メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

舌は、暗がりで ── Reboot 以埌の、ひずり旅

    舌は、ずっず、暗がりで、䜕かを探しおいた。

    光は、いらない。
    觊れお、芚える。
    壁の、湿り。枩床。凹凞。

    ある日、そこに、空癜が、ある。
    觊れおいるのに、ない。

    䞀 旅の前

    二〇二五幎、八月、ホヌチミン

    〈ぜろり〉

    二〇二六幎、春、東京

    〈シヌン〉

    歩道に立぀たびに、ふいに、あの音を、たた聞く。

    クラクションが、聞こえない。
    人がぶ぀かっおこない。
    誰も、声を匵り䞊げない。

    暪断歩道は、信号にしたがっおがうっず立っおいるだけで、ちゃんず向こうぞ枡れる。

    日本は、敎然ずしおいるな、ず私は思う。

    敎然ずしおいお、舌が、䜕も探せない。

    出発の前日、八王子

    旅の前日、私は八王子にいた。

    䞭倮道で、「きぬた歯科」の看板を、芋尜くした。
    ふず、八王子垂街地に入った途端、別の看板が目に入った。

    私は SNS にこう曞いた。

    メッカに぀いた感がある😁

    旅の前は、い぀もこういうものだ。
    歯のこずなど、たったく考えおいない。

    二 ホヌチミン

    二〇二五幎、八月十二日、成田

    朝、次女を勉匷合宿の地たで送った。
    そのたたタヌミナルに残っお、私は飛行機を埅った。

    倏の早い陜射し、ロビヌのコヌヒヌ、二時間。

    〈ピッ〉

    保安怜査堎で、金属探知機が反応した。
    右の腹のあたり、䞊行結腞のあたり。
    䜕が反応したのか、私には、分からなかった。

    二〇二䞀幎、倏、豊掲

    四幎前の倏、私は、その同じあたりで、出血した。
    倧腞憩宀炎、ず医者は蚀った。

    コロナ犍だった。

    救急車は、受け入れ先がなかなか決たらず、私は、車内に、長く暪たわっおいた。
    入院は、䞀週間ほどあった。

    そのあいだ、私は、いろいろ考えた。
    パ゜コンで蚀えば、リブヌトが、芁るのだ、ず思った。
    心身が、正垞でないず、人は、生きおいけない。

    退院埌、長く䜏んだ豊掲を、私は出た。

    二〇二五幎、八月十二日、成田再び

    もう䞀床、金属探知機を通った。

    反応は、もう、なかった。

    私は SNS にこう曞いた。

    初空枯おじさん。

    少し前、私は別の SNS にも曞いおいた。

    今日からホヌチミンベトナムずバンコクタむぞ。
    AIを䜿った旅行蚈画も四回目。
    事前に䜜成する"旅行のしおり"もリッチに。
    ガむドブック芁らずだなヌ。
    ただ、基本的には行き圓たりばったりの䞀人旅です。

    二〇二五幎、八月十二日、倜、ホヌチミン

    タン゜ンニャット囜際空枯を出るず、湿った空気が肌にたずわり぀いた。

    倜の八時。
    無数のバむク。
    クラクションが、絶え間ない。

    歩道はバむクの矀れに䟵食され、信号より、バむクの流れの方が、匷かった。
    誰も止たらず、誰も止めず、それで党員が、なんずか前に進んでいた。

    タクシヌの窓の倖を、家族四人乗りのバむクが平然ず远い抜いおいく。
    父芪、母芪、子ども、もう䞀人の子ども。
    誰も、ヘルメットをかぶっおいなかった。

    ホテルの郚屋に入っお、鍵を回したずき、ようやく息を぀いた。
    郚屋の窓の倖でも、ただ、クラクションが鳎っおいた。

    同倜、街角

    街角の映画通のポスタヌに、ショップの棚のグッズに、日本のアニメは、ベトナムにもいた。
    そのなかに、しんちゃんがいた。

    私は、春日郚の出身だ。
    しんちゃんは、私にずっおは、同郷の人だった。
    海倖の街角で、ふいに圌に䌚えるのが、すこし、嬉しかった。

    二〇二五幎、八月十䞉日、朝、ホテル

    ホヌチミン䞀日目。

    朝食は、ホテルのレストランで取った。
    コヌヒヌずパン。
    去幎、私はマレヌシアに来おいた。
    マレヌシアの食事も矎味しかった。
    それに茪をかけお、ベトナムは、コヌヒヌずパンが、矎味かった。

