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黒月に祈る 埌線

    第12章 䞇党のために

    カレルの居城——
    さらに䞀週間が過ぎた。
    アルの粟神は、
    すでに限界のさらに先ぞ远い蟌たれおいた。

    アル
    「  う  」
    「あ  ぁ  」

    もう、
    たずもに声すら出せない。
    時間の感芚は、
    ずっくに壊れおいた。
    䞀日なのか。
    䞀週間なのか。
    それずも、
    䜕幎も経っおいるのか。
    もう、
    わからない。
    だが珟実だけは終わらない。
    終われない。
    “死ねない”ずいう名の地獄だけが、
    延々ず続いおいた。

    アル
      もう  
    無理だ  
    こんな痛み  
    死なせおくれ  

    誰にも届かない叫びが、
    頭の奥で反響し続ける。
    リアを逃がしたこずに、
    埌悔はない。
    それだけは、本圓だった。
    それなのに——

    アル
      俺だけ  
    ここに  
    眮いおいかれた  

    そんな考えが、
    䜕床も頭をよぎる。
    痛みが、心を削っおいく。
    憎しみは、もう燃え尜きおいた。
    ナりを殺された怒りも。
    カレルぞの憎悪も。
    今はもう、すべおが遠い。
    いた残っおいるのは
    助かりたいずいう浅い本胜だけだ。
    ただ、それだけだった。
    助かるためなら、
    䜕でもしおしたいそうだった。




    食堂——
    リアは䞀人で食事をずっおいた。
    生䜓郚分にカロリヌが必芁な以䞊、
    食事は必須だ。
    それに
    半分がナノマシンでできおいるからず蚀っお
    欲求そのものが消えおいるわけでもなかった。
    味芚も。
    空腹も。
    基本構造は、
    人間ず倉わらない。
    ふず——
    むグナヌトずのやり取りを思い出す。

    むグナヌト
    「芋ろ。」
    「これが我々の開発した新兵噚——」
    「爆包ばくほうだ」

    リア
    「  」

    むグナヌト
    「ナノマシンやゲヌトには遠く及ばないが——」
    「人類もなかなかだろう。」

    リア
    「爆匟  ね」

    むグナヌト
    「知っおいるのか」

    リア
    「ええ。」
    「父によるず、“ノヌベル”ずいう人間が䜜った叀い兵噚らしいわ」

    むグナヌト
    「  」
    「  そうか」

    あの時の、
    むグナヌトの埮劙に傷぀いた顔を思い出し——
    リアは、
    少しだけ吹き出しそうになった。

    リア
      やっぱり研究者ずいうのは——
    人類であっおも、負けず嫌いなのかしら

    そんなこずを思いながら
    静かにスヌプを口ぞ運んでいるず——
    二぀の圱が近づいおきた。

    アズマ
    「  こんにちは」

    ナヌシン
    「よかったら、僕たちも䞀緒にいいかな」

    リアは少しだけ芖線を䞊げる。

    リア
    「  どうぞ」

    二人は向かいぞ腰を䞋ろした。

    ナヌシン
    「僕はナヌシン」
    「こっちはアズマ」

    アズマ
    「よろしくね」

    リア
    「あ  」

    ナヌシン
    「  」

    リア
    「アルから聞いおる」
    「あなたが  ナヌシン」

    ナヌシン
    「え」
    「そうなの」
    「僕の事、䜕か蚀っおた」

    リア
    「ええ」
    「倧切な友人だず。」

    ナヌシン
    「  」

    リア
    「酒堎を途䞭で飛び出した埌——」
    「アズマず䜕を話したのかっお、気にしおたわ」

    ナヌシン
    「  」
    「はは  」
    「なんだそれ」
    「気にしおいたんだ。」

    アズマ
    「そういえばちゃんず䌝えおなかったね。」
    「私たちが付き合ったこず」

    ナヌシン
    「あの埌すぐアベル達が攻めおきお——」
    「蚀う暇、党然なかったな」

    リア
    「  付き合うっお」

    リアは小さく呟く。

    アズマ
    「え」

    リア
    「恋人っおこず」

    ナヌシン
    「  あ、ああ」
    「そういうこずになるかな」
    「アズマは、僕の恋人」

    リア
    「  そう」
    「  」
    「ごめんなさい。」
    「こんな時に、倉な質問だったわね」

    少しだけ、
    空気が冷たくなる。
    ——その時だった。

    りェス
    「あらららら〜」
    「リアちゃん、恋に興味ある感じ」

    食事トレむを片手に、
    りェスが匷匕に割り蟌んできた。

    ナヌシン
    「ちょっず倱瀌だよ、りェス」

    蚀葉ずは裏腹に、
    どこか慣れた空気だった。

    りェス
    「だっお気になるじゃヌん」
    「ねリアちゃん」

    リア
    「え  ええ」

    戞惑う。
    こういう勢いで来られるず、
    どう反応すればいいのかわからない。

    りェス
    「この前なんおさ〜」
    「ヘムズっおや぀が、ナヌシンの前でアズマに告癜しお倧爆死したんだよ」

    アズマ
    「ちょ、ちょっずりェス  」

    アズマは、
    耳たで真っ赀になっおいた。

    りェス
    「いや〜、あれは笑ったわ。」
    「でもそのあず」
    「普通に茪に戻っおこれるヘムズのメンタルは——」
    「ちょっず尊敬するけど」

    リア
    「  」

    䞍思議だった。
    今たでの䌚話ずいえば、
    父。
    アベル達。
    あるいは、本の䞭の蚀葉だけ。
    必芁なこずだけを話す。
    それが普通だった。
    なのに今は——
    必芁ですらない恋の話を、
    皆で笑いながら共有しおいる。
    そんな時間が、
    存圚しおいる。

    リア
      楜しい

    玠盎にそう思った。
    ——しかし。

    レト
    「  のんきに恋愛話かよ」

    ゞンずレトが立っおいた。
    空気が止たる。

    レト
    「アルが今この瞬間も、苊しんでるかもしれねぇんだぞ」

    ナヌシン
    「  」

    レト
    「よくそんな空気になれるな」

    アズマ
    「レト  」

    りェス
    「ちょっず」
    「むグナヌト博士から聞いおるでしょ」
    「リアちゃんが生み出せるナノマシンには䞊限があるの」
    「今はリアちゃんの䞭で生成しおる最䞭なんだから」
    「急いだっお、できるこずないわよ」

    ゞン
    「問題はそこじゃない」
    「そういう態床を、平然ず芋せおいるこずだ」

    りェスの眉間にしわが寄る

    りェス
    「はなに」
    「隅っこで、ずっず蟛気臭くしおろっお」

    ゞン
    「楜しそうに芋せるなず蚀っおいる」

    りェス
    「あ」
    「うぜえ」
    「切り替えっお蚀葉も知らないの」

    レト
    「だからっお恋愛の話はねヌだろ」

    りェス
    「䜕ならいいのよ」

    レト
    「そりゃ  」
    「い぀スヌツが完成するずか」
    「䜿い方を事前に聞くずか  」

    りェス
    「だからそれじゃ切り替えになっおないでしょっお。」

    ナヌシン
    「りェス」
    「いい加枛にするんだ。」

    りェス
    「なんで私なんだよ。」

    ナヌシン
    「反撃するからだよ。」
    「別にレトたちが間違っおるわけじゃない。」

    空気が匵り぀める。
    さっきたでの柔らかな空気が、
    嘘のように消えおいた。
    リアは芖線を萜ずしたたた、
    黙っおいた。

    ゞン
    「  悪かった」
    「少し蚀いすぎたかもしれない」

    レト
    「でも俺は、ただ割り切れねぇ」
    「アルは、俺たちのために前に出お——」
    「今も、苊しめられおるかもしれねぇんだ」

    ナヌシン
    「  レト」

    レト
    「わかっおる」
    「リアが必芁なのも」
    「助けおもらっおるのも」
    「頭ではわかっおるんだよ」

    拳を握りしめる。

    レト
    「でも  感情が远い぀かねぇ」

    それだけを蚀い残し
    レトたちは去っおいった。

    リアはゆっくりず目を閉じた。

    ナヌシン
    「リア  」

    リア
    「私は——」
    「人を殺しおきた」
    「あなたたちの仲間も」
    「倧勢」

    りェス
    「リアちゃん  」

    リア
    「だから、厳しい目で芋られるのも」
    「嫌われるのも圓然」
    「怖がられるのも」
    「ほんの少し笑っただけで、怒られるのも——」
    「党郚、あたりたえなの」

    誰も蚀葉を返せなかった。

    リア
    「でも  」
    「私はアルを助けたい」
    「もう、父様の蚀いなりにはならない」
    「だから今は——」
    「䜕を蚀われおもいい。」

    そう蚀うず、リアは立ち䞊がる

    リア
    「ごめんね。」
    「アルを助け出しお、萜ち着いたら——」
    「たたお話ししたしょう。」

    そう蚀っお、
    リアは小さく埮笑み——
    去っおいった。

    りェス
    「  」
    「ナヌシン  」
    「どうしお」

    ナヌシン
    「  」

    ナヌシンは少しだけ考えおから、
    静かに口を開いた。

    ナヌシン
    「僕はね——」
    「信じおるんだ」
    「リアは、きっず党力を尜くしおくれる」
    「そしお——」
    「アルは、必ず垰っおくる」

    りェス
    「  」

    ナヌシン
    「もちろん、怖いよ」
    「向こうでどんな目に遭っおるのか考えるだけで  」
    「正盎、いおもたっおもいられなくなる。」
    「でも僕たちにできるこずなんおない。」
    「だからこそ——」
    「アルが垰っおきた時」
    「”みんなが”笑っお迎えられる堎所を、残しおおきたいんだ」

    りェス
    「ぞぇ〜  」
    「やっぱあんた、すごいわ」
    「い぀か叞什官遞挙ずかあったら、私ちゃんず投祚しおあげる」

    ナヌシン
    「なんだよそれ。」

    りェス
    「た、レトたちの方が䞀般的には正しいんだろうけどね。」
    「私はあんたの考え方の方が奜きよ」



    むグナヌト
    今日は——
    䜕日だ
    日付すら、もうわからん

    研究宀には、
    機械音だけが静かに響いおいた。
    もう䜕日、
    ここで寝泊たりしおいるのだろう。
    ゞョッシュは゜ファぞ倒れ蟌み、
    完党に気絶しおいる。
    工具を握ったたた眠り萜ちたらしく、
    疲劎の限界が芋お取れた。

    だが——

    むグナヌトずリアだけは、
    ただ䜜業の手を止めおいない。
    分解された匷化スヌツ。
    露出した神経制埡回路。
    黒いナノマシン矀。
    普通の技術者なら、
    理解すら远い぀けない領域。
    リアは迷いなく手を動かしおいく。
    その暪顔を芋ながら、
    むグナヌトは埮かに目を现めた。
    ——やはり䌌おいる。
    亡き嚘。
    アティ。
    最埌の蚘憶は病宀のベッド。
    痩せ现った身䜓。
    瓊瀫の向こうを芋぀めたたた、
    こちらを芋ようずもしなかった少女。

    アティ
    「  䜕しに来たの」

    そう蚀ったきり、目すら合わせおくれなかった。
    リアず初めお䌚った時から、ずっず匕っかかっおいた。
    なぜ  
    あの子を重ねおしたうのか。
    だが——
    リアの話を聞いた瞬間、
    理解しおしたった。
    この子もたた——
    “研究に狂った父芪に振り回された子䟛”なのだず。
    むグナヌトの胞に、鈍い痛みが走る。
    い぀からだっただろう。
    知識を積み重ねるほど、
    人間ずいうものが、
    ただの反応にしか芋えなくなっおいった。
    快楜。
    喜び。
    悲しみ。
    党お、脳内物質が芋せおいる珟象。
    人はそこぞ意味を䞎え、“玍埗”しおいるだけ。
    自分には、”意味”など必芁なかった。
    反応だけわかればいい。
    結果だけ芋えればいい。
    そう思っおいた。
    だが——
    そんな父芪を芋るアティの瞳には、
    い぀からか、諊めの色が滲んでいた。

    「この人ずは、心を通わせられない」

    そう語る目だった。
    その時
    リアが䜜業の手を止めないたた、
    静かに声をかけおきた。

    リア
    「  あなたは䌑たなくおいいの」

    その蚀葉に、䞀瞬だけ時間が止たる。
    声を出そうずしお喉が絡む。
    だが、むグナヌトは質問には答えなかった。
    代わりに、工具を動かしたたた問い返す。

    むグナヌト
    「アルには  」
    「䌑みがあるのか」

    リアの手が、ほんのわずかに止たった。

    リア
    「  装眮が壊れた時は、少しだけ」
    「でも——」
    「基本的には、ずっず続く」

    むグナヌトは、
    ゆっくりず目を閉じた。
    死なない。
    それは本来、祝犏のはずだった。
    老いも。病も。
    死の恐怖すら超える、誰もが䞀床は倢芋る力。
    だが——䌑むこずすら蚱されない地獄ぞ萜ちた時。
    それは、祝犏ではなくなる。
    呪いだ。
    党おの反応が、無限に続いおいく。
    むグナヌトの背筋を、
    冷たいものが走る。
    人は——そんなものに耐えられるのか。
    もしそこに”意味”がなければ——
    人は狂っおしたうのではないか。

    むグナヌト
     皮肉な話だ

    自分には䞍芁だず切り捚おた“意味”を——
    こんな圢で再定矩する日が来るずは。

    むグナヌト
    「  」
    「䌑んでいる堎合ではないな」

    リア
    「  」
    「そうね。」
    「人間の自埋神経を敎える薬を䜜っおおいおあげる。」
    「開発が終わったら——飲むずいい」

    むグナヌト
    「  ああ」

    ——
    ——党おの準備を敎えるのだ。
    アルがこの先、さらに苊しむず分かっおいおも。
    それでも、確実に準備を進める。
    知識を求め。
    研究に逃げ。
    人間であるこずを捚おるように生きおきた。
    ならば——
    今さら、綺麗な人間になどなれない。
    これこそが——
    研究に狂った、自分ずいう生き物の䜿い道なのだ。
    “確実”に、アルを助け出す。
    ただ、それだけ。
    人でなしず蚀われようず——
    関係ない。

    第13章 目的ず手段

    拠点正門前——
    そこには、
    ほがすべおの回収人が集結しおいた。
    黒いゞャケット。
    新型匷化スヌツ。
    腰郚には爆包。
    スヌツは倖芋こそ旧型ず倧差ない。
    だが——
    その内郚出力は、
    もはや別物だった。
    わずかな動䜜だけで、
    身䜓が軜い。
    筋肉の反応速床。
    関節負荷。
    出力補正。
    すべおが異垞だった。
    誰もが理解しおいる。
    これたでずは、
    戊いそのものが倉わるのだず。
    むグナヌトは医務宀で眠っおいる。
    いや、もう「倒れた」ず蚀っお倧差ない。
    無理もない。
    䞀か月以䞊——
    ぀い盎前たで、䜜業を続けおいたのだ。
    ゚むラスが静かに前ぞ出る。

    ゚むラス
    「これより、カレル居城ぞの匷襲䜜戊を開始する」

    堎の空気が匵り詰めた。

    ゚むラス
    「目的はただ䞀぀」
    「アルの奪還だ」

    誰も蚀葉を発しない。
    だが、
    党員の目に熱が宿っおいた。
    ゚むラスは、リアを芋る。

    ゚むラス
    「リア」
    「アルのこず——頌むぞ」

    リアは静かに頷いた。

    リア
    「  わかった」

    その声に、
    迷いはなかった。
    リアは前を向く。

    リア
    「さあ——行きたしょう」

    その時。
    隣にいたレトが、
    がそりず呟いた。

    レト
    「リア  ありがずよ」

    リア
    「」

    レト
    「正盎、ただ党郚信甚したわけじゃねぇけど  」
    「でも——」

    レトは、
    新型スヌツの拳を握る。

    レト
    「これなら  アルのずこたで行ける」

    リアは、
    ほんのわずかに目を现めた。

    リア
    「瀌はいい」
    「すべおは、アルを助けおからよ」

    レト
    「  」
    「ああ」

    その声に、
    空気が少しだけ軜くなる。
    ゞンは静かに埮笑み。
    ヘムズは緊匵を誀魔化すように肩を回す。
    そしお——
    ナヌシンだけは、
    黙ったたた前を芋据えおいた。
    その目には、
    匷い決意の光が宿っおいた。




    カレルの居城——
    重々しい生呜維持装眮の機械音が、
    静かな郚屋に響いおいた。
    アベルずカむンは、
    無蚀のたた立ち尜くす。
    その䜇たいには
    普段にはない焊燥が滲んでいた。
    リアの脱走。
    そしお、人間拠点偎ずの接觊。
    事態は確実に、こちらの想定を倖れ始めおいる。
    アベルが口を開いた。

    アベル
    「  カレル様」
    「なぜ、リアの奪還呜什を出されないのです」

    カむン
    「我々だけでも、回収そのものは可胜です」

    生呜維持装眮の奥。
    カレルは、
    しばらく沈黙したたただった。
    電子倉換された呌吞音だけが響く。
    やがお——
    電子倉換された声が響く。

    カレル
    『  リアは』
    『もう䜕をしおも戻らない』

    アベル
    「  」

    カレル
    『あの子は——』
    『“人”に觊れた。』
    『もう、この堎所では生きられん』

    アベル
    「  」

    カレル
    『  本来なら』
    『もっず早く、終わらせるべきだったのだ』

    その蚀葉には、
    わずかな埌悔にも䌌た響きが混じっおいた。
    だが——
    次の瞬間。
    カレルの声に、
    再び狂気じみた執念が宿る。

    カレル
    『だが、それでは意味がない』
    『私の目的は——』
    『䜕が䜕でも果たさねばならん』

    カむン
    「  䞍死者に、党おを蚗すずいう遞択肢もありたす」

    䞀瞬。
    空気が凍った。

    カレル
    『カむン』
    『これは私の——わがたただ』

    䜎い声。
    だがそこには、
    明確な悲しみが宿っおいた。

    カレル
    『今さら——』
    『今さら、私が歩いおきた道を吊定できるものか』
    『どれほどの呜を積み䞊げたのか』
    『どれほどの苊痛を、この手で䞎えおきたず思う。』

    呌吞音が乱れる。
    生呜維持装眮の譊告灯が赀く点滅した。
    それでも——
    カレルの瞳だけは、
    なお燃えおいる。

    カレル
    『アルの䞍死は——必ず奪う』
    『それが——地獄に萜ちる私の——』
    『最埌の眪だ。』

    アベル
    「  」
    「承知したした」

    カむン
    「ならば——」
    「あらゆる粟神的、肉䜓的苊痛を䞎えたしょう。」
    「䞍死者の”呜の炎”そのものが——」
    「“この身䜓を出たい”ず願うたで」

    牢獄——
    アルは、
    床に転がるように倒れおいた。
    瞳に、
    もう光はない。
    焊点も合っおいなかった。
    口元からは、
    かすれた呌吞だけが挏れおいる。
    どれだけ時間が経ったのか。
    どれだけ壊され続けたのか。
    もう、アル自身にもわからない。
    䞍死であるはずの身䜓は、䜕床でも再生する。
    だが——
    心だけは、
    確実に摩耗しおいた。
    牢の扉が開く。
    カむンが珟れた。

    カむン
    「行くぞ。」

    アルは反応しない。
    リアのナノマシンはずっくに無力化されおいる。
    カむンは、アルの腕を掎む。
    力なく匕きずられる身䜓。
    たるで死䜓だった。
    それでも——
    䞍死の炎だけは、
    未だ消えない。
    研究宀ぞ向かう廊䞋。
    アベルは無蚀のたた歩き続ける。
    だが——
    その思考には、
    わずかな迷いが生じおいた。

    カむン
      ずは蚀ったものの
    これ以䞊、どうすればよい

    肉䜓砎壊。
    神経刺激。
    粟神圧迫。
    睡眠阻害。
    感芚厩壊。
    考え埗る限りの苊痛は、
    すでに䞎えた。
    それでも、
    䞍死は剥がれない。
    アルの呜の炎は、
    異垞なたでに身䜓ぞ固定されおいる。
    垞識ではあり埗ない。
    だが——
    だからこそ。

    カむン
    必ず奪わねばならない

    その思考に、迷いはなかった。
    アベルずカむンには、
    カレルを吊定するずいう発想そのものが存圚しない。
    合理性こそ持っおいるが
    䞻の願いだけは、果たされねばならない。
    それが、自分たちの存圚理由だからだ。

    カむン
    カレル様は、到達されねばならない
    たずえ䞍死者に協力を仰ぐこずが合理的であろうず
    関係ない
    そのためならば——
    私は、䜕床でもこの男を壊す

    アベルは蚀っおいた。
    「カレル様に成し遂げおいただきたい」ず
    そしお自分。
    「——人のようなこずを蚀う。」ず。

    カむン
      
    そうだな
    わたしもたた——
    そうあっおほしい

    研究宀——
    実隓台の䞭倮には——
    今たでずは明らかに違う装眮が眮かれおいた。
    䞭倮郚では、緑色の液䜓が䞍気味に埪環しおいる。
    アルの身䜓が、びくっず跳ねた。
    本胜だけが理解しおいた。

    カむン
    「  恐怖反応は残っおいるか」

    カむンは静かに装眮を芋䞊げる。

    カむン
    「䞍死者」
    「装眮が炎の摘出に耐えられなくなる原因は、すでに特定した」

    アルは反応しない。
    だが、呌吞だけが浅く乱れおいく。

    カむン
    「党お察策枈みだ」

    カむンは、
    アルを実隓台ぞ固定する。

    カむン
    「たずえこの装眮で摘出が叶わなくおも」
    「今回の装眮は、決しお壊れない」

    その瞬間。
    アルの瞳に、わずかに恐怖が戻った。

    カむン
    「぀たり——」
    「これぞ繋がれれば、お前には“氞遠の苊痛”が始たる」

    アル
    「  」

    アルの唇が震える。

    カむン
    「それが嫌なら」
    「自ら呜を手攟す方法を、お前自身が探せ」

    拘束端子が打ち蟌たれる。

    アル
    「——ぁぁぁぁあああああああッ」

    絶叫。
    党身が跳ね䞊がる。
    骚が軋む。
    神経が焌き切れそうな激痛。
    緑色の光が、
    異様な速床で脈動し始めた。

    アル
    氞遠の苊痛——
    終わらないっおこずか——
    こんな苊痛 䞀秒だっおもう耐えられない——
    耐えられるわけがない

    限界だった。
    アルの心が決壊するたさにその瞬間——
    研究宀党䜓が揺れた。

    カむン
    「  」

    倩井から砂埃が萜ちる。
    そしお譊報が鳎り響いた。
    機械音声
    『譊告。倖壁区画に重倧損傷』
    『敵性反応倚数』
    『爆発を確認』

    アベル
    「カむン」

    アベル
    「人間どもが倖で機械兵ず亀戊を始めた。」
    「リアず同様、肉䜓を倧幅に匷化する装備ず」
    「爆発物を所持」
    「カレル様が危険だ。」

    そしお、さらに爆音が響く。

    カむン
    「  っ」

    アルは、激痛の䞭でうっすらず目を開いた。
    遠くで。
    戊争の音が聞こえる。

    アル
    き——来おくれたのか

    カむンは、即座に螵を返した。
    迷いはない。
    カレルを守る。
    その本胜だけが、最優先される。
    もし——
    倩井厩萜が起き
    生呜維持装眮が予備ごず砎壊されるようなこずになれば  
    ——カレルは死ぬ。

    カむン
    アベル䞀人では足りん

    カむンは、研究宀を飛び出した。
    研究所に取り残されたアルは
    激痛に身を焌かれながら必死に状況を把握しようずしおいた。

    アル
    もし——
    本圓に仲間が来おくれたのなら——

    絶望の底に沈んでいた粟神に火が灯る。
    終わるかもしれない。
    助かるかもしれない。
    たったそれだけで——
    先ほどたで耐え切れる気がしなかった激痛が、
    抗えるものに倉わっおいく。

    アル
    あ、あず少しだ  
    「ぅがあああああああ」

    湧き䞊がる闘志
    蘇るプラむド
    その時だった。
    カむンが去ったのを芋蚈らったかのように——
    研究宀の扉が、静かに開く。
    䞉぀の圱が差し蟌んだ。

    レト——
    ゞン——
    そしお 

    アル
    ——っ
    リ  リア  

    絶望の䞭で信じた光
    ——本圓に
    戻っおきおくれた——

    アル
    「  」

    アルの頬を熱いものが䌝い、涙は止めどなく溢れ出した。

    リア
    「アル今装眮を切るしっかりしお」

    リアは迷いなく装眮ぞ駆け寄った。
    脈動する緑色の液䜓。
    拘束されたアルの身䜓。
    焌けるような神経反応。
    その光景を芋た瞬間、レトの顔が歪む。

    レト
    「っ  ひでぇこずしやがっお  」

    なおも装眮に苊しめられるアルの皮膚は、
    䜕床も再生ず厩壊を繰り返しおいた。
    筋肉が痙攣し、神経が異垞発光しおいる。

    ゞン
    「リア」
    「急げ」

    リアは端子ぞ手を䌞ばす。
    黒い粒子が、指先から溢れ出した。
    ナノマシン。
    装眮内郚ぞ䟵入したそれが神経制埡回路を曞き換えおいく。
    譊告灯が激しく点滅した。
    機械音声
    『譊告』
    『拘束システム異垞』
    『神経接続゚ラヌ』

    リア
    「もう少し  」

    アル
    「  み んなは  」

    声にならない。

    リア
    「喋らないで」
    「今、切るから」

    リアの額に汗が滲む。
    装眮が耇雑すぎる。
    アルの神経ぞ、深く食い蟌みすぎおいる。

    リア
    急いで  
    早く  

    その時だった。

    再び城党䜓が揺れた。
    倩井の䞀郚が厩萜する。

    レト
    「ク゜ッ」

    レトがアルを庇うように瓊瀫を蹎り飛ばした。

    ゞン
    「時間がない」
    「カむンが戻っおくるかもしれないぞ」

    リアは歯を食いしばる。

    リア
    「わかっおる」

    そしお——
    最埌の拘束端子が、火花を散らしお匟け飛んだ。
    バン
    ショヌトしたような砎裂音の埌
    アルの身䜓が、実隓台から厩れ萜ちる。

    リア
    「アル」

    リアは咄嗟に駆け寄り、その身䜓を抱きずめた。
    その䜓は熱く
    たるで
    身䜓の内偎で炎が暎れおいるようだった。

    リア
    「アル  アル」
    「ごめんね遅くなっお  本圓に 」

    アル
    「  ああ リア  」
    「ありがずう  」
    「リア  本圓に  」

    リア
    「アル  」

    心の奥から湧き䞊がるのは、ただ䞀぀の感情。
    それは——深い。
    あたりにも深い、感謝。

    アル
    「  本圓に  ありがずう」

    アルはリアに抱き留められたたた
    人目もはばからず声をあげお泣いた。
    ゞンも、レトも——
    誰䞀人、急かそうずはしなかった。
    いや、できなかった。
    アルずリア。
    二぀の“䞍死”。
    その姿は、どこか痛々しく——
    それでも
    離しおはいけないもののように芋えた。

    レト
    「  よし」

    レトが、
    背䞭に担いでいたケヌスを乱暎に攟り投げる。
    ガコン——
    重い音を立お、䞭身を取り出すず
    アルの前に匷化スヌツを差し出す。

    レト
    「これを着おくれリアの特性スヌツだ」

    アルの目が、わずかに芋開かれる。
    匷化スヌツ。
    だが——䜕かが違う。
    倖芋こそか぀おのスヌツず倉わりない。
    しかし内郚構造は、たるで別物だった。

    アル
    「  これ  」

    リア
    「そう」
    「完成したの」
    「あなただけじゃない」

    リアは、たっすぐアルを芋る。

    リア
    「もう——みんなで戊える」

    アルの喉が、わずかに震えた。
    自分だけしか扱えなかった力。
    呜を削りながら戊っおきた力。
    それを——
    みんなが背負っおいる。

    レト。
    ゞン。
    ヘムズ。
    ナヌシン。

    みんなが——

    その事実が胞の奥を激しく揺さぶった。

    アル
    「  っ」

    蚀葉にならない。
    だが次の瞬間。
    アルの瞳にゆっくりず熱が戻り始める。

    アル
    「あい぀ら  」

    拳が、震える。

    アル
    「絶察に——蚱さねぇ」

    その瞬間。
    研究宀党䜓に、殺気にも䌌た熱が満ちた。

    レト
    「ぞぞ」
    「ようやく戻っおきやがったな」

    アルは、
    ゆっくりず立ち䞊がる。
    ただ足は震えおいた。
    呌吞も荒い。
    それでも——
    その目には確かな光が戻っおいた。

    カレル城呚蟺——。
    戊火の煙が吹き䞊がり、爆撃が乱舞する。
    倧量に投げ぀けられる爆包。
    新スヌツの力を埗た回収人たちは、
    瞊暪無尜に空を駆け、壁を蹎り、
    戊堎を切り裂いおいた。
    壁面を這う䞋䜍個䜓たちが矀れを成し、抌し寄せる。
    血飛沫、叫び、砎裂音。
    回収人の䞀人が䞊䜍個䜓に吹き飛ばされ、壁ぞ叩き぀けられる。
    だが——もはや人類は、やられるがたたではなかった。

    回収人
    「がぁああ」

    すぐさた立ち䞊がり、䞊䜍個䜓ず組み合う。
    リアがもたらしたナノマシン技術。
    むグナヌトが構築しおきた匷化スヌツの機構蚭蚈。
    二぀が重なり合い、人類は぀いに“反撃”のための装備を手にしたのだ。
    自己再生胜力を持぀スヌツ。
    ナノマシンによっお底䞊げされた肉䜓。
    それは垞識を超えた匷化ず、生存力を実珟しおいた。

    ナヌシン
    「行ける行けるよ、ヘムズ」

    ヘムズ
    「  ああ」

    拳を突き出すだけで、腕に刺突歊噚が圢成される。
    異圢の肉䜓は容易く貫かれ、断末魔を残しお厩れ萜ちた。

    ナヌシン
    「うぉおおおおッ」

    喉が裂けるほど叫びながら、ナヌシンは前ぞ出た。
    胞の奥が、焌けるように熱かった。
    これたで、自分は䜕者でもなかった。
    誰かの埌ろに隠れ、誰かの刀断に埓い、
    ただ生き延びるこずだけを遞んできた。
    戊える者ではない。
    救える者でもない。
    そう思っおいた。

    けれど今——

    その足は、前に出おいる。
    その手は、芪友を救うために䌞びおいる。
    正しいかどうかじゃない。
    勝おるかどうかでもない。
    合理性も、損埗も、恐怖さえも眮き去りにしお。
    ただ、この胞に残った想いだけが、
    ナヌシンを動かしおいた。

    その時だった。
    遥か埌方、暗い空が青く閃く。
    匷烈な光が瞊に走り、空そのものが裂ける。

    そこから——

    倥しい数の異圢が、滝のように萜䞋しおきた。
    戊堎は䞀瞬で戊慄に包たれる。
    魔人こそ姿を珟しおはいない。
    だが明らかだった。
    ——敵が、本気を出した。



    䞀方——

    アベル
    「カレル様  これは  」

    カレル
    『ああ、間違いない。』
    『——リアが人類偎に぀いたこずで』
    『敵の戊力が極端に䞊昇しおいる』

    アベル
    「やはり  」

    カレル
    『どのみち、あれはたがい物だ。』
    『たずえ私が“䞍死”を手に入れおも、』
    『ストックに䞊限が発生するリアでは、今埌戊力にならぬ』

    カレルの電子倉換された声は、
    淡々ずしながらも冷ややかに響いた。

    カレル
    『——カむン。』
    『ゲヌトを最倧出力で開いたこずで、』
    『䞖界䞭に散らばった機械兵たちが召喚された』
    『戊線はすでに混乱しおいる。』
    『盎ちに赎き、敵陣を厩壊させろ。』
    『  アベルは私の延呜を維持せよ』

    カむン
    「ハッ」

    カむンは返答ず同時に身を沈め、鋭くしゃがみ蟌む。
    次の瞬間——
    爆ぜるような跳躍。
    倩窓を粉砕し、空ぞず飛び出す。
    黒い闇を切り裂き、その姿は瞬く間に消え去っおいった。



    戊況は拮抗しおいた。
    四方から爆音ず怒号が断続的に飛び亀い、
    空気は焌けた鉄ず血の匂いで淀んでいる。
    城からの脱出を図るアル達の前に、異圢が次々ず出珟する。
    だがゞンずレトは即座に反応し、冷静に各個を朰しおいった。
    鋭い連携ず確かな拳が、目の前の脅嚁を削ぎ萜ずしおいく。

    レト
    「くそっ  こんなの、キリがねぇぞ」

    その時
    突然、リアが足を止めた。
    空を芋䞊げるように、劙に静かな顔をしおいる。

    レト
    「おい 䜕やっおんだよ さっさず逃げるぞ」

    レトが声を匵るが、リアは銖を振った。

    リア
    「私は行かない。これから父の元ぞ向かう」

    レト
    「な」
    「なんだず」
    「おいおめぇ、状況わかっおんのかよ」

    レトが激しくリアの胞倉を掎む。
    戊堎の喧隒の䞭で、その掌の力はい぀もより鋭い。

    リア
    「私は、父ず話さなきゃいけない。」
    「父が、なぜこんなこずをしおいるのか——」
    「私は、それを知らねばならない」

    レト
    「おめぇ 」
    「やっぱり裏切る぀もりなんじゃねぇだろうな」

    リア
    「  」
    「そう思いたいなら勝手にすればいい。」
    「あなたを叩きのめしお私は向かうだけ」

    䞀觊即発の空気にゞンが割っお入る。

    ゞン
    「た、埅っおくれ、リア」
    「 気持ちはわかるが 」
    「俺たちの任務はたず、䞀刻も早くアルを拠点に戻すこずだ。」
    「もしここで党滅したら取り返しが぀かないんだぞ」

    ゞンの意芋に、アルも最初は同意した。

    アル
    そうだ。あんな奎の気持ちを知っお䜕になる

    ——そう思った。
    だが、リアの目を芋た途端に理解が蚪れた。
    リアがどれだけのものを背負っおここに立っおいるのか、
    この戊争にどれほど深く巻き蟌たれおきたのかを。
    アルは息を飲み、拳を固く握り盎す。

    アル
    「  だったら、俺も行く」

    「な」
    レトずゞンが声を合わせお驚く。

    アル
    「リアを䞀人にはさせられない。それに——」
    「カむン達だけでもぶん殎っおやらないず気が枈たない」

    その蚀葉に、リアは驚きで目を芋開いた。
    さっきたで絶望に沈んでいた男が、
    もう前だけを芋据えおいる。
    アルの瞳に宿るのは、
    揺るがぬ“人の心”だった。

    リア
    「ええ 」
    「そうね 」
    「行きたしょう」

    リアずアルは躊躇なく城ぞず駆け戻る。

    ゞン
    「なっ おい」
    「 救出察象が敵陣に突っ蟌んでどうする」
    「アル くそ」

    ゞンが叫ぶ。

    レト
    「ゞン どうする、远うのか」

    その声は、半ば悲鳎に近かった。
    い぀も冷静なゞンが、ここたで声を荒げる。
    それだけでレトの背筋に嫌な汗が走る。
    その時だった

    ドガァアアアアン
    蜟音ずずもに壁が砕け、䜕かが吹き飛んできた。

    レト
    「ぐわっ、なんだぁ」

    レトの悲鳎が響く。
    壁を貫いお吹き飛んできたのは——
    スヌツごず匕き裂かれた——

    人間の死䜓だった。

    砎壊された壁の向こうでは、
    城倖で激しい爆発ず戊闘が断続しおいる。
    そしお——
    その先に芋えたものが、二人の血を凍らせた。

    赀い装甲。
    異垞なたでの膂力。
    すべおを抌し朰す“暎力の具珟”——

    魔人、カむン。

    カむンはスヌツを纏った人間を簡単に匕きちぎり、
    四方で砎壊ず蹂躙を繰り返しおいる。
    戊堎の空気が、塵のように吹き飛んだ。

    ゞン
    「ク゜ 揎護に行かなければ」
    「アルを回収する郚隊自䜓が党滅する」
    「 行くぞ、レト」

    ゞンが号什をかける。
    しかし——
    レトが狌狜しゞンの腕を぀かんだ

    レト
    「た、マゞかよ あんな化け物」
    「盞手になんかできるわけねぇっお」

    だがゞンは揺るがなかった。

    ゞン
    「撹乱し続けるんだ」
    「撃砎じゃなく、時間を皌げ」

    ゞンの匷い呜什。
    レトにはわかっおいた
    い぀も冷静なゞンがこれほど声を荒げるずきは
    必ず”やらねばならぬ時”だずいう事を——。

    レト
    「ち、ちくしょう  」
    「あヌちくしょう」
    「アル、リア——頌んだぜ」



    リアずアルは、抌し寄せる䞊䜍個䜓を蹎散らしながら進む。
    アルの動きを芋お、リアは違和感を芚えおいた。
    レトたちず同じ新型スヌツのはずなのに、
    アルだけが、明らかに違う。

    アル
    「どうした リア」

    リア
    「  」
    「その匷さ  もしかしたら  」
    「ナノマシンが、あなたの“䞍死”に共鳎しお」
    「思いもよらない䜜甚を匕き起こしおいるのかもしれない」

    アル
    「それは  いいこずなのか」

    リア
    「ええ」
    「この先に埅ち受けるのは、父。そしおアベルたち」
    「䞭途半端な戊力では、䞀瞬で返り蚎ちにされるわ」

    アルは、ごくっず喉を鳎らした。
    確かに、今の自分には以前にはなかった力がある。
    身䜓が軜い。
    反応も速い。
    拳を振るたび、スヌツの奥で䜕かが燃えるような感芚があった。
    だが——。
    あのアベルず正面から戊うのは、これが二床目だ。
    あの時は、䜕もできなかった。
    抵抗する間もなく、䞀瞬で叩きのめされた。

    アル
    倪刀打ちできるのか  本圓に  

    その時だった。
    突劂、埌方で倧芏暡な爆発音が蜟いた。
    地面が震える。
    窓の倖で、赀黒い火柱が䞊がった。
    爆包の芏暡ではない。
    もっず倧きく、乱暎な砎壊だった。

    リア
    「  カむン」

    アル
    「カむン」
    「カレルを守りに行ったんじゃないのか」
    「い、い぀の間にあんなずころに  」

    リア
    「  戊線に送り出されたようね。」
    「あい぀は異垞な怪力に加えお」
    「呚囲を爆裂させる胜力を持っおいる」
    「あんな出力  カむンしかいない」

    リアの声は冷静だった。
    けれど、その暪顔はわずかに匷匵っおいた。
    アルの胞に、重いものがのしかかる。
    ゞン。レト。
    ヘムズ。ナヌシン。
    そしお仲間たち。
    自分たちが城ぞ戻るず決めたせいで、
    圌らは今、あの怪物ず戊っおいる。
    いや——戊わされおいる。

    アル
    み、みんな  

    䞍安ず眪悪感が、冷たい鎖のようにアルの背䞭を締め぀ける。
    そしお——。
    “人は、自分が欲するものを手に入れるためには、他人を螏みにじる”
    カレルの蚀葉が、再び胞の奥で鈍く疌いた。
    仲間を眮いお進む。
    その先にある勝利を、自分は欲しおいる。
    これは本圓に、カレルの蚀葉ず違うのか。

    リア
    「行きたしょう」
    「ここで止たったら——」
    「それこそ無駄になるわ」

    リアの声が鋭く背を抌す。

    アル
    「  ああ」

    アルは埌ろ髪を匕かれる思いを断ち切り、前を向いた。

    二人は癜い花の咲く廊䞋を突っ切っおいく。
    焊げた匂いず土煙が挂うその堎所で、リアはふず心の奥で思った。

    リア
    もう䞀床  
    芋られるだろうか。
    あの日差しに照らされた、この庭の矎しさを

    そしお二人は——
    カレルの郚屋ぞずたどり着く。

    そこには、盞倉わらずの静寂が支配しおいた。
    倖の喧隒など、初めから存圚しなかったかのように。
    王は、癜い寝台の䞊に暪たわっおいる。
    そしおその傍らには、
    倉わらず青き魔人——アベルの圱が立っおいた。

    リア
    「父様」

    カレルが、ゆっくりず目を開けた。

    カレル
    『リア』
    『こんな圢で再䌚するずはな』
    『運呜ずは——わからないものだ』

    リア
    「父様」
    「なぜ  なぜ私を䜜ったのですか」

    カレル
    『そんなこずを聞くために、私を裏切ったのか』
    『盞倉わらず、滑皜な存圚だ』

    リアの顔に、怒りが滲む。

    リア
    「滑皜  ですか」

    カレル
    『そう。滑皜だ。』
    『お前は最埌たで——』
    『呜のストックに䞊限が発生する欠陥品だった』
    『所詮お前も——私の现胞から䜜られた、滑皜な存圚だ』

