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日本人の物語00991【南北朝前期】上杉重能・畠山直宗の讒言

    太平記の現代語訳は全4巻で、1冊3千円でした。古文のまま読めればネットで無料で読めるのに・・・。もっと古文の勉強をしてればよかったです。

     ここで太平記は、直義と師直の対立の原因となった妙吉(みょうきつ)という僧の話を取り上げています。
     この頃、夢窓疎石は天龍寺を建立して、多くの者から布施を集めていました。それを見た弟子の妙吉は羨み、
    「自分も多くの布施を集められる法力を手にしてやろう」
    と思い立って、仁和寺で熱心に祈祷の修行を行ったところ、見事これが功を奏して評判を呼ぶほどの腕前になり、師からも注目されるようになりました。
     その後、夢窓疎石は禅に傾倒していた直義から講釈を依頼され、こう回答しました。
    「あなたに日夜の参禅をお教えしたいところですが、あなたの居宅まで毎日往復するのは困難です。今後は妙吉という弟子を派遣しましょう。妙吉もかなりの法力を持っていますから、何でも相談してください」
     こうして直義と妙吉が初めて顔を合わせることとなったのですが、直義は初対面から大いに妙吉に惹かれ、一条戻橋に妙吉のための寺まで建てて、禅を広めるための拠点としました。多くの人々が妙吉のもとに集まり、布施を惜しまなかったといいます。
     一方、高師直・師泰兄弟は、妙吉を馬鹿にして一度も会おうことをしませんでした。寺の門前を馬のまま通り過ぎ、道で出会っても衣を靴で蹴らんばかりの態度です。
     直義側近の上杉重能と畠山直宗(はたけやまなおむね:?~1350)は、
    「師直・師泰兄弟を失脚させるために、これは絶好の機会だ」
    と考え、妙吉に近づいて様々な讒言をしました。「讒言」とは、嘘の情報によって人を陥れることですが、ほかならぬ太平記が地の文で「讒言」と記しており、嘘と断定しています。
     上杉重能と畠山直宗の讒言を聞いた妙吉は、さっそく直義に師直・師泰兄弟の悪行を密告しました。その悪行とは次のようなものです。
    〇恩賞に不満をこぼす武士に「近所の寺社や地主から勝手に奪い取れ」と述べた。
    〇罪を犯して所領を没収された武士に「そのままの土地に居座っておれ」と述べた。
    〇「天皇は木か金で作って、本物の天皇は島流しにすればよい」と述べた。
     既に本稿で紹介した話ばかりですが、恐らく史実ではないでしょう。
     妙吉はさらに、
    「早く高兄弟をお討ちになって、上杉・畠山を執権として、幼い千寿王様(後の義詮)に天下をお譲りになってはいかがでしょう」
    と畳みかけます。直義はこの話に心を動かされてしまいます。

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    ただの歴史好き。完結できるかどうか分からない連載を書き続けてる人。連載を始めて5年目。やっと16世紀に入ったところです。先は長いですが優しく見守って下さい。 これから歴史を動かすような大仕事をして、この連載の令和時代の記述にさりげなく自分を実名で登場させるという夢を持っています。

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