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日本人の物語01447【室町/西国/大乱前夜】禁闕の変 禁裏襲撃

    秋原北胤さんという映画監督が「禁闕の変」という映画を製作中らしく、多分来年(2026年)中に公開されるんじゃないかと思います。

     嘉吉3(1443)年9月23日の日没頃、武装勢力が京に入り込んだとの情報をつかんだ管領・畠山持国は、
    「次期将軍に内定した三春(後の義政)が狙われるのだろう」
    と考え、高倉第の警護を固めました。幼い将軍家家督継承者を2人続けて失ってしまっては、幕府の名折れです。
     しかし持国の予測は完全に外れました。犯人の狙いは将軍家ではなく朝廷だったのです。高倉第の警護増員は何の意味もなく、賊は夜中に内裏を襲撃し、放火しました。
     賊が出現したとの知らせを聞き、後花園天皇は「昼御座御剣(ひるのおましのみつるぎ)」を携えて裏辻持季(うらつじもちすえ)の邸宅に避難しました。昼御座御剣とは天皇の護身用の刀のことです。
     三種の神器については、女官の大納言典侍が神璽(勾玉)と剣を持って逃げたのですが、賊に強奪されてしまいました。混乱の中、無事に済んだのは八咫の鏡だけでした。ちなみに大納言典侍は、称光天皇から正親町三条実雅との不倫を疑われたというエピソードで登場した人物です(01328回参照)。
     調査の結果、犯人グループは
    ・鳥羽尊秀(とばたかひで)
    ・楠木正秀(くすのきまさひで)
    ・日野有光
    らであることが判明しました。鳥羽尊秀は後鳥羽上皇の末裔と自称しており、楠木正秀は正儀の子か孫のいずれかといわれており、朝廷に不満を持ちそうなのは分かりますが、日野有光がなぜこの事件に加担したのか分かりません。日野家は朝廷内で重用されているはずであり、伏見宮貞成親王も「驚きである」と記しています。義教に強引に出家させられたことを恨んだにしても、襲撃する相手を間違えています。
     この一味は、南朝皇族の
    ・通蔵主(つうぞうす:1429?~1443)
    ・金蔵主(こんぞうす:?~1443)
    という兄弟を皇位に就けるべく活動していたとの情報も入ってきました。この兄弟は後村上天皇の曽孫(ひ孫)に当たるらしいのですが、系図も定かではありません。
     三種の神器のうち二つが奪われ、これでは天皇の正当性が欠けてしまいます。この前代未聞の状況に幕府はどう立ち向かうのでしょうか。

    ネタバレかもですが、取り返すのにだいぶ時間がかかることになります。

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    ただの歴史好き。完結できるかどうか分からない連載を書き続けてる人。連載を始めて5年目。やっと16世紀に入ったところです。先は長いですが優しく見守って下さい。 これから歴史を動かすような大仕事をして、この連載の令和時代の記述にさりげなく自分を実名で登場させるという夢を持っています。

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