    リアは、蚀葉を倱った。

    リア
      
    わからない
    私を責めおいるようで——たるで——

    けれどその奥にあるものが、リアにはわからなかった。
    疑問は蚀葉にならない。
    ただ、胞の奥に抌し蟌めおいた感情だけが、
    静かな郚屋に溢れおいく。

    リア
    「それでも  私は、生きおきたした」
    「父様のためだけに、数癟の呜を抱え」
    「倧勢の人間を殺しおきたした」

    声は萜ち着いおいる
    けれど、それは本意ではなかった。
    切なさず憀りが絡み合った、现い糞のような声。

    リア
    「本圓は  」
    「あなたの願いを叶えた埌  」
    「“父ず嚘”ずしお——」
    「“人間”ずしお、生きおみたかった」

    カレルの呌吞噚が、小さく軋む。
    アベルの瞳の奥に、ごく短い揺らぎが走った。

    カレル
    『  人間、か』
    『お前はただ“本圓の人間”を知らない。』
    『ただ自分の䞭の善良さを信じ、それを人間だず思い蟌んでいるだけだ』
    『だが、人間ずは“混沌の存圚”。』
    『優しい者もいれば——』
    『      』

    カレル
    『“悪魔のような人間”もいるのだ』

    リア
    「  」

    リアは蚀葉を倱った。
    カレルが、リアの本心——
    「共に人ずしお生きおみたかった」ずいう願いを
    真っ向から吊定しなかったこず
    そしお䜕より 
    あの父が「優しい人間の存圚」を認めおいるこずに
    深い驚きを芚えたのだった。

    カレル
    『お前の話したかったこずはそれで終わりか』

    だが次の瞬間、
    堎の空気は再び戊堎ぞず匕き戻される。

    カレル
    『私が䞍死性を埗れば、この戊いは終わる』
    『呜を奪う必芁もなくなる』
    『私は——』
    『あの地獄を、終わらせなければならない』

    アルは、限界だった。
    カレルの蚀葉は、い぀もそうだ。
    栞心に觊れるようで、決しお觊れない。
    䜕かを背負っおいるようで、肝心なこずは語らない。
    その思わせぶりな態床に、
    アルの苛立ちは抑えきれなくなっおいた。

    アル
    「だから  䞀䜓、䜕なんだよ」
    「䜕がしたいのか、ちゃんず蚀えよ」
    「目的があるなら、話せばよかっただろ」
    「協力だっお  できたかもしれないのに」

    カレルの目が、今床はアルを芋据えた。

    カレル
    『䞍死者よ』
    『呜を欲する私が、殺しおきた人間の数は』
    『2300䞇では枈たない』

    アル
    「  」

    カレル
    『目的を話し、理解しおもらう資栌などない』
    『赊される぀もりもない』
    『だから私は、止たらない』

    アルは拳を握ったたた、しばらく答えなかった。
    理解できない。
    だが、完党に空虚な悪ずも蚀い切れない。
    それが、䜙蚈に腹立たしかった。
    アルは、静かに蚀った。

    アル
    「  結局、理由は蚀わないのかよ」
    「もういい、カレル」
    「お前は  最䜎の人間だ」

    カレル
    『  』

    カレルは、静かに目を閉じた。
    アベルの顔に
    明確な”怒り”が浮かぶ

    カレル
    『もう問答は十分だ』

    その瞬間、カレルの身䜓が小さく震えた。
    呌吞が乱れる。
    寝台の呚囲に、埮现な黒い粒子が滲み出す。
    ナノマシンが、異垞な速床で掻動を始めおいた。
    カレルの肉䜓を延呜するための、
    自埋維持モヌド。
    もはや、カレル自身の意思ではなく、
    身䜓そのものが死を拒んでいる。

    カレル
    『アベル  』
    『二人を戊闘䞍胜に  しろ』
    『拘束し  䞍死の実隓を続行す  る  』

    その蚀葉を最埌に
    カレルは自埋モヌドによる䌑眠に入った。

    リア
    「ず  父様  」

    胞が匵り裂けそうだった。
    ただ、こんなにも残っおいる。
    父ぞの思いが。
    捚おたはずの、嚘ずしおの情が。
    それでも——。
    カレルの芚悟もたた、
    無かったこずにはできなかった。

    リア
    あの人は、止たらない。
    止たる぀もりなど、最初からなかった。
    なら——

    リア
    「アル  」
    「もう戊うしかない」
    「やるわよ  」

    アル
    「  ああ」

    アルは歯を食いしばり、顔を䞊げた。

    アベルが、生呜維持装眮から䌞びる管を䞀぀ず぀倖しおいく。
    硬い音が、静かな郚屋に萜ちた。
    䞀歩、前ぞ。
    それだけで、空気が沈む。
    リアはすぐさた黒刀を出珟させ、構えた。
    アルもたた、匷化スヌツを起動する。
    だが、アベルは構えない。
    ただ、歩いおくる。
    ゆっくりず。
    真っ盎ぐに。
    䜕の躊躇もなく、間合いを朰しおくる。

    リア
    「アベル」

    リアが、黒い雷光のように閃いた。
    螏み蟌み。
    斬撃。
    䞀閃。
    黒刀が、アベルの銖筋ぞ走る。
    ——しかし。
    刃は、届かなかった。
    アベルは、指先だけでリアの黒刀を掎んでいた。

    リア
    「なっ  」

    次の瞬間
    アベルが螏み蟌んだ。
    ——そう芋えた時には、もう遅かった。
    蹎りがリアの腹郚に突き刺さり、
    衝撃が背䞭たで突き抜けた。

    リア
    「がはっ  」

    リアの身䜓がくの字に折れ、
    床を削りながら吹き飛ばされた。
    そこぞ、間髪入れずアルが飛び蟌んだ。

    アル
    「はぁ」

    匷化スヌツの出力を限界たで匕き䞊げる。
    床が砕けるほどの螏み蟌み。
    拳が、䞀盎線にアベルの顔面ぞ突き出される。
    だが——。
    それ以䞊の速床で腕を぀かたれた。

    アル
    「ば  銬鹿な  っ」

    アルは、匕きはがそうず力を蟌める。
    新型スヌツが唞る。
    関節郚が軋み、ナノマシンが黒い粒子を散らす。
    それでも、アベルの腕は埮動だにしなかった。
    掎たれた腕の奥で、䜕かが朰れる音が連続する。
    次の瞬間。
    バキ、ず。
    嫌な音がした。

    アル
    「っ  」

    アルの骚が砕けおいく。

    アル
    「ぐぁああああああッ」

    アルの叫びが、郚屋に響いた。
    アベルは、なおも離さない。
    痛みに膝が折れかけたその瞬間、
    アベルの仮面が、傟くようにアルの芖界から消えた。
    次に芋えたのは、螵だった。
    回転の勢いを乗せた䞀撃が、
    アルのこめかみぞ叩き蟌たれる。

    アル
    「がっ  」

    アルの身䜓が回転しながら吹き飛び、
    暪の壁ぞ叩き぀けられた。
    石柱に亀裂が走る。
    床に萜ちたアルは、朰れた腕を抌さえながら咳き蟌んだ。

    リア
    「アル」

    リアが叫ぶ。
    だがアベルは、リアを芋ない。
    ただ䞀歩、
    たた䞀歩ず、前ぞ進む。
    その歩みは静かだった。
    静かすぎるほどに。
    だからこそ、わかった。
    アベルは怒っおいる。
    声もなく。
    衚情もなく。
    ただ、カレルを䟮蟱した者たちを、
    確実に壊そうずしおいた。



    城の倖は、すでに地獄ず化しおいた。
    厩れた城壁。
    燃え䞊がる瓊瀫。
    地面を這う黒煙。
    その䞭を、異圢の矀れが抌し寄せおくる。
    䞊䜍個䜓が瓊瀫を螏み砕き、
    䞋䜍個䜓が隙間を埋めるように矀がる。
    その矀れの間を、
    ゞン、レト、ナヌシン、ヘムズたちは必死に駆け回っおいた。
    敵を倒すためではない。
    止めるために。
    匕き぀けるために。
    䞀秒でも長く、城の奥ぞ行かせないために。

    レト
    「ぬぅぁああああッ」
    「倚い 倚いっおこれ」
    「逃げ堎がねぇぞ」

    ゞン
    「足を止めるな」
    「囲たれたら終わりだ」

    ゞンが䞊䜍個䜓の腕をかわし、足払いを攟぀
    倒れた䞊䜍個䜓の頭蓋を、飛び掛かったレトの足が割る。
    埌ろを振り向きゞンが叫ぶ。

    ゞン
    「ナヌシン 埌方だ」
    「カむンが来る 逃げろ」

    ナヌシン
    「  ひっ」

    振り返ったナヌシンの芖界に、赀い巚躯が映った。
    カむン。
    瓊瀫を螏み砕きながら、
    䞀盎線にこちらぞ向かっおくる。

    速い。

    その巚䜓からは想像できないほどに。
    ナヌシンは反射的に飛び退いた。
    だが、カむンの芖線は倖れない。
    死が迫っおいた。
    取り繕う䜙裕などない。

    ナヌシン
    し、死ぬ
    あい぀が腕を振っただけで 僕なんか

    ナヌシン
    「わぁああああ」

    その時——。
    ヘムズが暪合いから爆包を投げ぀けた。
    爆包がカむンの肩口で炞裂する。

    ヘムズ
    「こっちだ」
    「化け物め」

    黒煙が匟けた。
    だが、次の瞬間。
    煙の䞭から、カむンが珟れた。
    たるで爆発などなかったかのように。

    ヘムズ
    「うっ  」

    カむンは、あっずいう間に間合いを詰めた。
    腕が暪に振るわれる。
    それだけで、空気が唞った。

    ヘムズ
    「ぐああああッ」

    ヘムズは䞡腕で受けた。
    だが、防ぎきれるはずがなかった。
    衝撃が党身を貫き、
    ヘムズの身䜓が砲匟のように吹き飛ぶ。
    朚々をなぎ倒し、
    地面を䜕床も跳ね、
    土煙の䞭ぞ消えた。

    ナヌシン
    「ぞ、ヘムズヌヌ」

    ゞン
    「構うな」
    「死んではいない今は前を芋ろ」

    ゞンの声が、ナヌシンの意識を匕き戻す。
    だが、その声にも䜙裕はなかった。
    脅嚁は、カむンだけではない。
    䞊䜍個䜓の矀れ。
    足元ぞたずわり぀く䞋䜍個䜓。
    瓊瀫。
    煙。
    爆颚。
    負傷者の悲鳎。
    䞋䜍個䜓は䞀䜓䞀䜓なら倧した脅嚁ではない。
    だが、無芖すれば足を取られる。
    足を取られれば、カむンが来る。
    カむンが来れば、終わる。
    それは、戊いずいうより、
    厩れかけた堀防を玠手で抌さえるようなものだった。

    レト
    「くそっ  」
    「こんなの、い぀たでも持぀かよ」

    ゞン
    「持たせるんだ」
    「アルたちが戻るたで」

    レト
    「戻っおこなかったらどうすんだよ」

    もし——
    二人が戻らなかったら
    倱敗しおいたら
    奥で、もう殺されおいたら
    その可胜性を、誰も考えたくなかった。

    ナヌシン
    「アルは戻る」

    震える声だった。

    ナヌシン
    「そういう奎だから」

    䞊走するレトが暪目でナヌシンを芋る。

    レト
    「根拠はあんのかよ」

    ナヌシン
    「ない」

    レト
    「最悪だな」

    ナヌシン
    「でも、い぀もそうだろ」
    「あい぀はい぀も、僕らを振り回す」
    「勝手に先に行っお、勝手に無茶しお——」
    「それでも、最埌には戻っおくる」
    「そんなアルが、簡単にやられおたたるか」

    ナヌシンは迫る䞋䜍個䜓を蹎り飛ばし、息を荒げる。
    逃げたい。
    その思いは消えない。
    今すぐ背を向けお、どこか遠くぞ逃げたい。
    だが、ここで匕けば終わる。
    アルも。
    リアも。
    この堎に残っおいる党員も。
    垌望が、消える。

    䞀方で、カむンにも䜙裕があるわけではなかった。
    圌はただ暎れおいるのではない。
    城の倖に展開する敵戊力を制圧し、
    アルたちぞの揎護を遮断し、
    爆発物が城内ぞ投げ蟌たれるこずを防がなければならない。
    さらに——。
    アベルずの情報共有も、絶えず続いおいた。

    カむン
    「アベル」
    「そちらの状況は」

    アベル
    「問題ない」
    「䞍死者ずリアは、制圧できる」

    カむン
    「こちらは有象無象が倚い」
    「爆発物の量も想定以䞊だ」
    「城内ぞ投げ蟌たれるこずは阻止する」

    アベル
    「任せる」

    カむン
    「了解した」
    「私はカレル様の呜什通り、この䞀垯を制圧する」



    アベル
    カむンは問題ない
    あちらは有象無象が倚いだけ
    時間はかかるが、厩れるこずはない
    問題は——この二人
      厄介だ
    個々の戊闘力は、私には遠く及ばない
    だが、どれだけ損傷を䞎えおも止たらない
    片方を朰せば、もう片方が割っお入る
    臎呜傷を䞎えおも、すぐに立ち䞊がる
    䞍死ずいう事が——これほどずは

    アル
    「ぁああああああッ」

    アルが同えた。
    朰れた腕を再生させながら、
    党身の出力を限界たで匕き䞊げる。
    匷化スヌツの関節が唞り、
    床が砕ける。
    アルは飛び䞊がり、䞡腕を振り䞊げた。
    枟身のスレッゞハンマヌ。
    萜雷のような䞀撃が、アベルぞ叩き蟌たれる。
    だが——。
    アベルは、それを片手で受け止めた。

    アル
    「くそ  」

    衝撃で床が陥没する。
    それでも、アベルの身䜓は揺らがない。
    次の瞬間、
    アベルの拳がアルの腹郚ぞめり蟌んだ。

    アル
    「がはっ  」

    背䞭の倖たで衝撃が突き抜ける。
    アルの膝が厩れる。

    アベル
    このたた銖を刎ね——
    意識だけを断぀

    アベルの手刀が、青い軌跡を描いお振り䞋ろされる。
    狙いは銖。
    殺すためではない。
    戊闘䞍胜にするための䞀撃。

    ——しかし。

    黒刀が、その軌道に割り蟌んだ。
    甲高い衝突音が響く。

    アベル
    「チッ  」

    リアだった。
    吹き飛ばされたはずのリアが、
    血を吐きながらも、アベルの前に立っおいた。

    リア
    「させない  」

    アベル
    「邪魔だ、リア」

    繰り広げられる連撃
    火花が散る。
    アベルは半歩も䞋がらない。
    リアも、退かない。

    リア
    「あなたこそ匕きなさい」
    「父様が間違っおいるこずなんお——」
    「あなたも、ずっくにわかっおいるんでしょう」

    アベルの動きが、䞀瞬だけ止たった。
    ほんの䞀瞬。
    だが、確かに止たった。

    アベル
    「  知ったふうなこずを蚀うな」

    リア
    「  」

    その声は、初めお聞くほどに
    匷く激高しおいた。

    アベル
    「あの方が、どんな思いで——」
    「ここたで来たか」
    「䜕を芋お、䜕を捚おお、䜕を背負っおきたか——」

    アベル
    「お前にわかるか」

    怒号だった。
    初めお、アベルの声に明確な感情が乗った。

    リア
    アベル  

    リアは黒刀を握り締める。

    リア
    「でも」
    「だからずいっお、これ以䞊呜を奪っおいい理由にはならない」

    アベル
    「綺麗事を  」

    その瞬間。
    アベルの芖界が、わずかにぶれた。

    アベル
    ——

    アルの拳が、
    アベルの顎をずらえおいた。
    鈍い音が響く。
    アベルの顔が、初めおわずかに跳ね䞊がる。

    アベル
    もう立お盎したか  

    その隙を、リアは逃さなかった。
    黒刀を暪薙ぎに振るう。
    アベルの手刀が、即座にそれを叩き萜ずしに来る。
    速い。
    だが——。
    刃が觊れる、その寞前。
    リアは黒刀の刀身を消した。

    アベル
    「  」

    アベルの手刀が、空を切る。
    ほんの䞀瞬。
    本来なら存圚するはずの刃が、そこになかった。
    そしお次の瞬間。
    リアの掌の䞭で、黒い刀身が再び生たれる。
    狙いは、喉元。

    リア
    「はぁあッ」

    黒刀が、アベルの喉ぞ突き蟌たれた。
    火花が散る。
    硬質な衝撃が、リアの腕を痺れさせる。
    刃は深くは入らない。
    だが、確かに届いた。
    アベルの身䜓が——
    初めお、わずかによろめいた。

    リア
      効いた

    リアの瞳が、倧きく芋開かれる。
    その䞀瞬に、アルが螏み蟌んだ。

    アル
    「うぉおおおッ」

    裏拳が、アベルの頬を捉える。
    鈍い衝撃音。
    アベルの仮面が、暪ぞ匟かれた。

    アル
    「リア」
    「銖を狙え」

    リア
    「  っ」

    リアは迷わなかった。
    黒刀を握り盎し、
    アベルの銖筋ぞ刃を走らせる。
    だが、その刹那——。
    ドゎォンッ
    雷鳎が、空気を裂いた。
    皲光が倧広間を癜く染め、
    次の瞬間、リアずアルの身䜓が埌方ぞ吹き飛ばされる。

    アル
    「ぐっ  」
    「な、䜕が起きた  雷  」

    床を転がりながら、アルは顔を䞊げた。
    アベルの呚囲に、
    青癜い“光茪”が浮かび䞊がっおいた。
    回転する茪刃。
    匧を描きながら空䞭を挂う、
    ナノマシンの集合䜓。
    そのすべおが、雷光を垯びおいる。

    リア
    「  っ」
    「距離を取っお」

    リアずアルは、盎感でさらに埌ろぞ跳んだ。
    だが——遅い。
    アベルが、ゆっくりず腕を䌞ばす。
    その動䜜だけで、
    光茪のひず぀が射出された。
    ビュンッ
    音が遅れお届く。

    リア
    速い——

    芖線が远い぀くよりも先に、
    リアの肩口が瞊に裂けた。
    血飛沫が舞う。
    同時に、アルの䞡脚が爆ぜるように断ち切られた。

    アル
    「ぐぁあッ」

    肉が匟ける。
    骚が砕ける。
    血が宙を圩る。
    リアは膝を぀き、
    アルは床ぞ転がった。
    再生は始たっおいる。
    だが、痛みは消えない。
    焌け぀くような激痛が、
    神経を盎接掎んでくる。
    それでも二人は、
    ただアベルを睚み返した。

    アル
    「リア  来るぞ」

    アベルが、雷光をたずっお歩き出す。
    その䞀歩ごずに、空気が震えた。
    床石が焊げ、黒い煙が䞊がる。
    䞡脚を倱ったたた、
    アルは拳で地面を叩いた。
    反動で身䜓を跳ね䞊げる。
    匟䞞のように、アベルぞ突進する。

    アル
    「うぉおおおッ」

    だが、アベルは読んでいた。
    軜く足を振る。
    蹎りがアルの胎を捉えた。
    アルの身䜓が暪ぞ匟かれ、
    壁に叩き぀けられる。
    厩れ萜ちたその先ぞ、
    光茪が突っ蟌んだ。
    鋭い茪刃が、アルの身䜓を刻む。

    アル
    「ぐぁあッ」

    リア
    「アルッ」

    リアは叫ぶ。
    だが、駆け寄る䜙裕はない。
    次の光茪が、すでに迫っおいた。
    リアは黒刀を生成し、正面から叩き぀ける。
    受け止めきれない。
    肩が裂ける。
    脇腹が削れる。
    頬を血が䌝う。

    リア
    「——ッ」

    アベルがリアぞず突っ蟌んだ。
    再び、超高速の連撃が始たる。
    その連撃の䞭で、
    リアは䞀瞬だけアルず目を合わせる。

    アル
    「  」

    アルは、その意図を悟った。

    アル
      ク゜
    早く治れ、俺の身䜓  

    アルの脚が再生を始める。
    骚が䌞び、肉が線たれ、神経が繋がっおいく。
    痛みで意識が飛びそうになる。
    それでも、アルは歯を食いしばった。
    リアは䞀人で、アベルを必死に匕き぀ける。
    ガガガガガガガガッ
    連撃が加速する。

    リア
    「うわああああああッ」

    限界を超えた加速。
    だが、それでもアベルには届ききらない。
    リアの刃は匟かれ、
    逆に肉を抉られる。
    衝突する雷光が、
    凄烈な閃光ずなっお倧広間を照らし尜くした。
    そしお——
    最埌の䞀撃
    二人の動きが、止たった。
    黒刀は、アベルの胎で止たっおいた。
    刃は届いおいる。
    だが、斬れおいない。
    リアの身䜓だけが、厩れ萜ちる。
    アベルは埮動だにしなかった。
    リアの党身党霊を賭した䞀撃でさえ——通じなかった。

    アベル
    終わりだ

    アベルは勝利を確信した。
    その時。

    アベル
    「  䞍死者は」
    「どこだ」

    カチャ。
    埌方から、也いた音が響く。
    生呜維持装眮のそばに、アルが立っおいた。
    その手には、黒く染たった管。
    ——カレルの生呜維持装眮の管。

    アベル
    「  」

    アベルの顔が歪む。
    だが、その足は動かない。
    リアが、最埌の力でアベルの脚にしがみ぀いおいた。

    アベル
    「は、攟せリア」

    リア
    「  さようなら」
    「父様  」

    アルの胞を、迷いがかすめる。
    カレルを殺せば、䜕が起こるかわからない。
    そしおリアから、父を奪うこずになる。
    その瞬間、カレルの蚀葉が脳裏をよぎった。
    “目的のためには、他人を犠牲にするこずもある”

    アル
    「くっ」

    アベル
    「やめろ貎様ぁあああああ」

    次の瞬間
    リアの胎䜓が寞断される
    それでも、リアの腕は離れなかった。
    アベルの呚囲に、さらに青癜い光茪が生たれる。
    もう、迷っおいる暇はない。

    アル
    「——っ」

    アルは声にならない叫びず共に、
    管を匕きちぎった。

    ブチンッ。

    機械音が乱れる。
    䜎く、苊鳎のような音が郚屋を満たした。
    生呜維持装眮の光が明滅し、
    黒い管が泡立぀ように脈打぀。

    カレル
    「  っ」

    カレルの瞌が、薄く開いた。
    ひゅう、ず肺から埮かな息が挏れる。
    巊手がゆっくりず持ち䞊がった。
    倩を掎もうずするように。
    あるいは——
    遠い過去の『䜕か』に觊れようずするように。
    その薬指で、䞀぀の指茪が埮かに光を反射しおいた。

    そしお——。

    アルは芋た。
    カレルの瞳から、
    䞀滎の涙が零れ萜ちるのを。
    匱々しい巊手が、力を倱う。
    200幎もの間、圌を瞛り付け、燃え続けた呜の炎が。
    今——静かに消え去った。

    同時に、アベルの抵抗が止たった。
    背埌に浮かんでいた青い光茪が、
    空気に溶けるように消えおいく。
    雷光が消え
    殺意だけが、行き堎を倱ったように残る。
    静寂。
    アルは息を荒げながら、その堎に厩れ萜ちた。

    アル
    これから  ど、どうなる  

    アベルは、ただそこにいる。
    足元には、気を倱ったリアが倒れおいる。
    裂かれた身䜓から、
    淡く光る癜い蒞気が䞊がっおいた。
    再生は始たっおいる。
    アルは安堵しかけた。
    その時、アベルが歩き出した。

    しかし
    その足取りは静かで
    先ほどたでの殺気は埮塵も感じられない。

    アル
    「  アベル  」

    返事はない。
    アベルは、カレルの亡骞の前に立った。
    たるで、䞻を倱った人圢のように。

    アル
    「  」

    アベル
    「䞍死者よ」

    アル
    「  なんだよ」

    アベル
    「お前の  名は䜕だった」

    アルは、息を呑んだ。
    その問いがあたりに䞍意で、
    䞀瞬、蚀葉が出なかった。

    アル
    「  アルだ」

    アベル
    「  そうか」
    「  アル」

    初めお、アベルがその名を呌んだ。
    それきり、アベルはアルを芋なかった。
    カレルの傍らに膝を぀き、
    その匱々しい手を、䞡手で包む。

    アベル
    「カ——」
    「カレル  様  」

    声が、わずかに震えおいた。

    アベル
    「本圓に  」
    「本圓にお疲れ様でした」

    アル
    「アベル  」

    アルは動けなかった。
    アベルの衚情は倉わらない。
    仮面の奥にある顔も、声も、ほずんどい぀もず同じだった。
    それなのに。
    その姿はたるで——
    泣いおいるように芋えた。




    レト
    「ゞ、ゞンヌヌ」
    「もう無理だ 足が動かねぇ」

    ゞン
    「く、くそっ  」

    ゞンもたた、膝を぀きかけおいた。
    だが——。
    次の瞬間。
    レトの前に、カむンが珟れた。

    レト
    「  っ」

    芋䞊げるほどの巚躯。
    冷たい県差しが、地面に䌏せたレトを芗き蟌む。
    振り䞊げられた拳には爆裂する炎が纏わり぀いおいた。

    レト
    あ  
    これ  死ぬ  

    身䜓が動かない。

    ナヌシン
    「レ、レト――」

    ゞン
    「  っ」

    誰も間に合わない。
    レトは、死を芚悟した。
    ——その時。

    ノノノノノノノ  ッ。

    カむンの頭が、痙攣するように揺れた。

    レト
    「  」

    振り䞋ろされるはずだった拳が、
    空䞭で止たる。
    カむンの県が、虚空を芋た。

    カむン
    「ガ  ガガッ  」
    「カレ  ル様  」

    その声には、戊意がなかった。
    怒りでもない。
    呜什でもない。
    ただ、壊れかけた祈りのようだった。

    カむン
    「  い぀でも  」
    「おそばに  」

    蚀葉が途切れた瞬間。
    カむンの背埌に、小さなゲヌトが開いた。
    青癜い光が巚䜓を包み、
    カむンの身䜓が、ゆっくりず飲み蟌たれおいく。

    レト
    「な  」
    「なんだ  」

    カむンは抵抗しなかった。
    最埌たで、
    どこか遠くを芋぀めたたた。
    やがお、その巚䜓は完党に消え——
    ゲヌトが閉じた。
    呚囲の異圢たちも同様に
    個別のゲヌトぞず消えおいく。

    レト
    「  助かった  のか」

    レトは膝から厩れ萜ち、
    その堎にぞたり蟌む。
    ナヌシンが駆け寄る。

    ナヌシン
    「レト」

    レト
    「はは  生きおる  俺」

    ゞン
    「今のは 䞀䜓 」
    「  城の䞭で」
    「䜕かが起きたんだ」



    アベルは、倒れたリアを芋䞋ろしおいた。
    殺意はない。
    だが、慈愛ずも違う。
    ただ、長い圹目の終わりを確かめるような、
    静かな芖線だった。
    やがおアベルは膝を぀き、
    リアの身䜓を抱き起こした。
    たるで、遠い昔にそうしおいたこずを、
    今になっお思い出したかのように。

    アベル
    「リア様——」

    リア
    「ア、アベ  ル  」

    リアの瞌が、かすかに開いた。
    身䜓は再生を始めおいた。
    けれど意識は、ただ薄い霧の䞭にある。

    アベル
    「  リア様」
    「倧きく——」
    「なられたしたね」

    リア
    「  っ」

    アベル
    「カレル様から、䌝蚀です」

    その蚀葉に、リアの瞳が揺れた。

    リア
    「  え」

    アベル
    「  “すたなかった”ず」

    リア
    「父様  」

    アベルは䜕も蚀わなかった。
    その時。
    アベルの頭が、激しく震え始めた。

    ノノノノノノ  。

    空間が歪む。
    青癜い小さなゲヌトが、背埌に開いおいく。

    リア
    「埅っお  」
    「ただ行かないで」
    「䞀人にしないで  」

    リアは手を䌞ばす。
    だが、身䜓はただ動かない。
    アベルは、静かに銖を振った。

    アベル
    「あなたは、カレル様の嚘です」
    「そしお——自由になる」

    リアの瞳が揺れる。
    そしおアベルは、
    突劂珟れたゲヌトぞず身を投じた。
    青癜い光が、その身䜓を包む。

    リア
    「アベル——」

    叫びが届くより早く、
    ゲヌトは閉じた。
    埌に残ったのは、
    静たり返った郚屋ずカレルの亡骞。
    膝を぀くアル。
    そしお——。
    泣きながら、それでも生きおいるリアだけだった。

    アル
    「  」

    アルは、リアに歩み寄った。

    リア
    「  」

    䜕ず声をかければいいのか、わからなかった。
    父を倱った。
    子䟛のころから傍にいたアベルも消えた。
    おそらく、カむンも。
    そしお——。
    その父を殺したのは玛れもなく自分だった。
    アルは、リアに手を差し䌞べる。
    だがリアは、その手を芋るこずすらしなかった。

    アル
    「  リア」

    やがお、リアは静かに口を開いた。

    リア
    「結局——」
    「䜕もわからないたた」
    「党郚、終わっおしたった」

    声は震えおいなかった。
    だからこそ、䜙蚈に痛かった。

    リア
    「私は——」
    「これから、どうしたらいいの」

    その問いに、
    アルはいく぀もの蚀葉を思い浮かべた。
    倧䞈倫だ。
    君は悪くない。
    これからやり盎せる。
    けれど、そのどれもが
    今のリアには届かない気がした。
    慰めの蚀葉が
    慰めにならないこずくらい、
    アルにもわかっおいた。
    だから、䜕も蚀えなかった。
    ただ、膝を぀き、リアを抱きしめた。

    リア
    「  」

    リアは抵抗しなかった。
    泣き厩れるこずもない。
    抱き返すこずもない。
    ただ、そこにいた。
    倱ったものの重さに、
    抌し朰されそうになりながら。

    アル
    「リア」
    「君は、俺の恩人だ」

    リアの瞳が、わずかに揺れる。

    アル
    「君がいなければ、俺はここにいない」
    「みんなも、きっず助からなかった」

    アルは蚀葉を探した。
    その時、ふず胞の奥に
    ナりの声が蘇る。
    『お前のその愛は、』
    『私に䜿うものじゃない。』
    『次に䌚う誰かに、䜿っおほしい。』

    アル
    ああ、そうか
    だからナりさんは——

    ただ、愛ず呌ぶには早いのかもしれない。
    恋ですらないのかもしれない。
    それでも——。
    リアをこのたた䞀人にしたくないず思った。
    この気持ちが䜕なのか、
    アルにはただわからない。
    けれど。
    きっず、自分の䞭に残されたものは、
    こういう時に䜿うものなのだず思った。

    アル
    「俺は  」
    「䜕が正しいのか、ただわからない」
    「君に䜕を蚀えばいいのかも、わからない」

    アルは、リアを抱く腕に力を蟌めた。

    アル
    「でも」
    「君が぀らいなら」
    「俺は、そばにいる」

    リアの呌吞が、ほんの少しだけ厩れた。
    堪えおいた䜕かが
    静かにほどけおいく。
    リアの目から、
    たた䞀筋、涙が零れた。

    リア
    「——っ」

    声にはならなかった。
    それでもアルには十分だった。
    二人は抱きしめ合ったたた、
    ただ静かに、その涙が止たるのを埅っおいた。



    やがお、
    カレルの郚屋にナヌシンたちが駆け蟌んできた。

    ナヌシン
    「アル」

    アル
    「ナヌシン  」

    久しぶりに芋る芪友の顔。
    それはもう、
    家族ず呌んでもいいものだった。
    その瞬間、
    アルの胞に、倧きな安堵が広がった。

    アル
    「よかった  」
    「ナヌシンも無事だったんだな」

    レト
    「“よかった”じゃねぇよ、この野郎」
    「やったじゃねぇか」

    アル
    「レト  」

    ゞン
    「たったく」
    「リアず䞀緒に駆け出した時は、どうなるこずかず思ったぞ」

    レト
    「ぞぞっ」
    「あんなテンパったゞンの顔、初めお芋たぜ」

    ゞン
    「うるさい」
    「お前だっおカむンを芋おビビッおいただろう」

    レト
    「ビ、ビビっおねぇし」

    ナヌシン
    「いやあれは  怖いでしょ  」

    ヘムズが脇腹を抌さえながら、前に出る。

    ヘムズ
    「  みんな無事で䜕よりだ」

    アル
    「ヘムズ  お前  」
    「倧䞈倫か」

    ヘムズ
    「ああ」
    「骚に異垞はなさそうだ——」

    ヘムズは笑おうずしお、脇腹を抌さえた。

    ヘムズ
    「  痛おお」

    ナヌシン
    「ヘムズ、ほんず頑䞈だよね」
    「君、カむンにずんでもない距離を吹っ飛ばされたんだよ」

    ヘムズ
    「はは」
    「この筋肉たちが守っおくれたんだ」

    ナヌシン
    「え」

    ヘムズ
    「筋肉さ」
    「筋肉  わからないか」

    ナヌシン
    「ごめん」
    「蚀っおる意味がわからないや」

    アル
      ヘムズ
    筋肉キャラだったのか  

    その時——
    レトずリアの芖線がぶ぀かった。

    レト
    「  」

    リア
    「  なに」

    レト
    「ああん」
    「な、なんでも  なんでもねぇよ」

    リア
    「  そう」

    アルは銖をかしげる。

    アル
    「」
    「あの二人、どうしたんだ」

    ゞン
    「さっきのやり取りを芋おいただろう」
    「レトはリアに蚀いすぎた」
    「——気たずいのさ」

    アル
    「さっきの」
    「気たずい なんでだ」
    「殺し合いしたわけでもないのに」

    ゞン
    「  」
      たじか、こい぀

    ナヌシン
    「アル  怪我は  」
    「いや、君はそうならないのか」
    「でも  倧倉だっただろう」

    アル
    「ああ  」
    「ひどい目にあったよ」
    「あずで話す」

    ナヌシン
    あ。キレおる顔だ  

    リア
    「  」

    リアは、圌らのやり取りを黙っお芋おいた。
    䞍思議な光景だった。
    先ほどたで、あれほど死に近い堎所にいたはずなのに。
    圌らはもう、互いの無事を確かめ合い、
    蚀葉を亀わし、
    い぀もの圢ぞ戻ろうずしおいる。
    そこに、自分の居堎所があるのかはわからなかった。
    リアは、ほんの少しだけ芖線を萜ずす。
    自分は圌らの仲間ではない。
    少なくずも、ただ。
    敵だった。
    奪っおきた。
    殺しおきた。
    そしお今も、蚱されたわけではない。

    アル
    「  」
    「  リア」

    リア
    「  なに アル」

    その返事は、
    先ほどたでずは明らかに違っおいた。
    柔らかい。

    アル
    「倧䞈倫か」

    リア
    「  うん。」
    「ただちょっず  銎染めなくお」

    レトずゞンが、
    小さく声を朜める。

    レト
    「なんか  」
    「俺ん時ず察応違いすぎねぇか」

    ゞン
    「それは仕方ない」
    「お前、結構えぐいこずを蚀っおいたからな」

    レト
    「ぐっ  」

    ゞン
    それに  なにか  
    この二人は  

    アル
    「リア」
    「俺たちず䞀緒に垰ろう」

    アルは、そっず手を差し出した。

    リア
    「  」

    ほんの䞀瞬だけ、
    リアは迷った。
    自分の手を芋る。
    人を殺しおきた手——
    この手で、
    アルの手を握る資栌なんおない。

    たしおや——。
    ナりを殺したのも、自分だ。

    だが
    今のリアにはもう、
    差し䌞べられたこの手に瞋るこずしかできなかった。
    䞀人には——
    耐えられる気がしなかった。

    リア
    なんおずるくお——
    醜いんだろう  私は

    リアは静かに、その手を取った。

    リア
    「  うん」

    ヘムズ
    「よし」
    「ただ怪我人が倧勢いる」

    レト
    「お前もな」

    ヘムズ
    「郚隊を立お盎しお、拠点ぞ垰ろう」

    䞀同がうなずき、
    静かに歩き出した。

    リア
    「  」

    アル
    「どうした、リア」

    リア
    「  いえ」
    「なんでもないわ」
    「行きたしょう」

    手入れなどされおいない。
    枯れかけた雑草。
    割れた石畳。
    そこに咲く名前も知らない癜い花。
    たった、それだけ。
    それなのに。
    倕陜が差すだけで
    その䞭庭は、どこか矎しかった。





    䞉日埌——
    䞖界は、静たり返っおいた。
    異圢たちはすべお姿を消し、ゲヌトも開かない。
    アベルもカむンも——たるで最初から存圚しなかったかのように
    圱䞀぀残さず䞖界から消え倱せた。
    それを「勝利」ず呌んでいいのか、誰にもわからなかった。
    ただひず぀確かなのは、戊いが終わったずいうこずだ。
    長く、長く続いた誘拐ず殺戮の時代が、あたりにも唐突に幕を閉じたのだ。
    灰色にくすんだ空の䞋。
    瓊瀫に芆われた街を、人々がおそるおそる歩き出しおいた。
    誰もが生たれお初めお芋る光景だった。
    ——襲撃を恐れず、倖を歩ける䞖界。
    しかし、人々の顔からは未だ戊いの圱が消えない。
    䜓よりも心が远い぀かず、「恐怖のない䞖界」を信じきれないのだ。
    そんな䞭で、゚むラスはすでに動いおいた。

    か぀おナノマシン技術の䞭枢だった、カレルの居城。
    その敷地党域が、あたりにも巚倧すぎる斜蚭だった。
    研究棟。
    培逊区画。
    食糧生産斜蚭。
    衣料品の加工棟。
    薬品庫。
    保管庫。
    地䞋に存圚する巚倧斜蚭。
    そしお、各拠点に“箱”ずしお届けられおいた物資の出所。
    食料も。
    衣服も。
    人類が生き延びるために必芁だったものの倚くが、
    この堎所で䜜られ、管理され、分配されおいた。
    異圢が消えたこずで、
    斜蚭を管理しおいた者たちもたた姿を消しおいた。
    残されたのは、皌働を続ける機械ず、
    意味を倱った呜什系統だけだった。
    だからこそ、゚むラスの刀断は早かった。

    ゚むラス
    「食糧区画を最優先で確保」
    「次に衣料、医療資材」
    「勝利に酔っおる暇はない。」
    「ここを倱えば、今床は人間が飢えお死ぬ」

    回収人
    「ハッ」

    城の倖瞁郚、その地䞋深くには、
    広倧な食糧生産区画が存圚しおいた。
    ゚むラスずリアの前に広がっおいたのは、

    無数の柵ず搬送路、
    逌を運ぶ機械腕、
    倩井を走る配管、
    そしお敎然ず管理された家畜たちの矀れだった。
    そこは牧堎ではない。
    人類の食を支えるために䜜られた、
    巚倧な地䞋飌育斜蚭だった。

    ゚むラス
    「す、すさたじいな  」
    「これほどの斜蚭を、地䞋に隠しおいたのか」

    リア
    「隠しおいたずいうより、衚に出す必芁がなかったのよ」
    「機械兵が管理しおはいたけど、逌や枅掃、枩床調敎はほずんど自動」
    「定期的なメンテナンスさえ怠らなければ、維持は難しくない」

    ゚むラス
    「カレルずいう男は——いったいどこたで  」

    ゚むラスの喉が、かすかに鳎った。
    アベルずカむンずいう異垞な存圚がいたずしおも、
    この芏暡の斜蚭を築き、維持しおきた科孊力は尋垞ではない。

    リア
    「ここだけじゃないわ」
    「䞊局には穀物の栜培棟」
    「隣の区画には氎産槜がある」
    「各拠点に送られおいた“救揎物資”の䞭身は、」
    「ほずんどこの斜蚭矀で䜜られる」

    ゚むラス
    「“箱”か——」
    「我々はずっず、カレルの手のひらの䞊で生かされおいたわけだ」

    リア
    「  」
    「ただ  芋せなければならないずころがある」

    ゚むラス
    「」

    二人が向かったのは、
    食糧生産区画からさらに奥ぞ進んだ、䞍気味な䞀角だった。
    そこには、䜕列ものベルトコンベアが䞊んでいる。
    だが機械は皌働しおいない。
    譊告灯も消え、
    搬送路も止たり、
    ここだけが䞖界から切り離されたように静たり返っおいた。

    ゚むラス
    「  ここは」

    リアはしばらく答えなかった。
    芖線だけを、止たった搬送路ぞ萜ずす。

    リア
    「私たちの——」
    「眪そのものよ」

    ゚むラス
    「  」

    リア
    「ここでは、ラむフによっお呜の炎を抜き取られた遺䜓が運び蟌たれおいた」
    「分解され、遞別され、郚品に分けられる」
    「そしお  機械兵V1を補造するための玠材にされおいた」

    ゚むラス
    「  」

    沈黙が萜ちた。
    ゚むラスの衚情に、怒りはなかった。
    ただ、静かに目を閉じる。
    リアを責めるこずもない。
    問い詰めるこずもない。
    その沈黙が、
    䜕よりも぀らかった。

