
何を食べるかより、どんな気持ちで作るか。アーユルヴェーダの優しい気づき
アーユルヴェーダのお料理レッスンに通い始めました。
今日は記念すべき、第1回目です!
今回のレッスンで、私の心に一番深く響いたのは「サットヴァな食事」についてのお話でした。
サットヴァとは、アーユルヴェーダの言葉で「純質(調和、純粋、幸福、穏やかさ)」という意味を持っています。
このサットヴァな食事を意識すると、心は自然と穏やかになり、ブレない自分の軸が整っていく。そして、本来の自分自身の健やかなバランスへと落ち着いていくのだそうです。
心と体をサットヴァ(純粋)に整えるポイントの中で、私が一番心を動かされたのは、「何を食べるかよりも、どのような気持ちで調理されたか。
そして、どのような気持ちで食べるかが大切である」ということでした。
正直にお話しすると、普段自分のためだけに料理をする時、私は「あぁ、面倒くさいなぁ……」と思いながら作ってしまうこともよくありました。
だけど、サットヴァな気持ち(心を込めて)で料理をすることそのものが、自分自身への最高の思いやりであり、「愛」なのだと改めて気づかされました。
「これまでの私は、自分への愛が少し足りていなかったのかもしれないな」
そんな大切なことに気づく、素晴らしいきっかけをいただきました。
全ての食べ物の命に対して。
そして、育ててくださった生産者の方や、流通に携わる方々へ。
たくさんの感謝を感じながら、愛を込めて調理する。
そして、食べる時にも、溢れるほどの愛と感謝でいただく。
ただそれだけのことで、私の身体も、心も、そして魂も、感じる喜びはまったく違うものになるのだと思います。
アーユルヴェーダの深い学びに、心から感動した初回のレッスン。
そしてこの考え方は、私の大好きな「重ね煮」の世界にも、そのまま共通していることでした。
やっぱり、本当に大切なことは普遍的で、すべてに通じている。そう身をもって学べたことは、私にとって非常に大きかったです。
ちなみに重ね煮では、このように学びました。
「食材に失礼のないように出会い、
失礼のないように調理し、
失礼のないように食べさせていただき、
そして、失礼のないように生きる。」
アーユルヴェーダと、重ね煮。
表現の仕方は違っても、根底にあるのは同じ
「愛と調和」の世界でした。
心と体をサットヴァに整えるために。
まずは今日から、調理をする時と、食べる時の「愛と感謝の気持ち」を、何よりも大切に育んでいきます。