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我が家 第二章


    第二章 監視

    春男は庭の松を見上げながら、剪定ばさみを動かしていた。

    「上手ねぇ。でも、枝、切りすぎじゃない?」

    「そんなことあるか。これがいいんだよ。」

    春男は脚立を降りると、額の汗をタオルで拭った。

    庭は広い。
    松だけではない。

     梅。

     山茶花。

     紫陽花。

    そして花壇には季節ごとの花が植えられていた。
    秋枝はその周りの雑草を抜いていた。

    「お義母さん、ほんとに花が好きなのね。」

    「…そうだな。」

    春男は短く答えた。
    花壇の端には、小さな木札が立っている。

     花の名前。

     植えた日。

     咲いた日。

    「それに、几帳面な人なのね。」

    「…あ?そうなんだろうな。」

    秋枝も、それ以上は聞かなかった。
    聞いてはいけない空気があった。

    また寝癖をつけたままの冬里が眠そうに玄関のほうから庭へ入って来た。

    「…おはよう。」

    「もう、昼だぞ。」

    「しってる。」

     冬里は欠伸をひとつすると、すぐそこの自動販売機で買ったジュースを持って家に入っていった。

    その後ろ姿を見送りながら秋枝が苦笑する。

    「…あの子たち、本当に昼夜逆転しちゃって。」

    「…まぁ、しょうがないさ。特にまだ、やることもないしな…。」

    その会話もどこかぎこちない。

    春男は煙草を探そうとして、やめたことを思い出した。

    「ねえ。」

    秋枝がぽつりと言った。

    「お義母さん、本当にわかってるのかしら。」

    「何が?」

    「…あなたのこと。」

    春男は少し考えてから笑った。

    「わからなくてもいい…。」

    「え?」

    「わからないほうが…なにかと都合が良さそうじゃないか?」

    春男は空を見上げながら肩をすくめた。
    遠くでサイレンの音が鳴っていた。
    その音に重なるように、テレビのニュースがリビングから流れてくる。

    『高齢者を狙った特殊詐欺について、警察は引き続き警戒を呼び掛けており――』

    春男は昨日の男が頭をよぎって顔をしかめた。

    『__独居のはずでは?』

    あの言葉が、どうしても引っ掛かった。

    その時、玄関のチャイムが鳴った。

     ピンポーン――。

    春男と秋枝ははっと顔を見合わせた。

    「まさか......また警察じゃないでしょうね。」

    二人とも動かなかった。

    もう一度チャイムが鳴る。

    春男は深呼吸をして玄関へ向かった。

    ◇

    「冬里ー!」

    二階へ向かって声を張る。

    「荷物きたぞー。」

    返事はない。

    「また…イヤホンか。」

    春男はぼやきながら階段を上った。

    二階の廊下は静かだった。

    ドアを二度叩く。

    「おーい。」

    返事はない。

    「入るぞー。」

    ゆっくりドアを開けると、部屋は薄暗く、カーテンは閉まりきっていた。

    参考書が床一面に散らばり、その隙間を避けるように布団が敷かれていた。

    冬里は身を潜めるかのようにカーテンの隙間から窓の外をじっと見ていた。

    「おい。」

    「......。」

    「荷物。」

    「......。」

    振り向きもしない。

    春男は段ボールを机に置いた。

    「何してんだ?」

    冬里はゆっくり指を窓の外へ向けた。

    「......あの人。」

    「ん?」

    「さっきから、ずっとうちを見てる。」

    春男はカーテンの隙間を覗いた。

    道路の向かい。

    電柱の横に、老人が立っていた。
    携帯を見ているようにも見えるが、
    こちらを見ているようにも見える。

    「近所のじいさんじゃないのか?」

    「もう三十分あそこにいる。」

    春男はもう一度外を見た。

    確かに妙な気もした。

    冬里がまた窓の外へ視線を戻すと、老人は冬里に気づいたのか、去っていった。

     ◇

    夕飯の間、春男はほとんど口を開かなかった。

    「婆さんは?」と聞いただけだった。

    冬里はスマートフォンを見たまま味噌汁を飲む。

    清夏は無言で魚の骨を箸で外すのに苦戦していた。

    誰も昨日の話をしない。

    誰も、祖母の話をしない。

    その沈黙だけが、妙に重かった。

    食事を終えた冬里は、ふと呟いた。

    「......まだいるかな。」

    「何が?」

     春男が聞く。

    「......外。」

     全員が一瞬だけ手を止めた。

     しかし誰も立ち上がらない。

     春男だけがカーテンを少し開ける。

     街灯の光がわずかにずれた場所には誰も居なかった。


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