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倪宰治の『人間倱栌』の
「恥の倚い生涯を送っお来たした」
ずいう䞀節を初めお読んだ時、
「これは私の本か」
ず思った。

それほどたでに、
私も恥の倚すぎる人生を送っお来たからだ。

私の恥は、
わずか二歳の頃から始たる。

カルト宗教に傟倒しすぎお無職だった䞡芪が、
「家賃無料でいいから管理人業務をしおほしい」
ず蚀われお、
私たちは䞀家で地域の神瀟の奥の二郚屋に䜏むこずになった。
家ではなく神瀟に䜏んでいる、
ずいうこずが孊校の友達にバレた時、
私は人生で初めお
「恥ずかしい」
ずいう感情を持った。


宗教は
「貧乏であれ」
が教矩だったので、
貧乏すぎたのも恥ずかしかった。
孊校で䜿うものや服、
䜕から䜕たでがもらいものやお䞋がりで、
私は小䞀にしお真っ赀な䞋着を履いおいた。


貧乏すぎお、
うちに来る食料はもらいものがメむンだった。
無職ネットワヌクにより、
色々な飲食店、
蟲家の知り合い、
持垫の隣の家の人、
などが色々な食料品を分けおくれた。

芪は、
もらった食べ物で、
決しおおいしくはない謎のオリゞナル料理を䜜るのが埗意だった。


貧乏なので、
お幎玉はほが党額芪に没収され、
千円分だけおもちゃを買っおもらうこずができ、
私は毎幎千円分のおもちゃを買えるこずを楜しみにしおいた。
冬䌑み明け、
みんなは
「クリスマスプレれント䜕もらった」
ずか、
「お幎玉いくらもらった」
ずか話しおいるのに参加できないのも惚めで恥ずかしかった。

私は小孊校では「むツキ神瀟」ず呌ばれ、
クラスメむトにいじめられおいたこずも蟛くお恥ずかしかった。


神瀟にはお颚呂もなく、
極貧だったために近所の人のお颚呂を借りたり、
芪戚の家のお颚呂を借りたりしおいた。
自分の家神瀟にお颚呂がない、
ずいうこずも、
私にずっおは孊校のクラスメむトにはバレたくない恥だった。

しかしなんでだったのか、
うち神瀟にはお颚呂がないこずもクラスメむトにはバレおおり、
プヌル授業の前の日には
「前日はお颚呂に入っおくるように」
ずいう文曞が配垃され、
プヌル圓日には
「むツキ、颚呂入ったか」
ず軜くむゞられるずいうのが倏のお決たりだった。

自己肯定感が䜎いどころか地面にめり蟌んでいた私は、
「みんな私ず䞀緒の氎になど浞かりたくないだろう・・・」
ず思い、
プヌル授業は自䞻的に欠垭しおいた。


アトピヌが重床だったのもしんどくお恥ずかしかった。
私は生たれ぀きのアトピヌがひどく、
関節ずいう関節の内偎は党おアトピヌでぐちゃぐちゃだった。
むメヌゞずしおは、
ドラク゚の「くさった死䜓」が近かったず思う。


銖なんかは党おかさぶたで構成されおおり、
銖を少し曲げるずかさぶたが割れお血が出た。
ちなみにアトピヌは血の他に謎の汁も出るので、
くさった死䜓みがさらに匷い。


宗教二䞖なのも友達に蚀えなくお恥ずかしかった。
圓然のようにクリスマスはないし、
誕生日は
「芪に産んでくれたこずを感謝する日」
ず蚀われたし、
宗教の集たりに異様な頻床で行かされた。

しかし、
「貧乏であれ」
ずいう宗教の教えであるにも関わらず、
宗教の倧教䌚の䌚長がベンツに乗っおいるのを芋た時、
私は
「私たち末端信者はろくに颚呂にも入れない極貧生掻をしおいるのに、なぜ宗教の偉い人がベンツに乗っおるねん」
ず思わず関西匁で思っおしたい、
それから私は芪の信じる宗教を
「しょうもな〜」
ず思うようになった。


しょうもない宗教に芪が傟倒しおいるこずも恥ずかしかった。
子どもがお金を手にする機䌚があれば
「神様にお䟛えしろ」
ず献金を芁求し、
バむトできるようになっおからはバむト代の䞀割を芁求され、
「そんなにたくさん嫌だ」
ず反抗するず、
「誰のおかげでバむト出来おるず思っおるんだ神様のおかげだろ嫌だったらバむトなんお蟞めろ」
ず怒鳎られたのも、
芪の頭の䞭は私より神様が占めおいるのだず思っお悲しくお恥ずかしかった。


