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闇 640(岩岩岩岩いわいわがんがん編)

闇 640(岩岩岩岩いわいわがんがん編)

2026/08/14 fri
※多分この時代に岩上智一郎という人間がいたという証明をしたかったから、この作品を自分の為に書いているのだろう。
前回の章


二千二十四年三月十四日、木曜日赤口。

東武東上線で川越駅から池袋駅。
山手線で新大久保駅まで行き、自称俳優マンションへ到着する頃は日を跨いでいた。

大久保に戻ってから自分の気分だけで行動したの事について、せっかく九州から遥々来たでったんに対し申し訳ない事をしたなと反省。
とりあえず謝罪の連絡を入れておこう。

『先帰っちゃってごめんねー。 岩上智一郎』

『昨夜もありがとうね! いつも楽しくて、ついつい飲み過ぎちゃう。阪尾も頑張っているみたいねー。人生は色々あるね。次は夏前後に都内で用があるから、またその時にやりましょう! 出口貴行』

仕事明けで寝ずに川越まで行き、酒を飲んだので猛烈に睡魔が襲う。
時計を見ると夜中の一時過ぎ。
さすがにでったんたちもお開きにして帰っているはず。

布団に横になると、携帯電話が鳴った。
着信は阪尾和美から。
眠い目を擦りながら電話に出る。

「あのさ、出口とマリちゃん、絶対あの二人ホテル行ったよ!」
「はあ? 何の事?」

「私たちがあの店出てさー。そしたらあの二人いい雰囲気だったもん。あのあと私と別れてから、絶対にホテルに行ったよ」

いまいち状況が掴めないが、でったんと本多がホテルへ行った?
一体何を言っているんだ、この女は。

「そんなのお互いそうなら何だって勝手だろ」
「絶対にホテル行った! マリちゃんは昔からああいうあざといところがあるからさー」

「別になんだっていいじゃねえか。ホテルへ行こうが何だろうと。もう眠いから寝るよ、じゃあね」

電話を強引に切ると、瞼を閉じた。
するとまた着信が鳴る。
また阪尾から。

「聞いてよー!」
「だから何だって言うんだよ?」

「あの二人さ、本当にいい感じだったんだって」
「いいじゃねえか、お互いそうなら。ガキじゃあるまいし」

阪尾はこんな調子で延々と小一時間ほど、同じ事を語る。
いい加減眠いのと、会話のつまらなさに電話をまた切った。

過去、この女と関係を持った事を悔いる自分がいた。

一度目は俺が十九歳の時。
横浜八景島シーパラダイスの仕事で、金沢八景に住んでいた頃だった。
従姉妹の和ちゃんたちが飲み会を組めと言われ、休みで川越に帰ってきた俺は阪尾和美、本多マリ、米山みのりの同級生たちに声を掛けて一緒に飲んだ。

その時本多と和ちゃんはいい感じになり、後日ホテルへ行ったらしい。
だが本多の生理が始まり、未遂に終わる。
彼氏もいた本多は、その後和ちゃんと会う事はなく、俺はその件でかなり責めた事があった。
俺が世話になった従姉妹が、本多の移り気な性格で翻弄され、傷ついたのを見ていられなかったのである。

本多を責めた俺であるが、飲み会当日、久しぶりに会った阪尾和美がかなり綺麗になっていたので、二人で飲みに行こうと誘い、そのまま道端でキスをして彼女の裸を弄った。

二度目は俺が三十代半ば…、歌舞伎町浄化作戦の時になる。
まだ百合子と知り合う前の話だから、三十二歳の頃だろう。

川越で偶然再会した阪尾は、結婚して子を産んでいた。
彼女と連絡先を交換した俺は、歌舞伎町で普通に働いていたが、ある日阪尾から飲みに行こうと連絡が来る。

過去未遂に終わった俺は、彼女を抱きたいと内心思っていた。
食事から酒に変わり、酔った和美は「小学校の時からずっと好きだった」と抱き付いてくる。
俺はそのまま彼女をカラオケボックスの部屋の中で押し倒し抱いた。

だが、阪尾の癖は逝くと背中に爪のあとが残るほどの傷をつける悪癖があり、これで俺は途中でセックスをやめたほどだった。

三度目は、俺が四十半ば過ぎになったラッキーハウスで働いている時。

同級生の森昇から深夜三時頃電話が掛かってきて、今まで小学校の同級生同士飲んでいたらしいが、酔った阪尾が「岩上岩上とうるさい」と言いながら、俺の家の近くに彼女を連れてきた。
仕方なく家から出ると、阪尾は泣きながら俺に抱き付いてきて、あやしている内に森昇は押し付けて消える。

彼女を送り届けようと、タクシーに乗せると途中で「帰りたくない」と和美は言い、進路変更してそのままホテルで彼女を抱いた。
この時も背中を引っ掻く癖は直っていなかったので、俺は深入りせずに現在位に至る。

歳を取り、面倒臭い女になったなあと感じた。

再び鳴る携帯電話。
三度阪尾和美から。

「もう、何なんだよ! 俺は眠いの!」
「聞いてよ! 私さ、旦那に家を追い出されちゃっててさ」

状況を聞くと、彼女がビッグで働いているのは旦那に追い出され、新河岸駅でアパートを借りながら生計を立てているかららしい。
過去不倫をした俺が偉そうに言えた身分ではないが、篠崎が働いていた川越の大漁丸でアルバイトを始め、酒を飲むと酒乱気味の生活が旦那に怒りに火をつけたようだ。

現在別の男と同棲をしながら生活をしていると聞き、俺は一気にトーンダウンして電話を切る。
これ以上関わると、面倒な事に巻き込まれるだけだと自覚したからだ。
合計二時間半以上、あいつの話に付き合ったのかよ、俺は……。

