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Photo byjunko120

猫ガチャ。猫は裏切らない。そして私は、ただ在ることを学ぶ。

    我が家には、癒し科(課)の先生が3びき。
    完全マンツーマン指導制です。

    耳の先からしっぽの先まで、完璧。
    一日の大半は充電中。
    食べて、寝て、のらりくらり。

    なのに、私の微細な感情は見逃さない。

    少し沈んでいる日は、言葉より先に横にいる。
    あの何とも言えないアイコンタクト。
    真似できません。

    人間から見るとイタズラのようでも、猫からすれば通常業務。

    お弁当の盛り付け途中で
    スンスン。ペロっ。
    「試食隊ですかーい。」

    そのまま子どもに持たせる母。
    当然バレている。

    それでも子どもたちは言います。

    「猫様の毛が入ってたらラッキーな日!」

    なんという家庭内信仰。

    夜の寝床は猫ガチャ。

    布団に先越された日は、私が端へ。
    はみ出しても問題なし。

    むしろ、私の布団で寝ていることの方が嬉しい。

    猫は裏切らない。

    そう言い切ると、少し乱暴にも聞こえるかもしれない。

    でも考えてみると、猫は最初から何も約束していない。

    「ずっとそばにいるよ」とも言わない。
    「あなたの期待に応えるよ」とも言わない。
    「役に立つよ」とも言わない。

    ただ、猫でいる。

    裏切りとは、
    期待と契約が生んだ言葉なのかもしれない。

    人は無意識に条件を置く。

    優しくしてくれたら安心。
    分かってくれたら信じる。
    応えてくれたら好きになる。

    けれど猫は、その枠の外にいる。

    媚びない。
    説明しない。
    期待を背負わない。

    それでも、愛おしい。

    もしかすると私は、
    猫を愛しているというより、

    「条件のない関係」に安堵しているのかもしれない。

    評価されなくていい。
    成果を出さなくていい。
    正解でなくていい。

    ただ、在る。

    その在り方そのものが許されている空間。

    猫は裏切らない。

    それは、何も約束せず、
    何も演じず、
    ただ在る強さを知っているから。

    だから今日も、私はモフモフに顔をうずめる。

    ゴロゴロという音を聞きながら思う。

    私は、何かを成し遂げなくてもいい。
    ちゃんとしていなくてもいい。
    役に立っていなくてもいい。

    ただ在ることを、
    少しずつ、学んでいる途中。

    癒し科(課)3びきの先生、
    本日もご指導ありがとうございます。

    そして今夜も、猫ガチャの結果を楽しみに。

    布団の端でも、幸せです。

    ただ在るだけで満ちている夜が、ここにあります。

    おかげさまです。
    ありがとう。

    #創作大賞2026 #エッセイ部門

     
     
    感じる力を、取り戻す言葉を書いています。 感情に善悪はない。 ただ、守ろうとしていただけ。 生きづらさの奥にある “守ろうとした心”を 静かにほどく文章を綴っています。

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