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生きるための美容

    仕事を辞めて、労働での収入が得られないようになってから、やわらかい雰囲気に見えるようにこだわりの色にしてもらっていたヘアカラーをやめた。地毛の黒髪のロングでなるべくお金がかからないように年に2回ほどしか美容院に行かない時期がしばらくあった。新作が出るたびチェックしていたデパコスもいただきものでしか使うことはなくなった。欠かさずしていたまつ毛パーマもやめたし、所属しているところがないのだからすきなようにネイルだってしたらいいはずなのにセルフで済ませて、何年もネイルサロンへは行っていなかった。
    無職が美容にお金をかけている場合ではない。誰に言われたわけでもないのに、自分が自分をそう責め立てていた。

    バリバリ働きながら美容にもお金を使ってどんどん美しくなる友人たちに常に引け目を感じていた。20代後半という人生のタイミングではわたしももっと綺麗な女性になれると勝手に信じ切っていたけれど、その頃のわたしは自分の醜さに嫌気がさして写真に映ることさえ避けるようになっていた。薬の副作用やホルモンバランスの崩れ、なにより鬱状態の時の酷い生活習慣の乱れで体重は信じられないくらい増えていたし、その影響でコンスタントに連絡を取る友人以外とは会わないようにするくらい見た目のすべてに自信がなかった。

    人生最高体重のまま、結婚式代わりの親族の食事会の日を迎えた。それだって本当は、結婚式がしたかったけれど自分が主役のスケジュールが決まり体調が崩せないという恐怖と、なによりぶくぶくと太った自分の見た目への嫌悪感からなかなか踏み切ることができず、ドレスが着られなかったからせめてもと開いた食事会。ついてくれたメイクさんはプロだから素敵にしてくれたし、みんなかわいいと言ってくれたけれど、完成した姿を見て親も誰も綺麗だとは言ってくれなかった。とてもいい日になったし、会自体はやってよかったけれど、あんまり切なくてその日の夜はしばらく涙が止まらなかった。

    結婚式代わりの食事会だから、と眉サロンに行き、久々にネイルサロンに行き、わたしとしては随分と美容にお金を使った。食事会のあとにはずっと伸ばしてきた髪を切り、流行りのレイヤーも沢山入れてもらい、パーマもかけてもらった。
    するとどうだろう。鏡を見るたび、指先を見るたび、ほんのちょっとしたことなのにこころが躍るようになった。
    そんなことがないと自分に自信が持てないなんて、と言われるかもしれないが美容の力はすごい。病院に通い、薬を飲み、認知行動療法を受けながら少しずつ積み上げてきたものとはまた違う形で、自分を肯定する力のようなものを授けてくれた。

    それから月に使えるお金をやりくりしながら、良心的な値段のネイルサロンを見つけて通ったり、髪型の次は肌だ!とスキンケアに力を入れたりしている。美容に気を使い、お金を使う自分はいつだって前を向いていて、それがなんだか不思議だ。あんなにすべてを終わらせたいと思っていた夜も、次にしたいネイルのデザインを見たらその指先で出かけていく自分のことがリアルに想像できる。

    美容は自分を飾って誰かに見てもらうためのものだと思っていた。けれどわたしにとっては、明日以降の未来を選び続けるための一助だったみたいだ。

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