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虫籠の鳥

    校舎の一番端っこ。突き当たりを曲がって真っすぐ進めばそこにあるのは理科室。終業のチャイムが鳴り終わるのと同時に教室を抜け、授業の時くらいしか用がないはずのそこへと足早に向かう。

    正確に言えば理科室の隣にある、理科準備室へ。

    「失礼しまーす。」

    慣れた足取りで理科準備室の柱の近くを陣取り、窓の縁に沿うように置かれた低めの2段ロッカーの上へと腰掛ける。

    ひらりと揺れるスカートが皺にならないよう裾を伸ばしながら膝を曲げて座れば、いつもの私の定位置が完了した。スカートの中は下に履いた体操着のハーフパンツのおかげで死守されている。

    .
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    「こーら!そこ乗らない!危ないでしょ!」
    「大丈夫、大丈夫。」

    もう、と教員補助の御坂先生がじろりとこちらを訝しげに見ている。

    白衣に身を包んで、黒のスラックスを履いたパンツスタイルがよく似合う美人の御坂先生と、その先生に似つかわしくない大量の虫が飼育されている理科準備室。

    部屋の中は、古臭い照明器具の蛍光灯がぼんやりと点いているが、窓の外から漏れ出す赤い夕日のほうが明るいんじゃないかと思うほど薄暗い。

    周りを見渡せば、図鑑や論文などを片付けるための棚にはプラスチックの小さな容器がずらりと並んでおり、元々その場所にあったはずの本達は、棚から追い出され、無造作に床に積み上げられている。
    空いた机の上は、虫かごが所狭しと何段も置かれている。

    見渡す限りの虫かごと、いくつもあるプラスチックの小さな容器。いつもこの部屋に入ると、容器に入った腐葉土の匂いが鼻につく。

    「うわぁ……コレ、また増えてません?」
    「そうなのよ…。」

    心底嫌そうに呟く御坂先生と、引き気味に向けた私の目線の先にあるのは、小さいプラカップ。先日までは何も置いていなかったテーブルの隅っこに何個も積まれている。

    湿った土に入れられた白い幼虫が、モゾモゾと動いて側面からプラスチック越しに顔を見せている。…カブトムシの幼虫だ。他にも別の容器にはサナギになっているものもいるし、既に羽化して成体になっているものも。

    積み上げげられたプラカップは、さながらまるでカブトムシ専用アパートのよう。

    初めてこの部屋にプリントを届けに来た時は、理科の授業の教材かと思ったが、なんとこちら全て理科準備室の主である高木先生の完全なる私物。つまるところ、自宅の奥さんにキレられて置き場をなくした趣味の産物だった。

    今は不在の高木先生は、教師をやる傍らで生物学を研究している理科教員。
    暇さえあれば虫を探して山へ行く程の虫が大好きな先生だ。

    風の噂で聞いたけど、とある山で新種の虫を見つけて自身の名前をつけた事もあるらしい。昆虫界隈ではすごい有名な先生なんだとか。
    …まぁ、私から見たら、ただの変わり者のくたびれたおじさん先生なんだけど。

    「…あっ、小虫。」
    「えっ、嘘!?きゃー!もう嫌ッ!!」

    今でこそ上司でもある高木先生の趣味部屋となっている理科準備室だが、一応は御坂先生の仕事部屋でもある。

    若い女の先生にとって、独特な土の匂いと飛び交う小虫は地獄そのものだろうな、と。
    カブトムシ達に害のない自然派の殺虫スプレーを霧吹きのようにシュッシュと噴射して小虫と奮闘する彼女の姿を横目に、私はそっとその心中をお察しする。

    .
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    部活の時間が始まったのか、グラウンドから野球部のランニングをする掛け声が聞こえてきた。

    「御坂センセ、眉間にシワ寄ってる。」

    くぐっと自身のオデコを指さして先生の真似をするように眉間にシワを寄せれば、「うるさいわね」と悪態が飛んできた。

    「それよりアナタ、部活は?行かなくていいの?」
    「んー…私、練習しなくても上手いもん。」
    「またそんな事言って…ちゃんと練習にも顔出しに行きなさいよ。」