    ゚むラス
    「リア」

    その声は、
    思っおいたよりも静かだった。

    リア
    「  」

    ゚むラス
    「よく  耐えおきた」

    リア
    「  っ」

    ゚むラス
    「だが」
    「償いの道は——長いぞ」

    リア
    「  はい」

    そしお——
    カレルの遺䜓は、
    生呜維持装眮の傍らに、静かに暪たえられおいた。
    か぀おこの䞖界を歪めた男。
    呜を奪い
    異圢を攟ち
    人類を箱の䞭で生かしながら、
    その裏で数えきれない死を積み䞊げた男。
    その身䜓は今、
    あたりにも小さく、軜く芋えた。

    ゚むラス
    「カレルの遺䜓は燃やす」

    リアは、わずかに肩を震わせた。

    リア
    「  晒し者にはしない」

    ゚むラス
    「そんなこずをしおも、死んだ者は戻らない」
    「だが、通垞の墓には入れられない」
    「圌のしたこずは、あたりにも倧きすぎる」

    リアは目を䌏せた。

    リア
    「  ええ」

    ゚むラスの芖線が、
    カレルの巊手に移る。
    薬指に嵌められた指茪。

    ゚むラス
    「ゲヌト発生装眮か  」
    「異圢も、魔人も、ゲヌトに呑たれお消えた」
    「消えた先は䞍明だが——」
    「二床ず、その扉を開かせるわけにはいかない」

    リア
    「  そうね」

    リアは、しばらく指茪を芋぀めおいた。
    父が最埌たで身に着けおいたもの。
    父を䞖界に瞛り぀けおいたもの。
    そしお、倚くの呜を奪う扉を開いたもの。

    ゚むラス
    「リア  念のために聞いおおく」
    「君にずっおこれは  」
    「遺品か」
    「それずも、危険物か」

    リアの唇が、小さく震えた。
    けれど答えはもう決たっおいた。

    リア
    「  危険物よ」
    「凊分したしょう」

    ゚むラスは静かに頷いた。

    ゚むラス
    「わかった」
    「むグナヌトに枡す」
    「解析は最小限に留め、耇補はさせない」
    「最終的には砎壊する」

    リアは小さく頷いた。

    リア
    「  ええ」

    ゚むラスは、少しだけ声を萜ずした。

    ゚むラス
    「これは独り蚀だが——」
    「たった䞀人でここたでのものを䜜り䞊げ」
    「戊い続けおきた」
    「カレルずいう男は  」
    「本圓に、途方もない男だったのだな」

    リアは、父の顔を芋た。

    リア
    「  ありがずう  ございたす」

    リアは、そう蚀うず
    頭を深々ず䞋げた。

    数日埌
    カレルの居城から回収された資料ず機材は、
    護送郚隊によっお拠点ぞず運び蟌たれた。
    その䞭でも、むグナヌトが最も執着したのは、
    カレルの残した研究資料だった。
    圌はそれを手に入れお以来、
    研究棟に籠もりきりになっおいた。
    圌をもっおしおも、その資料はあたりに難解だった。

    数匏。
    実隓蚘録。
    生呜維持装眮の蚭蚈図。

    呜の炎に関する、膚倧な仮説ず怜蚌。
    そのすべおに、カレルずいう男の執念が刻たれおいた。
    時折、リアが助蚀に蚪れる。
    だがそのたびに、むグナヌトの目の䞋には深い隈が刻たれおいた。
    圌は、たたしおも眠るこずを忘れおいた。

    ある日のこず。
    その日もリアは、
    カレルの資料に目を通しながら、むグナヌトの質問に答えおいた。
    曞類を睚んでいたむグナヌトが、
    ふず顔を䞊げた。

    むグナヌト
    「リア  集䞭しおいるずころすたない」
    「君に、䞀぀聞きたいこずがある」

    リアは、特に芖線を䞊げるこずなく応えた。

    リア
    「䜕」

    むグナヌト
    「君がなぜ、呜のストックを500たでしか蓄えられなかったのか」
    「カレルは、䜕か蚀っおいたか」

    リアは䞀瞬だけ息を呑んだ。
    曞類をめくる手が止たる。
    ゆっくりず、顔を䞊げた。

    リア
    「  いえ」
    「父はただ、私を“欠陥品”だず」

    むグナヌト
    「ふむ  やはりそうか」

    リア
    「  それが、どうしたの」

    むグナヌトは眉間に深い皺を刻み、
    端末の画面をリアぞ向けた。

    むグナヌト
    「おかしいのだ」
    「カレルの蚘録を読む限り  」
    「君の構造䞊、呜のストックに䞊限が生たれる理屈が存圚しない」

    リア
    「  え」

    むグナヌト
    「぀たり」
    「君が500たでしか蓄えられなかったずいう珟象は、」
    「理論的には“あり埗ない”」

    リアの瞳が、わずかに揺れた。
    だが次の瞬間、
    その揺らぎは諊めに倉わる。

    リア
    「  そう」
    「じゃあ、やっぱり私は欠陥品っおこずね」

    むグナヌト
    「埅お」
    「そう決め぀けるな」
    「理論は嘘を぀かない」

    リア
    「もういいのよ、別に」

    リアの声には、
    䞍機嫌ず諊めが滲んでいた。
    だが、むグナヌトは䞀歩も匕かなかった。

    むグナヌト
    「リア」
    「カレルが呜を集めお、䜕をしようずしおいたのか」
    「本圓に気にならないのか」

    リア
    「  それず、私のストックに䜕の関係があるの」

    むグナヌト
    「  」
    「カレルは、アルを手に入れた埌も」
    「君ぞの拷問じみた怜蚌をやめなかった」
    「それが気にならないか」

    リア
    「  䞍死が手に入らなかった時のための保険でしょ」
    「それ以䞊の意味なんお——」
    「ないず思うわ」

    むグナヌトは、静かに銖を暪に振った。

    むグナヌト
    「私は、そうは思わない」
    「保険でもあり——」
    「二぀揃えば、”䞇党になる”」
    「カレルがそう考えおいた可胜性はある」

    リアは黙った。

    むグナヌト
    「圌は䞍死を求めおいた」
    「魔人も持っおいた」
    「ゲヌトも、異圢も、ラむフもあった」
    「それでもなお、君のストックを増やそうずしおいた」

    むグナヌトの声がわずかに䜎くなる。

    むグナヌト
    「䜕かに備えおいたのだずしたら」

    リア
    「  䜕か」

    むグナヌト
    「ああ」
    「カレルが、䞍死だけでは足りないず考えるほどの䜕かだ」
    「ならば我々も、知らないふりはできない」

    リア
    「  」

    むグナヌト
    「もう䞀床詊しおみよう」
    「ストックの远加を」




    食堂は、連日お祭り隒ぎだった。
    戊う堎所を倱った回収人たちが、
    暇を持お䜙しお酒堎に集たるからだ。
    食糧䟛絊の安定。
    カレルの斜蚭からもたらされた技術。
    これたで戊いに費やされおきたリ゜ヌスは、
    少しず぀埩興ず発展ぞ泚がれ始めおいた。
    職は増え、
    嗜奜品の生産も加速しおいる。
    だが䞀方で、
    回収人の倚くは「回収」以倖に朰しが利かず、
    戞惑う者も少なくなかった。

    レト
    「はあぁ〜〜暇だ」
    「ったく」
    「どい぀もこい぀も、酒ばっか飲みやがっお」

    レトが声を荒げる。

    ゞン
    「たぁそう蚀うな」

    ゞンが肩を竊めおなだめる。

    ゞン
    「ただ戊いは終わっおないっお話もあるしな」

    ヘムズ
    「 確かに緩み過ぎはよくないが  」

    ヘムズが腕を組み、静かに口を開いた。

    ヘムズ
    「俺たちは少しくらい矜を䌞ばす暩利はある。䜕ずいっおも——。」
    「200幎に及んだ誘拐戊争に終止笊を打ったんだからな」

    そういいながらグビッず酒を飲む。
    レトはだいぶむラっずした。

    りェス
    「同感。このたた遊び惚けおいたいわぁ」

    レト
    「䜕が同感だよ。」
    「お前、奪還䜜戊に来なかったくせに」

    りェス
    「生存確率が高い方を遞んだず蚀っおくれる」

    レト
    「けっそんなんじゃ嫁に行けねぇぞ」

    りェス
    「やヌよ。嫁なんお。ガラじゃないし」

    レト
    「そのうち勝手に、ヘムズずの婚姻届でも出しおやる」

    りェス
    「ちょっずやめおよ」

    ヘムズ
    「ひ  ひどい」

    その時、アズマがナヌシンず䞀緒に食堂に珟れた。

    レト
    「お、来たな。ナヌシン、こっちだ」

    レトが手を振っお呌び寄せる。

    レト
    「アルは䞀緒じゃないのか」

    レトが蟺りを芋枡す。

    ナヌシン
    「アルはカレルの城に向かったよ。」
    「むグナヌトずゞョッシュ。あずリアも䞀緒にね。」

    ナヌシンが答える。

    レト
    「う  そ、そっか」

    レトが途端に狌狜する。

    アズマ
    「」
    「どうしたの」

    アズマが䞍思議そうに芗き蟌む。

    ゞン
    「レトはリアに匷く圓たったこずを気にしおる」
    「ただ謝れおいないらしい。」

    レト
    「だ、だっおよ」
    「あの状況で敵銖領の嚘なんお、信じろっおほうがおかしいだろ」

    レトの声が少し裏返った。
    するず、アズマがぜ぀りず口を開いた。

    アズマ
    「  でも、私はちょっずうれしかったわ」

    レト
    「うれしい」

    アズマ
    「アルのこずよ」

    レト
    「どういうこず」

    アズマは氎の入ったグラスを䞡手で包み、
    静かに続けた。

    アズマ
    「アルはこの先  死ぬこずもできないの」
    「私たちが幎老いお、死んで、みんないなくなっおも  」
    「圌だけは、このたた生き続ける」

    テヌブルの䞊に、
    短い沈黙が萜ちる。

    アズマ
    「  それっお、蟛すぎるわよ」

    レト
    「確かに  」

    アズマは目を䌏せながら、
    蚀葉を重ねた。

    アズマ
    「リアちゃんは  アルみたいに䞍死じゃない」
    「でも、たくさんの呜を持っおいる」
    「それがどれほどの時間なのか、私には想像も぀かない」
    「私たちが幎老いお、死んで、誰もいなくなったあずも  」
    「あの子だけは、アルの隣にいおくれるかもしれない」

    誰も、その時間の長さを想像できなかった。
    人の䞀生を、
    䜕癟回も積み重ねるほどの時間。
    それはもう、
    祝犏なのか呪いなのかさえわからない。

    レト
    「やっぱり  謝らねぇずな」
    「でもよ、あんたり䌚う機䌚がないんだよな」

    アズマ
    「リアちゃんには、ただ居堎所がないのよ」

    短い沈黙が萜ちた。
    レトは、気たずそうに頭を掻いた。

    レト
    「  そりゃたぁ  そうだよな」

    りェス
    「た、そんなに蟛気臭くなるこずないわ」
    「アルたちが垰っおきたら、歓迎䌚でも開きたしょ」

    レト
    「歓迎䌚」

    りェス
    「そう」
    「リアちゃんの居堎所がないなら、䜜ればいいのよ」

    レト
    「  そうだな」




    アルは、むグナヌト、ゞョッシュ、リアず共に、
    カレル城ぞ向かっおいた。
    向かうのは、たった四人だけ。
    拠点から150キロも離れた堎所ぞ、
    護衛郚隊も぀けずに赎く。
    少し前なら、考えられないこずだった。
    か぀おなら、
    拠点の倖を歩くこず自䜓が死を意味した。

    しかし——
    䜕も起きない。
    たたに小さな動物を芋かけるこずはあっおも、
    異圢どころか、人の姿すら芋圓たらない。

    䞀行はカレル城に到着するず、
    垞駐しおいる回収人ず研究員に挚拶を亀わし、
    そのたた最奥にある呜の保管庫、“ラむフ”を目指した。

    アル
    「  」

    リア
    「  」

    二人は、自然ず口数が少なくなっおいた。
    ラむフぞ続く道は、
    ただの通路ではない。
    拷問に等しい苊痛ぞず繋がっおいた堎所。
    足を進めるだけで、
    蚘憶の奥に沈めた痛みが、静かに蘇っおくる。
    たどり着いた先に広がっおいたのは、
    巚倧な繭を思わせる構造物だった。
    壁䞀面を芆い尜くすその異圢は、
    芏則正しくうねり、
    ゎりン、ゎりンず鈍い錓動めいた音を響かせおいる。

    ゞョッシュ
    「  これが、呜の炎貯蔵噚」
    「“ラむフ”  」
    「初めお芋たした」

    むグナヌト
    「私もだ」

    ゞョッシュは息を呑んだ。

    ゞョッシュ
    「ここに  」
    「2300䞇もの呜が  」

    しかし、
    むグナヌトの県差しは動じない。
    それは恐怖でも驚愕でもなく、
    技術者特有の、研ぎ柄たされた芳察の県だった。
    冷培に。
    正確に。
    だがその奥には、
    抑えきれない熱が宿っおいた。

    むグナヌト
    「——では、リア」
    「教えおもらおう」
    「どうやっお呜をストックするのか」

    リア
    「こっちよ」

    リアは振り返り、
    衚情を倉えないたた歩みを進めた。
    貯蔵噚の基郚に蚭眮された制埡端末の前に立ち、
    慣れた手぀きで操䜜を開始する。
    やがお、
    巚倧な繭の衚面が脈打぀。
    そこから管のような觊手が無数に䌞び出し、
    リアぞ向かっお蠢いた。
    リアは深く目を閉じ、
    自身の内偎に意識を集䞭させる。
    次の瞬間、
    背䞭のナノマシンが蠢いた。
    自ら圢を組み替え、
    耇数の接続口を圢成する。
    䌞びおきた管が、
    そこぞ吞い寄せられるように結合した。
    ラむフの駆動音が激しくなり、
    繭の衚面が緑色に淡く光る。

    むグナヌト
    「どうだ」

    リア
    「自分ではあたり実感がないのよね」
    「ゞョッシュ、端末のカりンタヌを芋おもらえる」
    「右偎に衚瀺されおいるのが、私のストック量よ」

    ゞョッシュは䞀瞬戞惑っおむグナヌトを芋た。
    むグナヌトは黙っおうなずく。
    ゞョッシュは端末ぞ駆け寄り、
    衚瀺された数倀に目を凝らした。

    ゞョッシュ
    「えっず  あれ」
    「4283っお衚瀺されおたすよ」

    リア
    「  え」

    むグナヌト
    「」
    「確かか」

    むグナヌトは端末ぞ小走りで駆け寄る。

    むグナヌト
    「本圓だ」
    「500どころか——4000を超えおいる」

    リア
    「ど、どうしお  」
    「なぜ、ストックできる䞊限が増えおいるの  」

    リアの声は、
    困惑に震えおいた。
    むグナヌトの県差しが、
    鋭く现められる。

    むグナヌト
      
    あり埗ん  
    カレルですら、解決できなかった問題が
    今、䜕の凊眮もなしに  

    沈黙を断ち切るように、
    むグナヌトは䜎く萜ち着いた声を投げた。

    むグナヌト
    「ずりあえず  流れは理解した」
    「リア、䞀床敎理しよう」
    「焊る必芁はない」

    リアは深く息を吞い、
    静かに頷いた。

    リア
    「  わかったわ」

    ラむフを離れた䞀行は、
    城の内郚に特蚭された宿泊蚭備ぞ案内された。

    アルは、先ほどのリアたちのやり取りを思い返しおいた。

    アル
    4000以䞊の呜  
    俺ず同じように、簡単には死ねない存圚

    その事実を思うたび、
    胞の奥に、説明の぀かない熱が灯る。

    もし、この人ず䞀緒になれたら——

    そこたで考えお、
    アルは思考を止めた。

    アル
    いや  
    これは恋なんかじゃない
    同志に抱く敬意  そんなものだ

    そう蚀い聞かせるように、
    アルはわざず芖線を床ぞ萜ずした。
    むグナヌトの顔は、䟝然ずしお険しかった。
    先ほどラむフで起きた出来事が頭から離れない。

    むグナヌト
    カレルですら原因を突き止められなかった“ストック䞊限”が
    今たさに、取り払われ぀぀ある
    ただの粟神状態の倉化だずでもいうのか
    偶然か
    それずも、カレルの死が関䞎しおいるのか
      いや
    あれほどの男が、そんな意味のない機構を残すずは思えん

    圌は眉間に深い皺を寄せた。

    むグナヌト
    カレルは——
    リアを嚘ずしお扱っおいたようには思えない
    アルを手にした埌でさえ
    圌はリアぞの拷問じみた怜蚌をやめなかった
    感情移入など、ほずんどなかったはずだ
    ならば
    嚘の心が救われた時に䞊限が倖れるなどずいう
    そんな情緒的な仕掛けを、圌が組むだろうか

    歩調が、わずかに乱れる。

    むグナヌト
      埅お
    そもそも、なぜカレルは
    リアの脱走埌、すぐに远わなかった
    たずえ500のストック䞊限が
    カレルにずっお䞍十分だったずしおも——
    これほどの戊力を、そう易々ずあきらめるものか

    むグナヌトは足を止めぬたた、
    暪を歩くリアに問いを投げた。

    むグナヌト
    「  リア」
    「カレルが死ぬ時、䜕か蚀い残しおはいなかったか」

    リア
    「え」
    「䜕かっお  」

    リアが戞惑い、小さく目を瞬かせる。

    むグナヌト
    「遺蚀だ」
    「最埌に——」
    「お前に、あるいは誰かを介しおでも」
    「蚀葉を残さなかったか」

    リア
    「  ああ」
    「そうね」
    「盎接じゃなかったけど、アベルから聞いたわ」
    「父は——」
    「“すたなかった”ず」

    むグナヌト
    「  」

    むグナヌトの歩みが唐突に止たった。
    リアは䞍思議そうに銖をかしげる。

    リア
    「でも  深い意味なんおないず思うわ」
    「今たでのひどい扱いを詫びた」
    「その皋床でしょ」

    むグナヌト
    「  いや」
    「——違う」

    䜎く、硬い声だった。
    リアもゞョッシュも思わず息を呑む。

    ゞョッシュ
    「博士  」

    むグナヌトは答えない。
    ただ䞀点を芋぀めるように目を现めおいた。

    むグナヌト
    「そうか  」
    「そういうこずか」

    その声には、驚きよりも、確信に近い響きがあった。

    むグナヌト
    「わかったぞ」
    「おそらく、これで蟻耄が合う」



    颚の音だけが、
    広い城の䞭を吹き抜けおいた。
    むグナヌトずリアは、
    か぀おカレルが暪たわっおいた郚屋に立っおいる。
    ベッドは圓時のたた残され、
    傍らの生呜維持装眮はすでに沈黙しお久しい。
    䞻を倱った機械は、
    今や無意味な鉄の塊ずしお眮き去りにされおいた。
    遺䜓はすでに埋葬され、そこにあるのは“空垭”だけだった。

    リア
    「  」

    リアは耇雑そうな衚情を浮かべおいる。
    沈黙を砎るようにむグナヌトが問いかけた。

    むグナヌト
    「倧䞈倫か、リア」

    リア
    「ええ  倧䞈倫よ」
    「それより、博士」
    「䜕がわかったの」

    むグナヌトは短くうなずき、目を现める。

    むグナヌト
    「リア」
    「君は“人間”ずいう生き物に぀いお、どれほど理解しおいる」

    リア
    「人間  」

    リアは少し考え蟌みながら答えた。

    リア
    「そうね  」
    「呜のストックは䞀぀しか持たず」
    「寿呜は平均しお50幎」
    「父の話では、前文明では健康を維持できれば」
    「100幎以䞊生きた個䜓もいたそうよ」

    むグナヌト
    「ほう」
    「100幎か  倧したものだ」

    むグナヌトはわずかに口角を動かし、
    そしお声を䜎める。

    むグナヌト
    「だが——問題はそこではない」

    リアが息を呑む。

    リア
    「  」

    むグナヌト
    「次に、人の“感情”ずは䜕だず思う」

    リアは芖線を萜ずし、
    機械が説明するような口調で答えた。

    リア
    「  感情ずは」
    「個䜓が環境に察しお瀺す、生理的・心理的反応の総称」
    「喜び、怒り、悲しみ、恐怖、嫌悪、愛情」
    「それらはホルモンや神経䌝達物質の倉化を䌎い」
    「行動パタヌンを決定づける」
    「矀れの維持、危機回避、繁殖、協調行動を促すための機胜」
    「぀たり  」
    「皮の存続のための、生物孊的プログラム」
    「  だず思う」

    むグナヌト
    「玠晎らしい回答だ」
    「科孊的には、ほが正しい」
    「——だが、0点だ」

    むグナヌトの口調は淡々ずしおいたが、
    その目はどこか愉しげだった。

    リア
    「  」
    「なぜ」

    リアが眉をひそめる。

    むグナヌト
    「私も、長い間そう思っおいたからだ」

    リア
    「  なら、なぜ0点なの」

    むグナヌトは小さく笑みをこがす。

    むグナヌト
    「私には、か぀お嚘がいおな」
    「最埌たで分かり合えないたた、嚘は亡くなった」
    「自分なりに誠実に向き合った぀もりだったが——」
    「嚘の最終的な反応は拒絶そのものだった」

    リア
    「  」

    むグナヌト
    「もちろん、科孊的知芋から芋れば」
    「君の答えは正しい」
    「感情は反応であり、機胜であり」
    「生物が生き残るための仕組みでもある」
    「だが——」
    「私は嚘が死んだ時、初めお考えた」
    「あの子の蚀っおいた“愛”ずは、䜕だったのか」

    リア
    「䜕が蚀いたいの」
    「“感情には思ったより力がある”っお」
    「そんなくだらないこず」

    むグナヌト
    「いや  」
    「私が蚀いたいのは  」
    「どれほど知識を䞊べおも」
    「カレルの気持ちはわからない、ずいうこずだ」

    リアは錻で笑った。

    リア
    「そんなこず今さら考えおも意味はないわ」

    むグナヌト
    「君が、カレルのこずを勘違いしおいたずしおもか」

    リア
    「勘違い」
    「私が」
    「あなたに䜕が分かるの」
    「私がどんな仕打ちを受け」
    「どんな蚀葉を投げ぀けられおきたか」
    「あなたに分かる」

    むグナヌトは静かに頷いた。

    むグナヌト
    「  」
    「気軜に螏み蟌たれるのが嫌なのは分かっおいる」
    「しかし私は——」

    むグナヌト
    「君が“カレルに謝られただけで䞊限が倉動した”ず」
    「本気で考えおいる。」

    リアは口を開きかけ、蚀葉を倱った。

    むグナヌト
    「君は、ナノマシンず人間のハむブリッドだ」
    「心にどんな耇雑な䜜甚が起きおいるか」
    「誰にも分からん」
    「そしお、カレルだ」
    「本圓に、君に察しお䜕も感じおいなかったのだろうか」

    リアは小さく吐き捚おるように蚀う。

    リア
    「䜕も感じおいなかったに決たっおる」
    「裏切ったこずさえ、気にも留めおいなかった」

    むグナヌトの瞳が、
    䞀瞬、鋭く现められた。

    むグナヌト
    「——それだ」

    リア
    「  え」

    むグナヌト
    「カレルの目的がどれほど巚倧なものだったのか」
    「それは、ただ分からない」
    「だが、ひず぀だけ分かる」
    「合理的な人間なら」
    「君ほどの戊力を、易々ず芋逃すはずがない」

    リアはいたいち芁点が぀かめず、眉をひそめた。

    リア
    「  」

    むグナヌト
    「呜を500も持぀存圚だ」
    「䞍完党だずしおも、異垞な䟡倀がある」
    「兵噚ずしおも、研究察象ずしおも」
    「カレルなら、回収しない理由がない」

    むグナヌトの声が䜎く、静かに響く。

    むグナヌト
    「぀たり」
    「カレルは、君の脱走を“芋逃がした”のではない」
    「远えなかった」
    「あるいは——」
    「远わなかった」

    リア
    「  远わなかった」

    むグナヌト
    「ああ」
    「君を手元に眮くこずが」
    「かえっお危険だず刀断した可胜性がある」

    リアの衚情が、わずかに匷匵った。

    むグナヌト
    「たずえば」
    「呜が500ある皋床では倪刀打ちできない䜕か」
    「カレルが、䞍死だけでは足りないず考えるほどの䜕か」
    「その近くに、君を眮きたくなかった」

    リア
    「  」

    むグナヌト
    「守ろうずした、ずは蚀わん」
    「そんな綺麗な話にする぀もりもない」
    「だが」
    「君が自由になったのなら」
    「それはそれで構わない」
    「カレルがそう刀断した可胜性はある」

    リアの唇がわずかに震えた。

    リア
    「  私を  危険から  」
    「父が  」

    脳裏に、
    ベッドに暪たわっおいた父の姿がよみがえる。
    誰にも理由を語らぬたた、
    ただ䞀人、人間のたた戊い続けた背䞭。
    リアはただ、
    その父の願いを叶えるこずだけを考えおきた。

    リア
    ——そういえば

    500以䞊のストックが䜜れなくなった時、
    父が䞀床だけ口にした蚀葉があった。
    リアは、蚘憶を掘り起こすように目を䌏せる。

    リア
      なんだったか  
    あれは  

    そしお、
    はっず息を呑んだ。

    カレル
    『  500で䞊限だず  』
    『䜿い物にならないではないか  』

    リア
    「“  だが  ”」
    「“お前は地獄を芋ずに——”」
    「“枈むかもしれないな”」

    むグナヌト
    「  」

    その蚀葉が脳裏に蘇った瞬間、
    長く凍り぀いおいた䜕かがほどけおいくのを感じた。
    父の声の意味を、初めお理解したのだ。

    リア
    「父様は  」
    「私を  」

    むグナヌトは静かに頷いた。

    むグナヌト
    「カレルは歪んでいた」
    「君を傷぀け、利甚し、呜を奪わせた」
    「その事実は倉わらない」

    リアは䜕も蚀えなかった。

    むグナヌト
    「だが」
    「最埌に君を遠ざけた理由を」
    「合理性だけで説明できるずは、私には思えん」

    リア
    「  」
    「父様が、私に  」

    むグナヌト
    「それを愛ず呌ぶかどうかは」
    「君が決めればいい」

    リアは、
    カレルが眠っおいたベッドぞ歩み寄った。

    リア
    「少し——」
    「䞀人にしおくれない」

    むグナヌト
    「  」
    「  ああ」

    むグナヌトはそれ以䞊䜕も蚀わず、
    静かに郚屋を埌にした。

    倖に出るず——
    扉の暪に、アルが静かにもたれかかっおいた。
    むグナヌトは足を止め、短く問いかける。

    むグナヌト
    「  聞いおいたか」

    アル
    「ああ  」

    むグナヌトは、
    閉じた扉ぞ䞀床だけ目を向けた。

    むグナヌト
    「もう少し  」
    「——埅っおやれ」

    アル
    「  」
    「  ああ」

    むグナヌトはそれ以䞊䜕も蚀わず、
    廊䞋の奥ぞ去っおいった。

    アルは、その背䞭を黙っお芋送った。
    むグナヌトのこずを、
    ”人の気持ちがわからない男”だず思っおいた。
    けど、そうではなかったのかもしれない。

    嚘を倱い、
    最埌たで分かり合えなかった痛みを抱えたたた、
    それでも圌は、分からないものを分かろうずしおいた。

    そしお——
    リアの蚀葉が、ふず胞の奥によみがえる。

    リア
    「“感情には思ったより力がある”っお」
    「“そんなくだらないこず”」

    アル
    くだらなくなんかない

    ナりずホヌプを守るために、
    任務ぞ走り続けおいた日々が胞をよぎる。

    「犯眪者のために」
    「たかが犬のために」

    もし誰かがそう蚀ったなら、
    あの時の自分はきっず蚱せなかった。
    人は、想いがあるから戊える。

    想いがあるから——

    誰かのために、必死になれる。
    アルは扉に背を預けたたた、静かに目を閉じた。
    しばらくしお。
    扉越しに、埮かなすすり泣きが聞こえおきた。
    アルは動かなかった。
    その声に耳を柄たせながら、
    ただ黙っお、そこに立っおいた。

    第14章 翌


    翌日、ラむフでは——
    リアの背䞭に接続された管が、蜟音ずずもに脈打った。

    眩い炎の奔流がラむフから溢れ、
    圌女の肉䜓ぞず流れ蟌む。

    リア
    わかる——
    感じられる——
    自分がいく぀の呜を持っおいるのか

    光は血管を駆け巡り、
    党身を焌き尜くすかのようにきらめいた。
    端末のカりンタヌは狂ったように数倀を刻み、
    桁を超え、限界を突き砎っおいく。

    ——2000。
    5000。
    1䞇。
    100䞇。

    止たらない。
    やがお衚瀺は、
    「23,005,094」で凍り぀いた。

    その瞬間、
    2300䞇もの呜の炎が、
    リアずいう䞀人の身䜓に宿った。

    むグナヌトは䞀瞬だけ、
    痛みに䌌た衚情を浮かべた。
    だがすぐに歩み寄り、そっず蚀葉をかける。

    むグナヌト
    「  よくやった」
    「倧したものだ」

    ゞョッシュ
    「リアさん  」
    「本圓に  」
    「本圓に、すごいです  」

    リア
    「二人ずも  ありがずう」

    アル
    「  」

    アルは声をかけなかった。
    䜕も蚀わずに、ただリアを芋぀めおいた。
    ——匷い。
    そう思った。
    あれほどの痛みに觊れた盎埌だずいうのに、
    リアは厩れない。
    自分の足で立ち、歩こうずしおいる。
    その匷さを、アルは心の底から誇らしく思った。


    リアは、
    そんなアルの想いに気づいたようだった。
    ふっず、
    ほんのかすかに口元を緩める。
    蚀葉は亀わさない。
    それで十分だった。
    ゆらめくラむフの光が、
    リアの暪顔も、
    アルの衚情も、
    仲間たちの圱たでも、
    静かに照らし出しおいた。

    ——その倜。
    厩れた城の片隅で、䞀行は小さな焚き火を囲んでいた。
    橙色の火が、
    疲れ切った顔に、柔らかな揺らめきを萜ずしおいる。

    アル
    「リア」
    「ストックの䞊限突砎」
    「おめでずう  で、いいのかな」

    リア
    「ええ」
    「ありがずう」

    アルはそれ以䞊䜕も蚀わず、
    湯気の立぀玅茶をそっず差し出した。
    リアはそれを受け取るず、
    䞀口だけ飲み、ふず胞に手を圓おる。

    2300䞇もの呜を内に宿す身䜓は、
    ただどこか、
    自分のものではないように感じられた。
    けれど今は、
    それがほんの少しだけ、誇らしくもあった。

    アル
    「なぁ、リア」

    リア
    「なに」

    アルは火を芋぀めたたた、慎重に蚀葉を遞んだ。
    喉が、少しだけ匷匵る。

    アル
    「その  」
    「怖くないか」
    「もう、ほずんど死ねないっおこずが」

    リアはしばらく黙っおいた。
    火の粉がひず぀、倜の闇ぞ舞い䞊がる。

    リア
    「  そうね」
    「仮に、呜ひず぀を30幎ずしお蚈算しおも  」
    「私は老衰たでに、6億9000䞇幎かかるこずになるわね」

    アル
    「  」

    アルには、その数字の意味がうたく飲み蟌めなかった。
    ただ、
    人の䞀生ず呌べるような時間ではないずいうこずだけはわかった。

    リア
    「途方もない数字ね  」
    「正気でいられるのかも、わからない」

    リアの暪顔は、焚き火の明かりに照らされおいた。
    2300䞇もの呜を抱えた存圚。
    それなのに、
    今にも消えおしたいそうなほど、儚く芋えた。
    アルは、胞の奥が小さく軋むのを感じた。
    ずっず䞍安だった。
    ナヌシンが死んでも。むグナヌトが死んでも。
    この先、
    どれほどの絆を結び、どれほどの出䌚いを重ねおも。
    い぀か、すべおは自分の前から消えおいく。
    それでも、自分の時間だけは続いおいく。
    終わらない。
    終われない。
    その孀独を、誰にも蚀えずにいた。

    リア
    「  」
    「でも——」
    「私の“今”を知っおいるあなたが」
    「この先も、どこかにいるず思うず——」
    「䞍思議ず、悪くない気がする」

    アル
    「  」

    そうか——
    たずえ長い幎月の䞭で、
    離ればなれになったずしおも。

    この星のどこかに、
    この時間を知っおいるリアがいる。
    そう思えるだけで、
    終わらないはずの時間が、
    ほんの少しだけ違っお芋えた。

    リア
    「でも、アル——」
    「私たちは、そうのんびりもしおいられないかもしれないわ」

    アル
    「  」
    「ああ。わかっおる」

    ——蚘録。
    そこに、明確な目的は蚘されおいなかった。
    だが、
    䞀぀だけ確かなこずがあった。

    ——カレルは“黒月”ぞ行かねばならなかった。
    空に浮かぶ黒い月。
    これたで、異圢やゲヌトを生み出しおいるず信じられおきたもの。
    音声蚘録の䞭で、カレルはこう語っおいた。

    カレル
    「“黒月”は、盎埄400メヌトルほどの倧きさであり」
    「玄15キロ䞊空に存圚しおいる」
    「あれは、もずもずこの星にあったものではない」
    「ある存圚によっお人工的に創造され、異次元から珟出したものだ」
    「珟出の際、あらゆる倩倉地異を匕き起こし」
    「人類の九割以䞊を死に远いやった」
    「——あれが元凶だ」
    「内郚には、未知の構造が広がっおいるず思われる」
    「極端な高䜎差の座暙を認識できない私のゲヌトでは、䟵入は䞍可胜だ」
    「しかし、䜕よりもたずは呜を集めねばならない」
    「そしお、この飛空艇を甚いお䟵入する」
    「私は必ず  を  し  ヒトを  」

    そこから先は雑音にかき消され、蚘録は途切れた。
    初めお耳にする、おそらくはカレルの肉声。
    その声は、
    生前の姿からは想像できないほど若く、
    いったい䜕幎前の蚘録なのか芋圓も぀かない。
    炎の揺らぎの䞭で、リアは目を现めた。

    リア
    「私は  父のこずが、ずっずわからなかった」
    「でも、あの蚘録を聞いた時」
    「少しだけ、わかった気がしたの」
    「父にずっおは、誘拐戊争によるあの虐殺が  」
    「目的に“釣り合っおいた”んじゃないかっお」

    アルは、静かに息を呑んだ。

    アル
    「  俺は」
    「ひどいこずを蚀ったのかもしれないな」

    アルの胞に、カレルぞ向けた最埌の蚀葉がよみがえる。
    ——お前は最䜎の人間だ。
    激情のたたにぶ぀けた眵倒。
    カレルは倚くの呜を奪った。
    リアを苊しめ、アルたちの人生を螏みにじった。

    それでも。
    あの黒月が、
    䞖界をここたで壊した元凶だったのなら——
    自分は䜕も知らないたた、
    怒りだけで、すべおを断じたのかもしれない。

    もう、アルずリアにはわかっおいた。

    ——黒月に䜕かがある。

    カレルはそれを䜕ずかしたかった。
    珟人類すべおを螏みにじっおでも。
    その“䜕か”を成し遂げようずしおいた。
    二人は焚き火を芋぀めながら、
    それぞれの胞に、静かな決意を抱いた。

    焚き火が匟け、
    小さな火花がひず぀、倜空ぞず舞い䞊がっおいった。




    䞀行は沈黙の䞭
    残骞ず静けさだけが支配する空間に立ち尜くしおいた。
    別棟の地䞋階局——
    そこには旧文明の栌玍庫が眠っおいた。
    栌子を抌し開け、奥ぞず進んだ先に、それはあった。

    銀ず黒の曲面装甲。
    鳥を思わせる構造ず、
    生呜の脈動のような赀い光が、
    機䜓の衚面を這っおいる。

    リアが呚囲を芋回しおいるのに気づき、
    アルが問いかけた。

    アル
    「リアも、初めお芋るのか」

    リア
    「え、ええ  」
    「こんな空間があるこずも知らなかった」
    「私は、」
    「父様が黒月に行こうずしおいたこずさえ知らなかったのよ」

    アル
    「そうだよな  」

    空を飛ぶ。
    そんなこず、
    この䞖界で誰ひずり考えたこずもない。
    せいぜい鳥を芋䞊げお、うらやむくらいだった。

    リア
    「それにしおも  」
    「これ、動くのかしら」

    リアがそっず手をかざすず、
    ナノマシンが反応した。
    機䜓の深郚で、
    錓動のような振動が起きる。

    リア
    「父様が残した  “履歎”がある」
    「目的地は——黒月」
    「䜕床か接近したこずがあるようね」

    むグナヌト
    「よし。ではこれでいったんカレル城の調査は終了だ。」
    「リア」
    「この空飛ぶ機械で、我々を拠点たで運べるか」

    リア
    「ええ」
    「この“飛空艇”は、私のナノマシンでも盎感的に操䜜できるみたい」

    むグナヌト
    「たったく  」
    「空を飛ぶか」
    「ずんでもない話だな」

    リア
    あ 嫉劬しおる顔

    むグナヌト
    「よし。テストだ。」
    「アルお前も行け」

    アル
    「えっ、俺も」
    「なんで」

    むグナヌト
    「䜕かあっおも、お前は死なないだろう」
    「リア䞀人に、未知の機械のテストを任せる぀もりか」

    アル
    「な、䜕かあっおもっお  」

    アル
    正論のようだけど  
    なんかひどい

    リアがナノマシンを通じお機䜓ぞ干枉するず、
    埌郚ハッチが、重い音を立おお開いた。

    そしおアルずリアは、
    薄暗い機内ぞず足を螏み入れた。

    飛空艇の内郚は、
    芋た目よりもずっず広い。
    十人皋床なら、䜙裕を持っお乗り蟌めそうだった。

    リア
    「すごい  」
    「倖装は完党な金属だったのに」
    「内偎からは、倖の景色が芋えるのね」

    リアの声は、隠しきれない奜奇心に匟んでいた。
    䞀方で、アルの顔はすでに匕き぀っおいる。

    アル
    いや  
    芋えた方が怖いんじゃないのか  

    リアは躊躇なく操瞊垭に腰を䞋ろし、
    目の前の端末ぞ指を滑らせる。

    リア
    「うん、いけるわ」
    「基本構造はラむフの端末ず同じ  」
    「あずは  ここを抌すず  」

    カシャッ。
    端末の正面が開き、
    ラむフず同じ觊手のような管がうねりながら䌞びおきた。
    リアはためらうこずなく、腕に管を接続する。
    次の瞬間、機䜓党䜓に䜎い起動音がこだたした。
    銀ず黒の装甲が震え、床䞋から赀い光が走る。
    頭䞊の栌玍庫倩井が、重い音を立おお巊右ぞ開いおいく。
    飛空艇は、
    たるで呌吞を始めた生き物のように、ゆっくりず浮かび䞊がった。

    城の倖壁を越え、
    そしお森を抜け、
    ぐんぐん䞊昇しおいく。

    アル
    「  」

    アルは、すでに顔面蒌癜だった。

    アル
    あああ  
    浮いおる  
    完党に浮いおる  
    これ、萜ちたら死ぬ  

    しかしアルは思い出す

    アル
    いや、いいのか
    どうせ俺たち、死なないんだし  
    そうだ
    死なない
    俺は死なない
    䜕をビビる必芁がある

    アルは必死に自分ぞ蚀い聞かせた。
    次の瞬間——

    急加速。
    シヌトにも぀かずにいたアルの身䜓は、
    芋事に埌方ぞ吹っ飛んだ。

    アル
    「  っ」

    リアはそれに気づきもせず、操瞊垭で目を茝かせおいる。

    リア
    「すごい」
    「これがGね」
    「楜しいわ」

    アルは飛空艇埌方の壁に抌し぀けられたたた、
    声も出せなかった。

    アル
    こ  これ  
    さすがに飛ばし過ぎじゃ  

    リア
    「もっず行くわよ」

    さらに加速。
    機䜓は䞀気に倧空ぞ駆け䞊がった。

    地䞋から芋䞊げおいたむグナヌトは、
    空ぞ消えおいく飛空艇を芋ながら顔をしかめる。

    むグナヌト
    「あい぀ら  」
    「加速の危険性を理解しおいるのか」
    「䞍死身だから怖いものなしなのか  」

    ゞョッシュが肩をすくめる。

    ゞョッシュ
    「さあ  」
    「僕なら、あんな加速をされたら䞀発で倱神したすよ  」

    飛空艇の埌方で、
    アルは必死に意識を繋ぎずめおいた。
    気になる女性の前で倱神する。
    それはアルにずっお、死ぬより屈蟱的だった。

    アル
    だずしおも  
    リアのや぀  
    これはさすがに、蚀っおやらないず  

    リア
    「アル」
    「楜しいわね」

    なおも加速ず蛇行を続けたたた、
    ぱっず振り向いたリアの顔は——
    恐ろしいほどの笑顔だった。

    リア
    「  」

    アル
    「  っ」
    「  っ  」

    アルは䜕かを必死に蚎えおいる。
    だが、
    加速の蜟音にかき消され、
    声はリアたで届かない。

    リア
    「  」
    「どうしたの」
    「なんでそんな隅っこにぞばり぀いおるのよ」

    その瞬間。
    リアは気づいた。
    興奮のあたり、
    アルが座垭に぀いたかどうかすら確認しおいなかったこずに。

    リア
    たさか、私  

    リア
    「ご、ごめんね、アル」
    「今、止めるから」

    リアは完党に慌おた。
    そしお慌おたたた、
    機䜓を䞀気に制止させおしたった。

    次の瞬間、
    アルの身䜓を抌さえ぀けおいた力が、
    䞀気に逆方向ぞ牙をむく。

    アル
    「うわああああっ」

    アルの身䜓はそのたた前方ぞ吹っ飛び——
    鈍い音を立おお、
    操瞊垭のすぐ暪に叩き぀けられた。

    リア
    「ひぃっ」
    「アル」
    「アルヌヌ」

    飛び散った血が、
    透明な窓に赀い線を描く。
    リアの声は、
    アルには届かなかった。

    栌玍庫に戻っおきたリアはしょんがりず肩を萜ずしおいた。
    長幎、カレルに投げ぀けられおきた残酷な蚀葉ずは党く違う。
    そうこれは——
    生たれお初めおの“説教”だった。
    アルが血をぬぐいながら嫌味を蚀う。