ベランダでセブンスターを吸ってから、倒れるように眠った。

夕方まで睡眠を取り、起きて買い物へ行く途中、謎の下痢になる。
今日はまだ何も胃に入れていないので、昨日食べたものが当たったのかとしか思えない。

何度もトイレに行きながら、そういえばでったんへ返事をしていなかったなとメッセージを打つ。

『了解す。俺、起きたら酷い下痢になってたよ。年だね。 岩上智一郎』

『ぼくも同じく! いま福岡空港に着きましたー。今回もありがとうね! 出口貴行』

『お疲れ様、気を付けて帰ってね。今日はちょっと買い物行って、ずっと寝てた。 岩上智一郎』

ベランダでタバコを吸っていると、河本マンション大家の息子が、辺りをキョロキョロしながら向かいの甲隆閣のゴミ箱へゴミを捨てているのが見えた。
親も親なら子も子かよ。
躾というのは本当に大切な事だと思う。

この馬鹿は俺があのマンションへいた時、とんでもない理屈を捏ねやがった。
あの時を思い出すだけで、腸が煮えくり返ってくる。

「いいですか? 俺が言っているのは、まずこれまで一年以上に渡って三万何ぼの料金を請求されてきたました。酷い時は四万越える金額もね。ずっとそちらの言い値通り払ってきたけど、俺は一人暮らしなんですよ? そんな掛かる訳ないじゃないですか」
「ですからうちの親が使った数値をちゃんと算出して請求書に書いていますよね?」
「だからそんな手書きのものをこれだけ使ったと渡されても、信用できないと言っているんですよ。ひょっとして俺にだけ、こんな金額を請求してんですか?」
「そんな事はありません。ちゃんとメーター通りに請求していますよ」
「それなら他の人の請求書見せてもらえませんか?」
「それは個人情報になるのでできません」
「名前隠した状態で金額だけでいいですよ」
「それもできません」
「それなら俺も納得いかないので、料金はお支払いできません」
「いや、電気もガスも使っといて、それはないですよね?」
さすが大家の息子だけあって、コイツも話が通じない。
日本の教育をちゃんと受けてきたのか?
「だいたい水道代もおかしい」
「どうおかしいと言うのです?」
「毎月八千円取られていて、間に不動産が入ると何故かいきなり五千円。正確には四千九百八十円ですけどね。それも二ヶ月連続で同じ値段。これはどう説明するんですか?」
「うちのマンションは親メーター方式だから、水道代はどうしても高くなります」
「いやいや…、俺一人で毎月八千円も五千円も、どうやって水を使うんです? 節約してシャワーだけにしているぐらいですよ?」
「親メーターを見て割り振るから、どの部屋が多く使うかまでは分かりません」
「じゃあその元の請求書…電気ガス水道を教えてくれ。それとここ一年ちょっとの俺が払った金額を教えてくれ」
「それは父が取っていない為、お答えできません」
ぶん殴ってやろうか、このクソ野郎。
「話にならないですね」
「いいですか? 内のマンションは立地的に考えてかなりいい場所にあります」
「そりゃあ大久保駅からすぐですからね」
「その割に場所的に考えて家賃を安くしてます。だからちょっと水道代が高いのはしょうがないです」
「……」
もう店に出勤しないといけない時間になってんじゃねえかよ。
大家の息子との話は永久にただの水掛け論。
俺が仕事へ行くと言っているのに、光熱費を払えとずっとドアの前に立っている。
さすがに遅刻はできない。
切羽詰まった状況で、仕方なく金を払ってインカジ『レディ』へ向かう。

「……」

本当にあのクソマンションのせいで、俺はいくら無駄な光熱費を払い続けたんだ?
乱暴に煙を吐き出し、龍平にLINEを打った。

『今、大家の息子が向かいのホテルにゴミ捨ててましたよ。 岩上智一郎』

若菜龍平の好みそうな言い方をすれば、俺はゴミ俳優へ情報を伝えたのだ。
あとはゴミ同士、勝手にやり合ってくれ。

あ、また下痢が……。

今日休みにしといて本当に良かったよ。
トイレに入っていると、ちかからLINEが届く。

『こゆザ・キャバ嬢って感じの衣装可愛いよねえ。選んでくれてありがとう。悩みすぎてスクショした画像見てもらえるとわかるんやけど、ちゃんと深夜。そうなんや! 身長が高い人あるあるなんかな…。でも本来服ってオーダーじゃないと中々上手く着こなせへんよね。 ちか』

『身体は一つしかないから、一つを決めるって自分にとって大切な時ならなおさら迷い出るよね。当時、胸囲が異様に発達してたから、吊るしの選ぶとどうしてもズボンがダブダブになっちゃうの。 岩上智一郎』

正直こっちは下痢と戦っているのに、ちかのドレスがどうだとかどうでも良かった。


二千二十四年三月十五日、金曜日先勝。

下痢止めの薬を飲み、一日ゆっくりしていたせいか、ようやく正常な身体に戻った俺。
また今日からいつものようにインカジ『レディ』での生活が始まる。

朝七時出勤はキツいけど、昼の三時に終わるこのシフトはかなり楽だった。
できればこのままずっと早番でもいいのにな。
しかし数ヶ月で番を入れ替える大場系列では、さすがにこんな我儘は通らない。

『返信遅くなりました。杉山ビルではなく甲隆閣で間違いないですか? 若菜龍平』

業務中、自称俳優からLINEが届く。
何を気取ってやがるんだ、この馬鹿は?