    先生から叱咤された返事の代わりにへらへらと笑えば、呆れたようなため息が返ってくる。

    私が所属している弓道部の副顧問でもある御坂先生。

    本来なら部活の時間はとっくに始まっているけど、私が弓道部へ行く事は、2年生になったのを期にめっきり少なくなってしまった。

    「今の3年生の先輩達が卒業するまでは、行きたくない。」

    ぽつりと私がそう不満を漏らせば、暫く間を置いて「そう、」とだけ御坂先生は短く返した。

    理科準備室の真下にある弓道場に目線を落とせば、的場に置かれた土盛りに、すでに放たれた矢が何本も突き刺さっている。

    6本の持ち矢は、順に放たれ、その内の何本が的に中たるかを互いに競うのが弓道。

    的は中心でも側面でも、とにかくどこにでも中たれば1点とカウントされる。

    的に中たれば、弾けるような心地よい音と、仲間の「良し!」という掛け声が弓道場の一帯に響く。

    ただ現状、中々その心地よい音と掛け声は一向に聞こえてこない。

    「ヘタクソ。」
    「こら、またそんな事言う。皆、大会に向けて頑張ってるのよ。」

    ぽそっと窓の下に向かって漏れた声は、静寂な理科準備室では丸聞こえだったようで、すぐに御坂先生に怒られた。

    「1年生の時に才能ある私を潰したあの人達が悪いんだよ。どうせ今回も初戦敗退でしょ。」

    フンと鼻で笑えば、御坂先生は「もう」と呆れる。それ以上、私に何を言っても無駄だと察したんだろう。

    そしてまた仕事用のパソコンと向き合って、カタカタとタイピングを再開した。

    .
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    野球部の掛け声に掻き消されてしまうほど小さなカチャカチャとカーボンで出来た軽い矢が擦れる音、土盛りに刺さる鈍い音が聞こえる。

    『絶対に弓道部がいいの!お願い!人数が足りないから、結衣も入って!』と、入学早々に親友の沙織に誘われ、なんとなく入部した弓道部。

    なんとなく入部したくせに、ひょんな事からメキメキと頭角を現して、その才能を余すことなく発揮した私。

    1年生の時には同学年の誰よりも早く一足先に初段を取った。

    まぁ、よく言えば素質があった。

    悪く言えば、悪目立ちしてしまった。

    期待のホープだなんて顧問に囃し立てられ、先輩達からは「調子に乗ってる」と目をつけられ、矢を外せばクスクスと背後で笑われる。

    唯一の拠り所でもあった親友の沙織は、矢を引いた瞬間に自分の意志とは反して手元から矢が離れてしまう″早気″となってしまい、段々と矢を射るのが怖くなり、終には部活に来なくなってしまった。

    あんなに弓道を楽しんでいたのに、今では部活をサボって教室で友達とお喋りに夢中になっている。

    「クラスが違うと、こんなにも呆気なく親友との縁も切れちゃうなんて切ない。あー、切ない。」

    ぽつりと愚痴れば「新しい環境で、みんな慣れるのに必死なのよ。」と、御坂先生が片手間に話を聞いてくれている。

    「それにアナタもサボってるじゃない。」
    「私は自主練してるもん。」
    「そう、それ。あんまり夜遅くまでやってちゃ駄目よ。」

    先輩達に嘲笑われる中で的へと中てなければいけないというプレッシャー。平気、平気と自分に言い聞かせていた割に、どうやらそれに自分は相当参っていたようで、いつしか先輩の前だと、弓を引く手元が若干震えるようになっていた。

    頭上に大きく構えてゆっくりと引き降ろした弓の先、指先に乗った矢尻がカタカタとと震えて、的はブレて見えるようになり、放たれた矢は土盛りにしか刺さらない。

    期待のホープは邪念に呑まれ、精神統一して射るという初歩的な事すら出来なくなってしまった。

    そんな自分の打開策として、部活が終わった後を狙って1人で弓道場で練習をする許可を顧問にもらった。

    夕方17時30分から18時30分までの1時間だけ。たった1時間だけだけど、それでも静寂に包まれた弓道場の空気は澄んでいて、純粋に弓を射る楽しみがあった。

    「夜に1人で練習なんて、本当は危ないんだから」と、御坂先生に注意され、「へぇい」と、軽く返す。

    そしてまた恨めしそうに窓の下に見える弓道場へと目線を落とした。

    (どうせ中たらないんだから、さっさと終わればいいのに。)