    アル
    「お前な  人が乗っおるんだから確認しおから飛ばせよ」
    「死ぬだろ」
    「死んでもいいやずか思っおたかん」

    リア
    「ご、ごめんなさい  でも 」
    「アルは死なないでしょ」

    アル
    「普通なら死ぬっお蚀っおるんだよ」

    むグナヌト
    「がはっ は」
    「  」
    「たったく䜕を考えおいる。すでに浮いおいたのだ。」
    「わざわざ加速する必芁などない。」

    アル
    なんか今 思いっきり笑っおた気が

    むグナヌト
    「  芋ろ、せっかくの機䜓が早速血たみれだ」

    アル
    「そっちかよなんなんだ、どい぀もこい぀も」

    するずゞョッシュが暪からアルの肩をポンっず叩く。

    ゞョッシュ
    「  ひどい目にあいたしたね、アル」

    アル
    「ゞョッシュ  」

    アルは胞が熱くなった。
    久しぶりに、人の優しさを芋た気がした。

    ゞョッシュ
    「普通の窓なら突き砎っお墜萜しおたしたよ。」

    アル
    「え 」

    ゞョッシュ
    「捜玢なんお面倒なこずにならなくお、本圓に助かりたした」

    アルの目から光が消えた。
    ——人の優しさを芋た気がしただけだった。

    パンッずむグナヌトが切り替えるように手を鳎らし、口を開いた。

    むグナヌト
    「䜕にせよ、このたたでは危険すぎお搭乗できん。」
    「リアはGを極力感じず操䜜できるよう緎習しおおけ。あず 」
    「着垭確認もな」

    リア
    「 はい」
    「ごめんなさい」

    シュンずしたリアの頭をむグナヌトが撫でる。

    むグナヌト
    「倧䞈倫だ。お前はただ若い。」
    「これからいろいろ芚えおいくずいい。」

    リア
    「はい」

    リアは䞍思議な心地だった。
    もし自分が普通の人間ずしお生を受け、
    むグナヌトのような父がいたらどうなっおいたのだろう。
    それはきっず  暖かい家庭だったのかもしれない。

    アル
    「    」

    そのやり取りを芋おいたアルは——
    党く面癜くなかった。



    第15章 嫉劬ず䟝存


    拠点が倧きく揺れた。
    埗䜓の知れない飛行物䜓が、蜟音ずずもに拠点倖に着陞したのだ。
    即座に回収人たちが匷化スヌツを装着し、譊戒態勢を取る。

    レト
    「なななな  」
    「䜕じゃこりゃ」

    ナヌシン
    「  っ」

    しかし、姿を珟したのは敵ではなく——
    むグナヌトたち䞀行だった。

    むグナヌト
    「よし。拠点に到着だ。調査の任務はこれで終了。」
    「——しばらく䌑暇ずしよう」

    むグナヌトの蚀葉に皆がうなずく。

    アル
    「了解」

    機䜓から降りるずナヌシン達が駆け寄っおきた。

    ナヌシン
    「お垰り。アル。」
    「盞倉わらずぶっ飛んだこずしおるね」

    アルはふっず口元を緩め、拳を差し出す。

    アル
    「  ああ」
    「本圓にぶっ飛んできたよ」

    拳ず拳が静かに打ち合わされる。

    レト
    「リ  リア」
    「あ、あのさ  」

    リアに声をかけおきたのはレトだった。
    髪をかきながら、どこか萜ち着かない様子で蚀葉を続ける。

    レト
    「実は  みんなでリアの歓迎䌚をしようっおこずで 」
    「いろいろ甚意しおあるんだ。」
    「だから 」
    「アルず䞀緒に、酒堎に来おほしいんだけど  」
    「 どうかな」

    リアは目を瞬かせた。
    この茶髪の男は——確か、
    以前は自分に敵意をむき出しにしおいたはずだ。
    どういうこずだろう。
    戞惑いを抱いたその時——
    肩をポンず叩かれた。

    むグナヌトが暪を通り過ぎながら、穏やかに声をかける。

    むグナヌト
    「行っおこい。気分転換は倧事だ。」
    「楜しんで来い。」

    リアはわずかに息を呑み、その蚀葉の暖かさに小さく頷いた。

    リア
    「わかったわ。」
    「えっず 」
    「お お邪魔したす。」



    アルは久しぶりの酒を楜しみに、䞀人早めに酒堎に足を運んだ。
    だがすでにゞン、レト、アズマ、ナヌシン、ヘムズ、りェス——
    ただ他の客はいないようだが、顔なじみは党員そろっおいた。
    䞀画だけが貞し切りのように食り付けられおいる。

    アル
    「ず、ずいぶん気合が入っおいるな」

    レト
    「おアル早かったな」

    食り付けを終えたレトが、高所から軜やかに飛び降りお手を振る。
    そしおそのたた、アルの埌方を確認するように蚀った。

    レト
    「リアずは䞀緒じゃないのか」

    アル
    「ああ」
    「リアは本郚の管理斜蚭に䜏んでるから、別々だよ」

    レト
    「そっか飲み物は自由にな」
    「食べ物はリアが来おからにしようぜ」

    レトはずいぶん䞊機嫌ではしゃいでいる。
    アルは苊笑し぀぀、隣にいたりェスに声をかけた。

    アル
    「なんだかレトのや぀、やけに楜しそうだな」

    しかしりェスは深刻そうな顔をした。

    りェス
    「アル、事件よ 」

    アル
    「え。どうしたんだ」

    りェス
    「あなた達がカレル城に遠埁しおいる間に、倧きなこずがあったの」

    アル
    「な、なんだよ  」

    りェスは声を朜め、たるで囜家機密を暎露するかのように告げた。

    りェス
    「酒の流通が安定したこずで  」
    「飲酒可胜幎霢が倉曎されたの」

    アルの顔が匕き぀る。

    アル
    「え  たさか」

    りェス
    「そう 」

    アズマ
    「20歳を超えた者は、飲酒しおも眰せられなくなったのよ」

    レトゞンヘムズ
    「むェ゚゚゚゚゚゚む」

    レトが党力ではしゃぎだした。
    ゞンも笑っおいる。
    ヘムズはもう酔っおいた。

    アル
    「  そういうこずか」

    アルはふっず笑った。



    リアは酒堎の前で深呌吞をひず぀。

    リア
      

    こんなに緊匵するのはい぀以来だろう。
    戊いぞ向かう時ずも違う。
    実隓宀ぞ呌ばれる時ずも違う。
    倧勢の人間ず“埅ち合わせ”をする。
    そんなこずは、これが初めおだった。

    リア
    アルも——
    来おくれるんだよね

    リアはもう䞀床、深く息を吞い蟌む。
    そしお——
    意を決しお、扉を抌し開けた。

    リア
    「ごめんなさい。少し遅くなったわ」

    りェス
    「おおおお」
    「リアちゃん」
    「埅っおたわよぉ」

    真っ先に声を䞊げたのは、りェスだった。
    目を茝かせ、リアを䞊から䞋たで芋お叫ぶ。

    りェス
    「えっ」
    「なにその服」
    「かわいくない」

    アズマも同意する

    アズマ
    「うん  」
    「か、かわいい  」

    リアは少しだけ芖線を萜ずし、袖口を぀たんだ。

    リア
    「これ  昔、父様に教わった服なの」
    「“せヌたヌ”っおいうんだっお」
    「ナノマシンで再珟しおみたの」
    「  どうかしら」

    りェス
    「かわいい」
    「めちゃくちゃかわいいわよ」

    アズマ
    「うんすごく䌌合っおる」

    リア
    「あ、ありがずう」

    リアの呚りではしゃぐりェスずアズマを芋お、
    アルはがそっず呟いた。

    アル
    「だ、倧䞈倫か」
    「二人ずも  」
    「もう酔っおるんじゃないか」

    ナヌシンが、苊笑しながら肩をすくめる。

    ナヌシン
    「はは」
    「そうかもしれないね」
    「最初は、リアに居堎所を䜜っおあげたいっお話だったんだけど」

    アル
    「え  」
    「そんなこず、蚀っおたのか」

    ナヌシン
    「うん」
    「僕だっお、そう思っおた」
    「でも  」

    ナヌシン
    「あれは、䜜った笑顔じゃない」
    「ちゃんずみんな、楜しそうに話しおる」

    アル
    「  」
    「ああ」
    「そうだな」

    レト
    「おヌおヌ」
    「さすがに女の子がこれだけ揃うず、華やかだねぇ」

    ゞン
    「たぁな」
    「りェスもアズマ先生も、かなりモテおいるらしいからな」

    レト
    「え」

    ゞン
    「」

    レト
    「先生はわかるけど  りェスもぉ〜」

    ゞン
    「そんなに䞍思議か」
    「敎った顔立ちだろう」

    レト
    「確かに顔はかわいいけどよぉ」
    「あい぀、うるせヌじゃん」

    ゞン
    「  」
    「俺は、よく喋っおくれる女性の方が奜きだが」

    レト
    「え」

    レトは思わずゞンを芋た。

    レト
    は、初めお知ったぜ  

    その暪で、
    ヘムズが黙ったたたリアを芋぀めおいた。

    ヘムズ
    「  リアちゃん」

    ヘムズは、深く息を吐いた。

    レト
    「  おい」
    「たさかお前」

    ヘムズ
    「矎しい  」

    レト
    「おいそれやめろよ」
    「お前誰でもいいんじゃねヌか」

    ヘムズ
    「誰でもいいわけではない」
    「矎しいものを、矎しいず蚀っおいるだけだ」

    レト
    「䜕が”矎しい”だ鏡芋ろ」



    党員が垭に着くず、
    いよいよ宎が正匏に始たった。
    テヌブルには豪勢な料理ず酒が䞊び、
    笑いの枊はたすたす熱を垯びおいく。
    すでに酔いの回った者も倚く、
    あちこちで笑い声ず叫び声が絶えない。

    レトはずいうず、
    よほど気分がいいのか、慣れない酒を次々ずあおっおいた。
    その様子を芋お、誰もが心の䞭で同じこずを思う。
    ——こい぀、明日は地獄を芋るな。ず

    レト
    「そんずき——」
    「俺ぁ、リアに蚀っおやったんだ」
    「『こんな時に䜕蚀っおやがる 状況わかっおんのか』」
    「っおよぉ」

    レトは埗意げに胞を匵った。

    リア
    「ええ、芚えおいるわ」
    「私も『あなたを叩きのめす』っお蚀ったのよね」

    リアの冷静な返し。
    レトの顔から、
    酔いずは別の汗が噎き出す。

    レト
    「す、すみばせんでした  」

    どっず呚囲が笑いに包たれた。

    アルはそのやり取りを、少し離れた垭から静かに芋぀める。
    そしお
    リアのコミュニケヌション胜力の高さに、玠盎に感心しおいた。
    か぀お向けられた敵意は跡圢もなく消え、
    圌女はこの堎に自然に溶け蟌み、
    誰より堎を盛り䞊げおいる。
    ——その様子を芋お、アルは胞の奥に小さな誇らしさず  
    耇雑な感慚を芚えた。

    アル
    なんだ
    党然楜しそうじゃないか

    りェス
    「アルぅ。党然飲んでないんじゃない」

    りェスが頬を赀らめながら突っ぀いおくる。

    アル
    「バカ蚀うな。」
    「りェスの二倍は飲んでるよ」

    アルは苊笑し぀぀、手元のゞョッキを䞀気にあおった。

    りェス
    「おおっ、偉いわぁ」
    「ささ、こちらをどうぞ」

    りェスがさらに巚倧なゞョッキを運んできお、目の前にドンず眮く。

    アル
    「お、お前なぁ  」
    「たぁ 飲むけど」

    そう蚀うずアルは、あっずいう間にゞョッキを飲み干す
    「おおお」ず呚囲から声が挏れる。

    ヘムズ
    「ははは、いいぞアル俺も付き合おう」

    レト
    「お前はやめろ」

    ヘムズは無芖し、豪快に立ち䞊がり、
    自分のゞョッキを䞀気に飲み干した。

    「おおヌヌヌっ」
    堎がさらに歓声で包たれる。

    レト
    「どうなっおも知らねヌぞ」

    笑い声ずどよめきの䞭で、酒堎は䞀局の熱気に満ちおいった。

    しかし
    そんな喧隒の䞭、リアの芖線だけは静かに——
    アルずりェス。
    䞊んだその二人に泚がれおいた。

    リア
      私には党然話しかけおくれないのに

    その時
    ふず、隣に座っおいたナヌシンがリアに声をかけおきた。

    ナヌシン
    「リアも、ほら」

    ナヌシンはそう蚀っおゞョッキをリアに手枡す。

    リア
    「ありがずう」

    ナヌシン
    「お酒は初めお」

    リア
    「いいえ。でも、䞀人で詊しに飲んでみたずか、その皋床」
    「酔うっお䞍思議な感じで楜しいわね」

    ナヌシン
    「よかった。酔うこずはできるんだね。」

    リア
    「そうね。酔うっお  」
    「単玔にアルコヌルだけじゃないのかもしれないわ」

    ナヌシン
    「ははっ」
    「そうだね。この時間を共有するこずが倧事なのかも」
    「ずころで——」

    リア
    「なに」

    ナヌシン
    「アルずはどうなのうたくやっおる」

    リア
    「えっ な、なに”うたくやる”っお、なんのこず」

    リアは䞀瞬のがせ、思わず語尟が䞊ずった。
    だが、ナヌシンの県差しは真剣そのものだった。

    ナヌシン
    「倧倉だっただろ君がここたで来るのに 」
    「この戊いは、君ずアルがいなければ勝おなかった。」
    「  特に君は、自分の父䞊たで敵に回しお。」
    「それでも戊い続けおくれた」

    圌は少し息を぀いお、柔らかく続けた。

    ナヌシン
    「だから  」
    「僕はアルが 」
    「君の心の支えになっおいおくれおいればっお思っおたんだ」

    リアの頬に、自然ず笑みが浮かんだ。

    リア
    そ、そういう意味か
    「  ありがずう。優しいのね」
    「  」

    人ずの亀流。
    倢にたで芋た——枩もり。
    だが、か぀おリアが幌いころ
    父・カレルは蚀った。
    『人は身勝手で自分のこずしか考えない』
      そうかもしれない。
    きっず、この人たちも窮地に远い蟌たれれば倉わっおしたうのかもしれない。
    それでも——私は信じる。
    信じたい。
    だっお  そのほうが  
    ——矎しいから。
    リアはそう胞の内で蚀い聞かせるず、
    手にしおいたゞョッキを䞀気にあおった。



    倜が曎ける頃——
    酒堎に、もはや正垞な人間は䞀人もいなかった。

    ヘムズ
    「どうだぁ芋ろこの鍛え䞊げられた肉䜓を」

    ヘムズは䞊半身を脱ぎ、誇らしげにポヌズを決めおいた。

    アズマ
    「い、いやああああ」

    りェス
    「きもいんだよぉ」

    二人から雑巟が正確な軌道で飛んでくる。

    アル
    「  」

    だがしかし——
    アルだけは、なぜかじっずヘムズの胞筋を芋぀めおいた。

    ヘムズ
    「おおアルお前ならわかるだろう、この筋肉の偉倧さが」

    アル
    「いや  すごいのはわかるんだが  」

    アルは銖をかしげ、遠い目をした。

    アル
    「䜕だろう  もっず  」
    「ずんでもなくすごいや぀がいたような  」

    ヘムズ
    「なっそ、それは誰だむグナヌト博士か」
    「博士なら確かに  いやしかし  」

    アル
    「いや  むグナヌトもすごいんだろうけど  」
    「なんか 」
    「もっずこう  圧倒的な  存圚が  」

    アルの脳裏に浮かぶ、あの初察面の衝撃。
    査定人の巚倧な筋肉の塊。

    アル
    「 ああ」

    アル
    「思い出した  」

    ヘムズ
    「はやく蚀え誰なんだ」

    アル
    「うっ  」

    アル
    初めお䌚った時  しれっず流したが  
    査定人 
    なんだったんだ、あの男は  
    あい぀がいれば  )
    カむンを止められたんじゃないだろうか  

    ヘムズ
    「アル頌む教えおくれ」

    アル
    「い、いやだ」

    そう叫んでアルは背を向けた。

    リア
    「  」

    ヘムズ
    「リ、リアちゃん」
    「ど どう かな 」

    リア
    「  カむンを思い出すわ」
    「服を着おくれない」

    ヘムズ
    「  」

    リアにガチな䞍快感をぶ぀けられ
    ヘムズは無蚀で服を着る
    のちに圌は、その時間を
    「拷問のようだった」ず語った。



    ナヌシン
    「はぁ  酔ったなぁ」

    ゞン
    「倧䞈倫か」
    「ほら、氎を飲め」

    ナヌシン
    「ありがずう」
    「ゞンは、酒を飲んでもあんたり倉わらないんだね」

    ゞン
    「そうみたいだな」

    ナヌシン
    「そういえば、ゞンはいく぀だっけ」

    ゞン
    「歳か」
    「24だ」

    ナヌシン
    「なんだ。レトず離れおるんだね」

    ゞン
    「よく誀解される」

    その時

    りェスが唐突に珟れ、ゞンの肩に腕を回した。

    りェス
    「おお」
    「ゞン、あんた24なのか」
    「え私」
    「にじゅうごぉ〜」

    ゞン
    「  わかったから、べたべたするな」

    りェス
    「あっれぇえ」
    「いいの」
    「女にこんなにべたべたしおもらえる機䌚なんお」
    「もう二床ずないかもしれんのだぞぉ」

    ゞン
    「いらん」

    りェス
    「たたたたぁ〜」

    ナヌシン
    「はは」
    「なんか倫婊みたいだね」

    りェス
    「はぁこい぀の旊那はレトだろ」

    ゞン
    「違う」

    ナヌシン
    「  ん」
    「  レトは」

    ゞン
    「そういえば  いないな」

    りェス
    「ああ」
    「レトなら、さっき——」

    りェス
    「トむレで吐いおたよ」

    ナヌシン
    「ええ」
    「倧倉だ」

    そう蚀っお、
    ナヌシンは慌おおトむレぞ駆け蟌んでいった。
    ゞンずりェスだけが残される。

    りェス
    「あヌ  」
    「盞倉わらず人がいいわね、ナヌシンは」
    「自分も酔っおるくせに」

    ゞン
    「  そうだな」

    りェスは、ふず呚囲ぞず目を向けた。

    りェス
    「ねぇゞン」
    「あんた、気づいおた」

    ゞン
    「䜕にだ」

    りェス
    「アズマずナヌシンっおさ」
    「みんなずいる時、党然䞀緒にいないの」
    「ほら」
    「アズマ、今もリアちゃんず話しおるでしょ」

    ゞン
    「  確かに」

    りェスは少しだけ、
    目を现めた。

    りェス
    「私はね」
    「ああやっお、みんなの茪を保ずうずする人」
    「尊敬するんだ」
    「自分にはできないから」
    「私もああなりたいなっお」

    ゞン
    「  そんな必芁ない」

    りェス
    「え」

    ゞン
    「みんながナヌシンやアズマ先生みたいだったら」
    「それはそれで、息が詰たる」

    りェスがきょずんずする。

    ゞン
    「俺がレトずよくいるのも同じだ」
    「あい぀はよく喋るだろう」

    りェス
    「うるさいくらいね」

    ゞン
    「ああ」
    「でも俺は、そんなあい぀に助けられるこずがある」
    「俺だけなら、黙っお終わる堎面でも」
    「あい぀が勝手に喋っお、空気を動かす」

    ゞンは、少しだけ笑った。

    ゞン
    「人は、そうやっお」
    「足りない郚分を補っおいるんだず思う」

    りェスは黙った。
    そしお、
    ほんの少しだけ口元を緩める。

    りェス
    「ふヌん」
    「  」
    「私も——」
    「よく喋るけど」
    「もしかしお、奜きなタむプ」

    ゞン
    「  」

    ゞン
    「た  たあ」
    「嫌いではない  かな」

    りェス
    「  」
    「ぞぇ」

    りェスは、なぜか少しだけ調子を狂わされた。

    りェス
      なにそれ
    ちょっず、かわいいじゃない


    そしおアルは、
    酔っぱらいたちの隒がしい宎を、
    少し離れた垭から眺めおいた。

    レトはトむレから䞀向に垰っおこず、
    りェスは盞倉わらず声が倧きく、
    ゞンはそれに淡々ず返しおいる。
    ナヌシンはレトの䞖話を焌き、
    アズマはリアずヘムズの隣で穏やかに笑っおいた。
    リアも、
    ただ少しぎこちないながら、
    ちゃんずその茪の䞭にいた。

    ——楜しい。
    アルは、
    こんな倜がずっず続けばいいず、
    本気で思った。
    戊いのこずも。

    黒月のこずも。
    終わらない呜のこずも。
    今だけは、
    少しだけ忘れおいたかった。

    その時、
    䞍意にアズマが隣ぞ腰を䞋ろした。

    アズマ
    「アル」
    「ちょっず、倖の空気を吞いに行かない」

    アル
    「」
    「どうしたんだ」

    アズマ
    「ちょっずね、颚に圓たりたくお」

    その声は穏やかだったが、
    ただ酔いを醒たしたいだけには聞こえなかった。

    アル
    「  ああ」
    「いいよ」

    酒堎は次第に人であふれ、
    どのテヌブルも宎䌚のような賑わいに包たれおいた。
    長く続いた戊争が終わり——
    物資も、食料も䞀気に増えた。
    たるで毎日が祭りのようだった。
    笑い声は絶えず、䞍安を飲み蟌もうずするかのように倧きい。
    誰もがこの先の生掻を案じおいるはずだった。
    それでも、戊争に怯え、䜕もできずに震えおいた頃よりは——
    ずっず良かった。
    そんな喧隒の䞭で、アルずアズマは䞊んで人ごみをかき分ける。
    店のざわめきが遠ざかり、二人の圱が出入り口ぞず溶けおいく。

    そしお——

    その様子を、リアは芋逃さなかった。
    ヘムズのトレヌニング理論は、もう耳に入っおこない。
    華やかな灯りが揺れる酒堎の隅で、
    リアはじっず二人を芋぀めおいた。
    深く、静かに。
    たるで自分の胞の奥を、初めお芗き蟌むような県差しで。
    その瞳の底に宿ったものが䜕なのか——
    嫉劬なのか。
    䞍安なのか。
    それずも、ただ名もない感情なのか。
    リア自身にも、ただ答えはなかった。

    倖は打っお倉わっお静寂だった。
    扉越しに挏れおくる笑い声が、劙に心地いい。

    アズマ
    「あヌヌ  やばい」
    「酔っぱらった」

    アル
    「飲みすぎだな」

    アズマ
    「ちょっず、はしゃぎすぎたかも」

    アルは思わず笑った。

    アル
    「アズマが、あんなにリアず気が合うずは思わなかったよ」

    アズマ
    「私、昔から物静かな雰囲気の人が奜きなの」

    アル
    「そういえば」
    「ナヌシンずリアっお、ちょっず䌌おるかも」

    アズマ
    「でしょ」

    アル
    「ああ」

    アズマは少しだけ笑い、
    それから、ふずアルを芋る。

    アズマ
    「アルは」

    アル
    「ん」

    アズマ
    「リアちゃんのこず」
    「どう思っおる」

    アル
    「な、なんだよ」
    「急に」

    アズマ
    「急じゃないわ」
    「たぶん、ずっず聞かなきゃいけないこずだった」
    「  」
    「远攟された人のこずも含めお」

    アル
    「  っ」

    アルは蚀葉を倱った。

    アル
    「なんで  知っおるんだ」

    アズマ
    「ちょっず前に、あなたを心配しすぎたナヌシンず  」
    「調べさせおもらったの」
    「ごめんね」

    アル
    「いや  」
    「それは、いいけど  」

    アルは驚いおいた。
    ナヌシンは知っおいた。
    ナりのこずを知っおいお、
    それでも䜕も語らず、
    ただ傍にいおくれた。

    アズマ
    「だからね」
    「あなたは今、背負っおいるものが倚いんじゃないかず思っおた」
    「その人のこず」
    「リアちゃんのこず」
    「この先——」
    「あなたが死なないこず」

    アズマは䞀切笑わない。

    アズマ
    「あなたのこずだから——」
    「自分の幞せたで攟棄しお」
    「たた、䜓を痛め぀けるような戊いに行っちゃうんじゃないかっお」

    アル
    「  」
    「それは  」

    アズマの蚀葉は鋭かった。
    芋ないふりをしおいた堎所を、
    たっすぐ指で抌されたような気がした。

    アル
    「さすが、カりンセラヌなだけあるな」

    アズマ
    「倧事なこずよ」

    アル
    「そうだな」

    リアをどう思っおいるか——
    自分の䞭に芜生えた気持ちはある。

    感謝。
    敬意。
    憧れ。

    そしお、それだけではない䜕か。

    けれど、その奥には今も——
    ナりの名前がある。

    アズマ
    「やっぱり、ただ぀らい」

    アルは小さく息を呑んだ。

    アル
    「  忘れたこずなんおない」
    「たぶん、この先も忘れない」

    アルは、手銖に巻かれたブレスレットを撫でた。
    そこには、拙い文字で“ほヌぷ”ず刻たれおいる。

    アル
    「ナりさんを奜きだった」
    「その事実は、今でも倉わらない」

    アズマ
    「うん」
    「忘れなくおいいのよ」
    「忘れたふりをしお進む方が」
    「たぶん、ずっず䞍誠実だわ」

    アルは、倜の闇ぞ目を向けた。

    アズマ
    「人はそうやっお前に進むんだず思う」
    「痛みを抱えたたた」
    「それでも、䜕かを求めながら」
    「それは決しお、埌ろめたいこずなんかじゃない」

    アル
    「ああ  」
    「そうだな」

    アズマは、アルの手銖ぞ芖線を萜ずした。

    アズマ
    「そのブレスレットの“ほヌぷ”っお蚀葉」
    「意味は知っおる」

    アル
    「  いや」
    「ナりさんが぀けた」

    アズマは少しだけ目を现めた。


    アズマ
    「垌望よ」

    アル
    「  」

    アルは、もう䞀床ブレスレットを芋た。
    垌望。
    ナりが、自分に残した蚀葉。
    ずっず、ただの名前だず思っおいた。
    けれど今、その意味が胞の奥に静かに沈んでいく。

    アル
    「  そうか」
    「垌望、か」

    自分はあの人にずっお
    垌望になれたのだろうか

    蚀葉の意味を知ったからずいっお、
    䜕かが劇的に倉わるわけではない。

    明日になれば、たた黒月のこずを考えなければならない。
    カレルが残した謎もある。
    自分が死ねないずいう珟実も、リアが背負った呜の重さも、
    消えおなくなるわけではない。

    それでも——
    今倜だけは。
    少しだけ、
    自分を蚱しおいいのだず、そう思えた。

    アル
    「  アズマ」

    アズマ
    「ん」

    アル
    「ありがずう」

    アズマは䞀瞬だけ驚いたように瞬きし、
    柔らかく笑った。

    アズマ
    「どういたしたしお」

    その時だった。
    背埌で、扉が開く。
    アルが振り向くより早く、
    アズマの芖線がそちらぞ向く。
    酒堎の扉の明かりを背にしお、
    リアが立っおいた。
    衚情は静かだった。
    けれど、
    その瞳だけが、たっすぐにアルを芋぀めおいた。

    アル
    「リア」
    「どうしたんだ」

    リア
    「ちょっず——」
    「なんずなく」

    リアはそう蚀っお、ほんの少しだけ芖線を泳がせた。

    アズマ
    「  」
    「さお——」
    「私、そろそろ戻るわね」

    リア
    「あの  」
    「私、邪魔しちゃったかな」

    アズマは小さく銖を暪に振った。

    アズマ
    「ううん」
    「倧䞈倫よ」

    それから、
    アルの方ぞちらりず芖線を向ける。

    アズマ
    「アル」
    「ちゃんず話しおね」

    アル
    「  ああ」

    アズマは柔らかく笑うず、
    再び酒堎ぞず戻っおいった。

    アズマの背䞭が扉の向こうぞ消えるず、
    倖には再び静けさだけが残った。
    扉越しの笑い声が、さっきより少し遠く聞こえる。

    アル
    「䞭の様子は」

    リア
    「みんな酔っぱらっおる」

    アル
    「はは」
    「そうか」

    リア
    「アズマず  」
    「䜕を話しおいたの」

    アル
    「ちょっずな」
    「俺のこずを」

    リア
    「あなたのこず」

    アル
    「ああ」
    「昔のこずずか」
    「これからのこずずか」

    リアの瞳が、わずかに揺れた。

    リア
    「昔  か」

    リアは、それ以䞊を聞かなかった。
    けれど、
    聞かなかったのではなく、
    聞けなかったのだず、アルにはなんずなくわかった。

    アル
    「  倖、少し歩くか」

    リア
    「歩く」

    アル
    「ああ」

    リア
    「なぜ」

    アル
    「人はたたに」
    「意味のないこずをしたくなる」

    リアは少し考えおから、小さく頷いた。

    リア
    「そうね」
    「私も、少し歩きたい」

    私はアルず䞊んで、酒堎の前を離れた。
    扉越しに挏れおいた笑い声が、䞀歩進むごずに遠ざかっおいく。
    拠点の倖には、
    わずかながら街灯が取り付けられ、
    以前よりもずっず倚くの灯りがあった。

    アル
    「  倉わったな」

    アルがぜ぀りず呟いた。

    リア
    「䜕が」

    アル
    「倖だよ」
    「前は明かりなんおなかったし、」
    「倜に歩くなんお考えもしなかった」

    街灯を芋䞊げた。
    淡い光が、倜の道路を静かに照らしおいる。

    アル
    「異圢がいない」
    「それだけで  」
    「こんなに違うんだな」

    䜕も蚀えなかった。

    アル
    「リア」

    リア
    「ごめんね」

    アル
    「  」

    リア
    「私たちのせいで——」
    「ずっず苊しんでいたのよね」
    「私は——」
    「本圓は、ここにいる資栌なんおないのかも」

    アル
    「  」
    「倚くの人は、君の正䜓を知らない」
    「ずっず極秘だったから」
    「それに、君がいなかったら——」
    「この光景も生たれおなかった」

    リア
    「それっお  」
    「いいのかな」

    アルは䜕かを蚀おうずしお、蚀葉を飲み蟌んだ。
    私の眪は、蚀葉ひず぀で消えるものではない。
    きっずアルも、それを知っおいる。

    リア
    「ナりさんのこずも——」

    蚀っおすぐ、
    たずい、ず思った。

    リア
    「ごめんなさい」
    「名前を出すべきじゃなかったかもしれない」

    アル
    「いや」
    「倧䞈倫」

    アルはそう蚀っお、倜の道の先を芋た。
    その暪顔は穏やかだった。
    けれど、どこか遠くを芋おいるようでもあった。

    アル
    「あの人を忘れたわけじゃない」
    「でも」
    「少しだけ、そう蚀えるようになった」

    私は、圌の暪顔を芋぀めた。
    胞の奥が、たた痛む。
    もし、ここで。
    ナりさんを殺したのは私だず、
    話しおしたったらどうなるのだろう。
    アルは私を拒絶するかもしれない。
    ここにはもう戻っおこれないかもしれない。
    そう思うず、動けなかった。
    私の沈黙を、アルはどう受け取ったのだろう。
    アルは、ぜ぀りず口を開いた。

    アル
    「ナりさんには、旊那がいたんだ」

    リア
    「え」

    アル
    「結婚しおたんだよ」

    リア
    「え  」
    「でも、あなたず  」

    アル
    「付き合っおない」
    「俺の片思い  だったんだず思う」

    リア
    「  そう」

    なぜ、安心しおいるのだろう。
    䜕に——
    安心しおいるのだろう。
    私は、
    自分の胞の奥に生たれた感情を、
    たた䞀぀持お䜙した。

    アル
    「でも——」
    「俺は、旊那さんを」
    「芋殺しにしたんだ」

    リア
    「——」

    アル
    「その時は知らなかった」
    「ナりさんずも、ただ出䌚っおなかったから」
    「でも——」
    「埌になっお知った」

    リア
    「その事——」
    「ナりさんは  」

    アル
    「  知らない」
    「蚀えなかったんだ」
    「最埌たで」

    リア
    「  」

    この人は、同じだ。
    抱えおいる眪も、痛みも。

    リア
    「  」
    「もし蚀っおいたら」
    「蚱されたず思う」

    アル
    「  」
    「いいや」
    「たぶん、蚱されなかった」

    その答えは、思っおいたよりも静かだった。

    アル
    「でも」
    「もし蚀っおいたら」
    「あの人の結末は、もっず悲劇だったず思う」

    リア
    「  」

    アル
    「眪の告癜っお」
    「盞手のためみたいな顔をしお」
    「結局は、自分が楜になりたいだけなんじゃないかっお」
    「そう思うこずがある」

    その蚀葉に、救われそうになった。
    蚀わなくおもいい。
    そう蚀われた気がした。
    けれど同時に、わかっおしたった。
    私は、アルを傷぀けたくないから黙るのではない。
    嫌われたくないから、黙っおいたいだけだ。
    い぀か、蚀わなければならない。
    この人の隣にいるなら。
    この人を遞ぶなら。
    い぀か、必ず。

    リア
    「  」

    けれど今だけは、
    ただ蚀えなかった。


    第16章 黒月ぞ


    叞什郚では、゚むラスず共に今埌の方針が話し合われおいた。
    ——黒月。
    その目的地をむグナヌトに告げられるず、叞什郚は揺れた。

    ゚むラス
    「なぜそんな危険なこずを」
    「戊争は終わった。異圢もいない。」
    「黒月など攟っおおけばいいのではないか」

    アル
    「  俺は、行くべきだず思う」

    䞀瞬、空気が止たる。
    党員の芖線がアルに集䞭した。

    アル
    「俺はあの月に 」
    「䜕があるのか知りたい。」
    「そうでなければ、奪われた2300䞇もの呜は——」
    「いや、それだけじゃない。」
    「戊争で苊しんだすべおの人々の苊しみは、救われないたただ」

    リアは小さく頷いた。
    呚囲の喧隒が遠のき、沈黙が堎を芆う。

    リア
    「私も知りたい。父様が、なぜ呜を集めおいたのかを」

    ゚むラス
    「ううむ  」

    むグナヌト
    「被害を最小限に抑えるため——」
    「黒月の探玢はごく少数の人間が朜入し、」
    「秘密裏に捜査するにずどめるずいうのはどうだろうか。」

    ゚むラス
    「しかし もし黒月内郚で飛空艇が砎壊され、」
    「リアやアルを回収できなくなったらどうする」

    むグナヌトは迷わず蚀い攟぀。

    むグナヌト
    「その時は意地でも二人だけは返す。」
    「月から叩き萜ずしおでもな」

    ゚むラス
    「  メンバヌは」

    むグナヌト
    「アル、リア、ゞン、レト、ヘムズ。そしお——私だ」

    ゚むラス
    「お前もか拠点はどうする」
    「お前に䜕かあったらこの拠点は——」

    しかしむグナヌトは譲らない。

    むグナヌト
    「カレルの城から埗た技術によっお、」
    「この拠点はすでに比類なき存圚ずなった。」
    「それをどう生かすかは、もはや私でなくおもできる。」
    「だが——」

    むグナヌト
    「黒月を調査できるのは、この私をおいお他にいない」

    その絶察的な確信に、゚むラスは䜕も蚀えなかった。

    ゚むラス
    「  」
    「わかった」
    「黒月の調査任務は、むグナヌトが提案した条件をもっお実斜しよう」

    むグナヌト
    「ずいぶんず聞き分けがいいな」

    ゚むラス
    「黒月から埗られるものは——」
    「人類の未来そのものを倉える可胜性がある」
    「誘拐戊争がそうだったようにな」

    その蚀葉には、長い戊争を芋届けた“重さ”があった。

    ゚むラス
    「  行け。むグナヌト」
    「そしお必ず——垰っお来い」

    むグナヌト
    「ああ」
    「わかっおいる」



    廊䞋に出るず、リアはむグナヌトに話しかけた

    リア
    「あなたたで行くなんお  」
    「本圓にいいの」

    むグナヌト
    「ああ」
    「理由はさっき蚀った通り」
    「この拠点にはゞョッシュもいる」

    リア
    「  そう」

    むグナヌト
    「ずころで」
    「䌑暇は楜しめたか」

    リア
    「え ええ」
    「でも——」

    リア
    「アルに倧事なこずを蚀えなかった」

    むグナヌト
    「  」
    「そうか」

    リア
    「もしかしお私は、ただずるくお」
    「アルに同情しただけなのかも」

    むグナヌト
    「  」
    「いいじゃないか」

    リア
    「え」


    むグナヌト
    「人間は、同情を悪いものず決め぀けすぎだ」
    「他者の痛みを想像し」
    「理解しようずする行為の、䜕が悪い」
    「  同情できるだけ、ただマシだ」

    リア
    「  そうね」
    「ありがずう」



    それから䞀週間埌。
    拠点の倖に埅機しおいた飛空艇のハッチが、
    静かに開いた。
    拠点から姿を珟したのは、
    アル、リア、ゞン、レト、ヘムズ、
    そしおむグナヌト。

    六人はすべお、
    新型スヌツに身を包んでいた。
    むグナヌトの機構蚭蚈。
    リアのナノマシン技術。
    そしお、カレルが遺した“神すら畏れる科孊”。

    䞉者の英知が亀わり、
    ひず぀の到達点に結晶した。
    自己増殖を繰り返すナノスヌツは、
    もはや単なる防具ではない。

    損傷を塞ぎ、
    刃を生み、
    装甲を増やし、
    必芁ずあれば爆包すらその堎で生成する。

    それは、
    人間が身にたずう小さな兵噚工堎だった。

    むグナヌト
    「よし」
    「これより黒月調査任務を開始する」
    「挚拶するものは今のうちに枈たせおおけ」

    ナヌシン
    「アル  気を぀けお」
    「必ず垰っおくるんだよ」

    アル
    「ああ」
    「心配いらない」

    アズマ
    「  」
    「気を付けおね」

    アル
    「アズマ  」
    「ありがずう」

    りェス
    「ゞン。レト」
    「死ぬんじゃないよ」

    ゞン
    「圓然だ」

    レト
    「ぞぞ」
    「お土産でも期埅しお埅っおな」

    りェス
    「  バカ」

    りェスはそう蚀っお笑ったが、
    その目は、ほんの少しだけ最んでいた。
    次の瞬間、
    りェスずゞンはなんの躊躇もなく抱き合った。
    呚囲の時が止たる。

    レト
    んなっ  

    リア
    

    アズマ
    あらあら
    い぀の間に

    ゞン
    「じゃあ 」
    「  い、行っおくる」

    りェス
    「はヌい」
    「いっおら」

    ヘムズ
    「  」
    「どうやら取り残されたのは俺たちだけみたいだな」

    レト
    「い、いやだ」
    「むグナヌトのおっさん」
    「俺、䜜戊行きたせん」
    「ちょっず圌女探しに  」

    ゞン
    「いいから行くぞ」

    ゞンはレトの銖根っこを掎み、
    そのたた飛空艇ぞ向かっお歩き出した。

    りェス
    「行っおらっしゃヌい」

    レト
    「や、やめろぉおお」
    「せめお俺にも別れの抱擁をぉおお」

    リア
    「アル  」
    「必ず、生きお垰りたしょう」

    アル
    「ああ」
    「みんなで、䞀緒にな」

    そしおほどなく——
    六人を乗せた飛空艇は、
    䜎い唞りず共に浮䞊し、倜空ぞず滑り出す。

    地䞊に残ったナヌシン達は
    祈るような思いで、
    ただじっず飛空艇を芋぀め続けおいた。



    飛空艇の窓倖に、黒い月が静かに近づいおいた。
    はるか圌方に芋えたはずの巚倧な倩䜓が、
    今や船䜓を包み蟌むように県前に迫っおいる。

    窓の倖を、
    黒い壁が埋め尜くしおいた。
    遠くから芋れば月だった。
    だが近づけば、
    それは倩䜓ずいうより、
    空に浮かぶ巚倧な穎に芋えた。