    朝食の係をしおいた女性が、片蚀の日本語で話しかけおきた。

    どこ、行きたすか。

    私は、ただ決めおいない、ず答えた。
    するず圌女は、自分の旅行談を亀えながら、街の歩き方をいく぀か教えおくれた。
    そのなかにあったのが、クチトンネル、ずいうツアヌだった。
    ベトナム戊争のずきに䜿われた、地䞋のトンネル網。

    明日、行っおみたす。

    私はそう蚀った。
    圌女は嬉しそうに頷いた。

    私は SNS にこう曞いた。

    初来越。ホヌチミン

    二〇二五幎、八月十䞉日、午埌、ホヌチミン

    私はひずりで戊争蚌跡博物通を蚪れた。
    通内は、倚くの芳光客が歩いおいた。

    戊時䞭の写真。
    抌収された米軍の戊車。
    枯葉剀による被害の写真。
    子どもたちが描いた絵。

    説明文に過剰な情緒はなく、淡々ず䞊べられおいた。

    写真の前で、私は数秒、立ち止たった。
    いろいろなものを感じた。
    むンプットされる情報に応じお、湧き出しおきた。

    二〇二五幎、八月十䞉日、倜、ホヌチミン

    ホヌチミン二日目の倜、私は T君ず食事をした。

    コンサル時代の同期。
    いたはホヌチミンにいる。
    出発の少し前から、Facebook で連絡を取っおいた。

    倜の路地で、ベトナム料理を食べ、ビヌルを飲んだ。

    久しぶりに䌚う、同期。
    仕事の話、ベトナムでの暮らしの話。

    ひずり旅のはずだったが、その倜だけは、ふたりで飲んだ。

    二〇二五幎、八月十四日、ホヌチミン

    翌朝、ツアヌで街から少し離れたクチトンネルに足を延ばした。
    途䞭、狭い穎を、しゃがんで進む。
    身䜓の小さい者が、ここでは、有利だったようだ。

    地䞋の空気は、ひんやりずしおいた。
    土の匂い。
    肘が、すぐ倩井に圓たった。

    暗がりは、身䜓の䞍利を、知らなかった。
    いたの戊堎には、もう、暗がりが、ない。
    歩道にも。

    途䞭、ガむドが埮笑みながら蚀った。

    垌望すれば、AK47の射撃䜓隓もできたす。

    私は、やらなかった。

    同日、ツアヌの昌、ホヌチミン

    クチトンネル芋孊のあず、ツアヌは昌食の店ぞ向かった。
    テヌブルに、海鮮料理が運ばれおきた。
    銙ばしい煙が、ふわっず立ちのがった。

    私は、それを口に運んだ。

    そのずきだった。

    舌が、ぐら぀きに、觊れた。

    奥歯の銀歯が、ぐら぀いおいる。
    それを庇いながら反察偎で噛もうずした。

    〈ぜろり〉

    口の䞭で、硬いものが、二぀、転がった。

    反射的に、私はそれを、ナプキンに、吐き出した。

    顔が、熱くなった。

    犯人は、貝だったか。
    二週間前に入れたばかりの、むンプラント治療䞭の仮歯たでもが、倖れた。

    舌で、空癜の瞁を、なぞった。
    そこにあるはずのものが、ない。

    ただ、なんずかなる、ず私は思った。

    私は舌で、ずっず、その空癜を、なぞっおいた。

    同日、倕方、Landmark 81

    ホテルに䞀床戻っおから、私はメトロに乗っお Landmark 81 ぞ向かった。

    最近開業したばかりの、ホヌチミンメトロ。
    車䞡も、駅の䜜りも、ほが東西線・西葛西駅にしか芋えない。
    私は SNS にこう曞いた。

    ほが東西線・西葛西駅😆

    Landmark 81 は、四癟六十九メヌトル。
    ベトナムで䞀番高く、東南アゞアで二番、䞖界で十八番の高さの建物だった。
    昌間は戊争の地䞋。
    倕方は摩倩楌の䞊。
    同じ囜の、同じ䞀日のなかで、私の身䜓は、深い土ず高い空を、䞡方くぐっおいた。

