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日本人の物語01141【南北朝後期】桃井直常の失態

    太平記でも数少ないクスっと笑えるエピソードです。史実かどうかは不明ですが。

     ここで越中の動向に目を転じてみましょう。越中では、南朝方の新田義宗・桃井直常と北朝方の能登守護・吉見氏頼が戦っていましたが、なかなか決着がつかずにいました(01059回参照)。
     正平17/康安2(1362)年の何月の出来事かは不明ですが、桃井直常は越中のみならず加賀にも攻め込もうとして、越中・加賀国境で戦となりました。勢いに乗った桃井は見事敵を破りましたが、その後陣屋に帰って休んでいるとき、たまたま相談したいことがあって少し離れた井口城(いのくちじょう:富山県南砺市)へ、誰にも知らせず一人で出かけていきました。この単独行動が勝ち戦を負け戦に変えてしまいます。
     その直後、能登守護や加賀守護の家臣たち300騎が桃井軍に降伏してきました。大将たる桃井直常に面会したいというのです。桃井軍の執事が大将を探しに行きますが、当然ながら全く見つかりません。側近ですらその居場所を知りません。陣屋の外にいた兵たちは
    「さては大将は勝ち目がないと分かってお逃げになったのだ。我々も早く逃げよう」
    などと勘違いして騒ぎ出し、さらに彼らがたまたま捨てた焚き火で陣屋が燃え始め、大変な火事になりました。
     元々降伏するためにやって来ていた北朝軍の300騎は、
    「おお、勝てそうではないか。それなら逃げていく敵を討ち取って手柄にしよう」
    と思い直して攻めかかり、桃井軍の200人あまりが討たれてしまいました。
     井口城に向かっていた桃井は、その途中で陣屋が炎上していることに気づきます。さては裏切り者が夜討ちしてきたのだなと思ったものの、どうしようもありません。陣屋から逃げ出してきた兵から
    「すぐにお逃げ下さい。さすがに敵わないでしょう」
    と言われ、仕方なく兵と一緒に井口城へと逃げ込みました。
     前日の戦に敗れて休息していた北朝軍の兵たちは、突然桃井の陣屋が炎上したのを見て何が起きたのか理解できませんでした。不思議に思って見ていると、降伏するために出かけたはずなのに思わぬ手柄をあげた兵たち300騎が、敵の首を差して駆けてきて、
    「鬼神といわれる桃井の軍勢を、我々が僅か300騎で夜討ちをかけ、見事討ち取ってまいりました」
    と言って、大げさに名乗りを上げてきました。
     これを見た北朝軍の兵たちは
    「あっぱれ、勇ましい者たちだ」
    と大いに感心したのですが、その後真相が分かり、
    「降伏した卑怯者がたまたまつかんだ幸運だったのか」
    とさんざんに憎んだといいます。

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    ただの歴史好き。完結できるかどうか分からない連載を書き続けてる人。連載を始めて5年目。やっと16世紀に入ったところです。先は長いですが優しく見守って下さい。 これから歴史を動かすような大仕事をして、この連載の令和時代の記述にさりげなく自分を実名で登場させるという夢を持っています。

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