『間違いないですよ。大家のババアと同じルートで捨てていたので。上のメール送った一分ほど前から監視カメラ確認すれば、短髪の男が捨てているはずですよ。 岩上智一郎』

『了解しました。ホテルのオーナーに伝えておきます。 若菜龍平』

無職の暇人が淡々と返事をしてくると、これはこれで苛立ってくるな。

『俺がベランダ出てるだけで、これだけあるんだから、もっと頻繁に捨てているはずですよ。 岩上智一郎』

『チクります。 若菜龍平』

勝手に密告でも何でもやってくれ。
どうせ口だけで、何もしないのだろうけど。

この日仕事を終えると、また下痢が再発するのも嫌だったので、大人しく何も食べずに部屋で過ごす。

『うん、後残り僅かやし、毎日着るドレスも悩むもんね。胸筋がね、プロの方ってほぼほぼオーダーじゃないと無理よね…。中々店頭に並んでるやつは。 ちか』

『何かに一心不乱に打ち込めた日々って、いずれその事が何かしらの糧になるからね。だから若い頃は年中身体のサイズ変わるから大変だったね。 岩上智一郎』

もうちかのドレスの話に付き合うのは懲り懲りだったので、自分の現役時代の話をして話題を変えてみた。


二千二十四年三月十六日、土曜日友引。

仕事帰り、近所の業務用スーパーで二キロも入った鶏肉を購入する。
冷凍庫も作り置きの料理でいっぱいなので、一キロ分ぐらいの肉しか入れられない。

仕方なく残りを大量に唐揚げを作った。
さて…、これだけの量の唐揚げをどうしよう?

困った時の貰い乞食がいる。
俺は龍平にLINEを打った。

『若菜さん、唐揚げライト食べます? 岩上智一郎』

『頂きまぁす。 若菜龍平』

「……」

本当にコイツの言い方って、いちいちイラッとしてくるな。
五十六歳にもなって女子高生みたいに、小さな『ぁ』とか入れてんじゃねえよ。
また取りに来て、話し込まれても嫌だったので、俺は二階の龍平ファミリーが住む部屋へビニール袋に入れて掛けておく。

夜になってもお礼の返事すら無い事に、今度はイライラしたが、関わるもの嫌だったのでふて寝した。

『そう言ってもらえて嬉しい。今思い返すと凄い悔しい思いも色々してきたなあって思ってさ…。試合前、試合後とかってことやんね…? 減量せなあかん人とかはまじで大変そう。 ちか』

えーと、彼女との会話は何の話だったっけ?
いちいち前の内容を読み返し把握するのが面倒だ。

『心無い言葉を平然と言ってのける輩も多数存在するからね。まあ水と油は混じり合う事はないから、そういったのとは区別というか線引きが必要だよね。試合前、後というより六五キロから百四キロまで十年ちょいで身体大きくしたから、そりゃスーツのサイズ変わるの当たり前だよね。 岩上智一郎』

この子も本当に文章読解能力無いよな。
俺の格闘人生で、ボクサーのように減量が必要な時など一度も無いというのに。


二千二十四年三月十七日、日曜日先負。

張り合いのない日々。
いつから人生において、楽しさを追及する気力がなくなってしまったのだろう?

確かに前の河本マンションに住んでいた時に比べれば、今は天国のようだ。
しかし若菜龍平が、いらぬ梯子外しをしなければ、俺はこの忌々しい土地でなく、別の場所でスタートがきれたのだ。

タバコを吸う時だけは、必ずベランダで吸うようして、室内では吸わないよう心掛けた。
その結果、嫌でも右斜め向かいに怨念の河本マンションが視界に入る。
しかもあの台湾人夫婦が外にいる事が多いので、姿を見るだけでカリカリしてきた。

何だか特に何もされていないのに、妙にイライラしているよな、俺……。

昔、実家の前にあった映画館ホームラン劇場で『岩岩岩岩(いわいわがんがん)』という変な名前の主人公の映画の予告観た事あったけど、あれって何の映画だったっけ?

かなり幼い頃だったから、その映画を観たかどうかも覚えていないが、『俺、岩岩岩岩(いわいわがんがん)』という主人公の台詞だけはハッキリ覚えていた。
そうか、今ならインターネットで調べれば何の映画だったか分かるんじゃないか?

「岩岩岩岩」は、俳優・歌手の河島英五が千九百七十九年の映画『トラブルマン 笑うと殺すゾ』などで演じた、奇抜な名前の主人公(読み方:いわいわ がんがん)の役名、および同名義の俳優の芸名。

俺が八歳の時の映画じゃん……。

何か酔拳のジャッキーチェンが少し太った感じの俳優だったよね。

山口百恵と三浦友和の『ホワイト・ラブ』が同時上映。
何となく山口百恵の映画は、何だったか分からないけど、二人が道路で倒れ、手を伸ばし合って終わるのを観た記憶がある。

1979年の映画 トラブルマン笑うと殺すゾ&ホワイト・ラブ

ほら、俺の記憶力って凄くないか?
ほとんど何の役に立たないけど……。

あれ、ユーチューブで映像観れるじゃん。
ノスタルジーを感じつつ眺めると、あまりに退屈なドタバタ劇で嫌気を差し、ベランダに行きセブンスターに火をつける。

『そうやんなあ…ありがとう。なんかさ、ちょっと前に凄い悔しい事があったんやけど岩上さんにそゆ言葉言ってもらえると気にせんでいいよなって再確認できた。四十キロ? それは凄すぎる。 ちか』

タバコを吸い終わると、ちかから連絡が来ていた。

『ちかは女性として十分…、いや十二分に綺麗なんだから、馬鹿な人間の吐いた言葉なんて気にしないほうがいいよ。そういうのはその内ロクな目に遭うだろうから。ほんと最初の二年は何やっても体重増えなくてね。毎日吐くまで詰め込んで食べて、二年で増えたの五キロだけ。 岩上智一郎』

