
選んだつもりで、選ばされていたー私が再び、自分自身を選ぶまでー(15) 〈最終回〉
彼方
四十年近い年月は、見て見ぬ振りには重過ぎた。
長い人生の中の数年ではない。
人生全てと言ってもいい。
病気の再燃を恐れ、敢えてトラウマに目を向ける必要はないと言われた主治医の意図はわかる。
ただ、常に肩に乗っている大きな空白の荷物が、煩わしくて仕方なかった。
返金請求は、一つ一つ丁寧に自分を振り返り、空白を埋める作業だった。
私はずっと日記や家計簿を細かく付けていたので、担当弁護士さんが、それこそ気の遠くなるような何年分もの資料から証拠を拾い上げてくれた。
そんな作業の中で嫌でも当時の状況を振り返るし、文科省のヒアリングや陳述書の作成など、目を背けたい事も直視していかなければならない。
そして表面的な歴史のみならず、私は自分の心の変化を追ってみようと思った。
むしろ、そちらの方が重要で、今後これほどまでに人生を無駄にする人が現れないように、こんな私でも少しは教訓を示せるのではないかと思ったのだ。
体験記を毎回執筆して行く中で、ばらけていた点が線で繋がり、不完全ではあるが、ある程度の心の年表が出来上がった。
そして四十年の空白は、だいぶ埋め尽くされた。
私が再び自分自身を取り戻したのは、この執筆期間に他ならない。
ーー2026年、新春
「ねえ菜緒、今年も家族旅行行く?行くなら咲智も行くよ」
「そうだね、今年も行こうか。去年の旅館、良かったよね。ね、お母さん」
「うん、食事もお風呂も良かったね。今年は優斗も行けるといいね」
「優斗は付き合い悪いからなあ。でも優斗が行ったら、ウーニャ、一人でお留守番になっちゃうよ」
「大丈夫だよ、猫さんは一晩くらい」
保護猫のウーニャは、重要な家族の“かすがい”の役割を果たしてくれている。
出会いは五年ほど前。
花壇の手入れをしている私の前にトコトコやって来て座り、「ナーン」と一声挨拶をしたのが始まりだ。
それから連日の猛アピールが始まった。
このお家の子にして欲しいと全力で訴えていた割には、家に入れたら障子を破くだけ破き、自分で網戸を開けて脱走。
布団への粗相、夜鳴き、散々手間がかかったけれど、今ではすっかりモフモフのプクプクで、家族皆が大好きな我が家の幸せ招き猫だ。
そしてこの頃になって咲智はようやく父親と、一言二言会話が出来るようになって来た。
夫の謙遜な態度が、少しずつ娘の気持ちを溶かして行ったのだろう。
二十年近い確執がわずかずつほどけようとしている。
2月、証拠があった被害額の75%が返金され、これまで苦しみ続けて来た借金を全て返した。
残った額は老後を安心して過ごせるほどのものではないけれど、体調に気を配りながら、もちろんこれからも仕事を続けて行く。
三人の子ども達に、わずかずつだがお金を渡した。
咲智と菜緒は奨学金の足しにすると言って喜んだ。
しかし優斗は最初、「いらない!」と拒んだ。
何一つ愚痴を言わず、精神的な支えとなり続けてくれていた優斗。
「この程度の事で、今までを無かったものにしないで欲しい」
寡黙な息子の、その一言が物語る。
損なった心のかけらを取り戻すのは容易ではない。
親思いの子ども達の優しさに甘える事なく、自分自身を選び取った残りの人生を、生涯分の情緒あるものにしようと、今一度気持ちを引き締めた。
ーーお母さん、
私がこの歳まで生きられたのは、多宝塔のおかげじゃないよ。
お母さんが私の中に植え付けてくれた愛情のおかげなんだよ。
人の命や心はね、お金じゃ買えないの。
四十年かけて習ったよ。
長い長い…トレーニングだったよ。
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半年間に亘る連載 「選んだつもりで、選ばされていた」 最終回を迎える事が出来ました。毎回読んで下さり、応援して下さった皆様、本当に有難うございました🥹 これからも時々訪ねて来て、2度3度読んで下されば嬉しいです。
今後の記事については、また後日お知らせ致します。
本当に本当に、有難うございました💐
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