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【ぬばたたの倜に第八倜「圱の方ぞ垰った子」】声になる前の物語

    零時。

    「おばあ、来おるかい。」

    返事はしなかったよ。

    返事をしたこずなんお、䞀床もなかったのかもしれないね。

    それでも、あの子はい぀もそう声を掛けお、瞁偎ぞ䞊がっおきた。逡の団子をひず぀持っおね。

    「今日は甘いよ。」

    そう蚀っお皿ぞ眮く。

    わたしは瀌も蚀わない。蚀わなくおも、あの子は笑っおいた。

    そういう子さ。

    



    わたしは忘れるからね。

    人の顔も。

    泣いおいた声も。

    名前も。

    けれど、䞍思議なものでね。色だけは、い぀たでも残る倜がある。

    雪の癜さ。

    沈む陜の赀さ。

    どうしお色だけ残るのかは、わたしにも分からない。困ったものだね。

    



    その子は、圱ばかり描いおいた。

    顔は描かない。花でも、家でも、鳥でもなく、道に萜ちた圱や、瞁偎に䌞びる柱の圱や、人が通り過ぎたあずの地面ばかりを芋おいた。

    朝は描かなかった。

    昌も、ほずんど描かなかった。

    あの子が筆を持぀のは、決たっお倕暮れだった。

    日の傟きが少し倉わるたび、圱の長さも、濃さも、圢も倉わる。それをあの子は、飜きもせず芋おいた。

    庭の石の圱。

    干された手ぬぐいの圱。

    障子の桟が畳に萜ずす现い圱。

    通りを行く人の足元に、䞀瞬だけ寄り添う圱。

    誰も気に留めないものばかりを、あの子は倧事そうに玙ぞ移しおいた。筆先は、い぀も静かだった。

    圱を描くずき、あの子は息を止める癖があった。玙の䞊に墚が萜ちる音も、倕方の颚の音も、その間だけ少し遠くなる。

    圱を描くずいうのはね、そこにあるものを描くこずじゃない。そこにない光を、そっず避けお描くこずなのかもしれない。あの子はそれを、誰に教わったわけでもなく知っおいた。

    逡の団子が奜きでね。筆を持ったたた食べるものだから、よく指を汚しおいた。

    皿にも。

    玙にも。

    逡を぀ける。

    「たた汚したね。」

    そう蚀うず、

    「あずで拭くから。」

    決たっおそう笑っおいた。けれど、拭き残した小さな跡を、あの子はずきどきそのたたにした。

    「これも圱みたいだから。」

    そう蚀ったこずがある。逡の跡たで圱に芋えるずは、困った子だね。

    



    䞀床だけ、どうしお顔を描かないのか聞いたこずがある。

    あの子は硯ぞ氎を萜ずすず、静かに墚を磚り始めた。硯の䞊で墚がゆっくりず円を描く。郚屋には、その音だけが残っおいた。

    背筋をすっず䌞ばし、现く長く息を吞い蟌む。

    やがお筆を取るず、ぜ぀りず蚀った。

    「顔は、嘘を぀くから。」

    それきり、たた玙ぞ向かった。

    顔は笑う。

    顔は怒る。

    顔は平気なふりもする。

    けれど圱は、黙っおその人に぀いおくる。あの子は、そういうものを描いおいたのかもしれないね。

    



    ある倕暮れだった。仲のいい倫婊が歩いおいた。芋おいるこちらたで嬉しくなるような倫婊だった。

    倫が少し先を歩き、劻がその半歩埌ろを歩く。二人ずも䜕も蚀っおいなかったが、䞊んだ肩のあたりに、長く暮らした者の静けさがあった。

    筆の音が止たった。芗くず、玙には圱がひず぀しかない。

    わたしは笑った。

    「なんだい。仲が良すぎお、圱たでひず぀になったのかい。」

    あの子は困ったように笑っお、

    「  そうなら、いいんだけどね。」

    ず蚀った。

    その時は、䜕のこずだか分からなかった。分からないたた、その倕暮れは過ぎおいった。

    䜕幎かしお、あの男を芋かけた。倕暮れの道に、圱はひず぀だった。

    ああ。

    ようやく、そういうこずだったのかず思ったよ。

    あの子は、䜕も蚀わなかった。芋えおいたんだろうね。

    ただ誰も知らない別れを。

    ただ蚀葉になっおいない孀独を。

    人の足元に、先に萜ちおしたうものを。

    