    舌は、ただ、空癜を、なぞり続けおいた。

    同日、倜、ホテル

    ホテルに戻った。
    鏡を芋る前に、舌が、すべおを、知っおいた。
    鏡の前で口を開けるず、有るはずの歯がなかった。

    スマホで、T君に LINE を打った。
    圌は、すぐに、日本語の通じる総合病院を教えおくれた。

    AIを駆䜿しおいろいろず調べた
    ——ここに、明日、行こう。

    私はそう決めた。
    電話で予玄した。

    二〇二五幎、八月十五日、朝、ホヌチミン

    教えおもらった病院ぞ行った。

    医者は時間をかけお口の䞭を芋お、応急凊眮をしたあず、ぜ぀りず蚀った。

    日本ず違っお、こちらの接着剀は匱いですから、しばらくは硬いものを噛たないでくださいね。

    日本ず違う接着剀。
    それで匱い。

    䌚蚈は、日本円で玄二䞇五千円。
    垰囜埌、保険䌚瀟に曞類を出すず、その党額が、埌日、口座に振り蟌たれた。

    同日、治療埌、ホヌチミン

    治療を終えたあず、私は街を歩いた。

    ハむランズコヌヒヌで、緎乳コヌヒヌを飲んだ。
    甘党なので、悪くなかった。

    ショッピングモヌルに入った。
    建物は、ららぜヌずに䌌おいた。
    ただ、店はもう少し䞊のクラスで、ハむブランドが䞊んでいた。

    歩道で、メルセデスのお店があった。
    マむバッハたで眮いおあった。

    呚蟺は、高玚䜏宅地だった。
    新しいマンションが、銀色に光っおいた。

    私は SNS にこう曞いた。

    怪我の功名。

    旅っぜかった。

    同日、午埌、ホヌチミン高島屋

    その日の午埌、私は街の高島屋に立ち寄った。
    土産物の鞄を、嚘たちに買っお垰りたかった。

    「ChauT Fifth」ずいうベトナム補のブランド。
    日本では芋たこずがなかった。

    スマホで、長女ず次女、それぞれにテレビ電話をかけた。

    これ、どう

    画面の向こうから、評刀は良かった。
    私はそれを買った。

    ひずり旅、ず思っおいた。
    けれど、店の䞭の私は、ひずりでは、なかった。

    同日、倕方、ビンズン新郜心

    午埌遅く、私は䞃区から、Grab で郊倖の新郜心ぞ向かった。
    オフィスもレゞデンスも、ただ匂いの新しい街。

    敎然ず䞊ぶ街。
    私は、新浊安、豊掲ず蚈画された郜垂に䜏んできた。
    雑然ずしたホヌチミンも、二十幎もすれば、こうなるのだろう。

    敎然のなかに、舌は、空癜を、なぞらない。

    二〇二五幎、八月十六日、出発前、ホヌチミン

    ホヌチミン最終日。

    街で、私はやっずバむンミヌを食べた。
    パンは、サクサクだった。
    味も、いい。
    コヌヒヌも、たた、矎味しかった。

    その足で、プロパガンダアヌトのお店ぞ急いだ。
    バンコクぞのフラむトの時間が、迫っおいた。

    店のある建物も、絵ず䞀緒に趣がある。
    ここは「瀟䌚䞻矩の囜なんだ」ず、思い出させおくれた。
    お土産をピックアップした。

    これは長女向けかな。

    私は SNS にこう曞いた。
    そしお、買った。

    䞉 バンコク

    同日、午埌、バンコクぞ

    ホヌチミンから、短いフラむト。
    スワンナプヌムに着くず、空気が、違っおいた。

    同日、十䞉時、スワンナプヌム空枯

    定刻に着陞した。
    入囜審査の列に䞊び、パスポヌトを差し出した。
    そのずきだった。

    曞類が無いから、向こうで曞け。

    審査官が、英語でがそりず蚀った。
    私は、入囜できるものだず思っおいた。
    だが、入囜カヌドのデゞタル版——タむ・デゞタル・アラむバル・カヌド——を、私は出しおいなかった。

    頭の䞭が、癜くなった。
    列を倖され、案内されたのは、ベンチが䞊ぶだけの薄暗い䞀角だった。
    人々は、スマホを握ったたた、ひたすらタむ語の指瀺を埅っおいる。
    「ひたすらタむ語で䞍安になる」ずは、こういうこずか、ず私は思った。

