メインコンテンツへスキップ
見出し画像

第27話 くすぶりの恋の炎 

    磐城まんぢう

     浜松城はままつじょうの大手門おおてもんを背にして左が神明町しんめいちょうで右が榎町えのきまち、真っすぐ延のびる道沿いは連尺町れんじゃくまち、その東西には肴町さかなまちと紺屋町こうやまち、更さらに南へ進めば御傳馬町ごてんまちょうと、その西側は利町とぎまちで、鍛冶町かぢまち、大工町だいくまちと続いて番所ばんしょがあって、更にその南へ行くと旅籠町はたごまち───そこの〝叶屋かなえや〟という宿屋やどやに逗留とうりゅうする伊織いおりたちであるが、今宵こよいは遠くの方から鐘かねや太鼓たいこや笛ふえの音ねが聞こえ、町屋まちやの玄関先には提灯ちょうちんが飾られ、家によっては迎むかえ火びが焚たかれ始めた時分じぶんである。
     部屋の格子こうし越しからその様子を眺ながめる伊織の所に、
     「旦那だんな様、御膳ごぜんの仕度したくができましたので、お持もちしましょうか?」
     叶屋かなえやの亭主ていしゅが部屋の戸を開けてそう聞いた。
     「いや、まだ連つれが戻って来こん。もう少ししたら頼たのもうか」
     智月ちげつと花はなも、朧おぼろと彩あやも、朝から巫女みこ廻まわりに出たまままだ帰って来ない。紫苑しおんは幸村ゆきむらの所へ夕飯ゆうめし作りに出て行って、今は伊織が一人で部屋にいる。
     「巫女みこさん方もお忙しいようですなぁ? 大風おおかぜ吹けばなんとやら・・・戦いくさがあれば巫女が儲もうかるってわけですなぁ」
     と、亭主が愛想あいそ笑いを浮かべて言う。
     「お陰かげさまと言ったら怒られるかな? ・・・ところで今宵こよいは随分ずいぶん町中まちなかが賑にぎやかですな」
     「へぇ、初盆はつぼんで御座ございますから。この辺へんじゃ〝盆ぼん義理ぎり〟って言うんですがね。もっとも始まったのは十年ほど前で、ホレ、徳川様が三方みかたケ原はらで信玄しんげん公に大惨敗だいざんぱいしましたろ? そんとき亡くなった者を家康様が弔とむらったのが始まりですわ。お客様は信州しんしゅうでしたな? お国くにの方ほうではやりませんか?」
     「そりゃぁ盆ぼんはありますが、玄関に篝火かがりびを焚たいたりはしません。浜松は町が明るくなって良い」
     「こっちの者もんはご先祖様を呼ぶのに〝おしょろ様〟を作ります。茄子なすや白瓜しろうりに木の枝を挿さして馬や牛を作ります。だからこの時季は八百屋やおやが大繁盛だいはんじょうってわけでさ。おっと、巫女さんはそんな事をせずともいつでもご先祖様を呼べましたな?」
     「こっちは情緒じょうちょも風情ふぜいもありませんわな───」
     伊織の言葉に亭主は笑いながら下がって行った。

     
     
     
    いわしろ まんじゅうと読みます。信州を拠点に、史料考証と風土の記憶から紡ぐ伝奇歴史小説を執筆中。武田・真田の暗闘と歩き巫女を描く長編『ののうノ野』、須坂新聞連載・幕末須坂藩主堀直虎の生涯を描く『燎原ケ叒』など。歴史の深淵とロマンをお届けします。お気軽にフォローどうぞ。

    あなたへのおすすめ