この頃から私は真人間にはなれない人生を歩み始めおいた。
いや、
本圓はもっずもっず前からだったのかもしれない。


äž­å­Š2幎生で肛門の暪が腫れお肛門科に行ったのも恥ずかしかった。
ガムテヌプでお尻を開いたたた固定され手術された。
痔瘻ずいう痔で、
「普通この病気になるのは幎配の男性だから、若い女の子がなるのはクロヌン病の可胜性が高いから病院で怜査しおもらった方がいい」
ず蚀われお怜査しおもらったら本圓にクロヌン病難病だった。

クロヌン病ずは原因䞍明で消化噚に朰瘍ができたくる病気である。
圓時のクロヌン病の䞻治医は、
絶食療法が䞭心で、
厳しい食事制限や絶食で腞を守っおいたのだが、
孊校で絊食が食べられなくなったのも普通じゃなくお恥ずかしかった。

ちなみに、発症した䞭孊2幎生の時は、
䞭孊校が神瀟の真隣だったので、
私の神瀟暮らしを同玚生たちに隠しようがなくお蟛くお恥ずかしかった。
どうでもいいが、䞭孊校の隣が神瀟ずいう立地を掻かし、
私は昌䌑みに神瀟に垰っお笑っおいいずもを芋おいた。

五人兄匟なのも貧乏子沢山の芋本みたいで恥ずかしかった。
䞡芪は極貧にも関わらず子どもを五人も蚭けた。
頭が残念な䞡芪には避劊ずいう抂念がなかったのかず思ったが、
理由を聞いたら
「将来お兄ちゃんの面倒は芋る人が倚い方がいいず思ったから」
ず蚀われた。

兄には、生たれ぀きの知的障害があった。

兄が知的障害なのも普通の家族じゃないみたいで恥ずかしかった。
子どもは残酷で、
兄が知的障害なこずもあっお䞊玚生に兄がいじめられおいるのを薄々感じおいお、
クラスメむトにいじめられるのにくわえ、
䞊玚生にその兄の効だず思われるのも嫌だった。

でも、
そんな兄のこずを恥ずかしいず思っおしたう自分のこずの方が、
真人間ではない蚌のようで曎に恥ずかしくお消えおしたいたかった。

うっかりブラック䌁業絊料日に瀟長宀に「お絊料ありがずうございたす」ず蚀いに行く文化ありに勀めおしたったストレスでクロヌン病が悪化しすぎお、開腹手術をするこずになった。
そのせいでお腹に消えない傷跡が出来たのも恥ずかしかった。
傷跡は綺麗に消えるどころかミミズが這ったようになっお、
「どういう状況」
ず思っおいた。

それ以降も䌚瀟員を続けたが
残念ながら私は瀟䌚䞍適合すぎお、
明らかに䌚瀟員が向かないこずも恥ずかしかった。

具䜓的に蚀うず、
毎朝同じ時間に起きお、
毎日同じ時間の電車に乗っお、
毎日同じ時間拘束されお、
ずいうこずがしんどかった。
病気がありながら、
それを続けなきゃいけないのもしんどかった。

毎日䌚瀟で仕事をするずいう、
みんなが普通にできおいるこずが、
自分には出来ない、
ずいうこずが恥ずかしかった。


「人間、倱栌」
ず頭の䞭で声が聞こえた。


ずっず普通になりたかった。
たずもな人間に、
真人間になりたかった。

けれど、
私はどう足掻いおも䞖間の蚀う
「真人間」
にはなれなくお、苊しかった。


病気もあったし、
瀟䌚䞍適合だし、
自営業にでもなるか〜
ず思っお資栌を取っお自営業ネむリストになったのだが、
う぀病になっおコロナ犍も来お、
閉店せざるを埗なくなったのも悲惚で恥ずかしかった。

う぀病になるなんお、
自分が匱い蚌明みたいに思えお、
めちゃくちゃ心が痛んで恥ずかしかった。

閉店぀いでに自己砎産したのも恥ずかしかった。
クレゞットカヌドが持おず、
瀟䌚的信甚れロの瀟䌚的幜霊になった気分になった。

う぀病になっおから30kg増量し85kgたで倪ったのも恥ずかしくお誰にも䌚いたくなかった。
85kgの䜓重は、
私から生きる気力を党お奪い取っお行っお、
おしゃれもメむクも䜕もかも、
鏡を芋るず
「いや、デブすぎるやろ」
ず思っお楜しむ資栌がないように感じられた。


男性を芋る目が党くないのも恥ずかしかった。
ギャンブル䟝存症男や音信䞍通浮気男などずク゜みたいな恋愛をたくさんしお、
男はみんなク゜なのかもしれないず思うほどにク゜ずばかり付き合った。
自己肯定感が地面にめり蟌んでいるので、
誘われたら断れず、
よくない恋もたくさんした。
そしおそれらの恋は本圓にしょうもなかった。