    「人間ってほんと面倒くさい。」

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    「なんだ、佐藤。勉強も出来ないくせに。一丁前に哲学者にでもなる気か。」

    独り不貞腐れていると、いつの間にか理科準備室に戻ってきていた高木先生の馬鹿にしたような声。

    声がした方向へと目を向ければ、どこで買ったのか分からない土色のような、唐草色のスーツに深緑のくたびれたネクタイ。

    今この瞬間に「この人はすごい先生です!」と、紹介されたとしても、やっぱり私には厭味ったらしいただのくたびれたおじさんにしか見えない。もっと言ったら本当に先生なのかすら怪しい。

    「哲学者かぁ…確かに文学的な考えを持つ私には丁度いいかも!進路決まりましたわ、アリガト高木先生。」

    自分のデスクへと向かうすれ違いざまに、憎まれ口を叩くいた私の頭を、高木先生は教科書の角でコツンと叩く。

    「痛った!?暴力教師だ!暴力反対!!!」
    「そんな事考えてる暇があるなら、テストに自分の名前を書き忘れないようにする方法でも考えておけ。お前だけだぞ、未だにそんな事する奴。」「おっちょこちょいで可愛い生徒でしょ。」
    「0点にしてやろうか。」
    「おーん。酷い。」

    言っても別に0点でも大差ないくらい低い点数なので、今更私には痛手でも何でもない。みんなの前で「誰だコレ」って、晒し上げられて少し恥をかいただけ。

    皮肉を言いながらも高木先生はちゃんと採点してくれてるし、こうして理科準備室に入り浸る事を許してくれているあたり、いい先生だなとは思う。

    もしかしたら、そこまで他人に興味がないだけかも知れないけど。

    「ねー、センセってさ理科の先生じゃん。生物学とか専攻して習ったんでしょ、たぶん。」
    「多分じゃなく、習ったから今ここにいるんだよ。アホ。」

    アホと言われ少し苦笑いしながらも悪い気がしないのは、高木先生から本当に私を下に見ているような、差別しているような空気を感じないからだろう。

    それくらい、なんとなく居心地がいい。

    土臭い匂いと、真っ赤な夕日。なんともアンニュイな雰囲気が、こうも人を感傷的にさせてしまうのか。

    窓の外の景色を見ながら、うーんと頭を悩ませる。

    「人って、死ぬ時の意識ってどうなんだろう。」「は?」

    唐突に問い掛けた質問に、素っ頓狂な声を出す高木先生。

    「ほら、人って死んだら御臨終ですって言われて、その後は火葬場へGO!じゃん?で、そのまま炎で焼かれて骨だけになるの。その時にさ、身体は動かないのに焼かれてる感覚があったら嫌じゃん!?目は開かないけど熱い!とか、音は聞こえるけど身体は動かない!とかだったらすごく嫌だなぁって!」

    「ほぉー?」

    「後さ、もし呼吸が止まったら、そこからプツン!ってテレビの電源切ったみたいに、その後はもう真っ暗な暗闇で何も聞こえない、分からない、ただ天国も地獄もない無になるのかな。だとしたら今の思考は?どこに行っちゃうんだろうって。」

    そんなの考え出したらキリがないし、怖くない?と漠然とした不安を感じながら、先生の様子を窺うと、高木先生はただニヤニヤとやっぱり小馬鹿にしたような笑みを浮かべて私を見ている。

    「そりゃあ壮大なテーマだな。是非ともお前の一生をかけて解き明かしてほしいもんだ。答えが分かったら俺にも教えてくれよ。」
    「私よりも確実に先生のほうが早く答えに到達すると思いますけど?」
    「だったらそうなる前にお前が解き明かしてくれ。答え合わせは俺の仕事だからな。」
    「本当センセって、ああ言えばこう言う!よく結婚できたね!?」

    私が食って掛かると、優雅にコーヒーなんか飲みながらケタケタと高木先生は笑う。

    人がこんなに必死に悩んでるのに。いつ聞いても独特な笑い方をする先生だ。

    「そういえば。」
    「ん?」
    「お前、今度は何したんだ。」
    「何って?」

    何をしたかと聞かれても、思い当たる節があり過ぎて、どれ?と1つの答えに絞れない。
    本気で分からないといった顔つきの私を見て、はぁと高木先生は深い溜息を漏らす。

