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日本人の物語00092【神代】コノハナノサクヤヒメ

     古事記はここから、降臨後のニニギについて描いています。
     ニニギが笠沙之岬(かささのみさき:現在の鹿児島県南さつま市)を歩いていると、見目麗しい女性に出会い、一目で恋に落ちてしまいます。名を尋ねると、
    「コノハナノサクヤヒメ(木花之佐久夜毘売)」
    といいます。
     コノハナノサクヤヒメ。古事記に登場する中で最も麗しい名前ではないでしょうか。「大層美人なんだろうなあ」というイメージが湧きます。
     ニニギが結婚を申し込んだところ、コノハナノサクヤヒメは
    「父のオオヤマツミ(大山津見)に聞いてまいります」
    といいます。オオヤマツミとは山の神だそうです。
     オオクニヌシとスセリビメの場合は、出会ってすぐ親の許可もなく結婚してしまい、後になって舅のスサノオから壮絶な嫌がらせを受けてしまったわけですが、コノハナノサクヤヒメはちゃんと父親に事前の許可をもらおうとしているあたり、
    「ちゃんとしてるなあ」
    といった印象ですね。
     オオヤマツミは結婚の申し込みを聞くと喜び、コノハナノサクヤヒメにたくさんの嫁入り道具を持たせました。ところがこの結婚に関連して、ちょっとした騒動が起こってしまいます。
     オオヤマツミは、娘の結婚について大喜びで承諾したものの、一つ条件をつけました。
    「もう一人の娘、イワナガヒメ(石長比売)も一緒に嫁入りさせてほしい」
    と言うのです。こうして、姉のイワナガヒメ、妹のコノハナノサクヤヒメの姉妹はまとめてニニギの元へ送り込まれました。
     現代人の感性からは理解できないことかもしれませんが、古代においては、姉妹がまとまって同じ男性に嫁ぐということは頻繁にあることでした。
     例えば、飛鳥時代後期においても、大田皇女(おおたのひめみこ:?~667)と鵜野讃良皇女(うののさららのひめみこ:後の持統天皇:645~697)の姉妹が、共に天武天皇(てんむてんのう:631?~686)に嫁いでいます。この神話が作られたのは飛鳥時代後期から奈良時代前期にかけてですから、通常のことと受け止められていたでしょう。
     しかし、オオヤマツミが妹とともに姉をも嫁入りさせたことが、騒動の種になってしまうのです。

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    ただの歴史好き。完結できるかどうか分からない連載を書き続けてる人。連載を始めて5年目。やっと16世紀に入ったところです。先は長いですが優しく見守って下さい。 これから歴史を動かすような大仕事をして、この連載の令和時代の記述にさりげなく自分を実名で登場させるという夢を持っています。

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