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日本人の物語01682【幕間】戦国大名の出自

    下位層から天下人に出世していく方がストーリーとしては面白いですよね。そういう意味では武田信玄より豊臣秀吉の方が好きですね。

     戦国大名の定義について述べてきましたが、では、彼らはどのようにして産まれたのでしょうか。守護大名が力をつけてそのまま戦国大名へと発展したのでしょうか。
     戦国大名の出自は4通りに分けられます。一つずつ見ていきましょう。
    ①守護がそのまま戦国大名となるケース
     これが最も順当なケースといえるでしょう。
    ・甲斐守護の武田氏
    ・駿河守護の今川氏
    ・周防守護の大内氏
    ・豊後守護の大友氏
    ・薩摩守護の島津氏
    などがこれに当たります。
    ②守護代が守護をしのぐ権力を持ち戦国大名となるケース
     守護が在京している間に、現地で守護代が力をつけてしまったケースです。
    ・越後で守護上杉氏を追放した守護代長尾氏
    ・出雲で守護京極氏を追放した守護代尼子氏
    ・越前で守護斯波氏を追放した守護代朝倉氏
    ・尾張で守護斯波氏を傀儡化した守護代織田氏
    などがこれに当たります。
    ③国人が守護・守護代をしのぐ権力を持ち戦国大名となるケース
     国人とは古くからその国に住み着き、農民を束ねて在地領主となった人たちを指します。彼らが守護・守護代を凌駕して権力を持つケースがあるのです。
    ・三河で隣国大名織田氏の援助を受けながら国人同士の争いを勝ち抜いた松平氏(徳川氏)
    ・安芸で隣国大名大内・尼子の間を渡り歩きながら権力を手にした毛利氏
    ・土佐で国司一条氏を追放した長宗我部氏
    ・肥前で守護少弐氏を倒した龍造寺氏
    などがこれに当たります。これらの国はいずれも守護・守護代などの既存の権力が凋落し、国人たちが勢力を競っていたという点が共通しています。
    ④全く別の地域から流れてきた者が戦国大名となるケース
     大変珍しいケースです。
    ・幕命で伊豆に侵攻し、そのまま居着いてしまった北条早雲こと伊勢宗瑞
    ・美濃に流れてきた僧侶が地元の有力者を討って権力を手にした斎藤道三
    などが挙げられます。

    斎藤道三の伝記はどれも面白いのですが、史実がどうかはかなり怪しい話ばかりです。

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    ただの歴史好き。完結できるかどうか分からない連載を書き続けてる人。連載を始めて5年目。やっと16世紀に入ったところです。先は長いですが優しく見守って下さい。 これから歴史を動かすような大仕事をして、この連載の令和時代の記述にさりげなく自分を実名で登場させるという夢を持っています。

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