    「簿記の杉山先生がお前の事探してたぞ。」
    「…あー。」
    「思い当たる節があるのか。」

    その名前を聞いて思わず自分の頭の中に浮かんだ太っちょゴリラの顔を思い出して、顔をしかめる。

    「今ね、ボイコットしてんの。簿記の授業だけ。」「なんでまたそんな事してるの。」

    隣で聞いてた御坂先生がタイピングを打つ手元を止めて、呆れ顔で私をみる。

    「だってさぁ、聞いてよ。」

    自慢じゃないけど、私は理数系が大の苦手だ。
    特に数字を使って計算などをする数学を始め、簿記、理科、英語等など…テストの点数がすごぶる悪い。

    あんなの計算機やパソコンで処理すれば良くない?なんでわざわざ自分の頭使わないといけないわけ?使えよ文明の利器。
    そう親に言うと「お前、よくそんな考えで高校受験に受かったな」と、驚かれたほどだった。

    例にも漏れずいつも赤点の理数系。
    今回の簿記も見事な赤点を取りましたとさ。

    そしていつもの杉山のお説教タイム。
    ただ、今回のお説教は少し趣向を変えてきた。

    最初に演説のように偉そうに教卓に立ち、
    「お前達はこれからいくつもの困難に出会うだろう」と。
    出だしから何だか良く分からない演説が始まった。

    「でもな、全部こなそうとしなくていい。
    お前達は誇れる物を1つでもあればいい!」

    声がデカいからビリビリと教室に響く。

    「何でもいい、お前達は自分の取り柄を……、自分が誇れる物を1つ見つけるんだ。いいな!?」

    何だコイツ。熱血教師のドラマに影響され過ぎだろと、教室は白けた雰囲気に包まれる。

    杉山の話が終わると同時に授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。

    起立、礼、と挨拶をしてゾロゾロと生徒が移動する中、杉山にでかい声で「佐藤!!」と呼び止められた。

    佐藤なんて在り来りな名前、他にも何名かいるけれど、真っ直ぐと私を見て言っているから、私で間違い無いのだろう。

    「お前だけちょっとこっちに来い。」 

    は?とあからさまに嫌そうな顔をする私を無視して、隣の準備室へと杉山は先に消える。

    教師と生徒とはいえ、密室に男女2人きり。

    しかも相手は杉山。ぶっちゃけ死ぬほど嫌。

    だがしかし呼ばれたものは仕方がない。

    意を決して部屋に入ると、どっしりと背もたれ付きの回転イスに腰掛けてこちらを睨み付けている杉山と目が合う。

    「お前、なんでここに呼ばれたか分かるか?」

    「………。」

    「お前だけだぞ、何も変わらない奴は。他の奴は補習を受けさせてくれって俺に謝りに来たのに、お前だけだ!ここに来なかったのは!!」

    そう言われればそうだったな、と。

    『今回、赤点を取って俺の補習を受けたい奴は、その熱意を俺に伝えに来い!』

    先日のテストを返却された際、杉山は赤点取得者にそんな言葉を吐いていた。

    ……そもそも何をどう謝るんだろう。

    「私の頭が悪くて申し訳ありません、是非とも先生の補習を受けさせて下さい。」って頭を下げればこの男は満足したのだろうか。バカバカしい。

    そう思って行かなかったんだっけ、と改めて思い出した。

    そしてその結果、どうやら私だけが来てなかったらしい。

    思い通りに事が運ばなかった事に酷くご立腹なようで、大きな声で怒鳴りつけ、バンバンとわざと机をその拳で叩きつける。さながらその仕草はドラミングのよう。

    「お前みたいな奴はなぁ……取り柄が1つあっても世間では生きていけないんだよ!!」

    ん?