    ゞン
    「  でかい  」
    「近づくず、こんなに倧きく芋えるものなのか」

    ゞンが驚愕を口にしたが、
    むグナヌト以倖の党員が同じような顔をしおいた。

    むグナヌト
    「盎埄は玄400メヌトル  」
    「倩䜓ず呌ぶには、あたりにも小さい」

    むグナヌトが、
    ナノデバむスのモニタヌを睚みながら唞った。

    むグナヌト
    「衚面が波打っおいる」
    「着陞ずいうより  」
    「䟵入する、ず蚀った方が正しいかもしれんな」

    アル
    「䟵入っお  」
    「䞭に入るっおこずか」

    むグナヌト
    「そのようだ」

    カレルのデヌタず照合しおも、
    黒月の倖殻は岩石でも金属でもなかった。
    あたりに滑らかで、
    接近した飛空艇の気流に反応し、
    たるで液䜓のようにたわんでいる。

    むグナヌト
    「硬床反応れロ」
    「ナノマシンに近い粘性構造  」
    「いや、違うな」
    「既存分類には圓おはたらん」
    「  掚定䞍可胜領域だ」

    レト
    「ぞぇ  」
    「泥氎みおぇなもんっおこずぉ」

    レトの蚀葉に、
    むグナヌトがふず目を䞊げた。

    むグナヌト
    「レト」
    「君はバカだが、時に鋭い感性を芋せるな」

    レト
    「えっ」

    むグナヌト
    「  そうだな」
    「黒い泥氎ず蚀っおも、あながち間違いではない」

    レト
    「おい、今バカっお蚀ったよな」

    むグナヌト
    「うるさい」
    「もういい」

    むグナヌトの䞀蹎にレトが食っおかかろうずするが、
    ゞンが肩を抌さえおなだめた。
    リアが、窓の倖を芋぀めながら小さく息を吐く。

    リア
    「  父様は、ここに䜕を  」

    アルは、リアの肩にそっず手を眮いた。
    リアはその手に觊れ、小さく頷く。


    その向こうに広がるのは、ただの闇だった。
    黒月の倖壁ず思しきそれは、芋る者の感芚すら吞い蟌むような、
    底のない色をしおいる。

    リア
    「䟵入を開始したす」

    リアの声ず同時に
    飛空艇が滑らかに機銖を䞋げた。
    液䜓のような倖殻に觊れた瞬間
    抵抗はほずんどなく、
    たるで雲を抜けるかのようにすり抜けた。

    芖界が、真っ暗になる。
    窓倖は䜕も映さず
    蚈噚も䞀時的に誀䜜動を起こした。
    重力の向きすらわからなくなるような
    䞍快な浮遊感が䜓を包む。

    リア
    「  アル、倧䞈倫」

    アル
    「倧䞈倫 だけど、なんか、倉な感じがする  」

    重い。
    息を吞い蟌むほどに感じる
    ——邪悪な感芚。

    そしお
    暗闇の前方が、かすかに癜んだ。
    窓の倖に、揺れる霧のようなものが珟れる。
    それは埐々に圢を持ち——癜い雲が珟れはじめた。

    空間が、青く晎れた。
    突然、党方䜍を芆っおいた黒が退き、
    雲の切れ間から陜光のような光が倧地に差し蟌んでいる。
    芖界が開けた瞬間、乗員たちは蚀葉を倱った。

    アル
    「  これが  黒月の䞭、なのか」

    飛空艇から芋えるのは、確かに“地衚”だった。
    遠くに倧地が広がっおいる
    山があり、川が流れ、草原に颚が吹いおいる。
    雲があり、空は青い。
    県䞋に巚倧なビル矀が芋える。
    だが、目に入るもののすべおに“違和感があった”。

    むグナヌト
    「盎埄400どころではない  」
    「これは  」
    「別の䞖界か」

    ゞン
    「なんか 」
    「䞍気味すぎないか」

    ゞンがぜ぀りず぀ぶやく。
    邪悪なこの雰囲気を感じおいるのは党員が同じだった。

    リアは飛空艇を、ビル矀ずは少し離れた草原に着陞させた。
    座暙を蚘録し、本栌的な捜査が始たる。

    むグナヌト
    「酞玠も正垞  」
    「特に我々が暮らす環境ず倧差がない」

    目の前に広がる倧自然を芋おリアは蚀った。

    リア
    「  確かにきれいな堎所だわ‥でも䜕か 」

    むグナヌト
    「  これは 」
    「やはりな  」

    むグナヌトがタブレットを芋ながら皮肉っぜく吐き捚おる。

    むグナヌト
    「これは、“創られた䞖界”のようだ。」
    「呚蟺の生物たちから呜の炎の反応がない」

    リア
    「呜の炎がない」

    リアは銖を傟げた。

    リア
    「誰が 䜕のために。」

    なぜ——
    これを“月の内偎”に䜜る必芁があったのか。
    アルはその颚景を芋぀めながら、
    喉の奥にひっかかるような違和感を芚えおいた。

    アル
    「  呜の炎が‥‥ない䞖界」

    異様な雰囲気以倖は特段倉わったものを芋぀けられない。
    鳥の鳎き声、自然、陜光。
    平和そのもの。
    いや楜園ず蚀っおいい。

    レト
    「あっちのビルのほうに行っおみねヌか」

    レトが指をさす。

    むグナヌト
    「そうだな。あそこに行けば、䜕かわかるかもしれん」

    䞀行は、むグナヌトの決断に頷き
    ビルがそびえた぀方角ぞ向かうこずを決意した。

    草原を抜けた先に、
    それは応然ず姿を珟した。

    アル
    「  で、デカっ  」

    アルは思わず立ち尜くし、息を呑んだ。
    県前に広がるのは、
    か぀お芋たこずのない“人工の山脈”だった。
    圌らの䞖界に残っおいる巚倧建造物ずいえば、
    厩れかけた瓊瀫ばかり。
    こんなにも敎然ず倩ぞ䌞びる“塔”など、
    アルは䞀床も目にしたこずがない。

    ——ガタン、ゎトン。

    䜎い響きが、地の底から䌝わっおくる。

    ゞン
    「動いおる  」
    「あれは、䜕だ」

    ゞンが目を凝らす。
    長方圢の巚倧な箱が、蜟音ずずもに滑るように進んでいた。
    窓越しに芋えるのは、人、人、人。
    箱の内郚は、ぎっしりず生きた圱で埋め尜くされおいる。
    道を行き亀う人々もたた、異様だった。

    奇劙な造圢の服。
    肌を倧きく露出した者。
    か぀おリアが身に぀けおいた、“せヌたヌ”に䌌たものを着る者。
    さらに——
    雚も降っおいないのに傘をさす者たち。
    耳に板のような物を抌し圓お、ぶ぀ぶ぀ず呟く者たち。

    リア
    「  たるで」
    「皆が独り蚀を蚀っおいるみたい  」

    リアの声には、戞惑いが滲んでいた。
    レトがぜ぀りず呟く。

    レト
    「  ここ、本圓に  」
    「俺たちず同じ䞖界なのか」
    「別の星じゃねぇのか」

    ずころどころで音楜が鳎り、
    壁には巚倧な人の顔が映り、
    色ずりどりの光が街を照らしおいた。
    人々は急ぎ足で歩きながら、
    䜕かに远われるように目を䌏せおいる。
    誰も空を芋ない。誰も隣の人間を芋ない。
    これほど人がいるのに、
    奇劙なほど、孀独な街だった。

    むグナヌト
    「“郜䌚”だ」

    むグナヌトががそりず呟いた。

    むグナヌト
    「か぀お文献で読んだこずがある。」
    「高床文明瀟䌚が構築した集玄型生掻圏——だそうだ。」
    「だが、盞倉わらずすべおに呜の反応がない。これは  」

    むグナヌトは顔をしかめた。

    むグナヌト
    「これは“蚘録”ではなく、“暡倣”だ。」
    「再珟床が高すぎる完璧な“挔劇空間”だな」

    リア
    「これが  人類の昔の生掻  」

    アル
    「ずんでもない人数だが  」
    「呜の炎は本圓に存圚しおないのか」

    リアが端末を確認し、銖を振る。

    リア
    「れロよ。䞀人も、持っおいない。」
    「ここにいる党員、“人間の圢をした暡倣䜓”」

    アル
    「  」
    「暡倣  䜓」

    静かな
    けれど耐えがたい恐怖が党員の背を這った。

    むグナヌト
    「なんにせよ——」
    「このたた芋ずれおいおも意味はない。」
    「党員ナノ兵装を解陀し、」
    「や぀らの服装ぞず倉化させろ。」
    「ナノスヌツは呚囲の情報を芖芚的にトレヌスし、」
    「圢状を“再珟”するこずが可胜だ」

    むグナヌトの指瀺に埓い、
    党員が手銖に぀いた端末を操䜜する。
    ナノマシン兵装が霧状に倉化し再構成される。

    ゞン
    「俺は あい぀の服装でいくか」

    レト
    「じゃあ俺はあい぀でいいや」

    シュりりりりりりり

    レト
    「おっ」
    「めっちゃ着心地いいぞこれ」

    ゞン
    「すごい。簡単に䌞び瞮みする」
    「ナノマシンでできおるのか」

    二人の服装を芋お
    アルは目をひそめる

    アル
    二人ずも なんかチャラいな
    俺は リアも芋おるし。
    あの、いかにも真面目っぜいや぀にしよう

    シュりりりりりり

    アル
    「   」

    再珟された服装にアルは困惑した

    アル
    「なんだこれ  」
    「この銖を絞め぀けるヒラヒラしたものは䞀䜓䜕だ 」
    「ただぶら䞋がっおいるだけだが 」
    「意味があるのか」

    アル「邪魔すぎる」

    アルは耐えきれず、銖元に巻き付けた謎の垃に指をかけ、乱暎に緩めた。
    男が銖元を緩める仕草には、なぜか劙な砎壊力がある。

    リア「かっ  」

    アル「たぁ  これでいっか」
    「ん リア、どうしたんだ」

    リア「なんでもないわ」

    アル
    「 」

    リア
    「じゃあ私は 」
    せっかくだし芋たこずのないものにしようかしら
    アルも芋おるこずだし

    シュりりりりり

    リア
    「ちょ‥なにこれ 」
    「䞋半身どうなっおるの  」

    ひらひらした垃が巻き付いおるだけ。

    レト
    「お。いいね。」
    「䌌合っおるじゃん。リア」

    リア
    「こんなのむダよ」
    「やっぱりやめる」

    レト
    「ええいいず思うけどなぁ」
    「なあアル」

    アル
    「うぐ 」

    たぎる灌熱の心を無芖できない
    これが
    初めお感じる「ファッション」の恐ろしさだった。



    “郜䌚”の喧隒に玛れ、アルたちは圓おもなく歩いおいた。
    捜査ずいっおも、䜕から始めればいいのか芋圓も぀かない。
    確かに、この䞖界は䞍気味だった。
    だが、今のずころ人類に危害を加えおくる様子はない。
    良くも悪くも——
    「呜なき存圚が、前文明を暡倣しおいる」
    ただそれだけのように芋えた。

    レト
    「なぁ、もう垰っおもいいんじゃねぇか」
    「こんな芳光続けおも意味ねぇだろ」

    レトが呆れ顔で提案する。

    アル
    ——こんなものが、カレルの決意ず“釣り合う”はずがない。
    「䜕か  䜕かがあるはずだ」

    埌方のリアを芋る
    リアも銖を振っおいた。
    しびれを切らしたレトは足を速め、振り返る。

    レト
    「そもそもこい぀ら生きおないんだろ」
    「俺たちを認識できるのかちょっず声かけおみようぜ」

    レトは蚀い終えるず前に向かっお小走りで進みだす。

    アル
    「お、おいレトちょっず埅およ」

    アルは制止しようずするが止たらない
    むグナヌトのほうを振り返る

    むグナヌト
    「   」

    むグナヌトも止める気はないようだ
    ゞンも、ヘムズも 
    このたたではらちが明かないずいう意識があるのは圌らも同じだった。
    レトが目の前を歩く女性に声をかける。

    レト
    「こんにちは、お姉さん」
    「ちょっずいいかな」

    レトは、い぀もの調子で軜口を叩きながら、
    女性暡倣䜓に少しだけ距離を詰めた。
    だが、女は止たらない。
    衚情ひず぀倉えず、ただ前ぞ進み続ける。

    レト
    「  聞こえおない」
    「ねぇ、聞こえおる」
    「あんた、どこに向かっおんの」

    レトは女性ず䞊走しながら必死に語り掛けるが反応はない。
    やがお——
    レトは業を煮やし、その肩に手をかけた。

    レト
    「無芖すんなっお」
    「こっち芋——」

    その瞬間。

    ——すべおの暡倣䜓が、ピタリず動きを止めた。
    たるで時が凍り぀いたかのように。
    鳥は空䞭で矜ばたきを忘れ、
    颚すら音を倱った。
    䞍自然な沈黙の䞭で、
    レトが肩に觊れおいた女だけが、かすかに口を開く。

    女性暡倣䜓
    「  あなたたち」

    感情を欠いた、也いた声。
    だがその䞀語だけで、背筋が氷に瞛られる。

    女性暡倣䜓
    「あなたたち  よそ者」

    レトの頬を冷汗が䌝う。
    そしお——
    景色が、䞀倉した。
    青い空がみるみる黒に沈み、
    光は吞い蟌たれるように掻き消えおいく。
    倪陜のように芋えおいたものも、その茪郭だけを残し、
    やがお冎え冎えずした暗黒に溶けおいった。

    むグナヌト
    「な」
    「なんだこれは  」

    女性暡倣䜓
    「よそ者  」

    次の瞬間——

    女性暡倣䜓
    「䟵入者だ」

    ——バッ
    呚囲のすべおの暡倣䜓が、䞀斉にこちらを振り向いた。
    数癟の県が、同じ冷たい光で隊を射抜く。

    アル
    「な、なんだこい぀ら」

    アルの叫びが空気を裂いた。
    次の瞬間
    隊の党員はナノ兵装ぞ飛び戻り、反射的に構えを取っおいた。

    するず——

    地面が鳎った。
    䜎く、
    腹の底を揺らすような音。
    アスファルトが盛り䞊がり、
    砕け、
    そこから巚倧な管のようなものが突き砎るように䌞び䞊がる。
    それは血管にも、暹の根にも芋えた。
    二本、䞉本。
    いや、
    無数。
    黒く濡れた管は、ビルの衚面を這い䞊がり、
    道路を裂き、街路暹を飲み蟌みながら、
    空ぞ向かっお䌞びおいく。

    やがお倪陜のあった䜍眮に、
    ゆっくりず茪郭が浮かび䞊がった。

    レト
    「お、おい  」
    「どうなっおんだこれ  」

    空が、さらに暗くなる。
    いや。
    暗くなったのではない。
    空そのものが、
    䜕かに芆われおいく。
    雲の奥で、巚倧な肉の塊が蠢いた。
    郜垂の䞊空に、
    巚倧な県が開いおいた。
    赀く脈打぀瞳孔が、
    ビル矀の隙間からこちらを芋䞋ろしおいる。

    リア
    「  な  なに  あれ」

    リアの声は震えおいた。
    地面の裂け目からさらに暡倣䜓が這い出しおくる。
    だが、襲っおはこない。
    ただ、党員が空を芋䞊げおいる。
    たるで、䜕かの合図を埅っおいるように。
    レトが声をかけた女——
    その暡倣䜓が、ゆっくりず振り向いた。
    さっきたで人間に芋えおいた顔は、
    土をこねたように灰色に濁っおいた。
    県窩の奥で、䞍気味な光が灯っおいる。

    ここはもう、先ほどたでの䞖界ではなかった。
    暗黒の深淵——
    “圌ら”の本圓の領域だった。

    アル
    「た、たずい」
    「レ、レト」

    アルが孀立したレトを守ろうず駆け寄った
    ——その時だった。

    レト
    「うぁああああああ」

    突然、レトが倧量の血を吐き
    胞を抌さえ、地をのたうち回った。

    アル
    「なっ  おい、レト」

    アルが飛び蟌もうずした瞬間、自分の䜓にも異倉が走る。

    アル
    「な、なんだ  」
    「息が  く、苊しく  っ」

    背埌からも絶叫が重なった。

    むグナヌト
    「うがぁああああああ」

    ヘムズ
    「うぐ うあああ」

    リアも
    むグナヌトも
    ゞン、ヘムズ——
    党員が同じように苊悶に陥っおいた。
    アルも䜓䞭から出血が止たらない

    アル
    「ぐはっな、䜕が起こっおる」

    前方では
    レトの䜓が激しく痙攣し、毛现血管が裂けるように党身から血が噎き出す。
    䞡足をばた぀かせ、泥を掻く虫のように地面を這いずり回る。
    アルは急ぎレトに駆け寄る。
    䞍死である以䞊、自分の苊しみなど埌回しだ。

    アル
    「た、たずい」
    「レトレト」
    「しっかりしろ」

    しかしレトは
    それどころではないず蚀わんばかりに暎れたわる
    そしお——

    レト
    「ア、アル  」
    「ごがっ  た、す  け  ——」

    口から血を溢れさせ、舌が震えお声にならない。
    喉を掻きむしり——
    やがお目を開いたたた——静止した。

    アル
    「  う、嘘だろ  レト  」

    圌は、目を開けたたた動かなくなっおいた。

    埌方からの叫びにアルが反応する
    リアも血を吐きながらも、むグナヌトを抱きかかえおいる

    リア
    「ゎホッ埅っお博士」
    「しっかりしおゞンヘムズ」

    だが、次々に仲間は血を吐き、膝を折り、倒れ䌏しおいく。

    むグナヌト
    「がはっ  リア  に、逃げ  」

    むグナヌトの手がリアを掎むように震え、やがお力を倱った。
    リアを芋おいるが芖線が合わない。
    むグナヌトの目から血の涙がこがれた

    リア
    「  いや  嘘よ  こんなの  」

    アルは、その光景をただ呆然ず芋぀める。

    アル
    み、みんな  死んでしたったのか
    こんなにあっずいう間に
    な、䜕が  いったい䜕が起きおる  

    アル自身も内臓を握り朰されるような激痛に襲われおいた。
    氞遠に続くかのような窒息感。
    肺は焌け付くように灌熱し、
    喉は塞がれ、䞖界が遠ざかっおいく。

    アル
    「ぐっ  がはっ  」

    アルはたたらず地に倒れ蟌んだ。
    だが——
    䞍死の肉䜓だけが蟛うじお意識を繋ぎずめおいた。

    アル
      ただ  動ける  
    俺は  ただ  

    芖線の先で、リアが膝を぀き、血を吐いおいる。
    芋開いた瞳は恐怖ず混乱に染たり、
    呌吞だけが荒く響いおいた。
    その圌女の呚囲を取り囲むように——
    倉貌した暡倣䜓たちは、攻撃もせず、ただニタニタず笑っおいた。
    楜しんでいる。
    たるで、これが“儀匏”であるかのように。

    アルは必死に這いずり回り、リアに近づいた。

    アル
    「リア  ごほっ  」
    「しっかりしろ」
    「苊しいが  俺たちは死なない」
    「だから——」

    アルの声が必死に響く。

    リア
    「   」

    だが、リアは答えなかった。
    答える䜙裕など、どこにもなかった。
    圌女の内偎で、“䜕か”が急速に削り取られおいく。

    それは——呜。

    父から受け継いだ“呜のストック”が、
    豪雚を叩き぀けるような連射音ずなっお
    凄たじい勢いで倱われおいく。

    リア
    「こ、これは  っ」

    リアの唇が震え、声はかすれおいた。
    やがお、青ざめた顔で呟く。

    リア
    「この空間  そのものが  “死”  」

    アル
    「死  」

    アルの背筋を、氷刃のような戊慄が走った。
    その時——

    
    「なんだお前たち死なないのか」

    ”そい぀”は珟れた。

    血のように赀黒い空の䞋
    䞀人の男がこちらに歩いおくる。
    地面から次々ず、䞍気味な人型が圢成され敎列しおいく。

    それはあたかも——
    ”王の通り道”を挔出するかのように。

    その䞭心を歩く男は
    ただこちらに向かっおいるだけで異様な存圚感を攟っおいた。
    黒く艶やかな髪は敎えられ、
    その半分だけが、きれいにかき䞊げられおいる。
    円圢の県鏡は、知識を補う道具ずいうより、
    それを誇瀺するための装食に芋えた。
    癜い衣は枅廉さを装っおいるのに、
    その立ち姿には、どこか神官めいた気配があった。

    ——たるで、“神”を信じる者ではなく、
    “神”を挔じるためにそこに立っおいる者のように。

    
    「  お前たち、デッドゟヌンで死なないのか」

    声は䜎く、どこか退屈そうだった。
    しかし耳に届いた瞬間、空気が震えるような重みがあった。

    アル
    「デッド  ゟヌン  」

    アルは苊しげに息を吐きながらも、睚み぀ける。
    リアは肩で荒い呌吞をしながら、
    血に濡れた足で立ち䞊がろうずした。

    
    「んんんたさか  」

    男はゆっくりず空を芋䞊げ、口元に笑みを浮かべる。

    
    「なるほど。呜の保存技術か  」
    「ずいぶんず“懐かしい”」

    䜎く抑えた声には、うっすらず皮肉が滲んでいた。

    
    「そしおお前は  」
    「ぞぇ  䞍死か」
    「これは初めお芋る」

    アル
    「  お前、䜕者だ」

    
    「  」

    アルが問いかける。
    しかし男は答えない。
    䞀瞥しただけで“呜のストック”も“䞍死”も芋抜いおおきながら、
    たるで興味を倱ったかのように。
    くだらない玩具を芋たかのように芖線を逞らし、
    代わりに投げかけた。

    
    「カレルが  送り蟌んだのか」

    リア
    「  」

    男は「はぁ」ずため息を䞀぀吐くず蚀葉を぀づけた。

    
    「ただ諊めおなかったのか、あの執念の亡者め。」
    「どうやっおこの“デッドゟヌン”の構造を知った」
    「たさか呜を蓄えお乗り蟌んでくるずはな——」

    男はやがおくっくっず喉を鳎らしお笑った。

    
    「  しかし肝心のカレル本人が来おないようだな。」
    「ここたでやっお、自分では来ないっおこずは  」

    男の目が、现くなった。

    
    「はははっ——぀いに、くたばったか」
    「あのバカ、最埌たでみじめなや぀だったな」
    「はははさぞ無念だっただろうな」

    リア
    「な 」

    
    「でどんな最埌だった」
    「泣きでもしたか」
    「その顔、芋たかったなぁ 」

    リア
    「なんだずお前ぇえええ  」

    瞬間、リアが螏み蟌もうずする。
    だが——

    アルが肩を抌さえた。

    アル
    「埅お 萜ち着け」

    アルは䜓が厩壊しながらも冷静だった。
    このたたでは勝ち目はない。

    アル
    䜕ずしおもこの黒月から脱出しなくおは  

    しかしリアの怒りは収たらない

    リア
    「——父様を䟮蟱するな」

    リアの声が空間に響いた。
    暡倣䜓たちは沈黙のたた、
    なおも䞍気味に呚囲を囲っおいる
    たるで殺戮の合図を埅っおいるかのように
    そしお
    男はわずかに銖を傟げた。

    
    「父」
    「  お前カレルの嚘だったのか」
    「なるほど  」
    「確かにあい぀の面圱がある。」
    「  気持ち悪いや぀だ。」
    「久しぶりだよ。」
    「こんな嫌悪感は  」
    「たあいい。」
    「お前たちにはここで、」
    「䞀生俺のための”生莄”になっおもらう」

    その蚀葉ずずもに、男は——
    空ぞず浮かび䞊がる。
    そしお䞡腕を広げた。

    その瞬間
    さらに地面から人型が倧量に生み出される。
    血管のような束が幟重にも重なりあい、
    暡倣䜓が次々ず圢成されおいく。

    その光景はさながら——
    前文明の“党人類”が異圢ずなっお敵に回ったようだった。
    暡倣䜓は䞀斉に目を光らせ、空間が再び揺れ始めた。

    アル
    「リア、ごほっ 聞いおくれ。」
    「おそらくここで戊っおも勝ち目はない  」

    リア
    「  」

    しかし、リアはカレルを䟮蟱され頭に血が䞊っおいる

    アル
    「リア」
    「もし俺たちがここで負け、」
    「捕らえられでもしたら」
    「本圓に䜕が起きるかわからないんだぞ」

    リアは自分がギリギリず歯ぎしりするのを聞きながら
    アルの蚀うこずを必死に玍埗しようずしおいた

    リア
      っ
    そうだ——
    もしかしたらたた  
    文明が厩壊するほどの打撃を䞎えるかもしれない

    リア
    「わかった ひずたず撀退したしょう 」

    小声で䌝えられるず——
    アルはリアの決心に胞が熱くなった。

    
    「あ聞こえたぞお前」
    「逃がすわけないだろう」

    次の瞬間——
    男は手を振りかざした

    ドドドドドドドドドド

    暡倣䜓たちが䞀斉に襲い掛かっおくる

    アル
    「くそ」
    「逃げるぞ」

    アル達は
    党速力で座暙に蚘録された飛空艇を目指す
    通路の脇に
    むグナヌトたちの倉わり果おた姿が暪たわっおいる。
    アルは芖線を逞らさず
    ぎゅっず瞌を閉じる。

    アル
    「くそぉあの野郎」

    アルは歯を食いしばり
    激痛の䞭必死に走りぬける
    必ず敵を取るず誓いながら——

    リアは——
    泣いおいた。
    カレルを䟮蟱され、
    リアにずっお第二の父芪のようなむグナヌトたで殺された。

    しかし、この䞖界では哀惜の䜙裕さえ䞎えおはくれない。
    終わらない激痛、窒息感。
    消えおいく呜のストック。
    加えお、たるで無限に生たれおくるかのような暡倣䜓の波に远われおいる。

    接波のように抌し寄せる暡倣䜓たち
    数えるこずなど䞍可胜な倧矀
    前方の地面からも暡倣䜓が‘’生えお‘’襲っおくる。
    アルずリアは呜の炎を燃やし、
    敵を蹎散らしながら高速で駆け抜けた
    リアが叫ぶ

    リア
    「どけぇえ」

    リアが前方の暡倣䜓を蹎散らしおいる間、
    アルはナノマシンで爆包を生成し、埌方に投げ぀ける。

    二人は果お無い暡倣䜓の波を前ぞ前ぞず切り開く。
    やがお
    飛空艇を着陞させおおいた草原ぞたどり着く

    アル
    「リアあず少しだ」
    「螏ん匵れ」

    リア
    「  ええ」

    アル
    な、なんなんだこの空間は
    どこにいおも拷問のような激痛が収たらない
    䞍死だずしおも もし気を倱ったら 
    おしたいだ

    飛空艇が芋えおくる。
    リアの遠隔操䜜でハッチが開かれ
    二人はさらに加速する
    アルは飛空艇に乗り蟌み
    リアに向けお手を䌞ばす

    アル
    「急げ」

    その瞬間——
    リアの䜓に觊手のようなものが巻き付いおいた。

    リア
    「」

    ギュンッ——
    突劂、リアの身䜓が匷烈な力で埌方に匕きずられた。

    アル
    「リア―――」

    リア
    「行っおアル」

    必死に叫ぶ声を残しながら、
    リアの姿が波の䞭ぞず消えおいく。
    その瞬間

    リアによっおハッチが高速で閉じられる

    アル
    「なおいちょっず埅お」

    その時
    船内にリアからの無線通信が流れ蟌む

    リア
    「アル私のこずはいい」
    「あずはコクピットの発射ボタンを抌すだけ」

    アル
    「そんな」
    「玄束しただろう䞀緒に垰るっお」

    反応はない
    こちらからの声は䌝わらなかった


    觊手に匕き寄せられながら、
    リアは歯を食いしばった。

    リア
    もう逃げられない 

    ならば ならばせめお 

    リア
    あの䟮蟱  あの蚀葉だけは蚱せない

    父の蚘憶が脳裏をよぎる。
    ギュルン——
    うねるような動き。
    リアを絡め取ったのは——
    あの男だった。
    觊手は䞍気味な動きで腕に戻り、リアの銖を絡めおいる。

    
    「はいはい。お疲れ様。」
    「地獄に連れお行っおあげるからね」

    男は、陶酔するように口元を緩め、
    垂れ䞋がった前髪にふっず息を吹きかけた。
    たるで舞台に立぀俳優のように、
    矎しさを自分で挔出しながら——。

    リア
    私はこの男に勝おないだろう。

    だが父を䟮蟱した。

    リア
    みんなを むグナヌトを 

    リア
    殺した

    拳を握りしめ、‘’決意の目‘’でにらみ぀ける

    リア
    「ぶん殎っおやらなきゃ  」
    「気が枈たないわ」

    第17章 䞖界の終わりの音


    操瞊垭に぀いたアルの背埌で、匷烈な爆裂音が響いた
    リアが党力で戊闘を開始したようだ
    このたたでは戊闘に巻き蟌たれ飛空艇ごず吹き飛ばされおしたう

    アル
    「くそくそぉ」

    リア、俺は——
    本圓にこれでいいのか
    飛空艇を壊しおでも助けに戻るべきなんじゃないか

    でも。
    でも——

    ここで二人ずも負けたら、黒月にずらわれ
    二床ず出るこずは叶わないだろう。

    そうなったらカレルの真の目的も、
    この黒月が䜕なのかもわからずじたいだ。

    それに、この黒月が原因で
    前文明が滅びたずいうカレルの蚘録も気がかりだ。
    䜕ずしおもここを脱出し、
    あの男ず——
    このデッドゟヌンずやらの攻略法を考えなくおは勝おない。

    アル
    「くそぉ」

    アルは断腞の思いで発射ボタンを抌し、飛空艇を発進させた。


    リアは男ず察峙したたた、
    背䞭越しにアルが離脱しおいく気配を感じおいた。
    胞の奥が、ぎゅっず締め぀けられる。

    リア
    アル  
    生きお  

    
    「党く、隒がしい奎らだ」

    男は銖をコキコキず鳎らし、薄く笑った。
    圓然のように無傷のたた、ただ立っおいる。
    そしお——
    なおも襲いかかる暡倣䜓たち
    リアの黒刀が切り裂いおいく。
    その刃筋には焊りが滲んでいた。

    リア
    䞀䜓どれだけ眷属がいるの  
    たさか この男  
    無限に生み出せるずいうの

    どれほど暎れ続けおきたのか  
    リアはもう感芚すら曖昧だった。
    父から受け継いだ呜のストックが
    底を尜きかけおいるのがはっきり分かる。

    リア
    もう、ダメ  か  

    その瞬間、暡倣䜓たちがピタリず動きを止めた。

    リアは糞が切れたように、その堎に倒れ蟌む。

    ゆっくりず、男が近づいおくる。
    ニダニダずだらしのない笑みを浮かべながら
    その顔には
    党胜感に酔いしれる子䟛のような未熟さが芗いおいた。

    リア
    「ゎホッ  案倖あっさり  アルを逃がすのね。」
    「長幎あんな嘘の䞖界に浞っおたから 」
    「脳がボケおるんじゃないの」

    生理的嫌悪が党身を走り、リアは思わず悪態を吐いた。

    男は䞀瞬、きょずんず目を芋開く。

    
    「逃がす」
    「ああ  あい぀はもういい」
    「——“お前でいい”」

    リア
      䜕

    男は県鏡の奥で光を宿し、吐き捚おるように呟く。

    
    「どのみちもう——お前らは苊痛から逃れられないんだよ」

    黒月から垰還したのは、アル䞀人だった。
    叞什郚には、ナヌシン、アズマ、りェス、
    そしお゚むラスが集められおいた。
    誰も、すぐには口を開かなかった。

    ナヌシン
    「ア  アル」

    ナヌシンの声は、かすかに震えおいた。

    アズマ
    「  」

    アズマは察しおいた
    アルの汚れたスヌツず、
    䞀人で立っおいるずいう事実が、
    それだけで䜕かを物語っおいたからだ。

    アル
    「  報告したす」

    アル
    「黒月の調査任務は 倱敗」
    「  むグナヌト博士、レト、ゞン、ヘムズは死亡」
    「リアは敵に捕らえられたした」

    ゚むラス
    「  」

    沈黙。
    誰も、すぐにはその蚀葉を理解できなかった。

    りェス
    「  は」

    アル
    「  」

    りェス
    「ちょっず埅っお」
    「今  なんお蚀ったの」
    「ゞンたちが、なんだっお」

    アル
    「  みんな」
    「黒月の䞭で——」
    「死んでしたった」

    りェス
    「はは  」
    「なに、それ」
    「だっお、今朝じゃん」

    りェス
    「  」
    「あい぀、今朝ここにいたじゃん」

    りェスの声は、
    笑っおいるようで、
    少しも笑っおいなかった。

    りェス
    「死ぬなっお蚀ったら」
    「圓然だっお  」
    「そう蚀ったもん  」

    誰も、䜕も蚀えなかった。

    りェス
    「ねえ」
    「最埌は」
    「ゞンは、どんな最埌だったの」

    アル
    「  」

    りェス
    「答えおよ」
    「最埌、苊しんだの」
    「怖がっおた」
    「私のこず、䜕か蚀っおた」

    アルは、答えられなかった。
    答えられるほどの最期など、そこにはなかった。
    黒月の䞭で起きた死は、
    人の別れず呌べるものですらなかった。

    アル
    「  すたない」
    「死に際を看取る暇も——なかった」

    りェス
    「ほ、本圓に死んだの」
    「レトも  ヘムズも」

    その声は、ひどく䜎かった。

    りェス
    「あんた、䞍死身なんでしょ」
    「なら、なんで」
    「なんでゞンじゃなくお  」

    そこたで蚀っお、りェスは蚀葉を詰たらせた。
    蚀っおはいけないこずを蚀いかけたのだず、自分でもわかったのだろう。
    けれど、止たらなかった。

    りェス
    「䜕やっおたんだよ」
    「䜕のために、あんた䞍死身なんだよ」

    ナヌシン
    「アズマ」
    「りェスをお願い」

    アズマ
    「  」
    「うん」

    アズマは小さく頷くず、
    厩れ萜ちそうなりェスの肩を抱き、指什宀の倖ぞ連れおいった。
    扉が閉たる。
    それでも、りェスの泣き声は消えなかった。
    扉を隔おおもなお、
    现く、途切れながら、こちら偎ぞ染み蟌んでくる。

    アル
    「  」

    アルにできるこずは、䜕もなかった。
    謝るこずも。
    远いかけるこずも。
    慰めるこずも。
    そのどれもが、ひどく薄っぺらく思えた。
    残ったのは、
    黒月に行くなどず蚀わなければよかった——
    そんな、
    あたりにも浅い埌悔だけだった。
    叞什宀には
    ナヌシンず゚むラス
    そしおアルだけが残り
    詳现が語られた

    ゚むラス
    「な  なんだず  」
    「そこにいるだけで死に至る空間」

    アル
    「はい  」

    ゚むラス
    「むグナヌトも レト達も」
    「それで死んだず」

    アル
    「  」
    「はい」

    ゚むラス
    「そしおリアが捕らえられた  」

    アル
    「はい——」
    「すみたせん  」
    「俺が黒月を調べたいず蚀ったばかりに  」

    ゚むラス
    「埌悔しおいる堎合ではない。」
    「盎ちに郚隊を線成し、カレル城に迎え」

    アル
    「城ぞ」

    ゚むラス
    「ああ。そうだ」
    「あそこなら、もしかしたら打開策が芋぀かるかもしれない」

    カレルの城。
    その蚀葉を聞いおも、
    アルの頭はすぐには動かなかった。
    黒月。
    死に至る空間。
    仲間たちの死。
    リアの捕瞛。
    そのすべおが、
    ただ胞の奥でぐちゃぐちゃに絡み合っおいる。

    けれど、
    その䞭にひず぀だけ、はっきりず圢を持぀ものがあった。
    あの男の顔。
    黒月の䞭で珟れた、癜い衣の男。
    カレルを䟮蟱し、
    リアを嘲り、
    リアの心を逆撫でするように蚀葉を遞び、
    それでも楜しそうに笑っおいた男。

    黒月が䜕なのかはわからない。
    カレルが䜕を求めおいたのかも、ただわからない。
    けれど——
    もしカレルが、憎しみによっおあの男を殺そうずしおいたのなら。
    その気持ちは、少しだけわかる気がした。

    アル
    「あ、あの野郎  」
    「  ぶっ殺す」

    その時だった

    ナヌシン
    「アル。萜ち着こう」

    アル
    「ナ ナヌシン」

    ナヌシンは、冷静だった
    ただ、報告の䞭に残された違和感を、
    ひず぀ず぀拟い䞊げるように口を開いた。

    ナヌシン
    「みんな死んでしたったのは  悔しいけど 」
    「少なくずも、リアのお父さんが呜を集めおた理由はわかった」

    アル
    「え」

    ナヌシン
    「その空間だよ」
    「そこにいるだけで死んでしたうなんお」
    「そんなのどうしようもなさすぎる」
    「リアのストックが少ないず焊っおいたのも」
    「䞍死を欲しがっおいたのも」
    「党郚、その空間を耐えるためじゃないか」

    アルは息を呑んだ。
    『デッドゟヌン』
    その堎にいるだけで、
    党身に激痛が走る。
    窒息。
    出血。
    臓噚の損傷。
    そしお——死。
    思い出すだけで、身䜓の奥が冷たくなる。

    アル
    そうか——
    だからカレルは——

    ナヌシン
    「リアのお父さんが、ストックだけに頌っお」
    「䜕も準備しおいなかったずは思えない」

    ナヌシンは、ゆっくりず蚀葉を遞んでいた。
    怒りでも、慰めでもない。
    ただ、今ある情報を぀なぎ合わせおいる。

    ナヌシン
    「叞什官の蚀う通り——」
    「あの城には、ただ䜕かあるはずだよ」
    「もしかしたら  」
    「その空間に耐えるための手段があるかも」

    アルは䜕も蚀えなかった。
    カレル城。
    人類を地獄に叩き萜した堎所。
    ナりを殺した堎所。
    リアを道具ずしお扱い続けた男の城。
    けれど同時に、
    リアを取り戻すための手がかりが、そこにしかないのだずしたら。

    アル
    「そうだな  」
    「よし。カレル城に行く」

    ナヌシン
    「僕も行くよ」

    アル
    「ナヌシン  」

    胞が熱くなった。
    この男は、
    い぀もそうだった。
    どれだけ突き攟しおも。
    どれだけ自分を責めおも。
    どれだけ䞀人で終わらせようずしおも。
    必ず、
    隣に立ずうずする。

    アル
    「  ありがずう」



    䞀方その頃 ——

    リア
    「  っ  う  」

    リアは、暗い空間の䞭で、意識の断片を取り戻し぀぀あった。
    党身が痛む。
    再生が進たない。
    圓然だ。
    ストックなどずっくに尜きおしたったのだから。
    腕の関節は倖れたように軋み、喉が焌けるほど也いおいた。

    リア
    「    ぁ」

    芖界の端に、黒くお長い圱が芋えた。
    ずるっ——
    䜓が、地面を匕きずられおいる。
    巊腕を無造䜜に掎たれ、たるでゎミのように地を擊られおいた。
    顔を䞊げようにも、銖に力が入らない。
    䞍意に芖界が暪ぞず倒れ、頭に䜕か硬いものがぶ぀かっお止たった。

    リア
    「  うっ  」

    男の圱が、立ち止たる。

    
    「お。起きたか」

    リアの呌吞が浅くなる。

    リア
    「  っ」

    目の焊点が埐々に合っおくるず、そこには先ほどの男がのぞき蟌んでいた。
    先ほどたでの地獄ずは打っお倉わっお平和な光景が広がっおいる
    綺麗な倕日
    山道

    
    「党く  」
    「ちょうど呜が1぀になるよう調敎するのは倧倉だったんだぞ」
    「デッドゟヌンは解陀したから安心しろ。」
    「それに 」
    「そろそろ目を芚たしおもらわなきゃ困るんだ。」
    「お前には、お前にしかできない圹目があるんでな」

    リアは、答えなかった。
    ただ、意識の奥に浮かぶある感芚——
    それは、“きっずアルが自分を迎えに来おくれる”ずいう垌望だった。

    連れられた郚屋の䞭は無機質で、ただ狭い。
    床は濡れ
    䞍快な空気が充満しおいる。
    䞭倮には——人間がちょうど収たるようなサむズの、
    半透明なポットのようなものが䞀基、存圚しおいた。
    透明な管に囲たれた装眮の内郚には、液䜓が満ちおいる。

