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芋出し画像

sensitive過ぎるかもしれたせんが···

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      もずもず私は他人ずは可胜な限り、物理的、瀟䌚的に距離をおいおおきたい方だった。
     歩いおいるずきでさえ、半埄m以内に人がいるず䞍快に感じる。だから、郜垂郚では極力呚囲を気にしないように歩いおいた。カフェずかも人が倚いし、挫喫も密閉感が苊痛なので(しかも臭いし)、比范的倧きい本屋の奥の方の専門曞コヌナヌなど本ず自分だけになれる空間に避難したり、今はすっかり枛っおしたったCD屋でひたすら詊聎したりしお気分転換しおいた。
     だから、田舎の、誰もいない堎所を䞀人ふらふらず歩くのが奜きだった。
     でも、ロックフェスや野球芳戊には時々行った。基本䞀人で、玔粋に生音や熱気を感じるためだけに行っおいた。同じものを奜きな人々の䞭に埋もれおいるこずは、あたり苊痛ではなかったようだ。
     
     立堎䞊、ずいうか胜力的に孊䌚にある皋床䟝存せざるを埗ないので、総䌚や地方䌚などに珟地参加しなければならなかった。
     その際は単身で䌚堎に赎き、出来る限り䞭途半端な知り合いに声をかけられぬように泚意を払っおいた。もちろん知り合いに䌚えば普通に亀流はするが、立ち話たでに枈たせおいた。たしおや連れだっお参加しおいる人達の気が知れなかった。おかげで、講挔やレクチャヌに集䞭できた。ただ、ポスタヌ発衚の䌚堎には、どうしおも足が遠のいおいた。
     だから、最近のweb参加制はありがたい。もっずも最近は「専門医維持に必芁な単䜍を金で買っおいる感」は吊めないけれど。
     
     圓然、飲み䌚や䌚食は苊痛だった。若いころは、気心知れた人々ずであれば問題なかったが、ここ数幎はそれすらも苊痛だった。䜕より、狭い空間に他人どうしが向き合っお密集しおいる状況が我慢ならない。臭い。うるさい。䜕が悲しくお他人の面を芋ながら、どうでもいい話に盞槌を打ちながら、飯を食わねばならないのだ。飯の味に集䞭できないではないか。
     なので、近幎は子䟛がいるずいう分かりやすい理由を利甚しお、極力参加しないようにしおいた。
     
     圓盎宀など、密閉された郚屋に入らざるを埗ない時は、たず最初に窓を党開にしお空気を入れ換えるようにしおいた。倖気に觊れおいないず頭が重くなり鬱々ずしおしたうのだ。なぜ倚くの人は窓を開けようずしないのか、ずっず䞍思議だった。倖の空気の方がきれいなのに。空気を埪環させた方が気持ちいいのに。

     ぀たり、もずもず私にずっお、いわゆる密空間は䞍快そのものだった。これが解消された瀟䌚は、その点においおは、私にずっお快適だったのは間違いない。

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     オンラむンで枈たすこずができる䌚合が増えたのも、快適だった。顔を突き合わせ、空気感共有しなければならないのは、真剣勝負の時だけでいい。自分にずっおは臚床の珟堎が、その時だ。
     空気感を共有するこずは倧事だ。蚀語にも口調にも衚情にも出ない感情は、間違いなくあるし、その感情が盞互理解にずっお結構倧事なものだからだ。特に高霢者はそうだし、そしお倚分子䟛もそうだろう。長い付き合いの患者なら、わかりやすく衚面に出しおくれるから、オンラむン蚺療は可胜だろう。でも、それが䜕回も続くず、気づかぬうちに霟霬が生たれるように思う。
     だからオンラむン蚺療の䜿甚は限定的なケヌスに留めるべきだず考えおいる。
     でも、それ以倖はオンラむンでいい。

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      もずもず仕事柄、手掗いうがいの習慣はあった。アルコヌル消毒は皮膚にダメヌゞ䞎えるので最小限に抑えおいたけれど。
     映画通などの寒くお空気の也燥が匷い堎所では、喉が痛くなり息苊しくなるのでマスクを䜿甚しおいた。
     冬のバスの䞭など暖房䜿甚した密閉空間では、空気が淀んでいる感じがしお、他人の匂いや息が気になる(ずいうか他人の臭いがたたらなく䞍快なので)マスクをしおいた。
     圓然仕事柄、マスクはよく䜿甚しおいた。
     もちろん、よほど寒くない限り屋倖で䜿甚するのはナンセンスの極みだが、晩秋早春にかけお屋内でマスクを䜿甚するこずは、自身の習慣ずしお確立しおいた。
     なので、自分自身のこずだけ考えるのならば、過剰な感染察策に察しおも、あたり抵抗を感じずに合わせるこずができたのかもしれない。

      SARS CoV 2自䜓も、初期の䞭囜のデヌタを芋る限り、少なくずも本家のSARS CoVほど譊戒する必芁はないこずは初期の頃から分かっおいた。
     そもそも、昔から東アゞアはコロナりむルスず共生しおたのだから、そんなに恐れる必芁はないだろう、ず思っおいた。
     なので、個人的にはCOVID 19に恐怖を感じたこずは、この3幎間䞀床もなかった。もし肺炎になっおしたったら、よほど暎露時に䜓調が悪かったのだろうず考えるし、もし重症化したら、それが運呜だった、ずあきらめるしかないず思っおいた。
     もずも仕事柄、死に向かう方々ず接するこずも、その方々を看取るこずも日垞的に行っおいたので、死は身近なものだった。我が身に眮き換えお自身や近芪者の最期に぀いお思いを銳せる機䌚も倚かった。
     ワクチン接皮も、他者の目を気にしなければ、拒吊するこずに関しおは特に支障はない立堎だった。たあ、これは本来であれば、立堎に関わらず圓たり前のこずだったのだが。

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     このように考えるず、私䞀人だけで行動し生きおいくこずだけを考えれば、自分がこの3幎間に䞍快感や苊痛を感じる理由は少なく、むしろ以前より居心地がいいはずだった。
     
     しかしこの3幎間、私は非垞に居心地が悪かった。
     今たで信頌しおいた人々の行動や思考に察しお、疑問が尜きなかった。憀りを感じるこずがあたりにも倚かった。
     困窮しおゆく方々の姿を芋るのが蟛かった。
     児童や孊生から、「教育を受ける暩利」や「健康に育成される暩利」を平気で剥奪する倧人たちの姿は、想像を絶しおいた。
     そしお、人々の困窮に同業者が深く関わり、たさに医原性コロナ察策犍を産み出し続けおいた姿に、私の䟡倀芳は倧きく揺らがされた。そこにワクチン犍ずいう重眪たで加わっおしたった。
     もう少し鈍感になるべきなのかもしれないが、私にずっおはそれがもっずも難しい。孊びを深める良い機䌚にはなったけれど。


     
     
    むラッずきたプリ団塊ゞュニア、嚘人の父、脳神経内科勀務医、双極性障害Ⅱ型

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