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日本人の物語00458【平安末期】烈婦・北条政子*

     「娘・政子が頼朝と恋仲」と聞いた北条時政は、二人を引き裂こうと画策しました。政子を伊豆目代・山木兼隆(やまきかねたか:?~1180)に嫁がせようというのです。ちなみに「目代(もくだい)」とは、国司に任じられた者が実際に現地に赴くことなく統治するために送り込んだ代理人のことです。山木兼隆は平家の覚えもめでたく、出世株だと思ったのでしょう。
     ところが政子はこうと決めたら父の反対もものともしない女性でした。輿入れ直前に館を逃げ出し、一人頼朝の元へ行ってしまったのです。おまけに妊娠していたことも明らかとなり、時政はやむなく二人の結婚を認めることとなります。
     こうして、政子は第1子・大姫(おおひめ:1178~1197)を出産しました。その後、頼朝との間に、大姫を含め2男2女を産むこととなります。
     北条政子といえば、烈婦、つまり気性の荒い女性として知られています。
     結婚前のエピソードとして知られているのは、「夢買い」の話です。
     政子の妹・時子(ときこ)は、ある日
    「険しい峰に登り、手に橘の実を持っているという夢を見ました。これは吉夢なのか凶夢なのか、どちらでしょう」
    と政子に尋ねました。橘の実とは、かつて垂仁天皇に不老不死の実を取ってくるよう命じられた田道間守が持ち帰ったとされるもので(00114回参照)、飛鳥時代には、元明天皇が県犬養三千代に橘の姓を与えたというほど縁起の良いものです(00206回参照)。
     政子はこれを吉夢と知りながら、時子に
    「凶夢であるから、その夢は私に譲りなさい」
    と述べ、「夢買い」をしました。他人の夢を自分が見たものとして扱うということです。
     その後、政子が頼朝に見初められ尼将軍として権勢を振るったのは、このとき時子の夢を買ったからだと伝えられています。もちろん後世の創作エピソードですが、政子が同時代の人たちにどう捉えられていたかがよく分かるエピソードです。若い頃から権力欲旺盛だったのでしょう。
     さらに、第2子出産直前には、頼朝が亀の前(かめのまえ)という妾と浮気したことに怒った政子が、親類の牧宗親(まきむねちか)に命じて、亀の前の住む伏見広綱(ふしみひろつな)邸を破壊させたという話もあります。浮気への報復としてはあまりにやり過ぎです。これを聞いた頼朝は、
    「妻の命令とはいえ、事前に私に相談しないとは何事か」
    と怒り、牧宗親を呼び出してその髻(もとどり)を切ってしまったといいます。夫婦喧嘩に御家人を巻き込むとは、何とも迷惑な話ですね。
     政子の気性を示すエピソードはまだまだあるのですが、おいおい紹介していきます。

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    流人生活を送っていた頃の頼朝・政子夫婦の像。静岡県伊豆の国市の蛭ヶ島公園にある。2022年1月8日撮影。

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    ただの歴史好き。完結できるかどうか分からない連載を書き続けてる人。連載を始めて5年目。やっと16世紀に入ったところです。先は長いですが優しく見守って下さい。 これから歴史を動かすような大仕事をして、この連載の令和時代の記述にさりげなく自分を実名で登場させるという夢を持っています。

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