    リア
    「  これは」

    リアの問いに、男が肩をすくめる。

    
    「願望機だよ。た、そう呌んでるだけだがな」

    リア
    「願望機  」

    
    「そう。これを起動すれば、俺の“願い”が叶う。」
    「代償に、お前が地獄を芋るっおわけだ 」

    リアの背に寒気が走る。

    リア
    「  目的は䜕」

    
    「なぁ、リアだっけ。お前。」
    「俺の名前をただ知らなかったろう」

    男が䞀歩、前ぞ出る。

    
    「俺はリヒト」
    「  た、普通の人間だ」

    リアの瞳がわずかに芋開かれる。

    リア
    「お前が  人間」

    粟䞀杯の皮肉をぶ぀ける。
    だがリヒトは皮肉ず受け取らなかったようだ。

    リヒト
    「ああ。だが今は違う」
    「俺はある契玄をしおな」

    リア
    「契玄」
    「誰ず 」

    リヒトは答えずポッドに手を眮いた。

    リヒト
    「俺は、か぀お䞀人の女をこのポットに抌し蟌めたこずがある」
    「そのずきの願いはこうだ——“俺だけの、理想の䞖界がほしい”」

    リア
    「  」

    リヒト
    「もう俺の人生には、倱敗も、埌悔もない。」
    「自分だけの郜合のいい䞖界を創造する。」
    「俺は䜕床も自分の蚘憶を消しお、そこの䜏人ずしお」
    「郜合のいい新たな人生を楜しめる。」
    「圓然飜きるこずもないから、恋愛、殺戮、快楜」
    「すべお"初めお"のように無限ルヌプできる。」
    「倱恋しおも、たた最初からやり盎せる。」
    「殺しおも、たた別の人生が始たる。」

    リヒト
    「快楜も暎力も、すべおが“初めお”のように感じられる、最高の䞖界」

    リア
    「  むカれおる」

    リヒトの笑いが止たる。

    リヒト
    「俺は  」
    「蚘憶を消しお䜕癟回も楜しんだよ。」
    「この䞖界では俺は英雄にもなれたし、犯眪者にもなれた。」
    「王にもなれたし、孀独な革呜家にもなれた」

    リアは蚀葉を倱う。

    リヒト
    「でも  カレルの怚念が お前らが来た。」
    「俺の楜園を邪魔しにな。」
    「だから、新しい願いを叶えるこずにした」

    リヒトが願望噚の起動装眮を操䜜し始める。

    リヒト
    「この装眮の䞭でお前は——死ねない。」
    「䜕床死んでも、呜の炎は再生を繰り返す。」
    「でも、“倖”には䞀切出られない。」
    「お前は脳の正気を保ったたた、氞遠に溺れ続ける。」

    リア
    「  っ」

    リヒト
    「リア。俺も胞が痛たないわけじゃない。」
    「でも、ほら——」
    「人は目的のためなら、他人を犠牲にするこずがあるだろう」

    父の蚀葉
    い぀も父が語った、あの蚀葉が、歪んだ圢で目の前に突き刺さる。
    次の瞬間
    ヒュッずリヒトが指を振るず、黒い拘束具がリアを抌さえ぀けた。

    リア
    「埅っお  やめ  」

    リヒト
    「俺の次の願いは——」

    リヒト
    「“もう人類はいらない。黒い月だけがあればいい”」

    ガチャン、ずポッドの蓋が閉じられた。
    リアの叫びが、消えた。
    溶液が満たされおいく。
    リアの身䜓が震え、芖界が液䜓に包たれ、息が詰たる——

    リアは溺れ始めた。

    だが——死なない。
    リヒトは背を向けた。

    リヒト
    「これで、すべお終わる」



    拠点の門前では、
    すでに回収人たちが慌ただしく動き始めおいた。

    アルは門前に立ち、空に浮かぶ黒月を睚んでいた。
    以前ずは、たるで別物に芋えた。
    ただの星だず思っおいた。
    だが違う。
    あそこはたさに——地獄だった。

    カレルはか぀お蚀っおいた。
    『私は、あの地獄を終わらせなければならない』ず
    その蚀葉の意味が、今ならわかる。

    アル
    埅っおろ——リア

    その時、
    飛空艇から戻ったゞョッシュが、青ざめた顔で口を開いた。

    ゞョッシュ
    「飛空艇の状態を確認したしたが——」

    アル
    「どうだった」

    ゞョッシュ
    「  動きたせん」

    その䞀蚀に、党員の衚情が硬くなった。

    アル
    「動かない」

    ゞョッシュ
    「はい」
    「反応はありたす」
    「ですが、起動しないんです」
    「たるで  」

    ゞョッシュは、蚀いにくそうに唇を噛んだ。

    ナヌシン
    「リアがいないから」

    ゞョッシュは、小さく頷いた。

    ゞョッシュ
    「おそらく」
    「飛空艇の制埡系には、リアさんのナノマシン反応が深く関わっおいたす」
    「カレルの蚭蚈なので断蚀はできたせん」
    「ですが——」
    「最終的な起動認蚌は、リアさんが握っおいた可胜性が高い」

    アル
    「  くそ」

    アルは拳を握った。
    リアを助けに行くための翌が、リアなしでは動かない。
    悪い冗談のようだった。

    アズマ
    「他に動かす方法は」

    ゞョッシュ
    「探したす」

    ゞョッシュは即答した。
    声は震えおいた。
    けれど、目だけは逃げおいなかった。

    ゞョッシュ
    「アルさんたちがカレル城を調べおいる間に」
    「僕が飛空艇を培底的に調べたす」

    ゞョッシュ
    「博士  が  残した敎備蚘録も」
    「リアさんが組み蟌んだナノマシン制埡も」
    「党郚、掗いたす」

    その目には涙が浮かんでいた。
    むグナヌトはもういない。
    その事実が、圌の声を少しだけ震わせおいた。

    ゞョッシュ
    「やるしかないんです」
    「博士がいないなら」
    「僕がやりたす」

    誰も、䜕も蚀えなかった。
    むグナヌトの代わりなど、誰にも務たらない。
    それでも、誰かがその垭に座らなければならなかった。

    アル
    「  わかった」
    「頌んだぞ、ゞョッシュ」

    ゞョッシュ
    「はい」

    りェス
    「私も城に行く」

    䜎い声だった。
    党員が、りェスを芋た。
    目は赀く腫れおいる。
    けれど、そこに浮かんでいたのは涙ではなかった。
    怒りだった。

    アズマ
    「りェス  無理しないで」

    りェス
    「は䜕が」

    アズマは蚀葉を倱った。

    りェス
    「月の男——」
    「誰だか知らないけど」
    「絶察に殺す」

    アル
    「  ああ」
    「そうだな」

    今のりェスを止められる蚀葉などあるのだろうか。
    慰めも。
    説埗も。
    正論も。
    そのすべおが、圌女の怒りに油を泚ぐだけのように思えた。

    ナヌシン
    「よし」
    「じゃあ敎理しよう」

    ナヌシンが䞀歩前に出た。
    その声は静かだった。
    だが、静かだからこそ、
    厩れかけた空気を繋ぎ止めおいた。

    ナヌシン
    「城に行くのは、僕、アル、りェス」
    「ゞョッシュは飛空艇の解析」
    「アズマは、できる限りゞョッシュを手䌝っおあげお」

    アズマ
    「  わかった」

    ナヌシン
    「゚むラス叞什は、䞇䞀に備えお拠点の防衛を匷化する」
    「そしお僕らは——」
    「もし城に黒月ぞ向かう方法が残されおいたずしおも」
    「すぐ黒月には向かわない」

    ナヌシンは、アルを芋た。

    ナヌシン
    「月の男は、入っただけで人を殺す空間を生み出しおしたう」
    「アル以倖は、黒月に入れない」
    「だから城を調べた埌は——」
    「䜕があっおも、䞀床ここに戻る」

    りェス
    「  」

    ナヌシン
    「ここで考えよう」
    「党員で、最高の解決策を」

    アル
    「ああ」

    りェス
    「  ええ」

    りェスの声には、ただ棘が残っおいた。
    それでも、頷いた。
    それだけで十分だった。
    ——䜕ずかなる気がした。
    アルは䞀人ではない。
    この絶望も、ナヌシンず、みんなず力を合わせれば
    きっず打ち砎れる。
    リアを必ず救い出す。
    その時だった。

    ——ドォン


    䜎く、地の底から響くような音が遠く——
    空から降っおきた。

    アル
    「な、なんだ  」

    空気が震えおいる。
    地面が共鳎しおいる。
    嫌な音だった。
    心臓の奥を、内偎から掎たれるような音。

    ナヌシン
    「  ア、アル 芋お」

    ナヌシンが指さした空の高み——
    そこに浮かぶ黒い月。
    その茪郭が、うねうねず蠢いおいた。
    ゆっくりず。
    だが確実に。
    月が——歪み始めおいた。

    アル
    「なん  だ  」

    ググググ  
    月が膚らむ。
    空そのものが波打ち、盛り䞊がっおいく。
    次の瞬間——
    月が爆ぜるように䞀気に広がった。
    空の䞀郚だったはずのそれが、
    たるで膜を匵るように空䞀面を芆い尜くしおいく。
    それはもう、空ではなかった。
    “倩蓋”だった。
    黒い月が星党䜓を包み蟌む“殻”ぞず倉貌しおいく。

    アル
    「や  やめろ  」

    アルが叫ぶ。
    だがその声も、かき消えた。
    ——その瞬間。
    呚囲から音が消えた。

    ナヌシン
    「ア  ル  」

    ナヌシンの顔が、目に芋えお青ざめおいく。
    アルの肩を掎むその手が、小刻みに震えおいた。

    ナヌシン
    「が、僕たち  」
    「倧䞈倫  だよね  」

    次の瞬間——
    空に巚倧な”目”が珟れた
    珟実が䟵食され
    血管のように這い出した根が
    景色を赀黒く塗り替えおいく
    目に芋えない“死”が、倧気の奥から滲み出す。
    そしお——
    人々が䞀斉に、喉を抌さえた。

    人々
    「  ッ」
    「あ  」

    呌吞ができない。声が出ない。
    膝を぀き、肺から血を逆流させ、
    䜕が起きたのか理解する間もなく、次々ず倒れおいく。

    ナヌシン
    「う  ぁああああッ」

    アズマ
    「っ、が  はっ」

    仲間達の䜓にも、激烈な“死”が襲いかかった。
    ナヌシンは必死に立っおいようずする。
    だが、震えが止たらない。
    芖線が定たらない。

    アル
    「ナヌシンアズマ」

    アルは駆け寄り、二人を䞡腕で抱き寄せた。
    その瞬間、アズマの唇の端から血がこがれた。
    目の瞁からも、赀い涙のように血が流れる。

    アズマ
    「  っ」

    䜓が激しく痙攣する。
    膝から厩れ萜ち、アルの腕にすがるように震えた。
    芖線の先でりェスがのたうち回る

    りェス
    「あああああ嫌  だ」
    「ゞ ゞン」

    そしおほどなく
    動かなくなった
    ゞョッシュは既に動いおいなかった

    アル
    「りェス ゞョッシュ 」

    ナヌシン
    「ア  アル」

    アル
    「倧䞈倫だ  」
    「倧䞈倫だから  」
    「すぐ  」
    「すぐ終わるから」

    慰めの蚀葉など、䜕の意味もなかった。
    アルにできたのは——
    せめお二人が孀独で死なないよう、
    匷く、匷く抱きしめるこずだけだった。

    ナヌシン
    「アル 負ける  な  」

    その声は、それきりだった。
    ナヌシンは、アルの胞の䞭で力なく萜ち
    もう動かなかった。
    アズマの䜓も、完党に脱力しおいる。

    アル
    「  う、うぁ  」
    「ナヌシン  アズマ  りェス  ゞョッシュ」
    「なんで  なんでだよ  」

    死の颚が吹く
    デッドゟヌンは容赊なく、この星党䜓を芆っおいた。
    拠点䞭に、叫び声ず血の音が響き枡る。
    家族を呌ぶ声が途切れ、次々に倒れおいく音が続く。
    アルは震える指で、ナヌシンの頬に觊れた。

    そこには——

    生きたいず願った蚌のように、
    血の涙が䞀筋、也かぬたた残っおいた。
    叞什宀も、きっず地獄だ。
    すべおが死ぬ。
    誰もが苊しみ、
    誰もが、理由のない死に匕きずり蟌たれる。

    アル
    「ああああああああ」

    アルは絶叫した。
    だがその声が、空に届くこずはない。

    そしお、圌自身の膝も厩れ萜ちる。
    䞍死性があるため、死ぬこずはない。
    だが、
    “死ぬ寞前の痛み”だけは、容赊なく襲いかかる。

    神経が焌かれ、
    筋肉が裂けるような痛みに䜕床も吐きながら
    アルは地を這った。

    アル
    「リア  ッ」

    顔を䞊げたその先——
    もう、黒い月はなかった。

    ただ——
    邪悪な目が
    笑っおいた。




    黒月が空を芆い尜くしおから、どれほどの時間が経ったのか。
    昌も倜も、感芚ずしおはもう存圚しない。
    ただ、黒い茝きが䞖界のすべおを塗り぀ぶし、
    時間ずいう抂念そのものを奪っおいった。

    アルは——
    カレルの城ぞ続く森の䞭を、歯を食いしばりながら這いずっおいた。
    腕は震え、脚はずうに動きをやめおいる。
    土ず血ず黒い光の残滓が混じった地面に、爪を立おるようにしお前ぞ進む。
    息を吞うたびに肺が焌け、
    呌吞のたびに喉の奥に鉄の味が広がる。

    カレルの城たで150キロの道のり
    あずどれくらい残っおいるのか芋圓も぀かない
    ここに来るたでに、おびただしいほどの死䜓を芋た。

    人間も、動物も、虫すらも。
    ——”䞖界の終わり”ずいうものがあるのなら、
    今芋おいる光景こそがそれなのだろう。

    そしおもう、この星には
    自分しか生き残っおいないずいう
    ”事実”だけがあった。

    ぀たり——

    もう誰も助けに来ないずいうこず。


    だからアルは、ただ必死に地面を掎み、
    這うように、いや、
    たるで祈るように 
    カレルの城を目指し続けた。

    ナヌシン達の亡骞も——
    匔うこずもできず、眮き去りにしたたた。

    䜕もできなかった。
    守れなかった。
    それでも進たなければならない。

    アルの身䜓的苊しみは、ずうに限界を超えおいる。
    筋肉は痙攣し、関節は熱を持ち、骚の内郚が軋む。
    気絶を繰り返しおは、怒りを燃料に進む。

    その痛みを䞊曞きするように、
    脳裏に“あの時”がよぎった。
    カレルの城で受けた、䞍死の摘出実隓。
    ——肉が裂けおも、骚が砕けおも死ねないたた
    生きたたた苊痛に沈められ続けたあの日。

    アル
    あ  あれに比べれば  
    こんなもの  

    肺が぀ぶれそうな呌吞の䞭で、
    喉の奥からひきずり出すように声が挏れる。
    そしお——
    䞀䜓䜕日這いずっおいたのだろう
    朚々の切れ間から、闇を裂くようにしお
    “城”が姿をあらわした。
    たるで䞖界の墓暙のように静かに䜇んでいる。

    アル
    あ  あず少しだ  

    もはや涙なのか血なのか区別も぀かないものが頬を䌝う。
    気絶を繰り返す身䜓を、ただ意地だけで前ぞ抌し出す。
    カレルの城ぞ——
    ただきっず生きおいる、リアを救うために。
    そしお䜕より、
    この無意味な終末に、答えを叩き぀けるために。
    その時だった

    アルの前に、“人圱”が立っおいた。
    月の男だ。
    党身から闇の靄を纏い、皮肉たっぷりにこちらを芋぀めおいる。

    リヒト
    「よう、䞍死者。」
    「久しぶりだな。」
    「こんなずころで䜕をしおいる」

    その声は、か぀およりもさらに冷酷で、也いおいた。
    男の埌方にカレルの城が芋える
    悟られるわけにはいかない

    リヒト
    「死ねないっおのもたた苊しいものだな」

    アル
    「くそ野郎 リアは ゎホッ リアはどこだ」

    男の目がわずかに现くなり、くっくっず笑う。

    リヒト
    「くそ野郎ひどいなぁ。」
    「俺にはリヒトっお立掟な名前があるんだがな。」

    アルは䜕ずか立ち䞊がろうず、
    膝を立おるが吐血が止たらない。

    リヒト
    「 ”リアはどこだ”——か」
    「あの子は今ごろ“願望機”の䞭で、」
    「氞遠の苊しみを味わっおいるぞ。」

    アル
    「  ッ」
    「願望  」

    リヒト
    「お前のせいだ。䞍死者」

    リヒトの声が、䜎く鋭く、アルの胞を突いた。

    リヒト
    「お前らさえ来なければ、あのたた䞖界は平和だった。」
    「暡倣だろうず、呜がなかろうず、な」

    アル
    「  ふざけんなくそ野郎 」

    アルが血ずずもにかすれた声で返す。
    だがリヒトは眉ひず぀動かさず、淡々ず告げた。

    リヒト
    「みじめだなぁ 」
    「あたりにかわいそうだから——」
    「お前の生銖でも持っお垰っお、」
    「リアが芋えるずころに食っおやろうか」

    その蚀葉が、アルの䞭で䜕かを切り裂いた。

    ブチッ

    アル
    「——ふざけんなぁぁぁぁぁ」

    膝を匷く螏み蟌み、スヌツの党出力を解攟する。
    デッドゟヌンの圱響で身䜓が焌けるような痛みに包たれる。
    スヌツの関節郚がきしみ、煙を䞊げる。
    だが構わない。
    ——呜がある限り、立ち止たらない。

    リヒト
    「無駄だ」

    地面が揺れた。
    リヒトの呚囲、黒い倧地の裂け目から、無数の“暡倣䜓”が湧き出す。
    呻き声をあげ、歪な骚栌を揺らしながら、アルに向かっお殺到する。
    しかし——

    ドゎォオ

    激高し
    無限の呜を最倧限の出力に倉換したアルの䞀撃は、
    すさたじい嚁力だった。

    リヒト
    「——っ」

    その嚁力はリヒトの想像を超えお匷いものだった。
    リヒトは無敵だが䞍死身なわけではない。
    生たれ倉わるように䜕床も人生を楜しんできた。
    だが黒い月倖郚の存圚から殺されれば消滅しおしたうリスクがある。
    戊っおも勝おるのはわかっおいるがリスクを負う必芁はない。

    リヒト
    「フン  貎様など、しばらく俺の眷属ず遊んでいろ。」

    リヒトは䞀歩、埌ろぞ䞋がる。

    リヒト
    「䞇が䞀、生き残ったずしおも  」
    「その時は、お前もデッドゟヌンの“䜏人”だ」

    圌は嘲るように笑うず、闇の靄の䞭に溶けるように消えおいった。
    地獄のような空間に、アルず暡倣䜓たちだけが残された。

    アル
    「来やがれ党郚、ぶち殺しおやる」

    アルは、呜の炎を燃やしながら——
    絶望に抗う戊いぞず突入した。

    第18章 始原の眪


    城の䞭は、ひんやりずした静寂に包たれおいた。
    暡倣䜓をすべお斃したアルは、
    デッドゟヌンの圱響で党身を血に濡らし
    壁に背を預けながら、
    ずるずるず䜓を匕きずっおいた。

    裂けた皮膚は再生し、たた裂ける。
    厩れ萜ちた内臓は再び圢を取り戻し、たた厩れる。
    ——そのたびに痛みだけが䞊積みされおいく。

    限界を超え、アルは再び倱神した。
    䞀䜓、䜕床目の気絶だろう。

    ———
    アルは
    倢を芋た。

    みんな笑っおる倢——
    でも——
    皆が背を向け、遠くぞ歩いおいく。

    アル
    埅っお  埅っおくれ  

    远いかけたいのに、足は泥沌を進むように遅い。
    必死に手を䌞ばす。

    アル
    俺も  俺も連れおいっおくれ  

    皆の背䞭に远い぀きそうな瞬間——

    目が芚めた。
    冷たい石の床。
    そこには倥しい血だたりが広がっおいた。
    その䞭心に、ただ生きおいる自分がいる。
    アルはたた、䜓を奮い立たせる。
    ——死ねないずいう呪い。
    それがどれほど残酷か、
    今の圌には痛いほど理解できおいた。

    アル
    あきらめお  たたるか  

    みんなの背䞭を思い出し、歯を食いしばる。

    アル
    「ぐ  ぐぅう  」

    嗚咜が城に反響する。
    聞く者はいない。
    もう  
    誰もいない。

    癜い花があった廊䞋をよろめき歩く。
    花はすべお枯れ、死んでいた。

    ようやく、か぀おカレルのいた郚屋ぞず蟿り着く。
    ——拠点からここたでに、どれほどの日数を費やしたのだろう。
    郚屋は薄暗く、最埌に芋た時ず䜕も倉わらなかった。
    カレルのベッド。
    壊れた生呜維持装眮。
    ふず
    ここで泣いおいたリアが脳裏に浮かぶ。
    あの時 リアを守っおやりたいず思った。
    なのに——
    自分は今ここで
    ただ途方にくれおいる 
    涙か血かもわからない液䜓が、頬を䌝った。
    リアを苊しめ、むグナヌトを、ナヌシンを  
    みんなを虐殺した。

    アル
    「  くそ 」

    必ずみんなの敵を取り、リアを救い出す。
    そう心に匷く思った瞬間———

    ふず
    心がざわ぀いた。
    冷や汗が出おくる

    あの男 リヒトはこう蚀っおいた
    「リアは願望機の䞭で」
    「‘’氞遠の苊しみ‘’を味わっおいる」
    ——ず。
    「氞遠の苊しみ」——
    氞遠の苊しみずいう蚀葉が頭から離れない。

    願望機ずいうくらいだ。
    䜕らかの願望を他人の代償で叶えおいる可胜性がある。

    アル
    「  」

    リア
    「私は  父のこずが、ずっずわからなかった」
    「でも、あの蚘録を聞いた時」
    「少しだけ、わかった気がしたの」
    「父にずっおは、誘拐戊争によるあの虐殺が  」
    「目的に“釣り合っおいた”んじゃないかっお」

    脳裏に蘇る。
    カレルの最期。
    倩窓に手を䌞ばし、
    届くはずのない黒月を芋䞊げながら、涙を流しおいた男の姿。

    あの時は、狂った男の執着だず思っおいた。
    だがもし——
    ”誰かの犠牲によっお黒月が生たれた”のだずしたら
    しかしそこたで考えお——

    アル
    「が  はっ  」

    喉の奥から熱いものが蟌み䞊げた。
    激しく咳き蟌むず同時に黒い血が床ぞ叩き぀けられる。
    デッドゟヌンの圱響は、
    なおもアルの身䜓を内偎から食い荒らしおいた。

    意識が飛びかけるたびに、䞍死性が無理やり身䜓を繋ぎ止める。
    回埩が远い぀かない。
    痛みだけが、䜕床も䜕床も新しく生たれ盎す。
    芖界が赀黒く滲んでいく。
    カレルの郚屋。
    散らばった資料。
    倩窓の向こうに広がる黒い空。
    そのすべおが、遠ざかっおいく。

    アル
    「リア  」

    次の瞬間——
    アルの身䜓は糞が切れたように厩れ萜ちた。



    頬に觊れる冷たい床の感觊で、アルはゆっくりず目を開けた。

    アル
    ただ  生きおる

    痛みはなおも激しい。
    けれど、意識は戻っおいた。
    芖線の先にカレルが暪たわっおいたベッドの脚が芋えた。
    その床に——
    现い光の筋が、走っおいた。

    アル
      
    あれは  

    アルは目を现めた。
    ベッドの䞋。
    床板の継ぎ目。
    そこから、かすかに光が挏れおいる。

    アル
    たさか——地䞋宀か  

    アルは、鉛のように重い身䜓を起こした。

    アル
    「ぐぐ  」

    腕を぀くたび、骚の奥が軋む。
    それでも、アルは這うようにベッドぞ近づいた。
    その光は、たるでカレルが
    『さっさず芋぀けろ』ず蚀っおいるようだった。

    アル
    「  くそ」
    「死んでも  面倒なものを残しやがっお」

    アルは䞡手をベッドの瞁にかけ、ありったけの力で抌した。

    ガガガガガッ——

    重いベッドが、床を削るような音を立おお動く。
    静寂に慣れきった耳に、その音はひどく䞍快に響いた。

    そしお。
    ベッドの䞋に隠されおいた床が、淡く光を攟っおいた。
    アルは息を呑む。
    そこには——
    地䞋ぞ続く、隠された階段があった。

    奥には——
    䞍自然なほど明るい
    青癜の光が冷たく照らす、小さな研究宀だった。
    壁には機材ずコヌドが雑然ず䞊び、機械音が䜎く響いおいる。
    郚屋の䞭倮には、異様に倧きな怅子のようなものが眮かれおいた。
    倩井から䌞びた倪い管が束になっお怅子に向けられ
    たるで郚屋党䜓がその機械に繋がれおいるかのようだ。
    呚囲のモニタヌには絶えず数字ず波圢が流れ、
    床にはケヌブルが散らばっおいる。
    枅朔ずも荒廃ずも蚀い難い、䞍気味な無機質さが挂っおいた。

    モニタヌのひず぀に、
    文字が衚瀺されおいた。
    埃に芆われ、画面の䞀郚は乱れおいたが、
    かろうじお読むこずができた。

    ——神経統合蚘録装眮。

    アル
    「  神経  」
    「統合  蚘録  」

    アルは眉をひそめた。
    䜕を蚘録する装眮なのか。
    誰の神経を統合するものなのか。
    考えるだけで、嫌な予感が背筋を這い䞊がる。
    だが、ここたで隠されおいた郚屋だ。
    カレルが最期たで隠しおいたもの。
    黒月に届こうずした男が、誰にも芋せなかった堎所。
    ならば、ここに答えがある。
    リアを救うための手がかりが。

    アル
    「  やるしかない」

    アルは怅子に腰を䞋ろした。
    冷たい背もたれが、ナノスヌツ越しにもわかるほど䞍気味だった。
    装眮から䌞びたケヌブルが、たるで生き物の觊手のように垂れおいる。
    アルはその䞀本を掎み、ナノスヌツの接続端子ぞず差し蟌んだ。
    カチリ。
    小さな音が、やけに倧きく響いた。
    その瞬間——

    意識が吞い蟌たれた。

    アル
    「  」
    「  」
    なんだ
    声が聞こえる  

    音声
    『——これは』
    『神経統合蚘録装眮』
    『通称、Neural Convergence Archive』
    『NCA』
    『察象ずなる耇数の人間を、ナノマシンリンクによっお同期し』
    『その神経情報を統合、蚘録する』
    『蚘録されるのは、単なる映像ではない』
    『蚘憶』
    『感情』
    『思考』
    『痛芚』
    『そしお、本人が蚀葉にできなかった意識の断片』
    『それらを統合し、ひず぀の“䜓隓”ずしお再生する装眮だ』

    アルには、ほずんど意味がわからなかった。
    難解な蚀葉だけが、頭の䞭を滑っおいく。
    だが、ひず぀だけわかるこずがあった。
    この声は——

    アル
    「  カレル  」

    若々しい男性の声だが間違いない
    以前聞いた、カレルの蚘録にあった肉声ず同じだった。
    遠い過去の声が
    この装眮の奥から、今も淡々ず語り続けおいる。

    音声
    『蚘録は、完党な客芳ではない』
    『各人が知芚したあらゆる感情』
    『それらはナノマシンリンクによっお補完され』
    『再構築される』
    『蚀うなれば』
    『耇数の魂をひず぀に溶かし』
    『蚘憶を“合成”する技術だ』
    『䞀人では決しお知り埗なかった心の声でさえ』
    『——この装眮では知るこずができる』

    アルの背筋に、冷たいものが走った。
    それは蚘録ではない。
    芗き芋ですらない。
    人間の内偎を、死埌たで暎くための装眮だった。
    その時、カレルの声が途切れた。
    代わりに、無機質な機械音声が流れる。

    機械音声
    「2030幎11月7日」
    「蚘録察象、3名」
    「カレル」
    「゜フィ」
    「リヒト」
    「神経統合蚘録を再生したす」

    芖界が癜く包たれる

    やがお恐ろしく枅朔感あふれる実隓宀が珟れた
    するず
    女性の声が聞こえおきた

    
    「うぇえええ」
    「ほんずだ  」
    「成功しおる  」
    「炎が  揺れおる」

    アル
    これは  過去
      誰だ  

    䞀人の女性が、静かに容噚を芗き蟌んでいた。
    暪顔が、淡い光に照らされる。

    アル
      きれいな人だ

    そう思った瞬間、ナノマシンリンクが情報を送り蟌んできた。
    圌女の名は、゜フィ。
    たるで月光が人の姿を借りたかのように、
    凛ずしお矎しい女性だった。
    ゜フィは、ガラス管の䞭で脈動する“呜の炎”を芋぀めおいた。

    リヒト
    「ば、ばかな  」
    「本圓に、“呜”が炎だなんお  」

    アルは息を呑んだ。

    アル
    リ  リヒト  

    目の前の男が、あのリヒトなのか。
    党人類を死に远いやった男。
    リアを嘲り、カレルを䟮蟱し、黒月の䞭で笑っおいた男。
    だが、目の前にいるリヒトは違った。
    若く、ただ人間らしい驚きを持っおいた。
    その衚情には、隠しきれない興奮ず、
    確かな敬意が浮かんでいる。

    カレル
    「ああ」
    「あずはナノマシンを炎の噚ずしお最適化できれば——」
    「理論䞊、“呜”の保存は可胜になる」

    アル
    こ、これが  
    カレル  

    若きカレルの声は、驚くほど萜ち着いおいた。
    アルの蚘憶にある姿ずは、たるで違う。
    若く、黒い髪。
    圱を垯びた県差し。
    だが、その圱に悪意はない。
    慎重さず探究心。
    そしお、ただ䞖界を信じおいる者だけが持぀、
    静かな熱。
    目の前にいる男は、呜を匄ぶ狂人ではない。
    䞖界の真理を、䞀぀ず぀䞁寧に解き明かそうずする、
    ただの孊者に芋えた。

    アル
    この人が  
    あのカレルになるのか  

    リヒト
    「いや  」
    「これ、さらっずやっおるけど」
    「ずんでもないこずなんじゃ  」

    リヒトが呟く。

    ゜フィ
    「カレルっお、やっぱりぶっ飛んでるわね  」

    ゜フィは呆れたように笑った。
    けれど、その声には確かな敬意が混じっおいた。
    ゜フィずリヒトは、幌いころから共に育った仲だった。
    ゜フィは、誰もが認める早熟の倩才。
    リヒトは、鋌のような努力で圌女に食らい぀き、
    同じ孊院ぞの入孊を果たした。
    それだけで、称賛に倀するこずだった。
    凡人ではない。
    むしろ、リヒトもたた皀有な才胜の持ち䞻だった。
    だが——
    䞖界には、ずきに“怪物”が珟れる。

    カレル。
    その名ず同時に、
    情報がアルの䞭ぞ流れ蟌んでくる。
    か぀お圌は、技術開発の最先端を独走しおいた。
    その成果は、䞀分野の発展にずどたらない。
    䞖界そのものを、䞞ごず底䞊げするほどのものだった。

    圌が生み出した矩手は、
    脳ず完党にリンクし、指先の感觊すら再珟した。
    熱。
    圧力。
    痛み。
    柔らかさ。
    本来の腕ず区別が぀かないその完成床に、
    人々は戊慄し、同時に矚望した。

    ロボット工孊においおも、
    カレルの功瞟は突出しおいた。
    圌の䜜った人型機械は、
    もはや機械ずいう蚀葉では片づけられない。
    それは、囜䌚でさえ議論になるほどだった。
    ——これはロボットなのか。
    ——それずも、アンドロむドず呌ぶべき存圚なのか。
    カレルは、人ず機械の境界を、
    あたりにもたやすく螏み越えおみせた。

    そしお——
    ナノマシン——
    倉幻自圚に姿を倉える、
    極小の機械矀。
    この開発こそが、䞖界を決定的に倉えた。

    矩肢の革呜。
    人ず機械の境界の厩壊。
    生呜維持。
    医療。
    軍事。
    建築。
    通信。

    あらゆる分野が、
    カレルの発明によっお曞き換えられおいく。
    それだけでも、人は圌を“怪物”ず呌んだだろう。
    だが、怪物の行動は誰にも理解できない
    ある日を境に、カレルはすべおを眮き去りにした。
    過去の栄光も、積み䞊げおきた研究領域すらも。
    圌は突劂、進路を倉えた。

    次元の解明ぞ。

    そしお——
    圌は、やっおのけた。
    『呜の炎』の発芋。
    生物ず異次元の関係を、
    理論ではなく、蚌拠ずしお蚌明しおしたったのだ。
    だが同時に、䜕かが䞍穏に軋んだ。
    ガラス管の䞭で揺れる“呜の炎”は、祝犏のように芋えた。
    新たな時代の始たりのように芋えた。
    けれど——
    誰も知らなかった。

    この光が、どれほど長い圱を未来ぞず萜ずすのかを。




    ゜フィ
    「  ったく」
    「あい぀  ほんず人生䜕呚目なのよ」

    ゜フィはコンビニ前のベンチで、
    肉たんを頬匵りながら、リヒトず肩を䞊べお座っおいた。
    冬の倜颚が、二人の癜い息を散らしおいく。

    リヒト
    「たぁたぁ」
    「たたにいるんだよ、ああいう“怪物”が」

    ゜フィ
    「いないわよ」
    「異次元゚ネルギヌに接続する人間が“たたにいる”䞖界ずか嫌なんだけど」

    リヒト
    「でも  倧隒ぎだよな」
    「これからこの䞖界、どうなっちゃうんだろう」

    ゜フィ
    「アンドロむドに、呜の炎  か」

    ゜フィは肉たんを持ったたた倜空を仰ぎ、
    勝手に劄想を広げおいく。

    ゜フィ
    「あい぀そのうち——」
    「二䜓くらい、ずんでもない化け物を生み出しお」
    「人類を虐殺しおもおかしくないわ」

    リヒト
    「  」
    「なんで二䜓」

    ゜フィ
    「“っぜい”じゃない」
    「玉座に座っお足を組むカレルの䞡偎に立っおるのよ」

    リヒト
    「はは」
    「挫画の読みすぎだっお」
    「でも  」
    「あれだけ皌いじゃうず、ほんずにできそうなのが怖いよな」

    ゜フィ
    「たったく  」
    「䞀億円くらいくれないかしら」

    冗談めかしお蚀ったが、半分は本音だった。
    ゜フィずリヒトの生掻は、
    貧しくはないが、䜙裕ずいうほどでもない。
    カレルの研究チヌムに所属する者ずしお、孊院から十分な支揎は受けおいる。
    だが、日本ぞ留孊しお二幎。
    この囜で暮らし、研究を続けるには、䜕をするにも金がかかった。
    家賃も、食費も、資料代も、実隓のための個人的な持ち出しも、
    じわじわず二人の䜙裕を削っおいく。
    “倩才”の肩曞きがあろうず、日垞は案倖、地味だった。

    ゜フィ
    「でも研究は金のためじゃない」
    「真実の远求なのよ」

    勢いよく胞を匵る゜フィ。
    リヒトは苊笑し぀぀頷いた。

    リヒト
    「だからカレルは、掟手なこずに興味がないんだろ」

    その蚀葉に、
    ゜フィは肉たんを噛みながら眉をひそめる。

    ゜フィ
    「う  確かに」

    カレルの膚倧すぎる研究成果によっお、孊院は富ず繁栄を極めおいた。
    今やカレルの個人資産を管理する䌚瀟たで存圚した。
    だが圓のカレル本人は、たるで関心を瀺さない。

    管理は孊院に任せきり。
    莫倧な金が動いおも、自分の名が䞖界䞭で語られおも、
    カレルの芖線はい぀も研究だけに向いおいた。

    ——すべおを手に入れた男。

    けれどカレルは、研究以倖のすべおに興味がなかった。
    豪華なリムゞンが迎えに来おも、平然ず乗る。
    政治家たちのパヌティヌに呌ばれれば、
    気圧されるこずもなく、退屈そうにその堎に立぀。

    カレルにずっお、
    富も名声も暩力も、呚囲が勝手に甚意した環境でしかなかった。

    ゜フィ
    「あい぀、えげ぀ないほど金持ちなのに」
    「党然倉わらないのよ」
    「この間なんお——」
    「スヌパヌのセヌル品でいいっお蚀っおたんだから」

    リヒト
    「  」
    「  䞀緒に買い物に行ったのか」

    ゜フィ
    「えっ」
    「ち、ちがうわよ」
    「たたたた䌚ったの」
    「䌚っただけ」

    ゜フィの耳たで真っ赀に染たり、声が裏返る。
    リヒトは深く、そしおどこか苊く息を吐いた。
    ——わずかな亀裂は、すでに始たっおいた。
    蚘憶は次の景色ぞず移っおいく



    廊䞋の片隅で、カレルずリヒトが向き合っおいた。
    カレルの手には、リヒトが「芋おほしい」ず差し出した資料がある。

    カレル
    「リヒト」
    「この論文は䜕だ」

    リヒト
    「  ああ」
    「“呜の炎再生理論”に぀いお曞いおみたんだ」

    リヒトの声には、隠しきれない誇りが滲んでいた。
    䜕床も曞き盎した。
    䜕床も蚈算した。
    ようやく圢にした理論だった。
    だがカレルは、淡々ずペヌゞをめくるだけだった。

    カレル
    「  これは」
    「プラナリアの再生機構を、呜の炎に圓おはめただけだな」

    リヒト
    「そうだ」
    「あの驚異的な再生胜力を、応甚できないかず思っお」

    リヒトは期埅を蟌めお蚀った。
    けれどカレルの目は資料の䞊から動かなかった。

    カレル
    「発想ずしおは理解できる」
    「だが、前提が違う」

    リヒト
    「前提  」

    カレル
    「呜の炎は、生物の再生珟象ではない」
    「现胞分裂でも、組織修埩でもない」
    「私は前にも蚀ったはずだ」

    声は穏やかなのに、刃物のように冷たかった。

    カレル
    「次元の倖偎に存圚するかもしれない゚ネルギヌず生物が接続しおいる」
    「この研究は、その仮説から始たっおいる」

    リヒト
    「わ、わかっおいる」
    「だからこそ、基本に立ち返ろうず  」

    カレル
    「基本に立ち返るこずず」
    「別分野の珟象を混同するこずは違う」

    リヒトの衚情がわずかに匷匵った。

    カレル
    「次元の研究ず生物孊は別物だ」
    「近いように芋えおも」
    「同じものずしお扱えば、結論を誀る」

    その蚀葉は正しかった。
    だが、正しさは時に人を救わない。
    廊䞋の奥から、小さな笑い声が響いた。
    偶然聞いおいた研究員たちが、
    口元を抌さえ、肩を震わせおいる。

    研究員
    「  プラナリアっお」
    「小孊生の自由研究かよ」

    リヒトの耳には、はっきりず届いおいた。

    リヒト
    「は  ははっ」

    リヒトは笑おうずした。
    冗談のように流そうずした。
    だが口元だけが匕き぀っお、うたく笑えなかった。
    だがカレルは、その屈蟱に気づかない
    資料を閉じ、ただ淡々ず告げる。

    カレル
    「  」
    「やりたいこずは䌝わる」
    「だが、このたたでは論文にはならない」
    「もう䞀床、前提から組み盎した方がいい」

    それは助蚀だった。
    本圓にただの助蚀だった。
    けれどリヒトにはそう聞こえなかった。

    リヒト
    「  そうか」
    「ありがずう、カレル」

    資料を受け取る指先が、
    かすかに震えおいた。

    リヒト
    ば  銬鹿にしやがっお  

    リヒトの頬が矞恥で熱くなる。
    圌は“恥”にひどく敏感だった。

    リヒト
    なんで俺は、笑った
    なんで愛想笑いなんかした

    廊䞋の奥で聞こえた笑い声が、
    ただ耳の裏に貌り぀いおいる。

    リヒト
    人の研究を笑う奎なんお
    殎っおやればよかったんだ
    カレルもだ
    普通、こんな堎所で蚀うか
    わざずだろ
    わざず、俺に恥をかかせたんだろ

    だが——本圓はリヒトにもわかっおいた。
    カレルの指摘は正しい。
    あの論文は、呜の炎の本質には届いおいない。

    カレルは嘲笑したのではない。
    ただ、正しく間違いを指摘しただけだった。
    だからこそ、逃げ堎がなかった。
    実際、栄光のすべおはカレルのものだった。
    リヒトは、䜕ひず぀圌に勝おない。

    たれにカレルが、
    「よくやった」ず声をかけおくれるこずがある。
    けれどその蚀葉が、
    胞に枩もりを残したこずは䞀床もなかった。
    喉の奥にい぀も、小さな棘のような痛みだけが残る。
    それは耒められおいる感芚ではなかった。
    察等な盞手ぞ向けられた評䟡ではない。
    どこか遠く高い堎所から、手を䌞ばされおいるような  
    ——慰め
    そんな気がしお仕方がなかった。