『ううう…、そう言ってもらえて嬉しい…その事件?は店の女の子なんやけど、マジでバチあたれと思って。そうなんや…、元々めっちゃ細いもんね。その身長で六十五キロって…! ちか』

何となく一番街通りにあったゲーム屋『ワールドワン』時代を思い出した。

当時あの店に毎日のように来た常連の斉藤千草。
俺がつけた仇名は『ブス』だった。
細身で見掛けは普通なのだが、性格がとても悪くいつも千円二千円しか使わないくせにイライラしていた。
いつも顔に力を入れているので、正中線があるとすれば顔の軸が歪み、醜さを表情で醸し出す女。

一度他のゲーム屋で俺が打ちに行った時、ブスが俺の肩を叩き「あら、店長じゃないの」と気安く声を掛けてきた事があった。
一応客なので軽く会釈をしてゲームに集中していると、入口のほうが妙に騒がしい。

一端中断してその方向を見ると、ゲーム屋の従業員たちが一人の男を入口で必死に制止しているように見えた。
その男は店内を見渡し、「いたっ!」と大声をあげると、ブスに近付き、後ろから羽交い絞めにする。
ヤバくないかと思いつつ、被害に遭っているのがブスだったので見物していると、従業員が慌てて引き離そうとした。

「離せ、馬鹿野郎! コイツは俺の娘だ! 人の退職金をこんなところで毎日使い込みやがって!」

それを聞いた時、何故ブスが毎日歌舞伎町に出没し遊び歩いていたのかの理由が判明して、俺は大笑いしたものだ。

『大丈夫、女性だったら間違いなく顔歪んでブスになっていくだろうから。昔の同級生が当時の俺見たら、「えっ、誰?」っていうパターン多かったからね。 岩上智一郎』

あの時、ブスを気に入っていた従業員の室谷は今頃どうしているんだろうな。


二千二十四年三月十八日、月曜日仏滅。

河本マンション大家の「水道代毎月払う。十月特に高い」と言われた台詞が蘇る。

今のマンションの水道代、二月分と三月分の二ヶ月合わせて三千四百三十九円。

2024/03/18 自称俳優マンション 3月分水道代3439円

風呂自体、河本マンションより全然広いので何度も入り、シャワーでなく湯船に浸かり明らかに水道を使っているのに、前のところより安いのは何故?

電気代だけでなく、こうしてどんどん物的証拠が集まって行くのは面白い。
いかにあそこの台湾人大家が、不当に俺から金を取っていたのかが分かる。
このような証拠になるようなデータを普通に暮らしながら、どんどん集めていけばいいだろう。

ベランダでセブンスターに火をつけると、河本マンションのほうへ向かって大きく煙を吐き出す。

せっかくブログを始めたのだから、去年暮れから今年二月初旬までの食事まとめ記事をブログでまとめてみるか。

去年ってしゃぶ叙で忘年会から始まって、河本マンション末期の月だもんね。
こう数ヶ月前を振り返ると、いかに地獄な環境にいたかが分かる。

それにしても大場系列の食事会は、どれをとっても有名店ばかりで豪華なものばかり。

本来なら俺がインカジ『新宿クレッシェンド』を、あの時成功させていれば、今のレディの箱で、似たような業績ができたものを……。

あの時出した自身の最後の身銭。
何で俺はあんな馬鹿げた行為をしてしまったのか。

当時を振り返ると、あそこが地獄へ入り込んだ入口なのだろう。
思い出したくもない悪夢が蘇ってくる。

悪い事はどんどん重なる。
早番で客に二百万のOUTを出され、回銭が足りないと連絡が入ってきた。
「店は今いくらあるの?」
「百三十万くらいです」
「すぐ行くからちょっとだけ客を待たしておいて」
俺が預かっているストックの金額は百万円。
それを店へ置いたとしても残りの回銭は七十万しかない。
急いで店に向かい、金を届ける。
次に何か大きなのを出されたら、つけられない。
至急一原へ電話を掛けた。
「一さん、大きなOUTが出て回銭が七十万になったんだけど、すぐ補充できませんか?」
「何でですか!」
電話口でがなり立てる一原。
今大きなOUTが出たからだと言ったろうが、ボケ。
「大きな声出さないでいいから、金を持って来て下さいよ」
「とりあえずそれで頑張って下さい」
「は? 何を言ってんですか? 店には今七十万しかないって言ってんですよ!」
「だからとりあえず、それで何とか頑張ってやって下さい」
「……」
コイツ、金を補充しないつもりなのか?
呆然としている内に電話が切れる。
まだ店には客が残っている。
今大きなOUTを出されたら……。
祈るような気持ち。
こればかりは店として打つ手がないのが辛い。
「よし、いいぞ!」
八卓から声が聞こえる。
キャッシャー画面を八卓に切り替え、様子を伺う。
「うわっ…、何だよ、この罫線……。ほとんどプレイヤーばかりじゃん」
「これは酷いっすね」
丸田も画面を見て驚いていた。
画面右側がプレイヤーで、左側がバンカー。
ある程度のバランスよく出ていればいいが、L字型にプレイヤーばかりが並ぶ。

極端なプレイヤーのL字罫線

このような極端に偏る罫線になった場合、ひたすらプレイヤーを貼り続ければ、賭け金掛ける二倍に増えていく。
打つ客次第であるが、二十万の上限で毎回プレイヤーへ張れば、二十万円ずつクレジットは上がる。
現時点でクレジットは一万三千ドル。
回銭は七十万しかないので、今百三十万OUTされればつけられない。
「丸田君、俺ちょっと金取って来るわ……」
確実に八卓の客はOUTするだろう。
ダッシュでマンションへ向かった。