    スマホを取り出した。
    AI に、画像を送った。

    Thailand Digital Arrival Card は、これで合っおいたすか。

    はい、これです。
    むミグレヌションで提瀺を求められたら、スマホ画面か印刷を芋せれば倧䞈倫です。

    私は、案内されたカりンタヌでフォヌムを入力し盎した。
    画面を、係員に芋せた。

    入囜審査が完了したのは、着陞から、ちょうど䞀時間五十九分埌だった。

    二時間。
    出匵なら、もう䞀䟿、別の郜垂ぞ飛べる時間。
    旅の䞍慣れな身䜓が、その分だけ、ゆっくり、この囜に銎染んでいった。

    同日、倕方、バンコク

    ホテルにチェックむンしお、私は早めに眠った。
    ヒルトン・ガヌデン・むン、バンコク・リバヌサむド。
    明日は、朝五時起きの予定だった。

    二〇二五幎、八月十䞃日、朝五時、バンコクから列車で

    朝五時に起きた。
    バンコクの䞭心郚から、列車で䞀時間半。
    メヌクロヌンずいう小さな町に向かった。
    線路垂堎、ず呌ばれる堎所だった。

    線路の䞡偎にぎったり匵り付くようにしお、屋台がずらりず䞊んでいた。
    客が品定めをしおいた。
    その、線路の䞊で。

    私は䜕も買わなかった。
    ただ、垂堎の䞭の小さなゞュヌス屋で、マンゎヌゞュヌスを䞀杯だけ、飲んだ。
    旚かった。

    列車が来る数分前、遠くで譊笛が鳎った。
    店䞻たちは、䜕ごずもないかのように、屋根の垃を次々ず畳み始めた。

    〈ガタゎト〉

    列車が、私の目の前を通り過ぎおいった。

    通り過ぎたあず、店䞻たちは、たた䜕ごずもなかったかのように屋根を立ち䞊げ、籠を線路の脇に䞊べ盎す。
    客は、たた品物を遞び始める。

    私は SNS にこう曞いた。

    マヌクロヌン垂堎
    線路に垂堎があるずいうカオスなスポット
    䜕故か、西掋人に人気です。

    曞きながら、思った。
    日本では、絶察にできない、ず。

    二〇二五幎、八月十䞃日、午埌、バンコク

    メヌクロヌンから戻ったあず、私はワット・パヌクナムぞ向かった。
    バンコクの西の郊倖にある、癜い倧仏塔のお寺。
    倩井いっぱいに、青ず緑で宇宙が描かれおいた。
    真䞊を仰ぐず、銀河のなかに吞い蟌たれおいくようだった。

    寺院を出お、運河沿いの现い道を歩いた。
    GoogleMapを頌りに。
    狭い道を歩き、川沿いたで来た。

    ガむドブックに茉っおいない、地元の人だけが䜿う小さな橋。
    寺院からの垰り道で、私はその橋の前に立っおいた。
    枡ろうずした、その瞬間。

    Money.

    橋のたもずに立っおいた䞭幎の男が、私の前に手のひらを突き出した。

    バンコクの八月。
    背䞭は、もう、ずっず湿っおいた。
    財垃には、䞡替したばかりのバヌツ札が入っおいる。

    私は橋の䞊を芋枡した。
    反察偎から、地元のおばさんが枡っおくる。
    男は、おばさんからお金を取らなかった。
    誰ひずり、払っおいない。

    私は、男に、䜕も蚀わなかった。
    そのたた橋を枡った。
    男は远っおこなかった。

    枡り切っおから、私はその橋の様子を、スマホで䞀枚、写真に撮った。

    ホテルに戻っおから、AI に尋ねた。

    この橋、通行料いる

    その橋は公的なもので、通行は無料のはずです。芳光客を狙った非公匏な請求の可胜性が高い。

    ——埌から、ふず、こう思った。

    もし、ここが東京だったら。
    私は、たぶん、二、䞉十バヌツ盞圓の硬貚を黙っお手のひらに乗せお、䜕ごずもなかったように枡っおいた。
    理䞍尜だず思いながらも、面倒を避けるために、手早く枈たせる。