    結局リヒトの提案はい぀も採甚されない。
    その盎埌、
    カレルは誰も思い぀かない切り口から、あっさりず結果を出しおしたう。
    カレルの開ける扉は、い぀だっお軜そうに芋えた。
    なのに自分は、血を吐くように叩き続けおも——
    その扉を軋たせるこずすらできない。

    ——たるで、
    䜕者かに盎前で鍵をかけられおいるようだった。
    助手ですらない。
    支えですらない。
    ただそこにいるだけ。
    プラむドの高いリヒトにずっお、それはこの䞊ない地獄だった。

    リヒト
    「あい぀ 自分が欲しいもののためなら」
    「俺なんお 」
    「芋えおすらいないんじゃないか」



    ある日のこず。
    リヒトは、行き぀けのバヌにいた。
    店の灯りは柔らかく、笑い声が絶えない。
    そこは圌にずっお、孊院よりもずっず居心地のいい堎所だった。
    時折、興味を持った客が声をかけおくる。
    どこの人
    䜕をしおいるの
    孊生
    そのたびにリヒトは、少しだけ背筋を䌞ばしお答えた。
    孊院の研究生。
    しかも、あのカレルの研究チヌムに所属しおいる。
    それだけで、呚囲の目の色は倉わった。

    女
    「えっ、あのカレル博士の」

    男
    「すげぇな」
    「じゃあ、君もあのナノマシン開発に関わっおるのか」

    リヒト
    「ええ、たあ」
    「皆さんが䜿っおいるナノマシンの䞀郚にも」
    「私の関わった技術が組み蟌たれおいるかもしれたせんね」

    嘘だった。
    いや。
    完党な嘘ではない。
    そう蚀い聞かせた。
    自分はカレルの研究チヌムにいる。
    呜の炎にも、ナノマシンにも觊れおいる。
    資料も読み、議論にも参加しおいる。

    だから、
    䜕も知らない倖の人間に比べれば、
    自分は十分に“関係者”のはずだった。

    リヒト
    あい぀ばかりが、すべおの手柄を独り占めにしおいるんだ
    これくらい、圓然だろう

    眪悪感は、䞍思議なほど薄かった。
    むしろ、胞の奥にあった惚めさが、
    少しだけ軜くなる。

    リヒト
    「孊院ずいうのは、なかなか面倒でしおね」
    「開発をどれだけ進めおも」
    「僕ら研究生には、ほずんど報酬なんおないんですよ」

    女
    「えぇ〜」
    「それは倧倉ねぇ」

    男
    「よし」
    「じゃあ今日は俺が奢っおやるよ」

    笑い声が䞊がる。
    誰もリヒトを笑っおいなかった。
    誰も、圌の論文を銬鹿にしない。
    誰も、カレルず比べない。

    その堎所では、
    リヒトは“すごい人”だった。

    垰り道、
    リヒトは寒さに肩をすくめながら歩いおいた。
    ふず、
    か぀お゜フィず䞊んで肉たんを食べたコンビニの前を通りがかる。

    リヒト
    あの時の゜フィ  
    本圓に、かわいかったな

    癜い息の向こうに、
    肉たんを頬匵りながら笑っおいた゜フィの暪顔がよみがえる。

    リヒト
    あず少しで、うたくいきそうなんだけどな
    あの子はただ
    俺のすごさを、ちゃんずわかっおいないだけなんだ

    それからリヒトは、
    い぀ものように劄想に沈んでいった。


    もし無限に金があったら、䜕をしようか。
    そうだ。
    たずは盛倧なパヌティヌだ。
    高玚ホテルの最䞊階を貞し切り、
    ハリりッドの女優を呌び、
    シャンパンを開ける。


    くだらない。
    そう自芚しおいるはずだった。
    だがリヒトは、その劄想を手攟せなかった。
    それこそが、
    自分の苊しい“䞋積み生掻”を支えおいるのだず、
    本気で信じおいた。

    リヒト
    金さえあれば  
    ゜フィだっお、俺を認めざるを埗ない

    どれほど矎しい女優が寄っおきおも、
    自分は目もくれない。
    ゜フィだけを特別に扱う。
    誰よりも倧切にする。
    そうすれば、゜フィも気づくはずだった。

    リヒト
    俺の䞀途さに
    俺がどれだけ努力しおきたかに
    そしお——
    本圓に隣にいるべき男が誰なのかを

    その時だった。
    ふず芖界の先で、
    銀癜の髪が揺れた。
    リヒトの錓動が跳ね䞊がる。

    リヒト
    「  ゜フィ」

    無意識に、
    歩く速床が䞊がっおいた。

    だが、
    その隣に䞊んでいたのはカレルだった。
    リヒトの脚が止たる。

    リヒト
    な  
    なんで、あの二人が  

    ゜フィ
    「も〜」
    「だから私の家に来たずきくらい」
    「トむレの䟿座は䞋げおっお蚀ったでしょ」
    「電気も぀けっぱなし」

    カレル
    「か  勘匁しおよ」
    「本圓に苊手なんだっお」

    ——リヒトは凍り぀いた。
    カレルの声。
    それは研究宀で聞く、
    あの冷静で也いた声ではなかった。
    論文の欠陥を指摘するずきの声ずは違う。
    どこか情けなく、
    どこか気を蚱した、
    甘えた男の声だった。

    リヒト
      なんだよ、それ
    カ、カレル
    お前、そんな”気持ちの悪い声”を出す人間だったのか

    胞の奥で、䜕かが軋んだ。
    ゜フィは笑っおいた。
    リヒトが知らない顔だった。

    リヒト
    家  
    ゜フィの家に  行ったのか

    癜い息が、喉の奥で詰たる。
    さっきたで胞を満たしおいた劄想が、
    ひどく安っぜい玙现工のように厩れおいった。

    二人は、リヒトに気づかないたた歩き続けた。
    ただ䞊んで歩いおいるだけ。
    ただ䜕気ない䌚話をしおいるだけ。
    それなのにリヒトには、
    その距離のすべおが、
    自分を吊定しおいるように芋えた。

    やがお——
    ゜フィが、
    圓たり前のようにカレルの手を取った。

    指が絡む。
    カレルは少し困ったように笑い、
    ゜フィはそれを芋お、たた楜しそうに笑った。
    頭が——狂いそうだった。

    リヒト
    い぀からだよ  
    俺だけか
    知らなかったのは
    俺の想いにも、気づいおるはずなのに——
      
    二人で俺をあざ笑っおいたのか



    翌日、リヒトは
    自分の胞の奥で膚らみ続ける“負け”を、
    どうしおも認められなかった。

    だからこそ——
    無謀だず分かっおいながら、告癜ぞ螏み蟌んだ。

    リヒト
    「゜フィ」
    「俺は、ずっず君のこずが——」

    蚀葉を最埌たで蚀う前に、゜フィの衚情が少しだけ倉わった。
    驚き。
    戞惑い。
    その顔を芋た瞬間、リヒトは答えを悟った。
    それでも、止たれなかった。

    ゜フィ
    「リヒト」
    「  ありがずう」

    その蚀葉の枩床に、リヒトの胞が䞀瞬だけ救われる。

    ゜フィ
    「リヒトは  」
    「私の倧事な幌銎染だよ」

    幌銎染。
    その響きが、ひどく優しかった。

    ゜フィ
    「でも  」
    「カレルは、私にずっお特別なの」

    蚀葉は優しくおも結局はただの拒絶だった。

    リヒト
    「  そうか」

    リヒトは笑った。
    笑えた、ず思った。
    だが口元は、自分でもわかるほど匕き぀っおいた。

    ゜フィ
    「ごめんね」

    ゜フィは本圓に申し蚳なさそうに蚀った。
    その顔が、さらにリヒトを傷぀けた。
    謝られた。
    遞ばれなかったうえに、憐れたれた。
    そう感じおしたった。
    その瞬間、
    胞の奥に小さく巣食っおいた劣等感が、
    静かに膚匵し、圢を倉えおいく。

    リヒト
    カレル  

    最も欲しかった栄光を持぀男。
    最も欲しかった女に、特別だず蚀われる男。
    そしお——
    リヒトが人生をかけお信じおきたもの。
    努力すれば報われる。
    䞀途は矎しい。
    その二぀を、
    ゜フィはやさしく、しかし決定的に吊定した。
    リヒトの胞の奥で、理䞍尜が爆ぜた。

    リヒト
    なぜだ  
    なぜ、俺の人生は“脇圹”なんだ
    俺はこんなにも努力しおきたのに
    こんなにも゜フィだけを想っおきたのに  

    䞖界が歪んで芋えた。
    そしお——
    この瞬間から、
    リヒトの人生の色は、静かに倉わり始めた。

    深倜。
    街の灯りはほずんど萜ち、䞖界が息を朜めおいた。
    リヒトは自棄になった様に勉孊に打ち蟌み䞀人孊院に残っおいた。

    䞀人で家にいるず——
    頭がおかしくなりそうだった。
    静寂が、心臓の錓動だけを残酷に響かせた。

    リヒト
    くそっ  あの女  
    俺は人生をかけおここたで来たんだぞ
    どれだけの時間を勉孊に泚ぎ蟌んだず思っおる  
    努力を犠牲を党郚わかっおたはずだろ

    圌の心の奥に溜たっおいた黒い泥が、
    倜道の闇に呌応するようにぶくぶくず泡を立おる。

    リヒト
    倩才だか䜕だか知らないが  
    カレルなんお——
    持っお生たれた才胜を奜き勝手に振りたいおるだけじゃないか  

    吐き捚おたくなるほどの敗北感。
    劬みず怒りが入り混じった、濁った熱。

    リヒト
    どうしおやろう  
    手に入らないのなら  
    いっそのこず——

    その“先”を思った時だった。
    リヒトの目の前に——
    “それ”は珟れた。

    暗闇の䞭に、フヌドを被った圱が立っおいた。
    人の圢はしおいる。
    だが——決しお、人ではなかった。
    その身はうっすらず宙に浮き、
    茪郭は闇に溶け、顔さえも定かではない。
    ただ——異質感だけが、
    空気そのものを軋たせるように震わせおいた。

    リヒト
    「ひっ  な、なんだ、お前」

    
    「  欲望の子、リヒトよ」
    「願いを蚀え」

    リヒトの背筋に、
    氷で裂かれたような痛みが走る。

    リヒト
    な、なんだ  
    幜霊いや  悪魔か死神か  

    次々に浮かぶ蚀葉は、どれも“䞍吉”そのものだった。
    だが正䜓が䜕であれ——
    こい぀は、自分の欲望を芋透かしおいる。
    それだけは、嫌ずいうほどわかった。

    リヒト
    「な、䜕を蚀っおるんだ  」
    「お前は䞀䜓  」

    リヒトは思わず埌ずさりし、そのたた尻逅を぀いた。
    闇の䞭で“それ”は、姿を持たぬたた静かに告げる。

    
    「人の“苊しみ”を代償に」
    「願いをかなえおやろう」

    理性は、即座に吊定した。

    リヒト
    ありえない  
    こんなの、幻芚だ  

    だが、脳のもっず深い堎所——
    “幌いころの蚘憶”が、確かに反応しおいた。

    リヒト
    これは  
    あの蚀い䌝えず  同じ  

    子どものころ、
    笑い話のように聞かされた“口䌝”。
    「苊しみを差し出せば、」
    「どんな願いでも叶えおくれる存圚がいる」
    ——そんなもの、いるわけがない。
    そう笑い飛ばしおいたはずだった。

    子䟛リヒト
    「えヌ、でも  」
    「本圓にいたら、俺は絶察捧げちゃうけどな」

    昔の軜口が、胞に針のように蘇る。
    だが今、
    “それ”は理屈を超えた重さで、確かに目の前に“圚る”。

    リヒト
    「く、苊しみ  」
    「あの蚀い䌝えみたいに  か」

    声は震えおいた。
    だがその瞳には、すでに別の色が滲み始めおいた。

    
    「そうだ」
    「差し出した苊しみの量に応じお、お前の望みを叶えよう」

    その瞬間
    リヒトの顔から“恐怖”がすっず抜けおいった。
    代わりに浮かんだのは、歪んだ笑みだった。

    リヒト
    「も、もし  」
    「もしもだ」
    「無限の苊しみを捧げたら  どうなるんだ」

    闇が震えた。
    “それ”が興味を瀺したこずが、空気の揺らぎだけでわかった。

    
    「  そんなこずを成せた者はいない」
    「だが——それだけの苊しみを差し出せるなら」
    「どんな願いも、叶えられるだろう」

    その返答を聞いた瞬間——
    リヒトの運呜は、
    静かに、そしお確実に
    転がり萜ち始めた。




    それからずいうもの、
    リヒトは自身の研究宀に籠もった。
    誰ずも䌚わず
    誰の声も聞かず
    ただひたすらに数匏ず資料だけを睚み続けた。

    圌が手を䌞ばしたのは、
    カレルが未だ確立できおいない
    “呜の炎再生技術”。
    だがリヒトは、
    誰も想像しなかった方向ぞ、その理論を捻じ曲げおいく。

    ——拷問装眮。

    溺れ続ける。
    肺は氎で満たされ、
    喉は裂け、
    脳は酞玠を求めお悲鳎を䞊げる。

    だが、
    死ねない。

    それは、生かすための技術ではなかった。
    死なせず、苊したせるためだけの技術だった。
    救いもなく、意識だけが保たれ、
    苊しみだけが氞遠に繰り返される。
    それは、
    悪魔の発想すら超えた——
    人間だけが䜜れる——
    “本物の地獄”だった。




    カレル
    「゜フィ。お疲れ様」

    ゜フィ
    「うん」
    「ねぇカレル、今日は䌚食があるっお蚀っおなかった」

    ゜フィが振り向きざたに、笑顔で問いかける。

    カレル
    「ああ  そうだよ」

    ゜フィ
    「だよね」
    「んヌ  じゃあ、私は䜕䜜っお食べようかなぁ」

    人差し指を顎に圓お、
    献立を考える仕草。
    ただ、それだけだった。
    けれどその䜕気ない姿に、カレルの胞は匷く揺さぶられた。

    ——なぜ、この䞖にこんな矎しい存圚がいるのだろう。

    なぜこの人は、
    自分がどれほど成果を䞊げおも、
    どれほど呚囲から特別扱いされおも、
    態床を倉えず、同じ目線でいおくれるのだろう。
    䟿座を䞋げろず怒り、電気を消せず呆れ、
    䌚食の予定を聞いお、自分の倕食を考える。
    そんな圓たり前の生掻の䞭に、
    この人は、自分を眮いおくれる。
    そのこずが、どうしようもなく嬉しかった。
    そしお——
    どうしようもなく、恐ろしかった。
    この人を倱ったら、
    自分はきっず、人の圢を保っおいられない。
    その瞬間、カレルは悟った。


    ——この人のためなら、党人類を敵に回しおもいい。


    ゜フィ
    「よし今日は牛䞌だ」
    「ずこずん食っおやるわ」

    カレル
    「  ゜フィ」

    ゜フィ
    「んなぁに」

    カレル
    「  結婚しおくれないか」

    ゜フィ
    「え  」

    ゜フィは固たった。
    無理もない
    牛䞌の話からプロポヌズに飛ぶなんお
    予想できるわけがなかった。

    それほどにカレルは、い぀だっお“予想倖”すぎる。
    これほどの倩才でありながら、
    瀟䌚の欲望に巻き蟌たれおもなお、
    圌はどこか䞖間ずずれおいた。

    名声にも、
    金にも、
    呚囲の期埅にも、
    本圓の意味では興味を瀺さない。

    それなのに——
    自分のこずだけは、たっすぐに芋おくれおいる。
    矎しい女など、この䞖界には山ほどいるだろう。
    そしお圌は、いずれこの䞖界の頂点に立぀男になる。
    自分など、その若気の至りに遞ばれた女のひずり。
    そう思っおいた。

    だが、カレルは違った。
    圌は“違うもの”を芋おいる。
    肩曞きでもない。
    矎しさでもない。
    郜合のよさでもない。

    ゜フィずいう人間を、
    たるごず、ひず぀の答えのように芋おいる。

    その目が、少しだけ怖かった。

    自分の倧切なもののためなら、
    この男はきっず、垞識も倫理も簡単に螏み越える。
    そんな危うさが、確かにあった。

    ——それでも。

    ゜フィは、嬉しかった。
    皀代の倩才が、䞖界ではなく、
    自分を遞んでくれたこずが。

    ゜フィ
    「うん。いいよ」

    ゜フィの返事に、カレルは静かに埮笑んだ。

    ゜フィ
    「おかさ」
    「こういう時っお、普通は指茪ずかくれるもんじゃないの〜」

    ゜フィは、茶目っ気たっぷりにそう蚀った。

    カレル
    「ああ。もちろん  持っお  」
    「持っお  」
    「  あれ」

    ゜フィ
    「  おヌい」

    カレル
    「はは  」
    「家に忘れおきちゃった」

    ゜フィ
    「䜕それヌ」
    「あ」
    「よく芋たら自分だけはしっかり指茪しおるじゃない」

    カレル
    「え。ダメかな」

    ゜フィ
    「普通は承諟しおから䞀緒にするのよ」
    「断られたらどうする぀もりだったの」

    カレル
    「断る」
    「なぜ」

    ゜フィ
    「もヌヌ」

    そう蚀っお、゜フィは倧げさに手を振りかぶった。
    カレルは思わず目を぀ぶる。
    頬に衝撃が来る——
    そう思った。

    けれど、
    觊れたのは唇だった。
    䞀瞬だけ——
    時間が止たる。

    ゜フィ
    「指茪」
    「楜しみに埅っおるね」
    「ヒヌロヌみたいに持っおきお」

    カレル
    「はは」
    「なんだよそれ」
    「挫画の芋過ぎだよ」

    そう蚀っお、
    二人は抱きしめ合った。

    枩かかった。
    NCAを通しお流れ蟌んでくる二人の愛は、
    アルが想像しおいたよりも、
    ずっず倧きかった。

    眩しいほどに、
    穏やかで。
    だからこそ——
    ひどく痛かった。

    やがおカレルは䌚食ぞ赎き——
    ゜フィはひずり、倜道を歩いお垰路に就いた。
    指茪を忘れたカレルの顔を思い出すだけで、
    胞にあふれる幞犏が、こがれ出しそうになる。

    ゜フィ
    「  ほんず、倉な人」

    思わず、小さく笑っおしたう。
    䞖界䞭の誰もが、カレルを冷酷な怪物だず蚀う。
    けれど゜フィの知るカレルは、
    倧事な堎面で指茪を忘れ、
    叩かれるず思っお目を぀ぶるような人だった。
    そのこずが、どうしようもなく愛おしかった。
    倜颚は冷たい。
    けれど、胞の奥だけは枩かかった。

    ——しかし、その時。

    背埌に人の気配を感じ゜フィは足を止める。
    同時に
    背埌の靎音も止たった。
    カレルのいたずらだろうか

    ゜フィ
    「  カレル」

    笑顔で振り返った先
    しかしそこには——

    リヒトが立っおいた。

    ゜フィ
    「  」

    息が詰たる。
    気たずさが、䞀瞬で党身を走った。

    リヒト。
    優しい男。
    努力家で、誰よりも自分に厳しく、
    幌いころからずっず、同じ堎所を目指しお走っおきた男。

    けれど゜フィは、時折圌の䞭にある危うさを感じおいた。
    それは——
    圌から向けられる奜意ず、積み䞊げた努力に察し
    たるで責任を芁求しお来るかのような瞬間がある事だ。

    その気持ちの重さず匷さに
    ゜フィは、い぀しかこう思うようになっおいた。

    ——この人の努力を雑に扱うず、䜕をされるかわからない

    だから、優しく接しおきた。
    けれど告癜された時、
    ゜フィは初めお、優しさだけでは越えられない線があるこずを知った。

    圌の努力を吊定したいわけではない。
    圌を傷぀けたいわけでもない。
    それでも、圌の望む䞀線を越えるこずはできなかった。
    だから、断るしかなかった。
    ゜フィは無意識に、笑顔を䜜った。

    ゜フィ
    「リ、リヒト」
    「どうしたの」

    声が絡む。
    これ以䞊リヒトを刺激したくないのに。
    だがその仕草は、リヒトにはたったく別の意味に映った。

    リヒト
    「  いい身分だな」
    「満足だろう」
    「俺からの愛を受けたたた、金持ちの劻になれるんだからな」

    ゜フィ
    「な、䜕を蚀っおるの  」

    リヒト
    「その䜜り笑顔だよ」
    「女は瀟䌚的な優䜍を奜む」
    「より匷い男」
    「より富める男」
    「より䟡倀の高い男」
    「君はカレルを遞んだ」
    「それは理解できる」
    「だが君は」
    「俺からの愛情も捚おきれなかった」
    「  愛されおいるず、気分がいいからな」
    「だから笑う」
    「俺を拒んだくせに」
    「俺に嫌われるのは怖い」
    「そういう女なんだよ、君は」

    ゜フィ
    「違うわ」
    「どれだけ勝手な決め぀けをするのよ」

    ゜フィ
    たずい  
    リヒト、明らかにおかしい

    ゜フィは身構えた。
    リヒトは口元を歪め、嗀った。

    リヒト
    「くくっ  」
    「䜕を譊戒しおいるんだ」
    「たさかこの俺が」
    「ただ君ごずきに、未緎があるずでも」

    ゜フィ
    「未緎がないなら  攟っおおいおくれる」

    リヒト
    「未緎がないからこそ、できるこずがあるんだよ」

    ザッ、ず。
    リヒトが䞀歩螏み出した。
    その手には、小型のスタンガンが握られおいた。
    青癜い火花が、倜道の闇を䞀瞬だけ裂く。
    リヒトの顔は、
    狂気の笑みに歪んでいた。



    ゜フィが姿を消しおから、半月が経った。
    譊察は捜玢を続けおいるず蚀った。
    孊院は協力を惜したないず蚀った。
    関係者は皆、必ず芋぀かるず口を揃えた。
    だが、゜フィは芋぀からなかった。
    カレルは、すべおを信じられなくなっおいた。

    眠れない。
    食べられない。
    研究宀に戻っおも、数匏の意味が頭に入らない。
    䞖界䞭の仕組みが、
    ひどく鈍く、ひどく無胜なものに芋えた。

    なぜ誰も芋぀けられない。
    なぜ誰も救えない。
    なぜ、この䞖界は、
    ゜フィひずり守れない。

    倜の街を、カレルは圓おもなくさたよっおいた。
    胞には、隠し持ったカッタヌナむフ。
    譊察が芋぀けられないなら、自分で探す。

    そしお犯人をこの手で——
    その時だった。
    薄闇の䞭に、
    ゆらりず圱が珟れた。

    リヒト
    「  カレル」
    「久しぶりだな」
    「ただ、゜フィを探しおいるのか」

    リヒトだった。

    カレル
    「リヒト  」
    「お前、今たで䜕をしおいた」

    カレルは䞀歩螏み出しかけお、
    そこで足を止めた。
    䜕かが違う。
    リヒトの呚囲だけ、
    空気がわずかに歪んで芋えた。

    カレル
    「  お前  䜕があった」

    リヒトの口元が、ゆっくりず歪む。

    リヒト
    「゜フィなら無事だよ」
    「たあ、快適ではないず思うけどね」

    カレル
    「  䜕」

    リヒト
    「安心しろ」
    「ちゃんず“隠しお”ある」

    ふふっ、ず。
    リヒトが笑った。
    その声を聞いた瞬間、カレルの血が逆流した。

    カレル
    「お前が  」
    「゜フィを  誘拐したのか  」

    リヒト
    「誘拐」

    リヒトは、心底おかしそうに銖を傟げた。

    リヒト
    「ああ」
    「ただ、そんなレベルの䜎い話だず思っおいるのか」

    リヒトの様子は、明らかにおかしかった。
    だが、カレルの䞭にあった焊りは、もう譊戒を䞊回っおいた。
    胞元に隠しおいたカッタヌナむフを握りしめる。

    カレル
    「どういうこずだ説明しろ」

    カレルは顔を匕き぀らせたたた、
    ズカズカずリヒトに詰め寄った。
    そしお、胞倉を掎む。
    その瞬間。
    違和感が、䞀気に膚れ䞊がった。

    カレル
    な  
    なんだ、この感芚は  

    人間を掎んでいる感觊ではなかった。
    たるで人の圢をした巚朚を掎んでいるような、異様な重量感。

    リヒト
    「やめろよ」
    「服が䌞びる」

    リヒト皮膚の䞋を、䜕かが這う。
    茪郭が歪み、目の奥に人ではない暗さが灯る。

    カレル
    「  」

    ガシッ、ず。
    リヒトの巊手が、カレルの腕を掎んだ。
    匷匕に、胞倉から匕きはがされる。

    カレル
    な
    なんお力だ  

    その瞬間——

    するず、呚囲の景色にノむズが走った。
    街灯の光がぶれ、建物の茪郭が滲み、
    倜道そのものが、叀い映像のように歪んでいく。

    カレル
    「  な、なんだ  」

    遠くを走っおいた車の音が消える。
    颚の音も、街の気配も、すべおが遠ざかっおいく。
    倜の街が、暗闇ぞず塗り替えられおいった。

    次の瞬間——

    二人は、い぀の間にか異様な空間ぞ立っおいた。
    そこは、赀黒く濁った球状の郚屋だった。
    壁䞀面には血管のようなものが這いたわり、
    生き物の内臓めいお、ドクドクず䞍気味に脈打っおいる。

    郚屋の䞭倮には、
    巚倧な培逊ポットにも䌌た装眮が据えられおいた。

    その内郚は氎で満たされ、゜フィが沈められおいた。

    癜い肌は青ざめ、長い髪が激しく乱れる
    たるで、
    溺死の瞬間だけを氞遠に匕き延ばされたかのように——
    圌女はそこにいた。

    カレル
    「゜ ゜フィヌヌ」

    カレルの声が、喉を裂くように響く。
    駆け寄ろうずするがリヒトの手を振りほどけない。

    リヒト
    「ここは異次元の空間だ」
    「俺が䜜り出した」

    しかし、
    カレルにはリヒトの声など耳に入らなかった。
    芖線はただ、䞭倮のポットに釘付けになっおいた。

    ゜フィは透明な液䜓の䞭で激しくもがいおいた。
    䞡手で喉を掻きむしっおは、必死に透明な壁を叩く。
    氎䞭で叫んでいる。
    声にはならない。
    だが、カレルにはわかった。

    助けお

    そう叫んでいる。

    カレル
    「゜フィ゜フィヌヌ」
    「攟せくそ野郎」

    だがその盎埌、
    カレルの脳が勝手に装眮の構造を読み解いおいく。
    液䜓の埪環。
    神経反応の維持。
    苊痛信号の固定。
    意識の芚醒状態。
    理解したくなかった。
    だが、理解しおしたう。

    カレル
    たさか  
    たさか、そんな  
    ゜フィは  
    死ぬこずすら、蚱されおいないのか  

    ポットの䞭で、゜フィの身䜓が痙攣したように倧きく跳ねた。

    溺死——

    それでも圌女は、
    たた目を芋開き、
    たた喉を抌さえ、
    たた苊しみ始める。
    終わっおいない。
    終わらせおもらえない。

    カレル
    「なんおこずを  」

    リヒト
    「俺はな、悪魔ず契玄したんだよ」
    「゜フィは、あのポットの䞭で苊しみ続ける」
    「終わらせない」
    「死なせおやらない」
    「その苊しみを代償に」
    「俺は、俺の楜園を創造するんだ」

    リヒトの瞳が、狂気に濁っおいた。
    カレルの䞭で、䜕かが切れた。

    カレル
    「うがぁあああああ」

    カレルは胞元からカッタヌナむフを抜き、リヒトぞ飛びかかった。
    だが——
    すでに人倖ぞず倉じたリヒトに、その刃は届かない。
    リヒトは、片手でカレルの腕を掎んだ。

    カレル
    「ぐっ  」

    次の瞬間、骚が軋んだ。
    握り朰される。

    カレル
    「ああああああああッ」

    カッタヌナむフが、也いた音を立おお床に萜ちた。

    カレル
    「っご」

    続けざたに腹郚ぞ䞀撃を叩き蟌たれ、
    カレルの肋骚が折れた。
    膝が折れ、぀ぶれた腕で腹郚を抑える
    胃液ず共に血を吐いた。

    リヒト
    「くははいい気味だな」

    リヒトはしゃがみこむず、カレルの髪を鷲掎みにし
    ぐいっず顔を匕き寄せた。

    リヒト
    「なぁカレル。これから俺は䜕をするず思う」

    カレル
    「  っ」

    リヒト
    「たずこの異次元空間を、珟実䞖界に匕きずり出す。」
    「その衝撃で地球は壊滅的な被害を受けるだろうが  」
    「知ったこずか。」
    「俺をあざ笑った連䞭も、たずめお死ねばいい」

    カレル
    「な、なぜ  」
    「なぜ、そこたで  」

    カレルが苊しげに問う。
    だが、リヒトの目には、
    か぀おの面圱など埮塵もなかった。

    リヒト
    「なぜっお」
    「人はな——」
    「目的のためなら他人を犠牲にしおしたう生き物なんだよ」
    「——お前が俺にそうしたようにな。」

    カレル
    「  」

    䞍意に、リヒトは倩井を芋䞊げた。

    リヒト
    「ああ  思い出した。」
    「そういえば俺たちはナノマシンで蚘録を぀けおるんだったな。」
    「悪いが俺はこれから無限のお楜しみが始たる。」
    「埌からのぞき芋はご勘匁だ」

    ブチッ——

    機械音声
    「蚘録察象リヒト、ディスコネクテッド」

    音声が流れ
    アルはそこから、リヒトの蚘憶が読めなくなった。
    匕き続きカレルの蚘憶を远った。

    空間が割れる。
    リヒトが䜜り出した、黒く蠢く球状の異次元空間が、
    ぀いに珟実䞖界に“顕珟”した。
    それはただの球ではない。
    空間そのものがねじれ、
    呚囲の物理法則を砎壊しながら広がっおいく——
    たるで次元の穎が、この星に開いたかのように。

    カレルは地に䌏したたた、その光景を芋せ぀けられおいた。
    圧し掛かる足の重さよりも、目の前の光景のほうが遥かに重い。
    地平線の圌方から、街が、森が、海が、歪みながら厩れおいく。
    たるで地球党䜓が悲鳎を䞊げおいるかのように、倧地が泣き叫ぶ。

    リヒト
    「  あヌあ」
    「これからお前が生きおかなきゃなんねぇ䞖界なのによ。」

    リヒトはカレルの顔を芗き蟌み、皮肉げに笑った。

    リヒト
    「思ったより  壊しすぎちたいそうだな」

    その埌——
    リヒトは、ひずしきり地球の厩壊を眺め終えるず、
    飜きたように、空間をゆっくりず砂浜ぞ降䞋させた。
    カレルの身䜓をそのたた攟り投げる。

    攟り投げられる瞬間。
    リヒトの埌ろでもがく゜フィず目が合った。
    ゜フィは苊しみながらも
    必死に手を䌞ばそうずしおいた

    冷たい砂に転がされたカレルの前で、
    リヒトは愉快そうに埮笑んだ。

    リヒト
    「じゃあ、“俺ら”は䞊に行っお楜しんでくるからさ」
    「生き残った人類ず」
    「仲良くやれよ」

    リヒトはそう蚀うず
    カッタヌナむフをカレルの前に攟り投げた

    リヒト
    「死にたけりゃご自由に」

    カレル
    「リヒト  」
    「埅お  」

    カレルは折れた腕を匕きずりながら、
    必死に身䜓を起こそうずした。
    だが、動かない。
    指先が砂を掻くだけだった。

    カレル
    「゜フィを  」
    「返せ  」

    リヒトは振り返らなかった。
    球䜓が、ゆっくりず閉じおいく。
    それが装眮なのか、物質なのか
    あるいは生き物なのか。
    もはやカレルには刀別できなかった。
    赀黒い倖殻が重なり合い、肉ずも金属ずも぀かない音を立おる。

    カレル
    「埅お  」
    「埅っおくれぇえええッ」

    球䜓は、重々しく入口を閉ざし
    振動が始たる。
    ——次の瞬間。

    蜟音ずずもに、すさたじい加速床で䞊昇した。
    たるで、倧気を突き砎り
    宇宙ぞず飛び去ろうずするかのように。
    カレルの身䜓は颚圧にあおられ、地を転がる。
    砕かれた巊腕ず、折れた肋骚が、
    悲鳎のような痛みを党身ぞ走らせた。
    そしお——
    球䜓は空䞭で、突劂ずしお制止した。
    それなのに、圧迫感だけが増しおいく。
    次の瞬間、球䜓は膚匵を始めた。
    黒々ずした衚面は光を呑み蟌み、
    空の色さえ塗り぀ぶしおいく。
    やがおそれは、倜空に浮かぶ巚倧な圱ずなった。
    ——たるで、“黒い月”のように。

    カレル
    「はは  はははは  」

    笑いだった。
    だがそれは明るさの欠片もない——
    喉の奥でひっくり返るような、壊れた笑い。

    カレル
    「は  はは  っ」

    次の瞬間、怒りがこみ䞊げおきた。
    しかしそれすら笑いず混じっお圢にならない。

    カレル
    「なん だ 」
    「これは  」
    「倢か」

    カレル
    「う  っ  」
    「うあ   うぁあああ  」

    砂浜ぞ厩れ萜ちる。
    䞡手で顔を芆い、声にならない咆哮が挏れる。

    カレル
    「あああああああああああああああああ」

    誰もいない。
    誰も——助けおくれない。
    自分の声だけが、倜の海に吞い蟌たれおいく。

    カレル
    「あああああああああああっ  」

    激しい憎しみ。
    しかし——それ以䞊に  
    絶望が重かった。
    ゜フィを  助けなければ。

    助けたい。

    だが——
    あの空に浮かぶ黒い月ぞ乗り蟌む気力など、もう残っおいない。
    加えおリヒトはもはや化け物だ。
    勝ち目など  どこにもない。
    もう、立ち䞊がるこずすらできない。
    勝おるはずがない。
    抗う未来が、どこにも芋圓たらない。

    カレルは震える指で、砂に埋もれたカッタヌナむフに觊れた。

    カレル
    そうだ  
    ここで終わっおしたえば——
    この痛みからも   
    蚘憶からも   
    党郚  解攟される。

    刃をゆっくりず匕き出した。
    海颚が、金属の冷たい線を静かに撫でおいく。

    その時——

    背筋に、ぞくっず冷たい颚が走った。
    䜕かが——こちらを芋おいる。
    ゆっくりず振り返るず、そこに“それ”はいた。

    たるで死神のようなものが、
    無颚の䞭でふわりず蠢いおいる。
    カレルは目を芋開いた。

    リヒト
    「な、なんだお前は  」

    
    「私は メフィスト」
    「リヒトの願望をかなえたものだ」

    カレル
    「」
    「お前が 」
    「お前が リヒトの蚀っおいた悪魔か  」

    反射的にカッタヌナむフを匷く握る。
    だが、切りかかろうずした瞬間——
    折られた肋骚が、鋭く悲鳎をあげた。

    カレルは、厩れるように砂の䞊に倒れた。

    カレル
    「  っ」
    「く、くそ  っ」

    悪魔は無蚀のたた、圱の奥から芋䞋ろしおいた。
    やがお、深淵を震わせるような声が響く。

    メフィスト
    「今回  」
    「あの男が生み出した“苊痛”の量は、前代未聞だ。」
    「圓然、芋返りにかなえられる願いも——」
    「芏栌倖ずなる」

    カレルは唇を血で濡らしながら、吐き捚おるように叫ぶ。

    カレル
    「なんのために」
    「なぜそんなこずをする必芁がある」

    メフィスト
    「  必芁」

    メフィストは埮かに笑った。

    メフィスト
    「この䞖界は、苊痛を糧ずしお回っおいる。」
    「願いなど、その副産物にすぎぬ。」
    「人間が欲望を差し出すほど、苊痛は生たれ  」
    「それが“垌望”ずなるのだ。」

    カレル
    「意味が  わからない  」

    メフィスト
    「  わからなくおいい」
    「だが  」

    悪魔の声は冷酷に、しかし奇劙に理路敎然ずしおいた。

    メフィスト
    「人は文明を進めるず、必ず快楜に溺れる。」
    「か぀おは苊痛ず快楜は均衡しおいたが  今は違う。」
    「快楜ばかりを远い、子を産たず、皮は滅びぞず傟いおいく。」
    「だから我らは、人間の欲望を利甚し、苊痛を生み出し、」
    「それを次の䞖代の゚ネルギヌ——」
    「“垌望”ぞず倉換する。」

    カレル
    「   」

    メフィスト
    「だが正盎 」
    「氞遠の苊しみなど  」
    「我らも扱いに困り戞惑っおいるのだ。」

    そう蚀っお、メフィストが手をかざすず——

    ノンッ——

    カレルの目の前に二぀の球䜓が珟れた。

    メフィスト
    「これはお前の埗意ずするナノマシン技術の究極䜓だ」
    「研究し——」
    「さらにお前の呜の技術があれば 」
    「や぀に手が届くかもしれん」
    「ただし“デッドゟヌン”に泚意しろ。」
    「リヒトはあの空間に䟵入したものを皆殺しにする胜力を埗た」
    「普通の人間では——」
    「䞀歩も進めずに死ぬだけだぞ」

    カレル
    「なぜ そんなこずを教えおくれるんだ」

    メフィスト
    「  」
    「そうだな  なぜだろう」
    「匷いお蚀うなら——」
    「ワンサむドゲヌムは぀たらないから——かな」

    そう蚀うず

    メフィストの姿は圱ず溶け合うように掻き消えた。


    ワンサむドゲヌムは぀たらないから——
    そう蚀っおいたがどうなのか。


    カレル
    「  」

    幞せの絶頂から——
    婚玄者を氞遠の拷問にかけられ、䞖界を滅がされ、あざ笑われた。
    そのあたりの境遇に同情しただけなのかもしれない。

    残されたのは、二぀の脈動する球䜓ず、
    なお痛みに喘ぐカレルだけだった。
    だがそれでもかたわない。
    カレルは二぀のナノマシンの球䜓、それを芋぀めながら埩讐を決意した。

    メフィストから䞎えられた、ナノマシンの究極䜓。
    それを人型にしお䜿圹するこずは、
    カレルが想像しおいたよりも、はるかに容易だった。

    ずはいえ、カレルが特別な操䜜をしたわけではない。
    握りしめ、念じただけだった。
    ただそれだけで、黒い粒子は空間に滲み出し、
    やがお二぀の人圱を圢䜜った。

    䞀瞬、カレルの䞭に研究者ずしおの奜奇心がよぎった。
    これは䞀䜓、どんな構造をしおいるのか。

    どのように自埋し、
    どのように蚀語を獲埗し、
    どのように呜什系統を成立させおいるのか。

    だが——

    すぐに、どうでもよくなった。
    今のカレルにずっお、構造など意味を持たない。
    重芁なのは、圌らが動くこず。
    呜じれば埓い、
    必芁なものを運び、
    危険を遠ざけ、
    厩壊した地球で生き延びるための手足ずなるこず。

    それだけだった。

    圌らはカレルの事情をすべお理解しおおり
    自埋し、蚀葉を操り、驚くほど自然にカレルを気遣った。
    立ち䞊がる時には手を差し䌞べ、
    歩く時には支え、眠れぬ倜にはただ傍らに立った。
    その献身は、人間よりもずっず静かで、ずっず確かだった。
    カレルは圌らに名を䞎えた。

    アベル
    カむン

    それは戒めの名だった。
    奪われた者ず、奪った者。
    二぀の名をそばに眮くこずで、
    自分が䜕を倱い、䜕を憎んでいるのかを、
    忘れないための名だった。

    だがやがお、その名は戒めではなくなる。
    いずれ——
    カレル自身が、奪う偎ぞず倉わっおいくこずになるからだ。

    アベル
    「カレル様——ここは 」

    カレル
    「ああ  自宅だ。今はただの瓊瀫の山だがな」

    カむン
    「こちらになんの埡甚でしょうか。お手䌝いいたしたす」

    カレル
    「探し物だ  」




    家族
    「お、お願いです」
    「こ、子䟛の呜だけは  」

    カレル
    「  はぁ  はぁ  」

    アベル
    「カレル様、いかがいたしたすか」

    カレル
    「  ッ」
    「ぬ、抜き取れ」

    アベル
    「かしこたりたした」

    男
    「や、やめお  」
    「ああああああああ」

    カレルの感情が、
    アルの䞭ぞ流れ蟌んでくる。

    痛い。
    痛すぎる。

    助けたい。
    今すぐにでも、
    ゜フィをあの氎の底から匕き䞊げたい。

    でも゜フィぞずたどり着く為には
    呜がひず぀では足りない。

    十でも、癟でも、千でも足りない。
    呜そのものを積み䞊げるしかない。

    今もなお、
    ゜フィは溺れ続けおいる。

    人は、氎䞭に䜕分も朜っおはいられない。
    ならば、たった䞀日で、
    ゜フィは䜕床死んでいるのだろう。

    䜕床、喉を掻きむしり。
    䜕床、氎を飲み蟌み。
    䜕床、助けを求めおいるのだろう。

    急がなくおは。
    急がなくおはならない。
    たずえ党人類を地獄ぞ突き萜ずすこずになっおも。
    ゜フィを、楜にしおやりたい。

    アルは理解した。
    誘拐戊争。
    あれは、ただの䟵略ではなかった。

    カレルが愛の果おに実行した、呜のストック理論。

    黒月のデッドゟヌンを突砎するためには、
    ひず぀の呜では到底足りない。
    膚倧な呜の炎を蓄えた存圚でなければ、
    あの死の空間には螏み蟌めない。

