メインコンテンツへスキップ
見出し画像

日本人の物語00367【平安後期】平安後期概観

     さて、治暦4(1068)年の後三条天皇即位から以仁王が挙兵した治承4(1180)年までを、「平安後期」として説明していくこととします。平安時代は元暦2(1185)年まで続くのですが、ラスト5年間は「平安末期」として独立した章とします。
     この時代の天皇は次のとおりです。
    ・第71代後三条(ごさんじょう): 在位1068~1073
    ・第72代白河(しらかわ): 在位1073~1087
    ・第73代堀河(ほりかわ): 在位1087~1107
    ・第74代鳥羽(とば): 在位1107~1123
    ・第75代崇徳(すとく): 在位1123~1142
    ・第76代近衛(このえ): 在位1142~1155
    ・第77代後白河(ごしらかわ): 在位1155~1158
    ・第78代二条(にじょう): 在位1158~1165
    ・第79代六条(ろくじょう): 在位1165~1168
    ・第80代高倉(たかくら): 在位1168~1180
     平安前期や中期に比べ、教科書に載る重要人物が増えてきました。特に重要なのは、天皇位を譲り上皇となった後、いわゆる「院政」を行った白河・鳥羽・後白河の3人でしょうか。また、保元の乱の敗者として知られる崇徳天皇も重要です。
     一方、最高権力者として振る舞ったのは誰なのかを私なりの考えで挙げていきますと、
    ・後三条天皇(延久の善政)(1068~1073)
    ・藤原師実(1073~1094)
    ・藤原師通(1094~1099)
    ・白河法皇(1099~1129)
    ・鳥羽法皇(1129~1156)
      (保元の乱起こる)
    ・信西(1156~1159)
      (平治の乱起こる)
    ・後白河法皇と平清盛(1159~1180)
    となります。摂関家藤原氏の権力は徐々に上皇に奪われ、白河・鳥羽・後白河の3代による院政が行われますが、後白河については、台頭してきた平清盛と権力を二分し、時には連携し、時には対立しつつ、共に政務をつかさどっていきました。
     そして「治承三年の政変」によって後白河は完全に清盛に権力を奪われるわけです。
     このような混乱期の政治史を、これからじっくり見ていくこととしましょう。

    この記事が参加している募集

     
     
     
    ただの歴史好き。完結できるかどうか分からない連載を書き続けてる人。連載を始めて5年目。やっと16世紀に入ったところです。先は長いですが優しく見守って下さい。 これから歴史を動かすような大仕事をして、この連載の令和時代の記述にさりげなく自分を実名で登場させるという夢を持っています。

    あなたへのおすすめ