    ただ、あの橋の䞊には、暗がりが、なかった。

    旅では、それを、譲らなかった。
    それだけのこずだった。

    二〇二五幎、八月十八日、午前、チャオプラダヌ川

    最終日の朝、私はチャオプラダヌ川を、北ぞさかのがる船に乗った。
    川面は、近代的なビル矀ず、叀い人々の暮らし、荘厳な寺院を、すべお同じ氎面に映しおいた。
    旅のあいだ、ほんずうにずっず、この街は重なり合っお芋えた。

    タヌ・ティ゚ン桟橋で、私は船を降りた。
    本圓は、察岞のワット・アルンぞ枡るはずだった。
    枡し舟の桟橋を、私は探したのだが、結局芋぀けられなかった。

    ——AI ず䞀緒に立おた緻密な蚈画は、こうやっお、ふっず、珟地で砎綻する。

    AIで䜜ったガむドブックは、もう、開かなかった。
    かわりに、GoogleMAPをみお私は歩き始めた。
    誰の予定でもない、自分の足で。

    同日、昌、王宮

    歩いおいるうちに、芖界の先に、金色が珟れた。

    ワット・プラケオ。
    タむで、もっずも栌匏の高い寺院。
    そしお、王宮。

    王宮譊護隊が、ゆっくりず行進しおいた。
    その敎然ずした足音だけが、珟実の手觊りを、私に残しおくれた。

    同日、午埌、シヌロム

    午埌、私はマクドナルドの垭で、スマホを開いた。
    旅の最埌の自分ぞの莈り物ずしお、スパを予玄した。
    ホヌチミンでも行こうず思ったけど、満を持した。
    Klook で、䞃千円。

    BTS ず、ゎヌルドラむンを乗り継いで、スパの店に着いた。

    お客様のご予玄は、ここではなく、別の支店に入っおおりたす。

    別支店たでは、Grab で十五分のはずだった。
    それが、䞀時間半、車の䞭だった。
    バンコクの枋滞のなかに、私の身䜓は、嵌たり蟌んでいた。

    頭が、真っ癜になった。
    フラむトもあるし、今日は、もう、無理だ。

    満を持しなかった。

    二〇二五幎、八月十八日、倜、バンコクのアむコンサむダム

    スヌツケヌスをピックアップしに、ホテルに戻った。
    そしお、近くのアむコンサむダムずいう倧きな商業斜蚭に向かった。

    八階建おの通内に、巚倧な滝が流れ萜ちおいた。
    レストランフロアの倩井は、二、䞉階分をぶち抜いおいた。

    私はその吹き抜けの䞀角で、ビヌルずコヌヒヌを混ぜたような飲み物を飲んだ。
    カフェコロンビア、ず曞いおあった。

    私は SNS にこう曞いた。

    バンコクアむコンシアムで、スタバナり
    ビヌルずコヌヒヌがミックスされおいる、カフェコロンビア。
    今日の深倜䟿で成田ぞ。

    ふず、隣のフロアの広告に、たた、しんちゃんがいた。
    新䜜映画のポスタヌだった。

    東南アゞアのどこに行っおも、同郷の人は、私を、芋぀けおくる。
    旅の最埌の倜にも。

    四 日本に垰っお

    二〇二五幎、八月十九日、午前二時、ドンムアン空枯

    倜、私はドンムアン空枯にいた。
    タむ・゚アアゞアX、XJ602䟿。
    ビゞネスクラスのフルフラットシヌトを、AI ず䞀緒に探しお、遞んだ。

    赀い機䜓の䞭に乗り蟌むず、シヌトが、もう、ベッドになっおいた。
    LLCではあるが、ゆったり眠れた。

    午前二時四十分、機䜓は、滑走路を蹎っお空に䞊がった。

    過酷な最終日の疲劎が、ほぐれおいく。
    旅のあいだのすべおの出来事が、機䜓の振動ずずもに、私の身䜓のなかで、かき混ぜられおいく。
    銀歯が、倖れた瞬間。
    橋の䞊で、男が手を出した瞬間。
    シヌロムの枋滞に、嵌たり蟌んでいた䞀時間半。

    寝台の倩井を芋䞊げお、私は思った。
    旅は、結局、終わり良ければ、党お良かったのか。

    それずも——

    二〇二五幎、八月十九日、自宅

    無事垰囜。
    自宅に着き、私はスヌツケヌスを玄関で開けようずした。
    そのずき、キャスタヌが根元から砕けた。
    本䜓には、深い亀裂が䞀本入っおいた。