極端なプレイヤーのL字罫線

部屋に置いてある二百万円の身銭。
一原に連絡をしたところでいつ金を持ってくるか分からない。
OUTされ、金はつけられませんじゃ話しにならないのだ。
何で新宿クレッシェンドなんて、すぐに俺だと分かる店名などつけてしまったのだろうか。
あの店はたかが数百万円のOUTをすぐ払ってくれなかったなんて、変な噂を立てられればおしまいだ。
店の致命的にならない為にも、今身銭でも払わないといけない。
今や店名ですら自分の首を絞めている。
俺はスーツの内ポケットに二百万円を入れ、急いで部屋を出た。
店へ戻って罫線を確認する。
「バンカーほとんど来てないじゃん……」
八卓の客は調子に乗って毎度二十万円をプレイヤーへ張る。
結果、二万四千ドルまでクレジットは上がった。
「OUT!」
二百用意しておいてギリギリ助かった。
俺の身銭二百万を足して、現在の回銭二百七十万。
客に二百四十万をつけるので、残りの回銭三十万……。
疲労困憊な状態でまたマンションへ身銭を取りに行く。
回銭三十万しかないんじゃ、話にならない。
俺はまた自分の金で百万円を店に補充した。
これで出した金は三百万……。
いや、一度強引に一週間店を閉めた時に従業員へ払った保障の金などを合わせれば、三百数十万になる。
何でここまで自分の金を吐き出さなきゃいけないんだ?
全部これも一原の野郎が金を置いていかないからだ。
一原へ電話を入れる。
俺の金でとりあえずOUT分をつけ、店の回銭の補充までした事を伝えた。
「何でそんな出てんですか!」
怒鳴るしか能のない馬鹿。
精神的にかなり限界で、言い返す気力も沸いてこない。
横浜にいた時点であった五百万も、こっちに来ての生活費や飲み代、その他諸々で残り百万円も切った。
頭の中がグルグル回る感覚。
何でこうなった?
何故こうなってしまうのだ?
馬鹿で無責任な一原を呪った。
適当で杜撰な伊達を呪った。
しかしもう遅い。
俺は金を失ったのだ。
最低三百万でも組織から早く俺に補填してほしい。
正気を保つので精一杯だった。
何故こうなった?
まだ新宿へ来て二ヶ月経っていないんだぞ?
やはり店がまだ始まる前におじいちゃんが亡くなった事は、不吉な前兆のサインだったのだ。
オープンしてからヨーロピアン十姉妹のチッチの死。
それから伊達の父親の死。
明らかに呪われている。
いや、おじいちゃんの葬儀の日だと知りながら、店のオープンを強要してきた組織。
はなっから行くべきじゃなかったのだ。
目の前の視界が歪みクラクラする。
この状況をすべて捨てて、どこかへ逃げ出したかった。

「……」

結局俺の金が組織から補填される事はなく、曖昧なまま店は大場系列に売却し、文無しになった俺はそのまま放り出された。

今のインカジ『レディ』もそうだが、客が出した金を一従業員が補填するケースなど本来あり得ない行為。
一原や組織をそもそも信頼していなかったのに、自身の小説の作品名を冠したという意味の無い責任感で、俺は大事な身銭を吐き出してしまったのだ。

最も愚かな行動。
してはいけない事を俺はしてしまった。

数年後同じ箱に戻って現在も、下っ端から働き続ける俺。

あの身銭を出す以前に、一原などの誘いに乗らず、横浜でぬくぬくと暮らしていれば良かったのである。

ちかからLINEが届く。

『嬉しい、マジそいつブスになってほしいってか友達おらんやろなぁと思って見てる。四十キロはかなり人変わりそう! しかもかなりマッチョになってるしね! 細かい調味料は食べてすぐわかる感じなの? ちか』

『性格の悪い人って、どう見繕っても顔にその内出てくるからね。身体だけじゃなく、もっと頭も鍛えていたらこんな人生になっていなかったんだけどね。それでも舌は随分落ちたと思うよ。バーテンダーやっていた頃が一番凄かったかな。ウイスキー飲んで、これは何の何年ものでしょ?くらいは分かったくらい。 岩上智一郎』

俺は一体何年…、いや、何十年前の過去を未だ自慢しているのだ?
浅草ビューホテル時代など、まだ俺が歌舞伎町にすら行っていない二十代前半の頃なのに……。

『そやんね…こゆことされたら嫌ってのに気づけたからいいか…。そいつに悔しがってる時間も勿体無いよね。そんなことないよ! マジで岩上さんの場合は不可避なことの方が多かったやん。凄いね、そゆ舌の繊細さってどう決まるんやろ…生まれつきもあるんかな。 ちか』

『まあ生理的に受け付けないのに絡まれると、さすがにイライラはするよね。 ただそういうのって程度が知れてるから、そのままだと思うよ。一回TBSのプロデューサーが絡んできた時期あったんだけど、「俺がやってる事をジャニーズやモーニング娘がやらせればいいんじゃないの」って言ってやったの。当時、給料入ると高い酒を買って、あとは他のホテルのラウンジとか飲みに行って勉強してたから、自然とそうなっていったの。 岩上智一郎』

自分でこんな返信をしておきながら、何故ちかの前だとこうも格好つけてしまうのか不思議だった。

現状をまず見つめろ。
先ほど二月の初旬までの行動をgooブログでまとめたのだ。

続きから三月中旬までのまとめ記事も作ってみよう。

ほとんど食事の事ばかりになるけど。


二千二十四年三月十九日、火曜日大安。

小中学校時代の同級生篠ヤンから連絡が入り、今日新宿で飲まないかとの誘い。
珍しいというより初の事だったので、俺は明日仕事を休む事にして了承した。

仕事明け靖国通り沿いにあるゲームセンターのタイトーステーションの前を通り掛かると、最近気になっている変なものが興味が湧く。
赤い茹ダコのようなロボットが「そいやーそいやー」、「らっせらー、らっせらー」と関西弁で話しているのが面白い。