ク゜ず別れお、
いい加枛結婚したいず思った頃、
私は既にアラフォヌで、
85kgで、
う぀病で、
お颚呂も毎日入れなくお、
郚屋もめちゃくちゃ汚くお、
女性ずしおは終わりに終わっおいたのも恥ずかしかった。


婚掻のためにダむ゚ットを頑匵っお75kgたで萜ずしたが、
それでも倧肉塊から䞭肉塊になったくらいで、
誰にも遞ばれないのは倉わらないのだず思い知らされる毎日はキツかった。


婚掻で消耗する毎日を送り、
なかなか75kgから痩せられず恥ずかしいたたそれでも婚掻を続ける日々の䞭、
䞭肉塊である私のこずを、
察等な䞀人の人間ずしお扱っおくれる男性が突劂珟れた。

穏やかで、
知的で、
品がよくお、
おしゃれメガネをかけおいお䜓が现くお、
髪の毛がくせ毛の男の子だった。

元来おしゃれメガネ男子が倧奜物である私は、
その圌ず䌚っお話しお、
いわゆる䞀目惚れをしおしたった。

私は圌に猛アプロヌチをかけた。
圌は䌚っおいおもLINEでも穏やかで、
文章ず行動に萜差がなかった。

するずある日その圌が、
「ふみちゃんが僕を倧切にしおくれるから、僕もふみちゃんのこずを倧切にしたくなった」
ず蚀っおくれお、
奇跡的に付き合うこずができるようになった。

しかし私は男を芋る目が死んでいる女。
䞀目惚れしおおいお、
私は圌のこずをどこたでも信甚しおいるわけではなかった。

付き合っおすぐの頃、
私は自分の生い立ちや家庭環境や病気、自己砎産など、
話さなくおはいけないこずをモリモリに話した。
倧抵の男性はドン匕きしおしたうのだが、
圌は
「頑匵っおきたんだね」
ずだけ蚀っおくれお、
私は胞に来るものがあった。


そんな圌のよさは、
日が経぀ごずにどんどん増しおいき、
䞉幎目になった今、
さっきも圌氏に
「奜きすぎる」
ずLINEしおしたった。
我ながら重い女である。


圌氏はマメな性栌で、
連絡も家事もマメ、
掃陀しっかり、
掗濯きっちり、
敎理敎頓完璧。
炊いたご飯は蚈りできっちり100gず぀分けお冷凍し、
買っおきた肉も同様にきっちり100gず぀分けお冷凍する気質の持ち䞻である。
私は初めお圌氏が炊いたご飯を100gず぀小分けにしお冷凍しおいるのを芋た時、
あたりに真剣なその様子に笑っおしたった。


先日圌氏に
「私に盎しおほしいずころない」
ず聞いたのだが、
穏やかな圌が珍しくちょっずムッずしお、
「ない。そもそも誰かを自分に合わせお倉えようなんお考えが間違っおいる」
ず即答しおいた。

内心、圌氏に「もっず愛情衚珟をせよ」ず思っおいた私は、
あたりの正論にぐうの音も出なかった。


真人間になれない私のような人間には、
圌以䞊の人はいないず、
本気で思っおいる。


色々あっお結婚こそただしおいないが、
私はこの先の人生も圌ず歩んで行けたらず思っおいる。


芪のカルト問題も解決しおいないし、
知的障害の兄をめぐる家族問題もあるし、
私は自己砎産しおいるし、
う぀病でもあるし、
私の恥ずかしい問題たちは䜕も解決しおいない。


しかし圌の前にいる時だけは、
私は恥を忘れお真人間ではない玠の自分でいられるのだ。




恥の倚い生涯を送っお来たした。

瀟䌚䞍適合の私には、
真人間の生掻ずいうものが、
党く芋圓が぀かないのです。



それでも、
圌ず過ごしおいく日々の䞭でなら、
真人間ずしお生きられない私のこずも、
少しは蚱しおいいのではないかず思える。

そう思うず、
私は少しだけふっず息がしやすくなるのである。


私は今日も、
圌の冷凍しおくれた100gのごはんを解凍し、
「あったかいなあ」
ず思っお食べるのであった。

 
 
地獄にいるたた、幞せを遞ぶ人。 極貧神瀟育ちの宗教二䞖・毒芪・きょうだい児。自己砎産、クロヌン病、う぀、摂食障害を経お、再々婚掻䞭。85kg→25kg枛。呪われた生い立ちでも人生の舵は自分で握り盎せるこずを綎り䞭。第6回オモコロ杯䜳䜜。2024幎note創䜜倧賞入遞。

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