認知症あるあるを乗り越えるにはケアマネとの相性がキー🔑
【備忘録Day4】
元旦に自宅から外出して迷子、転倒、右肩ヒビを生じた実母
その後の経過を診察していただくため実家へ向かう
身支度を整えて座って待っていた
前日に新しいズボンを購入して、
「明日はこれとこれを着てね」とセットしていたのに、キツくなったズボンを履いている
新しいの履いていこうにも
「そんなん知らん!」
挙げ句の果てに「泥棒がいつも入って持っていくんや、いつもやねん」と怒り💢出す
新しいものを大事に仕舞うので
どこに入れたのかわからない
高齢者アルアルだ。
あーもー😤探しても見つからない
色んなところに別々に入れて宝探しのようやわ
先に医療機関へ時間までに着く事が優先!
タクシーを呼び、車椅子を積み込み
病院へ向かうと、4日から開院しており、人がいっぱい!
診察では、とりあえず右肩のヒビなので安静にして再生を待つのみ
鎮痛剤と湿布が処方され、
自宅近くの整形外科へ紹介状を書いてくださった
帰宅後は衣類探し
サイズが合わなくてなったズボン👖が山積みに置いたままになっており
わかりにくいので、20本ぐらいを
2階の空き部屋に整理した。
また、下着も入らなくなったものを
後生大事にタンスに入れているので
いざ履こうとしても、それが履けるのか全くわからない
とりあえず衣類を引き出し2段整理して古い下着類は全部持って帰って
捨てる事にした
母はかなり抵抗してきたが、
こういう時は、「古い下着を着ていたら私が恥をかくのよ!」が1番心に刺さる様子。
目の前で選別して、袋いっぱいになった
2階へ上がると、着ていない洋服が沢山ある。
父は高校卒業後25年間鋳物職人として神戸の造船会社で船を作っていた。鉄の溶ける高炉のある「きつい」「汚い」「危険」の3K職場で働いていた
母は腕の良いオートクチュールの洋裁職人で、沢山のお得意様を抱え、辛抱強い穏やかな女性だった。
小学生ぐらいまで、私の洋服はすべて母の手作りだった。
父の脱サラにより約30年以上
両親で洋品店を営んでいたので、
品質の良い洋服が沢山残されている
これをまた整理していかないと…
ぞっとするが、今は見ないふりをしておく
認知症患者は、今回のように
ふらっと外出して迷子になるのは
よくある事で、以前にも外出事件があった時に、本人が勝手に外に出ないように、玄関の高いところに、
二重に鍵をセットするように考えて
ケアマネにも相談していたが、
『監禁罪になるのでできない』のだ。
いつも思うが法律は現実生活にそぐわない。憤慨した経験がある。
正月休みが明けて、ケアマネにもやっと連絡がついて、元旦からの経過を伝えた。
日頃から両親の生活環境や価値観を
よく把握して下さっているので、
過剰なサービスを入れたりせずに、
暫く見守る事になった
ケアマネジャーとの相性はとても重要
話し合いや価値観のすり合わせ
家族の想いを汲んで貰える
人間力が試される仕事だと思う
我が家の担当ケアマネは
私が在職中から色々便宜を図ってくださり、本当に助けていただけた。
大変な現状でも、こうやって笑いながら相談できるのも、ケアマネの存在は大きい
思い通りにならないけど見守る事。
子育てにも通じる。
介護者への支援と親への支援
すべて無駄なことはないなと
改めて感じた