とりあえず映像を撮り、フェイスブックとツイッターの両方へ投稿してみる。

横浜の石川雅之が『ビッグクラッピー』という名前なのを教えてくれた。

九州のでったんも、このビッククラッピーに反応し、こんなものが三十万だか四十万もするらしい。
そして自由に宣伝を設定もできるようだ。

まあ、こんなやかましいもの、部屋には置いておきたくないよな……。

篠ヤンとの約束は、彼が仕事を終わる夜に新宿で待ち合わせ。
現在は東所沢駅周辺の家を買い、母親と一緒に住んでいるようで、大漁丸を辞め、豊洲で働いていると言っていた。
彼も色々大変だ。

彼が泊まりになってもいいように、そこそこいい値段の牛肉を買い、部屋へ来るならすき焼きでも作ろうと材料だけは用意しておく。

ゆっくり寝て、目を覚ますと、ちかから連絡が来ていた。

『仕事仲間やと避けられへんのがほんまストレスで…、やんね、そんな程度のやつにイライラしてる時間と気持ちが無駄。絶対耐えきれへんよね。正直あの人たちすごい恵まれてるやろうしさ…。そうなんやね。じゃあ舌の繊細さって後からでも鍛えられるものなのか…! ちか』

仕事でストレスと言っても、今月一杯で辞めるのだから、そこまで気にしてもしょうがないのにな。
しかしそれを突っ込むのはさすがに可哀想か。

絶対耐えきれんって、何の話だったっけ?
俺は彼女とのやり取りを見返して、芸能界の主にジャニーズ系の話だったと分かる。

『同じ職場だと厄介だよね。でもタカってくる奴よりかは何ぼかマシか程度で後は相手しないくらいしかないよね。ケツの穴差し出してまで、ブラウン管の中にいたいって信念はすごいと思うよ。結局のところ、ほとんどの物事は信念と努力、少しばかりの運で何とかなっちゃうと思う。 岩上智一郎』

本当にあの騒動から一年ぐらい経ったのか?
どんどんボロが出てきて、おぞましい一面を世の中へ拡散させてしまったもんな。
あー、嫌だ嫌だ、身体を売るなんて……。

夜になり篠ヤンが新宿に来たので、どこへ行きたいか聞くと、まずは寿司屋がいいと言う。
もう十一時を過ぎていたので、歌舞伎町のきづな寿司へ向かった。

2024/03/19 新宿歌舞伎町 きづな寿司

久しぶりのマグり三昧。

2024/03/19 新宿歌舞伎町 きづな寿司

俺が写真を撮りながらフェイスブックへ投稿すると、早速篠ヤンが目の前でコメントを打ち出す。

『本マグロじゃないけど美味かった〜。いまだに新宿迷子になる田舎モンが小旅行出来た! ありがたや〜。 篠崎一茂』

『今度は東中野探索行こうよ。 岩上智一郎』

鉄火丼を食べながら「五十過ぎたおっさん二人で、うちらも何をやってんだかね」と大笑いした。

2024/03/19 新宿歌舞伎町 きづな寿司

「二軒目は岩ヤンがよく通っている常連の店とかないの?」
「あるよ。大久保だけど歩いて行けるから行こうか」

「いつも岩ヤンには出してもらう機会多いからさ、ここは俺に出させてよ」
「え、別にいいのに」
「いいのいいの、このぐらいしないと」

彼の心意気を有難く受け取る事にする。
歌舞伎町から大久保へ歩いている途中、時計を見ると夜の十二時になろうとしていた。


二千二十四年三月二十日、水曜日赤口、春分の日、春分。

元串市場んが地下になって、串カツからお好み焼きになったこなもんへ、篠ヤンを連れて行く。

店内は俺たちしかいない状況で、夜八時営業のこなもんは串市場んの時と比べると、いまいち客入りがよろしくないようだ。

モダン焼きや焼きそばを頼み、マスターへ一杯ご馳走しながら三人で世間話をする。

2024/03/20 大久保駅北口 こなもん

大阪出身のマスターは、地元川越の同級生とこのような酒の飲み方ができるなんて羨ましい限りだと言う。
彼はまともで楽しい付き合いができる同級生だが、そうでない奴らも多い。

大沢史博には、全日本プロレスプロテスト合格を壊された。
内野正人には、岩上整体を潰すきっかけを作った。
神田は、数年間に渡り散財地獄や、生活の浸食までとにかく大迷惑なほど犯された。

