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日本人の物語00115【人代前期】12代景行天皇

     景行天皇元(71)年7月11日。垂仁天皇の子が即位しました。景行天皇です。
     垂仁天皇の子といえば、なかなか発話できなかったホムチワケが最もキャラが立っていた……というか、他の子らは一切登場しなかったわけですが、天皇に即位したのは今まで全く現れなかった別の子でした。
     ここから景行天皇の治世が始まるわけですが、実は景行天皇自身のエピソードはほとんどありません。どちらかというと、景行天皇の子のヤマトタケル(日本武尊)のエピソードの方が多いんですよね。
     それではヤマトタケルの物語を始めましょう。
     景行天皇には、オオウス(大碓)とオウス(小碓)という二人の息子がいました。弟のオウスこそが後のヤマトタケルです。
     景行天皇4(74)年2月11日。景行天皇は美濃国(岐阜県)に美人姉妹がいると聞き、連れてくるよう息子のオオウスに命じました。なぜ神話に出てくる天皇って、かくも美人好きなんでしょうかね。
     オオウスはその姉妹を連れてきますが、あまりに美人だったため天皇に引き会わせず、自分の妻にしてしまいます。代わりに、偽者の女性2人を天皇に引き渡しました。天皇はその2人が偽者であることに気づいたのですが、オオウスを問い詰めるでもなく、放置していました。
     そのせいで気まずくなってしまったのでしょう。オオウスは毎日の宮中行事に参加しなくなりました。景行天皇はオウスに対し、
    「なぜオオウスは行事に参加しないのか。兄を説き諭してくるように」
    と指示しました。
     しかし、指示した後も相変わらずオオウスは行事に参加しません。景行天皇はオウスに対し、「ちゃんと説き諭したのか」と尋ねます。オウスは「既に説き諭しました」と言います。景行天皇が「どのように説き諭したのか」と問うと、オウスの答えは驚くべきものでした。
    「兄が厠へ行くところを待ち構え、手足をもぎ取って殺し、体を袋に入れて捨てました」
    と言うのです。これには景行天皇もドン引きです。
     「説き諭すように」という指示をオウスは深読みしてしまったのでしょうかね。最近流行りの「忖度(そんたく)」というやつです。
     時折りしも、九州でクマソタケル(熊襲健)らが天皇に従わず勢力を拡大していました。このクマソタケルとは「熊襲に住む力のある男」くらいの意味で、あだ名のようなものです。しかも、クマソタケルは兄弟2人の総称であって個人名ではないようです。
     景行天皇はオウスを恐れ、遠ざけるため、九州へ行ってクマソタケルを討伐するよう命じました。景行天皇27(97)年10月13日、まだ若いオウスは、自分が嫌われて遠ざけられたことに気づかず、意気揚々と九州へ出かけていくのでした。

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    ただの歴史好き。完結できるかどうか分からない連載を書き続けてる人。連載を始めて5年目。やっと16世紀に入ったところです。先は長いですが優しく見守って下さい。 これから歴史を動かすような大仕事をして、この連載の令和時代の記述にさりげなく自分を実名で登場させるという夢を持っています。

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