
眺聞千句【78】 誰を主役にするのか
マイライフ新聞、2009年9月15日号。
小学1年生から80歳代まで、155人が舞台に立ったフラコンサートの記事がある。
家族の介護に疲れている人も、子育てに奮闘している母親もいる。
福祉施設や介護施設でもフラを披露し、車椅子のお年寄りたちも、美しい手踊りで一緒に楽しむという。
さらに、コンサートの収益金は、枚方市こども夢基金に寄付された。
愛と喜びを分かち合う、温かな催しである。
このような活動は、まず拍手で受け止めたいと思う。
その一方で、私は時折、こうした催しの記事を読みながら、わずかな居心地の悪さを感じることがある。
それは、善意を疑っているからではない。
「楽しませてあげる人」と、「楽しませてもらう人」という関係が、いつの間にか出来上がってはいないだろうか、と思うからである。
もちろん、この記事のコンサートがそうだったということではない。
ただ、人を支援しようとするとき、人を喜ばせようとするとき、行う側の満足や達成感が、知らないうちに中心に置かれることがある。
大切なのは、主宰者や支援する人が輝くことではなく、そこにいる一人ひとりが、自分の踊りを踊れることなのかもしれない。
踊る人も、見る人も、車椅子で手を動かす人も、誰かに楽しませてもらうだけの人ではない。
その場を一緒につくる、かけがえのない一人である。
愛と喜びを分かち合うとは、何かを与えてあげることではなく、主役の座を互いに譲り合うことなのかもしれない。