先日だと川越祭りであった松口もそうだ。

「なあ、岩上は今何をしているんだ?」
ほろ酔いのグッチが現状を聞いてくる。
俺は裏稼業に入るインターネットカジノで働いている事を正直に話す。
すると松口が割って入り「ガム! テメーは悪い事してやがんのか?」と偉そうな口調。
久しぶりに再会なのに、何をこの馬鹿は謎の上から目線で物事を抜かしているのだ?
県会議員の昭夫さんから誘われた市議会議員出馬要請の話。
川越に生きる一般人にも分かり易いように、こういう話も実際あるのだと馬鹿な松口相手に知らしめておこうと思った。
「岩ヤンはそれでどうすんだよ? 出馬すんの?」
篠ヤンの質問通り、俺は何故こんな話をしてしまったのだろう?
当然話せば、こうなるのは目に見えていたはず。
裏稼業にいる俺が、政治家になる。
それは昨日の時点で都合が良過ぎると自覚したつもりだった。
しかし松口の舐めた態度に苛立ち、政治家とも繋がりがある部分を強調しておきたかっただけなのかもしれない。
おまえと俺では格が違うのだという事の無意識なアピール。
だがそれを口に出してしまった事で、俺の格は自分で一気に下げてしまった事になる。
「出るのかよ、岩上」
「ガム、どうすんだよ」
すぐに即答できない場面。
いや、ここは誤解をさせぬようハッキリ出る意思など無いと伝えるべき。
「簡単にじゃあ出馬するかと言うと、それはちょっと筋道の問題で違ってくるから、出ない方向の気持ちが強いとは思う。もうちょっと今と違った展開になったら…、色々な意味合いで準備が整ったら、無所属で出るからしれないし……」
「出るのか出ないのか、ハッキリしろ!」
松口の怒声が飛ぶ。
「……」
本当に気分を害する野郎だな。
考えてみたら、何で俺はこんな奴にいつまでも偉そうな口を利かせているんだ?
視野が狭まり、自身の目つきが鋭くなっていくのを自覚した。
「何だよ、何をムッとしてんだよ、ガム!」
「おい、平さん! 岩ヤンはプロの格闘家だぞ? あんま変な挑発すんなよ」
それまで大人しく飲んでいた篠ヤンが、慌てて間に入る。
傍若無人な松口の物言いに対し、さすがに口を挟まないといけないと感じたのだろう。
「関係ねえよ! 月越は中央小のモヤシ共には負けねえから。なあグッチ」
「おうよ!」
一体何なんだ、コイツら?
酔ったグッチはともかく松口の意味不明で根拠の無い自信は、どこから来ているのか?
先ほどの女の子に掛けた猫なで声。
松口は相手を見てコロコロ態度を変える事ができるという証明。
つまりコイツは、俺を完全に舐めているからこそ、こんな態度で接してくる。
荻を潰した同様、松口も外へ出して叩き潰してやるか……。
「あのさー、楽しもうと思って中学時代の同級生集めたのに、何で平さんはそんな喧嘩腰なんだよ」
篠ヤンが空気を読んだのか、途中で口を挟む。
同じ中央小で九年間の絆。
そして社会人になってからも良好な付き合いはある。
彼の姿勢が俺の怒りゲージを下げた。
現在四十六パーセントまで下降中。
「ガムが舐めた事言ってっからだろうが!」
「だからあまり挑発はやめろって。本当に岩ヤンがキレたら、平さん殺されるぞ?」
「はあ、ガムがプロレスラーになろうが、総合の試合に出ようが、月越は中央小の街中のモヤシ共には絶対負けねえんだよ!」
素人の粋がったただの勘違いの思考。
死ぬ気で臨んできたものなのだ。
簡単にこの馬鹿が怪我していい領域ではない。
「ふーん、じゃあ表に出て試してみようか、松口」
「おい、岩ヤンも落ち着けって」
必死の篠崎の制止。
ここはそもそも小沢の店。
篠ヤンの顔を潰す訳にもいかない。
「悪かったよ、篠ヤン。平さんも少し落ち着こうぜ。喧嘩する為にわざわざ集まった訳じゃねえだろ」
「はあ? どうやって中央小が月越に勝つんだよ?」
コイツ、本当に壊してやるか……。
そこまで人を挑発するくせに、隙だらけな馬鹿。
まずその細い目に掛けているメガネを外しておけ。
俺の拳で簡単に割れ、失明する恐れがあるぞ。
胸倉を掴んできたら、腕をへし折ってやってもいい。
戦闘というものに費やした時間、そして技術、経験が素人とは違い過ぎる。
「本当にやめろって平さん! 腕折られるぞ?」
「あ? 関係ねえよ! 腕を折られようが、それでも月越は中央小に負けねえ!」
勢いだけの粋がり。
見ていて滑稽だった。
骨が折れても?
本当に試合や喧嘩で折れた事のない人間から出る言葉。
狂気と勢いは違う。

「あー…、凄い嫌な事思い出しちゃったよ……」

まるで項羽と劉邦の楚漢戦争に出てくる国士無双と謳われた韓信の股くぐりだ。

「ん? 岩ヤン、どうしたの?」
「いや、松口いるじゃん。川越祭りの時の」

「ああ、平さんね」
「さすがに同級生を力づくでとかしたくないからさ、あの時は篠ヤンや知り合いの店だから我慢したけどさ。今度から松口いるんじゃ、俺がその集まりには行かないようにするよ。本当にあいつ、気分悪いもん」

「平さん、何て言うか、いつからか急に中二病のように、意味不明な事を言い出すからさ。結構みんな嫌ってんだよ」
「次会った時…、まあ会うつもりもないけどさ、まだ粋がっていたら、同級生のよしみで、喧嘩売るならメガネぐらい外せ、失明したくないだろうぐらい言ってやるけどさ」

「まああの時の岩ヤンはよく堪えたよ。本当に偉いと思う」
「同級生相手に壊したところで、ただの恥なだけだしね」

マスターも踏まえ、色々な話をした。
気付けば夜中の三時、四時と時間が過ぎているのに、マスターはまるで閉店時間だと言わずにニコニコしている。

さすがに悪いので何度か聞くも、「せっかく同級生来はったんですから、ゆっくりどうぞして下さい」と人の良さ全開の対応。

ついついその好意に甘えてしまい、まだ二軒目なのに朝七時過ぎまで飲んでしまう。

「マスター、今日は本当にごめんなさい。おいくらでしょうか?」
「じゃあちょうど一万円もろうときます」

「いやいや、それじゃ駄目ですって。あ、篠ヤン、ここは俺が出すからね? じゃあマスター、細かい銭が五千円あるんで、これも貰っといて下さい。本当に遅くまですみませんでした」

篠ヤンも、こなもんを相当気に入ったようで、是非また寄りたいと大喜び。
自称俳優マンションは二部屋あるし、予備の布団も買っておいたので、篠ヤンへ泊まってもいいよと伝えるが、母親との都合もあり、今回はこのまま帰るようだ。

