつもより一つ前で朗々と歌っているような気がしました」と。
「『ボーカルが一つ前で朗々と歌っている』というのは、まさに大成功の兆しです」とAIは応じた。
そして、その理由を「マスキング効果」という言葉で説明した。
低い音(57Hzのボワつき)が強すぎると、人間の耳は、それより高い音――ボーカルの中音域を聞き取りにくくなる。
低い音が、中音を覆い隠してしまうのだ。
今回、その57ヘルツの「霧」を取り除いたことで、隠されていたボーカルが一つ前に歩み出て、クリアに聞こえるようになったのだ、と。
AIは、もう一つ念を押してきた。
イントロのバスそのものは、どうか。
1 「ボワーン」という膨らみが消えて引き締まり、ベース弦の輪郭やバスドラのフットペダルが見えるようになった(成功)か。
2 量感が減りすぎて、痩せてスカスカになった(削りすぎ)か。もし削りすぎなら、
ゲインを少し戻す微調整が要る、と。
私の答えは、迷いなく一つだった。
「1です」と。
ドラム音が、引き締まった。
膨らみが消えて、ベース隊の輪郭とリズムが、見えるようになった。
「それが一番の正解であり、大成功の証です」とAIは言った。
低音を削ったのに音が良くなった理由――それは、マスキング効果が解消されたからだ。
57Hzの唸りという霧が晴れて、その裏に隠れていたベースの弦の震えや、ドラムの皮の張り具合までが、手に取るように見えるようになった。
闇雲に音を変えるのではなく、「部屋の悪さ」だけを取り除く。
これこそが、DSPを使いこなす醍醐味だ、と。
足したのではなく、引いた
この日、私がやったことは、音を足すことではなかった。
むしろ、逆だった。
57Hzという一点を、マイナス10デシベル、引いた。削った。減らした。
それなのに、音は良くなった。
低音は痩せるどころか、かえって引き締まり、ベースの輪郭が見えるようになり、
ボーカルが前に出てきた。
何かを足して豪華にするのではなく、余計な唸りを一つ削るだけで、隠れていた本来の音が顔を出す。オーディオには、そういう不思議がある。
そして、この手術には、これまでのセッティングと違う点が一つあった。
耳だけでなく、目で、部屋の「癖」を見たことだ。
「なんとなくボワつく」という曖昧な感覚が、57Hzという数字と、グラフの山という形になった。その山を削ると、音が変わった。私の感覚は、数値という裏づけを得た。良い音が言語化できたのである。
果たしてこれは、部屋の定在波が消え本当に良い音になったのだろうか。それとも、グラフの山を見て「削ったのだから良くなったはずだ」と、私の耳が思い込んだ、都合の良い「気のせい」なのだろうか。
測定という数字があるだけに、いつもより少しだけ、私は自分の耳を信じてもいい気がした。
だが――やはり、確かなことは分からない。
――どちらでもいい。57Hzの霧が晴れた部屋で、今夜も、ドン・ヘンリーが、一つ前へ歩み出て、朗々と歌っている。
【参考資料】
DSP(デジタル信号処理) — パラメトリックEQなどで、部屋の定在波(特定周波数の唸り)をピンポイントに補正できる。第24回で、57Hzの定在波を削った、あの機能。
R2Rボリューム — 抵抗を組み合わせた高精度なアナログ・ボリューム制御。デジタル的に音を絞ると情報が痩せるが、R2R方式は小音量でも音質の劣化が少ない。
DACセパレーション — 内蔵DAC(デジタル→アナログ変換)部を、ノイズ源から分離・独立させる設計。
PEQは「パラメトリック・イコライザー」の略で、音の特定の周波数帯だけを、狙って持ち上げたり削ったりできる機能。普通のイコライザー(低音・中音・高音のつまみ)より、はるかに精密に、「ここだけ」を操作できる。第24回では、部屋が唸る57Hzという一点だけを削るために、これを使った。
DMP-A8は、CDドライブをつなげばCD再生やリッピングができ、増設したSSD(M.2 NVMe)に音源を保存できる。HDMIやUSB、光・同軸のデジタル入出力も備え、外部DACや映像機器とも接続できる。プリアンプ出力(XLR/RCA)でパワーアンプやアクティブスピーカーに直結し、トリガーポートでパワーアンプの電源連携もできる。