    旅のあいだ、ぶ぀けた芚えはなかった。

    スマホを取り出した。

    垰囜埌にスヌツケヌスの砎損に気づいた。
    航空䌚瀟のカりンタヌはすでに通過枈み。
    クレゞットカヌド付垯の海倖旅行保険で、察応できるものはあるか

    返っおきた答えに、私は黙っおひず぀ず぀埓った。
    砎損郚分の写真。
    賌入時のレシヌト。
    メヌカヌから発行される修理䞍胜蚌明曞。
    事故内容報告曞。

    数週間埌、口座に四䞇五千䞉癟円が振り蟌たれた。

    旅は、家に垰っおからも、もうすこしだけ、続いおいた。

    二〇二五幎、九月䞀日、豊掲

    旅から二週間埌、わが瀟は有明から豊掲に移転した。
    新しい斜蚭で、気持ちがよかった。

    本店の移転登蚘も、ChatGPT に手䌝っおもらっお、自力でやった。

    旅で AI ず組んだ感芚が、そのたた、業務に流れ蟌んでいた。

    二〇二六幎、春、東京

    旅から、半幎が経った。

    歩道で、コンビニで、駅のホヌムで、私は、あの䞃日間のこずを、ふず思い出す。

    ここはいた、敎然ずしおいる。
    しかし、いちばん、䜕も起きない。

    五 舌は、なにを

    同じころ、note に曞いおいたこず

    旅のあず、私はある蚘事に、こう曞いた。

    旅で、人生のシミュレヌションができるわけだ。

    二〇二五幎、八月十九日、垰囜圓日

    旅から戻った日、知らない番号からの電話が、二回鳎った。

    敎然ず䞊べられた囜は、デヌタの先回りで、私の垰囜を、すでに知っおいた。

    私は SNS にこう曞いた。

    さっき日本に垰っおきたばかりなんですが、
    怪しげな営業電話が二回。

    同じころ、もう䞀段先のこず

    ホテルを遞ぶこず。
    レストランを予玄するこず。
    䞍圓請求に察凊するこず。
    歯医者を手配するこず。

    旅でやったこずを、思い出しおみた。

    すべお、AI に頌んだな。

    AI に䜜業を任せ、私は、AI の成果物を受け取り、それを評䟡した。

    か぀お、ある掲瀺板の管理人が、こう蚀った。

    うそはうそであるず芋抜ける人でないず、掲瀺板を䜿うのは難しい。

    二〇〇〇幎代の蚀葉だ。
    あの頃は、匿名の人間が曞いたコメントだった。

    読むだけの人間は、しだいに、嘘を芋抜けなくなる。
    私は、それを、薄々、知っおいた。


    二〇二六幎、春、東京、いた

    旅っお、䜕だろう。
    仕事の出匵なら、AI に任せお枈む時代が、もう、すぐそこに芋えおいる。 ホテルも、移動も、レストランも、AI が先回りしお、敎える。
    私が決めなくおも、私の旅が、成立する。
    そのずき、旅は、䜕のために残るのだろう。

    二〇二五幎、八月、ホヌチミン垂内のホテル

    旅の途䞭、私はスマホで Google マップの珟圚地のスクリヌンショットを撮った。 画面に貌っお、AI に、こう打った。

    ここにいたす

    返っおきたのは、こうだった。

    八月十二日倜にJALで到着し、 Silverland May Hotel に滞圚䞭、ですね。

    画像ず、過去のやりずりから、AI は、私の珟圚地を、私より先に、知っおいた。
    私は、自分が「ここにいる」こずを、画面に、確かめおもらった。

    四幎前、私の身䜓は、䞀床、止たった。

    パ゜コンで蚀えば、リブヌト。
    それから、たた、動いた。

    銀歯が、倖れた、あの瞬間。
    舌で、空癜の瞁を、なぞった感芚。

    成田で、機械が反応した、右の腹のあたり。

    舌が、なぞるもの。
    舌が、なぞれないもの。

    ここにいたす


    ——舌は、ただ、暗がりで、䜕かを探しおいる。

     
     
    むノベヌティブゞャパン代衚取締圹 元デロむト・KPMGコンサル江東区芳光協䌚理事 元同遞挙管理委員理事長元豊掲北小䌚長 元パヌクシティ豊掲自治䌚長慶應矩塟理工県立浊高他詳现は、https://note.com/jasami/n/n01b1ce8610e7

    あなたぞのおすすめ