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日本人の物語00624【鎌倉前期】実朝暗殺 黒幕は誰か*

     実朝暗殺の黒幕は誰なのでしょうか。よく取り沙汰されてきた説は3つあります。
    【ストーリー1:後鳥羽上皇黒幕説】
     官職・位階の昇進が早すぎることは「官打ち」といって不吉なこととされている。つまり、後鳥羽上皇が実朝を次々と昇進させたことは、最初から実朝を殺害しようとする気持ちの表れであった。という説です。
     これは『承久記』に載っている話ですが、無理があるでしょう。後鳥羽上皇にとって有効な手駒であったはずの実朝が死ぬのは、百害あって一利なしです。「後で思うと実朝の早すぎる昇進は不吉だった」との考えから、後付けで作られたストーリーでしょう。
    【ストーリー2:三浦義村主犯説】
     三浦義村は、幕府の主導権を巡って北条義時と対立していました。義時を殺して自らが幕府の頂点に立とうとしたとしても、不思議ではありません。
     三浦義村主犯説とは、
    「三浦義村が公暁を操って義時・実朝の殺害を図ったが、義時はその情報を入手して実朝だけが殺されるように仕向けた。義時殺害に失敗した三浦義村は、慌てて公暁を尻尾切りして殺し、事件と無関係を装った」
    というものです。
     義時が突然体調不良を理由に儀式を欠席したのはあまりに怪しく、実朝暗殺を事前に知っていたのだろうと考えられます。そこに着目するとこのようなストーリーが出来上がるわけです。
     この説は小説家の永井路子氏が提唱したものです。三浦義村は和田合戦の経緯から分かるように、非情な謀略家ですから、そこそこ説得力があると思われます。
    【ストーリー3:北条義時・三浦義村共犯説】
     ストーリー2の不自然な点は、義時が、自らを暗殺する計画を認知したにもかかわらず、その後も犯人の三浦を処罰せず放置している点です。そこで、義時と義村が連携して共犯であったと考えれば、疑問なく納得できます。
     つまり、
    「義時と三浦義村が共謀して、公暁を操って実朝・仲章を暗殺した。公暁には『親の仇は義時だ』と吹き込み、義時と誤って仲章が殺されるように仕向けた」
    という説です。これが従来は最有力視されていた説でした。
     しかし近年は、また別の説が有力視され始めています。

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    寿福寺の中を進むと、「政子と実朝の墓こちら」という案内がある。この二人が同じ場所に祀られているとは。2022年9月24日撮影。

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    ただの歴史好き。完結できるかどうか分からない連載を書き続けてる人。連載を始めて5年目。やっと16世紀に入ったところです。先は長いですが優しく見守って下さい。 これから歴史を動かすような大仕事をして、この連載の令和時代の記述にさりげなく自分を実名で登場させるという夢を持っています。

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