二人で朝の大久保通りを歩きながら、新大久保駅まで見送る。

そういえば俺は、韓信の股くぐりのようだと松口の件を思ったが、本来なら圧倒できる相手だが、そこで力を使わない事を選んだまではいい。
しかし韓信は後に天下を取る人物が、若い頃に無頼漢の挑発に乗らず屈辱を飲み込んだ故事。

俺のどこが天下を取ったのだ?
新宿クレッシェンドの時でいえば、四日後の試合で負けて坂道を転がるように地へ落ちたので、三日天下ならず四日天下だ。

はあ、とっとと帰って寝よう。

ひと眠りしてから、奮発して買ったすき焼きの材料をどうしようか考えた。
捨てるのは嫌なので、残飯処理係へ連絡してみるか。

『若菜さん、起きてますか? すき焼き弁当食べませんか。 岩上智一郎』

『起きてますよ。頂きますっ。 若菜龍平』

二階の龍平部屋まで届けると、またゴミトークが始まったので、用事があると嘘をつき、部屋へ避難する。

ベランダでタバコを吸っていると、インターホンが鳴り、龍平の奴本当にしつこいなあとイライラしてドアを開けると、宅配便で新しいカーペットが届いた。

2024/03/20 自称俳優マンション カーペット

今回のカーペットは、宇宙空間に木の頼りない梯子の描いてある立体的な絵の模様で、前回の鯉のカーペットと並べて敷いてみる。

着々と自分のセンスらしい部屋になっていくのが楽しい。
今度玄関から通路用にもう一枚買おうかな。

アマゾンで色々な柄を眺めていると、ちかからLINEが届く。

『後もう少しやと思って乗り切る…。確かに、たかってくるやつキモいよなあ…。自分の力でどうにかしようと思わんのかな。やっぱジャニーズってそんのあるんかな…。そう言われると私全然信念と努力が足りてない気がする…。打ち込めるものを見つけたいな。 ちか』

確かに本当にタカり行為をしてくる輩は多い。
このマンションの自称俳優然り。
あの馬鹿は、いつも頂きますばかりで、何一つ返そうという意思すらない。

俺って考えてみれば、社会人になって色々な奴からタカられてばかりだよな……。

十九歳だか二十歳の時、篠ヤンと一緒に働いていた変な教材売りの仕事の時も、酷いタカられ方をしたもんだ。

一つの災難が去ると、また一つ始まる。
この時働いていた妙な教材売りの会社。
同じ課で一回り年上の上司大和という上司がいた。
この男が曲者で、常に仕事終わると酒や食事を毎度タカられ「給料日になったら返すから」と俺にクレジットカードで彼と彼女の分まで毎回支払いを頼まれる。
結構年の離れた上司というものあり、その言葉を信用してしまった俺も馬鹿だった。
大和はかなり図々しい男で、大沢やゴリなどの同級生と飲む約束をしていても、お構いなしに彼女同伴で来て支払いは常に俺。
さらに東松山にあるマンションまで飲酒運転で送らせるという暴挙を平気で言ってきた。
給料日になり、これまでの金額を請求すると「俺も支払いが色々あって大変なんだよ」と意味不明な交わされ方をされる。
結局一円も返してもらえない状態のまま数ヶ月過ぎ、働いているのに何故か俺自身が借金しているという理不尽な状況が我慢ならなくなり、この仕事を辞めた。
当時三十二歳だった大木凡人のような顔立ちの大和。
まだ二十歳の俺に対し一円も返す事なくマンションを引っ越され、行方不明で借金だけを背負う羽目になる。

あの手のタイプは、どこにいようが何歳になろうが、ひたすら虎視眈々と誰かの財布を当てにして生きていくのだろうな。

『そういう輩はタカる事しか発想ないよ。自分さえ得すれば、他はどうなってもいいタイプだからね。俺も若い頃、一回り上の奴に騙されて大いにタカられたもん。裁判でも、今世界的にもニュースになったでしょ。元ジャニーズの証言も出ちゃったし。ジャニーが死んだからようやく世へ発信できるようになってるみたいね。ちかは若いんだし、まだまだこれからだよ いくらだって可能性ある。 岩上智一郎』

『恥ずかしくならんのかなあ…。私は自分が損してもいいけど、人のこと騙したりとか嘘ついたりタカったりしたくないなあ。え、BBC?もニュースにしてたの…? それは知らんかった。かなりエグいね…それを分かりながらも親御さんもジャニーズに入ること認めてたんかな…。ありがとう、私ほんま全部が中途半端やからなあ…。 ちか』

『恥ずかしくないからタカれるんだよね。人に金出させる為に、嘘でも何でもつくからね。枕営業と変わらないよね。ただ、親というよりも物事の分別はついてるだろうから、身体弄ばれてでも芸能人になりたかったんでしょ。俺なんて五十超えて、中途半端なままだよ。 岩上智一郎』

枕営業なんてしないでいいから、一度だけ俺と寝てみろ。
セックスアピールのあまりないちかに、意地悪くそう言ってみたかったが、あまりにも何のメリットが無いのでやめておく。

こんなんだから、俺は四日天下で終わるんだろうね……。

何となく女を抱きたくなり、大久保駅北口の洗体エステ『ラブリーハート』へ行き、リオを抱いた。
頭の中でリズミカルに『岩岩岩岩』と腰を振る。
リオの身体が小刻みに痙攣し、声を出さずとも逝ったのが分かった。

「ふふん、リオ。おまえ、今逝ったろ」
「馬鹿!」

客なのに店の女から平手打ちを食らう俺。
頭に来たので、顔に精子をぶっ掛けてやると、真っ赤になって怒っていた。





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