    それからも、あの子は圱を描き続けた。

    雚の日には、濡れた石ににじむ圱を芋おいた。颚の日には、揺れる草の圱を远っおいた。祭りの日には、人の賑わいではなく、提灯の䞋に集たる黒い圢ばかり描いた。

    子どもたちが走れば、圱も走る。

    犬が眠れば、圱も䞞くなる。

    倕暮れに鳥が飛べば、屋根の䞊を䞀瞬だけ黒い矜が過ぎる。

    あの子は、そういうものを芋逃さなかった。けれど、自分の圱だけは、ほずんど芋ようずしなかった。

    いや。

    芋ないようにしおいたのかもしれないね。

    



    ある日、

    「今日は、あんたを描こうかな。」

    そう蚀った。

    「わたしかい。」

    西日の差す瞁偎ぞ座る。

    あの子は硯ぞ氎を萜ずし、静かに墚を磚り始めた。

    背筋をすっず䌞ばし、现く長く息を吞い蟌む。

    ずころが、筆が止たった。硯の墚が也くほど、長いこずね。

    「どうしたんだい。」

    あの子は、わたしの足元を芋たたた、

    「あんた。い぀からそこにいるんだい。」

    ず蚀った。

    劙なこずを聞くね。

    



    いや。

    そんなこずを聞く子じゃなかった。

    「生たれた時からさ。」

    そう蚀っお笑ったが、あの子は小さく銖を振った。

    「そういうこずじゃないんだ。」

    それきりだった。あの子は、それ以䞊聞かなかった。わたしも、それ以䞊は聞かなかった。

    



    「そういうこずじゃない。」

    その蚀葉を聞くずね。昔ず今が、少しだけ近くなるんだよ。

    雪だったかね。

    雚だったかね。

    誰かが、わたしを呌んでいた。返事をした気もするんだがね。

    



    おや。

    そこから先が出おこない。困ったものだ。ただ、名前があった頃なんだがね。

    それからだった。あの子が、自分の足元を芋るようになったのは。

    歩いおいおも。

    団子を食べおいおも。

    筆を掗っおいおも。

    ふず立ち止たり、足元を芋぀めるようになった。

    初めのうちは、確かめるだけだった。

    草履の先。

    畳の端。

    瞁偎の板。

    そこにあるはずのものを、ほんの少し芋るだけだった。けれど、日が経぀に぀れお、その時間は長くなった。

    団子を持ったたた、逡が皿に萜ちおも気づかない。筆先から墚が萜ちおも、玙を芋ない。ただ足元を芋る。たるで、そこに誰かが垰っおくるのを埅っおいるようだった。

    その頃だった。瞁偎から声がした。

    「さっきたで、あったのに。」

    秋の終わりだった。空が赀かった。

    䞀枚の玙を前に、あの子は長いこず筆を持ったたた動かなかった。

    「描かないのかい。」

    そう聞くず、

    「芋えないんだ。」

    ず蚀った。

    その声は、ずおも静かだった。怖がっおいるようにも聞こえたし、どこかで玍埗しおいるようにも聞こえた。

    「䜕がだい。」

    そう聞きかけお、やめた。あの子はもう、答えを持っおいない顔をしおいた。

    顔は嘘を぀くず、あの子は蚀った。けれどその時の顔だけは、嘘を぀いおいなかった気がするよ。

    それが、あの子の声を聞いた最埌だった。

    次の日、あの子はいなかった。

    筆だけが残っおいた。

    逡の぀いた皿も。

    最埌の玙も。

    



    䜕も描かれおいなかった。

    いや。

    倕焌けの色だけが、玙いっぱいに残っおいた。圱ではなく、色だけがね。

    あんなにきれいな倕焌けだった。郚屋の䞭たで赀く染たっお、瞁偎も、皿も、硯も、みんな倕暮れの方を向いおいた。

    筆の先は也いおいた。墚も也いおいた。けれど玙の䞊だけは、ただ沈む陜の熱を持っおいるように芋えた。

    



    雪も、あんなふうに癜かった気がするんだよ。

    



    圱の方にも、あんな倕焌けがあるずいいね。

    



    困ったものだ。あの子。ずうずう、圱の方ぞ垰っおしたったのかね。

    



    圱ずいうものはね、消えたようでいお、どこかにきっず萜ちおいるものなんだよ。芋぀けられないだけで。誰かがたた筆を持぀日たで、静かに、そこで埅っおいるのかもしれないね。

    



    今倜は、少し長い倜になりそうだよ。

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    ▶ 第八倜「圱の方ぞ垰った子」

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    時に䜜家 䞻に挔出家 YOUTUBEで朗読チャンネルやっおたす。ほが奜きなこずを生業にさせおいただいおたす。 粟神幎霢は、はるか昔で止たったたたですが、カラダは正盎に歳月を重ね、ヒィヒィ蚀いながらですが、私は元気です。本読んだり、物語聞いたりしたいお方は遊びにいらしおください

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