
🐴 Aussieオーストラリア、馬と暮らした物語<7>🐴
【第7話】Jackと暮らす決断
—気がつけば、大きな一歩を踏み出していた。—
ポニークラブを卒業して次のステップへ進むには、自分の馬が必要だった。
クラブの馬に乗って経験を積む場所がポニークラブなら、地元のホースクラブは自分の馬で参加するのが当たり前の世界だ。つまり、馬を持たなければ、次へは進めない。
頭ではわかっていた。でも、「自馬を持つ」ということが、どういうことなのか。そのときの私には、まだ実感がなかった。
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家族で話し合った結果、ポニークラブに相談することにした。
「Jackを譲りましょうか。」
クラブからそう言われたとき、「えっ!Jackを譲ってもらえるのですか?」と私も驚いたが、Rinaは大喜びだった。 Rinaとともに走ってきたJackは、ポニークラブにいるより、Rinaと一緒に競技の世界に挑戦する方が幸せだろう―クラブの人たちはそう考えてくれたのだ。
馬を飼ったこともなく、周りに馬がいたわけでもない日本人家族の私たちにJackを託してくれるなんて、嬉しくて飛び上がりたいほどだった。

Jackが私たちの家族になる。それは自然な流れだったのかもしれない。
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けれど、ここからが本当のスタートだった。
馬を飼うとはどういうことか。何を食べるのか。その餌はどこで買えるのか。1日に何回与えるのか。何もかもが初めてで、1から10まで聞かなければならなかった。
今までJackはどんなものを食べていたのかをポニークラブのインストラクターに問うと、丁寧に教えてくれた。
主食はLucerne Chaff(ルーサン・チャフ)とOaten Chaff(オートン・チャフ)。そこにHorse & Pony Pellets(ペレット)とOil Omega3を加え、塩のパウダーを混ぜる。ステーブルには、馬が自由になめられるSalt Block(ソルトブロック)を吊るしておく。
朝と夕方、新鮮な水と一緒に与える。食事とは別に、いつでも食べられるようHay(ヘイ)を袋に入れて置いておく。
なるほど、馬の食事は、思っていたよりずっと奥が深い。
さらには、栄養剤、疝痛という病気を予防する経口の薬—などなど、その時々によってそれらをエサに混ぜたり、直接口から食べさせる。
そういえば、ポニークラブでもレッスンが終わった後は必ず餌の準備があった。倉庫の中にずらーっとえさの入ったバケツが並んでいた。それをステーブルのエサ箱に入れるのも子供たちの仕事だった。

広いパドックで干し草を食べていた馬たちは、夕方になると自分のステーブルへ戻り、それぞれの餌を食べ、そのままそこで眠る。
加えて、定期的に必要な事として、蹄鉄の付け替え、歯のお手入れがあるらしい。
爪が伸びたら切る。虫歯ができたら治療する。私たちが日頃当たり前にしていることを、馬たちにもしてあげるのだ。
馬を飼うことが日常であるこの土地では、それは特別なことでも何でもなかった。今でこそ当然のように話せるけれど、当時の私は何ひとつ知らなかった。
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さて、次の問題があった。
私たちが住んでいるのは、マンションだった。庭もなく、当然馬を飼えるような場所はない。Jackをどこで飼うのか。預かってくれる施設を探すのか、それとも—。
家族会議を開いた。
「預ける? それとも、引っ越す?」
答えはすぐには出なかった。でも、話し合ううちに、ひとつの気持ちがじわじわと浮かんできた。
日本ではできないことをしよう—オーストラリアに来たとき、そう思っていたはずだった。
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ポニークラブの友人は、みんな自分の家で馬を飼っていた。
広い敷地に、パドックがあって、ステーブル(厩舎)がある。子どもが毎日馬のそばにいられる環境。それが彼女たちにとっての当たり前だった。
そんな暮らしを見ているうちに、自然と気持ちが固まっていった。「私たちもそうしよう」—いつのまにか、家族の総意になっていた。
話し合ううちに、引っ越しを前提に話が進んでいた。
大きな決断のはずだった。でも不思議なことに、そのときの私には、あまり決断した、という感覚がなかった。ただ、少しずつ、自然に、次の方向へ向かっていた。
—馬の飼える家を、探し始めることになった。

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