
続けるために断る
「あなたは、もっと断ることを覚えないとだめよ」
私が、母にずっと言われてきた言葉です。
先日、七夕飾りの記事を書きましたが、
それを飾り付けて、各棟に配置するのは、自治会とボランティアのかかりになります。
自治会長から、
「お願いできないかな?」
って言われましたが、
「申し訳ないです。
その日、お仕事なんです。」
と丁重にお断りしました。
実は、同じ棟の方からも、
「当日、飾り付け、一緒に行こうよ。」と誘われてもいたのですが、同じ理由で、お断りしました。
もちろん、仕事だと言うのは、本当ですが、私の仕事が、割と時間に融通がきくお仕事のため、無理すれば、少しなら出られる可能性はあるんです。それでも、私は、お断りしました。
実は私、断るということが大の苦手なんです。それで何度も身体を壊したりしました。
塾講師をしていた頃もそうでした。
無理な仕事を頼まれても、「できません」と言えませんでした。
どうしても断るとなると罪悪感が出てしまって、それならばと引き受ける。
つまり頼まれたことは、無理してでも何とかしてやってしまう。
また、理不尽に叱られても我慢してしまう。
若いうちは、それでも何とかなっていました。
なるべく、波風立てないようにと考えていました。
でも、結局その積み重ねで自律神経を大きく崩し、自分が倒れてしまったのです。
誰も悪気があったわけではありません。でも、身体を壊した責任を取ってくれる人もいませんでした。
自分の身体を治してあげるのは、結局、自分しかいなかったのです。
その一部始終をみていた母が私にいったのが冒頭の
「あなたは、もっと断ることを覚えないとだめよ」でした。
しかもその後に、
「お父さんのようになりたくなかったら」というのがつきます(笑)
今回も七夕飾りの飾り付けをよく私、断ったなと言うのが正直な気持ちです。
以前の私なら、仕事に融通をつけて自治会のお手伝いを少しでもしていたと思います。
それくらい、断るということは苦手でした。というのは、父が、断るということを、良しとしない人だったからです。
なので、私もそういう教育方針の中で育ちました。
父自身も、私が知る限り、会社の仕事は、一番遅くまで残ってやっていたり、家まで持って帰ってくる人でもありました。徹夜もいといません。
父も断れない人、もしくは、断らない人だったんだと思います。
私や母に対してもそうで、父の言いつけを断ると父は、みるみるうちに不機嫌になっていきます。
いつしか私は、断ることはいけないことだと思うようになっていました。
でも、今、年齢を重ねて思うのです。
断ることも、必要なのだと。
1つは、体力的なものです。
去年母を亡くしました。
と同時に年齢による大きな波を体験しました。
体力的に衰えたなぁと思います。
もちろん人との関わりは大切です。
母を亡くして心配してくださったのも、地域の方ですから。
地域の活動も、なるべく協力したいと思っています。
今もできる限りは協力しています。
ただ、何でも引き受ければ良いというわけでもないと思ったのです。
私は、書くことが好きです。
エッセイを書いたり、物語を書いたり。メルカリの出品もそうですし、アクセサリーを考える時間も自分にとっては大切です。
そういう時間があるからこそ、私は私らしくいられます。
でも、自分の体力や気力を使い切ってしまったら、仕事も好きなことさえもできなくなってしまうのです。
だから今回は断りました。
少し前の私なら、「少しだけなら」と引き受けていたかもしれません。
「あなたは、変に器用だから、何でもこなしてしまう。
でも、年齢を重ねたら、それではやっていけなくなるよ。
身体が壊れてしまう。」
実際、私は塾講師時代に、自律神経を崩してしまいました。
そして年齢を重ねた今、母の言葉の意味が、以前よりもよく分かるようになったと感じます。
もちろん、体力も体質も人それぞれだと思います。
でもだからこそ、自分の心と身体を守るために、断ることは悪いことではないと思うのです。
むしろ、これから先も元気で働き、好きなことを続けていくために必要なことなのかもしれません。
体力と心のバランスを取るということが、大切だなぁと感じたのです。
どちらか一方でも削られてしまうと、仕事も好きなことも続けることができません。
続けるためには、頑張ることだけではなく、時には断ることも必要なのだと思います。
「あなたは、もっと断ることを覚えないとだめよ」
この母の言葉を思い出しながら、私は今回、小さなことですが、七夕飾りのお誘いを丁重にお断りすることができました。