    唐突にぶつけられた言葉に思わず目が点になった。

    さっき1つでもいいから取り柄を見つけろと偉そうに語っていたくせに。いざ思い通りにいかない人間を目の前にした途端、自分の意見を真っ向から否定する。

    (先生、さっきと言ってた話がまるで違いますよ。)

    思わず口をついて出そうになった言葉をぐっと飲み込んだはいいものの、その後の話は頭の中には入ってこなかった。とにかくもう、コイツの話は聞くに値しないな、と脳が勝手に判断した。

    とりあえずひとしきり杉山の話が終わるまで黙って聞いて、終わった頃合いを見て、足早に準備室のドアへと向かった。

    「お、おい!お前!まだ話は終わってないぞ!」

    「私は取り柄が何もないので。先生の授業を受けるに値しない人間らしいですし、これからはもう授業に出ません。補習の件もお好きにどうぞ。」

    そう吐き捨てるように告げ、顔を真っ赤にして怒り狂った杉山を残して私は扉を閉めた。

    もうこの際、留年になろうが、退学になろうが、別にどうでもいいかなって。

    どこか諦めにも似たような、
    絶望に近い感情にはぁ、と溜息が漏れた。

    .
    .

    「って事が先週あったの!おかしくない!?取り柄があればいいって皆の前でカッコつけておいて、ワンツーマンになった途端、一人の人間の人格否定するとかマジであり得ないんだけど。マジでアイツ本当に教員免許持ってんの?あんなのが教師続けてるとか終わってる。」

    思い出した苛立ちを抑えながらも、高木先生と御坂先生にそう訴えると、二人は苦笑いを浮かべていた。

    「杉山先生も一生懸命やってるのよ。」

    御坂先生の精一杯のフォローさえも、今の私には響かない。とにかくそれくらいには失望している。

    もしも大人になるという事が、杉山みたいなセコい生き方をするという事なら、いっそ私はこのままがいい。一生自分に正直な子供のままの無邪気なピーター・パンでいる方がいい。

    きっと、この部屋にいる二人も似たようなものなんだろう。
    話は聞いてくれるけど、過度な干渉はしない。

    ああだ、こうだ、と指示するわけでもなく、ただこの場所にいることを許してくれるけど、結局は自分達も手の掛かる生徒のイザコザには巻き込まれたくないから傍観してるんだろうな、と。それは優しさからくるわけじゃないと、心の隅で行き着いた答えにチクリと胸が痛む。

    「あーあー、絶望だ。絶望。なんにも楽しくなーい。」

    この遣る瀬無い私の気持ちはどこに向けたらいいのか。

    ただ、理不尽な大人の言い分に、無関心な大人に、高校生の私は心底呆れてしまったんだ。

    .
    .

    「それでお前、杉山先生の授業に出なかったのか。」
    「あれからアイツの授業はずーっと保健室でボイコットしてる。気分が悪いからって。どっか外とかに行っちゃうよりかはマシでしょ。」

    だって本当にアイツの顔見たら気分が悪くなるから、と付け足して言えば高木先生は「お前なぁ」と頭を抱える。杉山が血眼になって私を探していた理由が分かったらしい。

    何か言おうと高木先生が口を開いた瞬間。
    ポーンと、放送のマイクの音が鳴った。

    「2年A組、佐藤結衣。今すぐ職員室まで来なさい。」

    杉山の声だ。

    アイツ、私を探すのが面倒になって校内放送で呼びやがったな。
    これ以上喋る事なんて何にもないのに呼び出されて、はぁ、と盛大なため息が漏れた。

    「ほら、呼び出しだぞ。行ってこい。」
    「もぉー、面倒くさいなぁ。帰ろっかなー。」
    「そしたらまた明日は朝から雷が落ちることになるぞ。」
    「どっちにしろ最低。」

    ぶつぶつと文句を言いながら鞄を手に取り、理科準備室のドアへと向かう。

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    きっと、多分。

    これから先、私はこの言いようのない遣る瀬無さを残したまま生きていくんだろうな。

    いつまで経っても飲み込む事の出来ない、大人に対する理不尽さと、この人生の最期が来るその時まで、永遠に解けない問題用紙を胸に抱えながら。

    大人になり切れない未熟な高校生の私を、この土臭い理科準備室に独り残したまま、私はこの部屋を後にした。

    【虫籠の鳥】

    #創作大賞2026 #オールカテゴリ部門

     
     
    ただ、あの日の景色を書いてます。 誰かの心に刺さればいいな。

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