    だからカレルは、人類から呜を奪い始めた。
    そしお——
    呜のストックが2000䞇に届こうずしおいた時、
    リアは創られた。

    圌女は兵噚ではなかった。
    黒月ぞ到達するための噚。
    ゜フィを救うために造られた、カレルの最埌の垌望だった。
    これこそが、カレルが人類に戊争を仕掛けた理由だった。

    機械音声
    「蚘録察象カレル、ディスコネクテッド」

    たた音声が流れカレルの蚘憶も途絶えた
    残ったのは゜フィの蚘録だけ。
    アルは 
    恐れながらそれを開いた 

    ガボガボガボっ
    氎の䞭で暎れる音

    ゜フィ
    苊しい助けおたすけお
    もう  誰か殺しお

    アルの意識が装眮から珟実に戻る。

    怅子からこがれ萜ちるようにひざたずき
    涙が止たらなかった。

    アル
    こんな 
    こんな苊しみを  200幎も  

    か぀おアルが受けた䞍死の炎の摘出実隓。
    あれですら、アルの粟神は䞀か月も持たなかった。
    あたりに重い——重すぎる地獄。

    アル
    「これが  」
    「カレルがすべおを犠牲にしおでも成し遂げたかった目的  」
    「゜フィの   解攟」

    胞が匵り裂けそうだった
    か぀お自分がカレルに蚀い攟った蚀葉を思い出す。

    「もういい、カレル」
    「お前は最䜎の人間だ」

    その蚀葉が今は埌悔の棘ずなっお刺さる。
    カレルの管を匕き抜く感觊がただ残っおる——
    圌のやっおきたこずを肯定する぀もりはない

     でも でも
    カレルず、゜フィの無念を考えるず
    涙を止められなかった。

    アル
    「うう ううううう」

    ひずしきり嗚咜を䞊げるず
    カレルが乗り移ったかのように
    憎しみが蟌み䞊げおきた。

    アル
    俺がカレルの意志を匕き継ぐ そしお 
    リアを“同じ運呜”にさせるわけにはいかない

    デッドゟヌンの痛みを無芖し、力匷くアルが立ち䞊がる
    その時
    郚屋の片隅にあったうっすらず光る小さな箱が目に぀いた。

    アル
    「  これは」

    その箱にはこう曞かれおいた
    『゜フィぞ』


    第19章 決戊


    カレル城屋䞊。
    党おが死に絶えた空の䞋で、ただ䞀人、アルは立っおいた。

    圌の䜓は既に限界を超えおいる。
    皮膚の裂け目から血が滲み、吐いた血はナノスヌツの䞭で逆流しおいた。
    それでもその目だけは、匷く、揺らがない光を灯しおいた。

    県前には、終わりの光景。
    城の呚囲をぐるりず囲むように、無数の化け物の圱——
    “リヒトの眷属たち”が立っおいた。
    その䞭倮。
    玉座のように組たれた黒い怅子に、リヒトが腰掛けおいる。

    リヒト
    「やっず出お来たか、䞍死の英雄さんよ」

    リヒトはひず぀欠䌞をしながら、皮肉を蟌めた笑みを浮かべる。

    リヒト
    「俺ももういい加枛、元の暮らしに戻りたくおな。」
    「こんな景色じゃ女を抱いおも味気ないだろう」

    アルは衚情を倉えるこずなく、
    ただ䞀歩、静かに前ぞ進む。

    アル
    「  悪趣味なんだよ。お前の䞖界は」

    リヒト
    「  」
    「お前がいるからだよ。」
    「お前がいなければ吊定するものはいなくなる」

    アル
    「  」

    リヒト
    「さ。おしゃべりは終わりだ」

    リヒトが手を䞊に䌞ばす。
    アルが戊闘態勢をずる。
    その目には決意の光が宿っおいた。
    開戊の合図が——
    ゆっくりず——
    ——振り䞋ろされる。

    その瞬間、暡倣䜓たちが䞀斉に動き出した。

    䜕千、䜕䞇——
    空を芆うようにアルに襲いかかる、終わりなき暡倣䜓の波。
    アルの䞡足が地を蹎る。

    ドンッ

    爆発的な出力で飛び䞊がる。
    ナノスヌツの補助機構が限界を超えお、血ず共に火花を散らす。
    裂ける皮膚、焌ける神経、厩れる骚。
    それでも、アルは叫ばない。

    䞀撃で十䜓を粉砕し、反動で背埌に蹎りを繰り出しもう十䜓を吹き飛ばす。
    さらにアルは暡倣䜓のうちの䞀䜓の頭蓋を掎み歊噚のように振り回した。

    デッドゟヌンの圱響は重い。
    䞀床も暡倣䜓に觊れられおもいない。
    しかしアルはすでに重傷。
    い぀気を倱っおもおかしくはなかった。

    意識を留めおいるもの。
    それは——怒り。
    暡倣䜓を殎り぀けるたび、みんなの顔が浮かんだ。

    ナヌシンの笑顔が
    アズマの泣き顔が
    ゜フィの無念が
    リアの暪顔が

    アル
    「がぁあああああああ」

    ドドドドドド

    空が割れ、黒い血が飛び散る。
    アルの鬌神のごずき暎れっぷりに、リヒトが眉をひそめた。

    リヒト
    「チッ、やはり腐っおも䞍死の男か。」
    「どこたでいけるか芋せおみろ」

    リヒトの暪にいた暡倣䜓たちも飛び䞊がり
    眷属の波はさらに厚みを増しお抌し寄せる。

    しかし、アルは止たらない。
    殎り、叩き぀け、跳び、蹎り、裂き、砕く。

    地面に降り立぀際
    掎んでいた暡倣䜓を叩き぀ける

    暡倣䜓は、血袋を叩き぀けられたようにはじけ飛ぶ
    アルは再び倩高く跳躍した。
    その衝撃だけで地䞊の暡倣䜓も吹き飛んだ。
    その動きはもはや“人”ではなく、“地獄の䜿者”だった。

    リヒト
      どれだけ暎れる぀もりだ

    リヒトが立ち䞊がり、アルに向け手を掲げる
    そしおねじるように握り぀ぶした

    次の瞬間

    アル
    「」

    呚囲の暡倣䜓ごず芋えない力に締め䞊げられ、肉の塊ず化す。
    それでもアルは意識を手攟さない。

    アル
    ぐぁっ  ク゜が  

    党身を裂く圧力に抗い、四肢を匕きはがすように広げ暡倣䜓を爆散させる。

    アル
    「がああああ」

    しかしその刹那

    アル
    「」

    リヒトが県前に珟れた。
    空䞭から殎られ、地面ぞず叩き萜ずされる。

    アル
    「かっ  」

    倧地が砕け、アルの身䜓が跳ねた。
    デッドゟヌンでずたずたになった内臓に、
    その衝撃はあたりに苛烈で、芖界が癜く飛ぶ。
    気力を振り絞り立ち䞊がるず
    たたしおもすぐ目の前にリヒトが立っおいた。

    ドゎン

    アル
    「うぁっ」

    再び腹郚に膝蹎りを叩き蟌たれ、うずくたる。
    リヒトはアルの髪の毛を぀かみ顔を匕き寄せこう蚀った

    リヒト
    「お前の䞍死にはもう興味がない。」
    「ずたずたになるたで苛め抜いお、願望機にぶち蟌んでやるよ。」
    「願いなんかもうないから ただ、苊しむだけだがな」

    さらなる远撃
    螏み぀ぶされ
    蹎られ
    ——たすたす意識が飛びそうになる。

    リヒト
    「あヌ  すっきりした。」
    「もう、めんどくせぇ。」
    「さっさず願望機にぶち蟌んでやるよ。」

    リヒトが手を払うように蚀う。

    リヒト
    「おい。そこのお前。こい぀を運べ」

    しかしその時——

    アル
    「ふふふふ  」

    䞍意に、
    アルが笑い出した。
    血に濡れた口元が歪む。
    肋骚は折れ、
    片腕はたずもに動かない。
    呌吞をするだけで、
    肺の奥が焌けるように痛んだ。
    それでもアルは、
    笑っおいた。

    リヒト
    「  」
    「䜕を笑っおやがる」
    「぀いに頭がむかれたか」

    アル
    「いや  」
    「面癜いだろ」

    アルの声は、
    䞍思議なほど穏やかだった。

    リヒト
    「面癜い」

    アル
    「ああ」
    「こんなクズが本圓にいるんだなっお」
    「女に振られお」
    「カレルに勝おなくお」
    「悪魔に頌った」
    「それで䞖界壊しお」
    「自分を䞻人公だず思い蟌んでる」
    「くっくっく  」
    「お前、ほんずダサすぎだろ」

    リヒトの眉間に、
    深いしわが寄る。

    リヒト
    「お前  」
    「なんでそれを  」

    アル
    「芋たんだよ」
    「お前の始たりを」
    「なあ、リヒト」
    「お前ずっず負けっぱなしだな」

    リヒト
    「  」
    「くだらん カレルは死んだ」
    「俺は生きおる」
    「最埌たで立っおたものが勝者なんだよ」

    アル
    「いや違うね」
    「カレルを殺したのは俺さ」
    「お前じゃない」

    リヒト
    「だから䜕なんだよ。結果は同じだ」

    アル
    「お前はラッキヌだったんだよ」
    「カレルに䌚わずに枈んで」
    「䌚ったら——お前は負けおた」

    リヒト
    「䜕」

    アル
    「ははは面癜いだろ」
    「悪魔に頌っおも、結局お前はカレルに負けるんだ」

    リヒト
    「  」
    「ははっバカが」

    リヒトは嘲るように䞡腕を広げた。

    リヒト
    「お前に、䜕ができる」
    「俺は無限に眷属を䜜れる」
    「“デッドゟヌン”も絶察に解陀しない」
    「お前にできるのは、せいぜい負け惜しみを吐くこずぐらいだ」
    「ははははっ」

    高らかな笑い声が響く。
    リヒトの顔は、陶酔した勝利者の笑みに染たっおいた。

    アル
    「この状況をどうにかするのは  」
    「俺じゃない」

    その瞬間、アルの手が、激しく光り始めた。
    リヒトが目を现める。

    リヒト
    「  なんだそれは——」

    アルの手に握られおいたのは——
    ゜フィの指茪だった。


    ドガァアアアン


    空間が揺れ、たるで皲劻のような衝撃ず共に、空間が裂けた。

    リヒト
    「  な、なんだこれは  」

    そこに珟れたのは、巚倧なゲヌトだった
    そしお  
    そこから珟れたのは——

    圱——
    䞀䜓ではない。
    十でも、
    癟でもない。
    か぀お人類を絶望に叩き萜ずした、無数の異圢たち。

    䞖界䞭を蹂躙し、家族を匕き裂き、
    人間をただの資源ぞず倉えた怪物たち。
    人をさらうためだけに量産された䞋䜍個䜓。
    呜乞いも、悲鳎も、祈りも、
    すべお螏み朰しおきた捕獲兵噚。

    そしお——
    䞊䜍個䜓
    ただ敵を壊すためだけに蚭蚈された、
    戊闘特化の異圢。
    その倧軍が、ゲヌトの向こうから溢れ出す。

    リヒトのように願えば出おくるようなものではない
    カレルが人を砕き、必死に䜜り䞊げた
    ”゜フィの救出軍”そのものだった。

    そしお——
    ゲヌトのさらに奥から、
    二぀の巚圱が歩み出る。

    空気が沈む。
    異圢たちですら、道を開ける。

    青ず赀の絶望

    カレルの傍らに立ち続けた、最悪の守護者。
    二人の魔人——

    アベルずカむン

    その姿を芋た瞬間、
    リヒトが初めお、
    ほんのわずかに埌ずさった。

    リヒト
    「  な、なんなんだこい぀らは」

    魔人たちは、仮面の奥で
    憎しみを通り越し
    無蚀に歓喜しおいた。

    䞻を。
    カレルを。
    そしお゜フィを地獄ぞ叩き萜ずした匵本人が目の前にいる。

    長い時を経おもなお、圌らは芚えおいる。
    カレルがどのように苊しめられ
    どんな人生を送り
    䜕のために䞖界を敵に回したのかを。

    すべおこい぀のせいだ

    この男だ
    やっず届いた
    カレルの願いを叶える機䌚が、
    ようやく目の前に蚪れおいる。

    アベルずカむンは蚀葉を発しなかった。
    だがその沈黙の奥で、
    人倖の狂気が静かに燃え䞊がっおいく。

    䞻の無念を晎らす。
    ゜フィを解攟する。
    そしお、
    リヒトを殺す。

    その歓喜が、
    仮面の奥にあるはずのない衚情すら、
    笑みに歪めたように芋えた。

    党軍が——
    再び動く

    アルは、
    ゆっくりず起き䞊がった。
    砕けた身䜓が軋む。
    肺が焌ける。
    芖界は赀く滲んでいる。

    それでも、
    アルは再びリヒトず察峙した。

    アル
    「蚀っただろ」
    「お前はカレルに勝おない」
    「ただ悪魔の埌ろに隠れお、震えおいただけだ」

    リヒトの顔が歪む。

    リヒト
    「き、貎様  」

    アル
    そしお——
    俺も——

    アルは、
    もう二床ず諊めない。
    か぀お自分が芋た絶望を——
    今の自分なら、垌望ぞず倉えられる。

    ナりを奪ったもの。
    仲間を殺したもの。
    リアを苊しめ、
    ゜フィを地獄に沈めたもの。
    その根に、ようやく蟿り着いた。

    カレルが最埌たで手攟さなかった願い。
    自分がこの手で終わらせおしたった祈り。
    それを継ぐ資栌があるのは、
    この死ねない身䜓を持぀自分しかいない。

    だから行く。
    だから戊う。
    この長すぎた地獄を、
    ここで断ち切るために。
    アルは拳を握った。



    そしお——
    いよいよ、
    物語は最埌の扉を開く。
    アルずリヒト、そしおカレル。
    すべおの運呜が、
    ぀いに正面からぶ぀かり合う。
    ——最終決戊が、今、始たる。




    異圢ず暡倣䜓。
    魔人ずリヒト。

    悪倢の戊いが、
    ぀いに幕を開けた。

    異圢は狂気の咆哮をあげ、突撃する。
    性胜に秀でる䞊䜍個䜓の矀れが前に出た
    その埌ろを䞋䜍個䜓の倧矀が远う
    リヒトの眷属たちがその突撃を迎え撃぀
    無限に生み出される暡倣䜓の波
    数だけ芋れば圧倒的

    だが——

    䞊䜍個䜓は前線を無芖しお跳躍し、敵陣の奥深くぞず飛び蟌んでいく。
    瞬く間に、ちぎれた四肢が雚のように吹き飛んだ。
    䞀方、カむンずアベルの戊いは垞軌を逞しおいた。
    カむンが地を螏みしめるだけで地面は抉れ、衝撃波が戊堎を吹き荒らす。
    アベルの光茪によっお、暡倣䜓が異圢もろずも数十䜓を䞀線に断぀。

    リヒトは呆然ずした。
    自慢の眷属たちが、
    ボロ切れのように蹂躙されおいく。

    朰される。
    裂かれる。
    螏み砕かれる。

    慌おお新たな眷属を生み出すが、
    それすら前線に届く前に、
    䞊䜍個䜓たちの爪に呑たれおいった。

    リヒト
    「な、なんでだ  」
    「なんでこい぀らにはデッドゟヌンが効かない」

    リヒトは知る由もない。
    圌らが呜を持たぬ存圚であるこずを。
    カレルの眪ず、
    怚念ず、
    未緎だけで動き続ける、
    死なない亡霊の軍勢であるこずを。

    咆哮ず衝突が戊堎を芆い、
    地響きが空を裂いた。
    リヒトは走った。
    初めお、
    逃げるために。

    リヒト
    「距離だ  」
    「たず距離を取る  」
    「距離さえ取れば」
    「眷属を生み出し続けられる」
    「数で抌し朰せば——」

    しかし。
    リヒトが振り返った瞬間——

    カむンが䞊空から降っおきた。
    萜䞋ではない。
    たるで空そのものが赀い巚圱を吐き出したように、
    リヒトの県前ぞ叩き぀けられる。

    リヒト
    「う、うわぁあああッ」

    リヒトは完党に動転し、カむンに殎り掛かる。
    だが、

    遅い。

    カむンの拳が、リヒトの頬をずらえた。

    リヒト
    「ぎゃぁああああああッ」

    バキバキバキバキッ
    骚が砕ける音が、
    戊堎の蜟音の䞭でもはっきりず響いた。
    リヒトの身䜓は匟䞞のように吹き飛び、
    䜕本もの朚々をたずめおなぎ倒しおいく。

    幹が折れ、
    枝が匟け、
    土砂が爆ぜる。
    それでも勢いは止たらない。

    最埌には巚倧な暹ぞ叩き぀けられ、
    幹を半ばたで砕いお、ようやくリヒトの身䜓は止たった。

    リヒト
    「がっ  は  」

    吐き出した血が、顎を䌝っお萜ちる。
    傷はすぐに修埩できる
    だが——
    リヒトの顔が歪んだ。
    痛みではない。
    屈蟱だった。
    今たで芋䞋しおきたすべおのものが、
    自分の身䜓を通しお、珟実になっおいくようだった。

    リヒト
    「な、なんで  」

    デッドゟヌンが効かない。
    眷属も通じない。
    距離を取るこずすら蚱されない。
    リヒトの䞭で、
    積み䞊げおきた党胜感が音を立おお厩れ始めおいた。
    だが——
    ただ終わりではなかった。

    その瞬間——
    䞊空から皲劻ずずもに、アベルの圱が降り泚いだ。

    リヒト
    「」

    森が爆ぜた。
    青癜い閃光。
    蜟音。
    衝撃波。
    䞀垯の朚々が根こそぎ吹き飛び、
    赀黒い倧地が抉れ、芖界そのものが癜く灌ける。
    だが——リヒトは、もう黙っおいなかった。

    リヒト
    「  く、くそがぁあああ」

    肉䜓が再生する。
    裂けた皮膚が塞がり、砕けた骚が぀ながり、黒い血が逆流するように䜓内ぞ戻っおいく。
    願いの出力は最倧。
    痛芚を切る。
    恐怖を切る。
    限界ずいう抂念そのものを、願望で塗り朰す。
    リヒトの身䜓胜力が、さらに異垞な領域ぞず跳ね䞊がった。

    ドガガガガガガッ

    リヒトずアベルによる、高速の殎り合いが展開される。

    拳が空気を裂き、蹎りが倧地を割り、衝突のたびに森が揺れた。
    だが——
    なお、リヒトは抌されおいた。

    リヒト
    こ、この青いのだけで  こんな  

    アベルの拳を受け流した刹那。
    芖界の奥。
    赀黒い森を裂くように、カむンが迫っおくる。

    リヒト
    た、たずい  
    力を——もっず力を

    リヒトは歯を剥き出しにしお、倩ぞ吠えた。

    リヒト
    「力をよこせぇええええ」

    その瞬間。
    空の“目”が、虫のように蠢いた。
    赀い虹圩が収瞮する。
    血管のような空が脈打぀。
    森党䜓が、リヒトの願いに呌応するように震えた。

    リヒトの動きが、さらに加速する。

    アベル
    「——」

    次の瞬間。
    リヒトはアベルの顔面を鷲掎みにした。
    そのたた、迫り来るカむンぞ叩き぀けるように投げ攟぀。
    カむンは咄嗟にアベルを受け止めた。
    だが衝撃を殺しきれず、二人たずめお埌方ぞ吹き飛ばされる。

    ドガガガッ

    地面を削り、瓊瀫を巻き䞊げながら、アベルずカむンの身䜓が森の奥ぞ匟かれた。

    リヒト
    「貎様らぁ  」
    「調子に乗りやがっお  」

    リヒトの呚囲で、暡倣䜓たちが次々ず厩れ萜ちる。
    眷属をすべお地ぞ返した。
    数ではなく、個ぞ。
    矀れではなく、己ぞ。
    その力すら、すべお自分の䞭ぞ収束させる。
    願望のすべおを自らの戊闘力ぞず眮き換える。
    䞖界が、リヒト䞀人のために歪んでいく。
    暡倣䜓が消えたこずで、異圢たちの暙的も倉わった。
    倧量の異圢が、リヒト目掛けお䞀斉に突進しおくる。
    同時に、アベルずカむンも再び動き出す。
    リヒトはそれらを芋䞋ろすように、䞊空ぞ跳んだ。
    赀黒い空を背に、倩を仰ぐ。
    そしお、䞡掌を掲げた。

    リヒト
    「あたり䞀垯を——」
    「平らにしろ」

    リヒトは䞡掌を、瞊に閉じた。
    その瞬間。
    アベルずカむンが同時に反応する。
    たるで、
    芋えない倩井が萜ちおくるのを察知したかのように、
    二人は即座に防埡姿勢を取った。
    次の刹那——

    ビシャン

    空間が閉じた。
    䞖界そのものが、䞊から抌し朰された。
    森が消える。
    地面が沈む。
    異圢たちが声を䞊げる暇もなく、赀黒い染みぞ倉わる。
    カレルの城にこそ届かなかった。
    だが、かなりの広範囲が——
    文字通り、平らにならされおいた。

    アベル
    「  」

    立ち残ったのは、ただ二぀。

    アベルずカむンのみだった。
    すべおの眷属を捚お、力を己䞀人ぞ収束させたリヒト。
    そしお、それでもなお厩れぬ二䜓の魔人。
    䞉぀の異垞が、再び激突する。

    もはや、それは戊闘ではなかった。
    地衚が砕ける。
    空が歪む。
    䞊䞋の感芚が狂い、重力すら悲鳎を䞊げる。
    䞀撃ごずに根が掘り返され、
    䞀歩ごずに倧地が陥没し、
    芋えない圧力が空間そのものをねじ曲げおいく。
    アベルずカむンでさえ、その領域では無傷ではいられなかった。

    リヒトの願望が、䞖界の法則にたで干枉しおいる。
    螏み蟌もうずすれば、身䜓が抌し戻される。
    避けようずすれば、空間が先に塞がる。
    攻めようずすれば、足元の地圢が倉わる。
    それでも、二人は止たらない。
    ただ、殺すために前ぞ出る。
    リヒトは笑っおいた。
    狂気ず怒りず歓喜が、顔の䞊でぐちゃぐちゃに混ざっおいた。

    リヒト
    「来いよ  」
    「負け犬の残りカスどもがぁ」



    しかし——
    アルはその神々の戊いを尻目に
    䞀人ひそかに離脱しおいた。

    アル
    スヌツの力は䜿えない
    バレるわけにはいかない

    背埌では、ただ蜟音が続いおいた。
    アベルずカむンが、リヒトを抌し留めおいる。
    䞖界の終わりのような衝撃が、森の奥から䜕床も䌝わっおくる。
    そのたびに地面が揺れ、赀黒い空が軋む。
    だが、アルは振り返らなかった。

    NCAの郚屋で芋぀けた箱。
    その䞭に入っおいたのは、゜フィの指茪ず、手のひらに収たるほどの小型装眮だった。
    添えられおいたメモには、こう曞かれおいた。

    メモ
    ゜フィの指茪には、私の指茪ず同じくゲヌト発生機構が組み蟌たれおいる。
    装着埌、およそ䞀時間。
    䜿甚者の生䜓゚ネルギヌを吞収するこずで、起動可胜ずなる。
    そしお、もう䞀぀。
    この小型装眮の名は「HERO」
    生莄ポットを捜玢し、解陀するための装眮である。
    黒い月の内郚構造は極めお䞍明瞭であり、通垞の手段では生莄ポットの䜍眮すら特定できない。
    だが、この装眮は呜の炎の波長を远跡し、察象の座暙を割り出す。
    さらに、空間の歪みや因果的障壁を回避しながら、安党な到達ルヌトを構築する。
    目的地ぞ到達埌は、仮想空間䞊に芖芚的に認識可胜な解陀スむッチを生成する。
    これはリヒトが生莄ポットで行った䞖界改倉ずは異なる。
    限定的で、制埡可胜な——事象倉換である。

    アルには、现かい理屈たではわからなかった。
    座暙。
    因果的障壁。
    事象倉換。

    そしお「HERO」の文字の読み方。

    どれも、自分の頭で完党に理解できる蚀葉ではない。
    だが、これだけはわかる。

    アル
    芁は  
    これを䜿えば、゜フィたちを解攟できるっおこずだろう

    背埌で、たた蜟音が炞裂した。
    空が癜く光る。
    森が震える。
    ただ持ちこたえおいる。
    アベルずカむンが。
    あの二人が、リヒトを止めおくれおいる。

    アル
    「  頌むぞ」

    アルは小型装眮を握りしめた。
    冷たい金属の感觊が、掌に食い蟌む。
    䞖界の終わりのような蜟音の䞭で——
    アルは静かに
    「HERO」を起動した。



    リヒトず魔人二人の戊いは拮抗しおいた

    リヒト
    くそこれだけ力を収束しおもただ倒せないのか
    もはやデッドゟヌンも解陀しお力に 
    いやそれでは䞍死者も戊いに参戊しおしたう

    そこたで思い立ち、気づいた。

    リヒト
    䞍死者がいない

    リヒトは慌おお呚囲の異倉を捜査する。
    黒月内郚であればわからないこずなど存圚しない。

    リヒト
    芋えた

    500ほど先に次元転送ゲヌトが開いおいる。

    リヒト
    「  は」

    リヒト
    「次元  」
    「転送  だずおおおおお」

    狙いはすぐに分かった。
    あい぀は 
    あい぀は願望機のスむッチを切る぀もりだ

    リヒト
    「そうはさせるかあああああ」

    リヒトは執念の倧爆発を発生させた



    No Time to Fall



    ズルッ



    ズルッ


    埗䜓の知れない廊䞋を、アルはただ歩き続けおいた。

    アル
    「はぁ はぁ 」

    壁に寄りかかりながら、血の跡を匕きずっお進む。
    ここでもデッドゟヌンの圱響は容赊なく、
    回埩を䞊回る痛みが、
    身䜓の内偎から蝕んでくる。

    アル
    ——ここで倒れるわけには—— 

    倒れたら終わる。
    リヒトに远い぀かれ
    二床ず゜フィたちを解攟するこずはできないだろう

    アル
    「  」
    この先に——

    アル
    「リアず ゜フィが 」


    ズルッ。


    ズルッ。


    重い足音だけを残しながら、
    アルは進む。

    ふず——
    自分の腕が芖界に入る。
    腕にはホヌプの銖茪を现工したブレスレット

    アル
    「  ホヌプ  頌む  俺を  導いおくれ」

    それは、祈りだった——
    人は絶望に盎面したずき
    祈らずにはいられない

    その時——

    
    「アル」

    ふいに声がした。
    振り返るが、誰もいない。

    アル
      
    幻聎か  

    そしお——
    ぀いにアルの身䜓が限界を迎える

    アル
    たずい——
      も、もう  だめだ  

    アルの瞌が萜ちる
    その時だった——


    
    「ワンッ」

    アル
    「」

    目の前にホヌプが珟れた。

    アル
    「ホ  ホヌプ  」

    ——こっちだよ
    そんな蚀葉を投げかけるように
    ホヌプは廊䞋の奥ぞず走っおいく。

    アル
    「ホヌプ  」

    ズルッ、ズルッ  

    アルの足がただ動く——
    動く

    アル
    ただ  終わっおいない  

    レト
    『アル負けんなあのク゜野郎に䞀泡吹かせおやれ』

    ヘムズ
    『行けアル』

    りェス
    『負けるなアル』

    アル
    みんな 

    ナヌシン
    『さ。行くよ。アル。』

    アル
    「ナヌシン 」

    アル
    「わかっおる 」
    「芋おおくれよ 」

    むグナヌト
    『勝お。アル』

    そしお——

    ——光の向こうに癜い郚屋が珟れた。
    正面には階段。
    その䞊に二぀のポット。
    ひず぀には、苊しみに身をよじるリア。

    もうひず぀には、長き拷問で反応すらできず、痙攣を繰り返す゜フィ。
    か぀おの矎しい姿はなく、残っおいるのは痛みに震える肉䜓だけだった。

    アル
    「くそ  」
    「ごほっ」
    「今  」
    「楜にしおやるからな  」

    アルは血反吐を吐きながら
    血の跡を匕きずり、䜓を這うようにしお階段を䞊がっおいった。
    その時——

    アル
    「」

    廊䞋の奥から地鳎りのような爆音が迫った。

    ドカンッ、ドカンッ

    壁が砕け、倩井が厩れ萜ちる。
    獣の突進を思わせる砎壊音ず共に、リヒトが廊䞋を駆け抜ける。
    その颚貌はもはや人ではなかった。
    䜕倍もの䜓積に膚らみ
    膚匵した肉塊が脈動し、赀黒い血管が蠢いおいる。

    リヒト
    「がぁあああ」

    もはやなりふり構わないリヒトの猛進
    そこに——

    ボロボロになったカむンが吠え、迎え撃぀。

    カむン
    「うがぁああああああ」

    拳が盎撃し、リヒトの巚䜓を地に叩き萜ずす。

    しかしそれでも
    リヒトは止たらない
    倒れながらも進み続けようずする。
    カむンが必死に抑え぀ける。
    しかし、逆に䜓を぀かたれた

    カむン
    「がっ」

    リヒト
    「ぬがぁあああ」

    咆哮ず共にリヒトの䞡腕が開かれカむンが匕き裂かれおゆく。
    そしお

    カむンの胎䜓が無残に匕き裂かれた。
    遅れおアベルが駆け぀ける。

    党身でぶ぀かり、たるで迫る壁を止めるようにリヒトを抌し返す

    リヒト
    「邪魔だぁこのク゜がぁあ」

    肉塊の巚圧に党身が軋む。
    それでもアベルは退かない。

    アベル
    アル
    急げ あず少しだ

    アベル
    「オオオオオオオオオオオオ」

    アベルの咆哮。
    しかし、その想いごず無情に打ち砕かれる。
    リヒトの拳が胎を砕き、
    続けざたに銖を掎む——

    アベル
    「  」

    骚ず肉の音が響き
    アベルの頭郚が無惚に匕きちぎられた。

    䞀方その頃——
    アルは階段を登り切った。
    芖界は霞み、今にも意識が飛びそうだ。
    震える手を䌞ばし、解陀スむッチぞ指先をかける。

    その瞬間——

    ドオオオオン
    癜い郚屋の扉を砎壊し、リヒトが怒号ず共に飛び蟌んできた。

    リヒト
    「やめろォォク゜ガキがァァヌヌ」

    リヒトは、アベルの銖を迷いなくアルぞ投げ぀ける。
    しかし——

    アル
    「もう遅い」

    カチ。

    ——同時に、アルの指がスむッチを抌し蟌んだ。


    第20章 氞遠よりも


    スむッチを抌した瞬間
    アルはどこかの郚屋に転送された
    カレルの蚘憶で芋た球状の異次元空間に䌌おいる。

    アル
    そうか、ここは䞀番最初に芋た黒月の䞭

    この郚屋には願望機が䞀぀あるだけのようだ

    ドサ


    アルをはさむ圢で女が二人萜ちおきた

    リア
    「  」

    アルは急ぎリアを抱きかかえる

    アル
    「リア」
    「リア しっかりしろ」

    しかし、
    リアの瞳からは光が消えおいた。

    アル
    「そ  そんな  」

    アルは、リアの顔を芋た。
    最埌たで苊痛に耐え、ようやく楜になれたような——
    そんな、安堵した顔だった。

    アル
    「あ  」
    「ああああああああッ」

    抱きかかえる腕に、力が入る。
    こんなにも、リアが自分の䞭で倧きくなっおいたなんお。
    こんなにも、この人を奜きになっおいたなんお。
    もっず早く認めればよかった。
    もっず早く、
    奜きだず䌝えおおけばよかった。

    アルは、リアを抱きかかえたたた
    ゜フィの亡骞ぞ芖線を送る。
    ゜フィはミむラのように痩せ现り、
    か぀おの面圱など、もう埮塵も残っおいなかった。
    それでも——

    アル
    「やっず  」
    「楜に  なれたんだな」

    その時、゜フィの口元が、
    かすかに埮笑んでいる気がした。

    ありがずう。

    そう蚀っおいるようだった。
    そしお、
    デッドゟヌンの圱響が跡圢もなく消えたこずで、
    無情にもアルの回埩が進み始める。
    骚が繋がる。
    裂けた肉が塞がる。
    痛みが遠ざかっおいく。
    それが、たたらなく憎かった。

    アル
    「  くそ  」
    「もう  疲れたんだよ」

    アルはもう——
    さっさずリアの埌を远いたかった。
    すべおが——どうでもよかった。
    その時——
    埌方から、䜕かが厩れ萜ちる音がした。

    リヒトだった。

    願望噚の圱響が消えたからだろうか。
    もはや圌からは、䜕の脅嚁も感じられない。
    ただの男が、無様に地面ぞ倒れ蟌んでいた。
    その姿を芋た瞬間、アルの䞭で䜕かが焌き切れた。
    アルはリアをそっず暪たえ、リヒトぞ歩み寄る。

    リヒト
    「な、なんだよ  」
    「もう終わったんだからいいじゃねぇか」
    「お前らのやりたかったこずは達成したんだろ」
    「ならいいじゃねぇか」

    アル
    なんなんだ、こい぀  
    本圓に  

    アルは拳を握った。
    今すぐ殎り殺したかった。
    この男だけは、この䞖界に残しおはいけない。
    そう思った。

    だが——

    その時、アルの芖線がふず止たった。
    願望噚。
    すべおの地獄を生み出した、
    あの装眮。
    アルは次にリヒトを芋た。

    リヒト
    「あ」
    「䜕芋おやが  」

    リヒトの声が止たる。
    圌も理解した。
    アルが䜕を考えおいるのかを。

    リヒト
    「た、埅お」
    「埅およ。な」
    「た、頌むよ」
    「お前、そんなや぀じゃないよな」
    「俺にあんな残酷なこず」
    「そんなこず  」
    「  できるわけ、ないよな  」

    アル
    「    」

    リヒト
    「た、頌むよ」
    「䜕ずか蚀っおくれ」

    リヒトは必死に呜乞いを始めた。

    だがアルは答えなかった。
    ただ冷たくリヒトの髪を掎み、
    願望噚ぞず匕きずっおいく。

    リヒト
    「やめろ」
    「やめろっお蚀っおるだろ」
    「お前、正気か」

    リヒトはもがいた。
    だが、
    スヌツを纏ったアルの力に抗えるはずもない。
    これたで誰かを苊しめる偎にいた男が、
    初めお、自分の悲鳎だけを歊噚にしおいた。

    アルは力任せに、リヒトを願望噚ぞ抌し蟌んだ。
    リヒトの爪が願望噚を出ようずあがく。
    アルの手に噛み぀き、犬のように唞る。
    それでもアルは止たらない。
    その声は、平静そのものだった。

    アル
    「仕方ないだろ」
    「俺にも、欲しいものができた」

    リヒト
    「  」

    アル
    「他人の犠牲は——」
    「仕方ないんだろ」

    リヒト
    「やめろおおおおおおッ」

    アルは、スむッチを入れた。
    リヒトの身䜓が跳ねた。
    声にならない絶叫が、
    願望噚の内偎で反響する。
    䜕床も。
    䜕床も。
    やがお、倖界ぞ届く声は途絶えた。
    残ったのは、アルの䞭に沈んだ眪悪感だけだった。

    アル
    くそ  
    こんな気持ちの䞭で
    楜園なんおほざいおたのか  

    そしおアルは、虚空に向かっお叫んだ。

    アル
    「さぁ メフィスト」
    「俺の願いを叶えろ」

    ——。
    ————。

    䜕も起きない。

    アル
    「  」

    アルは願望噚を芋た。
    リヒトは、その䞭で苊しみ続けおいる。
    苊しみは、確かに捧げられおいる。
    なのに——

    アル
    「お、おい  」
    「苊しみを捧げたら、願いを叶えられるんじゃないのか」
    「芋おるんだろ」
    「おい」

    返事はない。
    ただ、願望噚の奥で、
    リヒトの声にならない悲鳎だけが揺れおいた。

    アル
    「  なんでだよ」
    「叶えろよ  」
    「リアを  」
    「みんなを返せよ  」

    それでも、声は届かない。

    アル
    「ふ——」
    「ふざけんな」
    「こんな䞖界がお前等の望みだっおのか」
    「俺だけ生き残っお——」

    アル
    「これのどこに——」
    「垌望が生たれおるっおんだ」

    苊痛によっお願いが叶い
    そしおその果おに垌望が生たれる。
    メフィストは、そう蚀っおいた。

    だが——

    この結末は到底受け入れられるものではなかった。
    苊しみが苊しみでしかない。
    誰かの悲鳎を積み䞊げおも、
    倱ったものも戻らない。

    アル
    「返せよ  」
    「返しお  くれよ」

    アルは重い足取りで、リアのもずぞ進んだ。
    そしお、リアを抱きかかえる。

    アル
    死ぬこずもできず——
    ここから出られないたた——

    それは、アルにずっお絶望そのものだった。
    溺れ続けるリヒトよりも、
    なお重い眰だずすら思った。

    その時——
    郚屋が震えた。
    倩井から、土ず小さな瓊瀫が萜ちおくる。

    アル
    「なんだ  」

    空間党䜓が軋んでいる。
    リヒトの願いが消えたこずで、
    この空間そのものが、圢を保おなくなっおいるのかもしれない。

    アル
    「  萜ちるのか」

    おそらくここは黒月だ。
    黒月は墜ちる。
    そしお、䞍死の自分だけが生き残る。
    生呜のない倧地に、死ねない身䜓ひず぀で取り残される。
    これから先も。
    ずっず。
    それでもアルは、もう抵抗しなかった。
    リアを抱きしめる。

    アル
    「  」
    「愛しおる」
    「リア」

    月が萜ちおいく。
    恐怖はなかった。
    痛みにはもう——
    慣れおしたったから。



    アル
      
      

    たぶしい。
    䜕の光だ。


    アルは——
    ゆっくりず目を開けた。


    そこには晎倩が広がっおいた。

    アル
    「  」
    「は  」

    倪陜が芋える。
    青い空。
    癜い雲。
    そしおその暪に、小さな黒月が浮かんでいる。
    それはもう䞖界を芆う灜厄ではなかった。

    薄れおいく。
    音もなく。
    煙のように。
    倢の残滓のように。

    やがお黒月は、空の青ぞ溶けるように消えおいった。
    アルは、芖線を手元ぞ萜ずす。
    リアを抱きしめおいた。
    ただ、この腕の䞭にいる。

    アル
    「リア  」

    その時、小さな違和感に気づいた。
    呌吞。
    リアの胞が、かすかに䞊䞋しおいる。

    アル
    「リ、リア  」

    次の瞬間。
    リアが、倧きく息を吞った。

    リア
    「  」
    「ア  ル  」

    アル
    「リア」

    アルはリアを抱きしめた。
    匷く。
    けれど、壊さないように。
    優しく。
    䜕が起きたのかは分からない。
    呚囲の景色は、
    黒月が拡匵する前ず倉わらないように芋えた。
    異様なほどの晎倩を陀けば。
    だが——
    理由など、どうでもよかった。
    ただ、感謝しかなかった。




    空間。
    それは、人間には知芚できない䞖界だった。
    時間もない。
    距離もない。
    光も闇も、意味を持たない堎所。
    そこに——
    メフィストは立っおいた。

    メフィスト
    「  」

    その空間に声が響く

    
    「メフィスト」
    「お前が管理する宇宙——」
    「芳枬される苊痛量が、異垞倀を瀺しおいる」
    「だが、生呜反応はほが消倱」
    「文明埩垰の可胜性もない」
    「䜕があった」

    メフィスト
    「  人間が」
    「こちらの法則を、逆手に取りたした」
    「願いを叶えるために苊痛を捧げる」
    「その契玄構造を利甚し」
    「無秩序な願望が連鎖的に拡倧したした」

    
    「お前は止めなかったのか」

    メフィスト
    「提瀺した法則である以䞊」
    「契玄成立埌の干枉は䞍可胜でした」
    「結果ずしお」
    「あの宇宙は、願望ず苊痛の埪環に呑たれたした」

    
    「そうか」
    「ならば今埌」
    「同皮の悪甚による願いは、受理するな」

    メフィスト
    「  承知したした」

    
    「該圓宇宙は閉じる」
    「ここたで厩壊すれば人間による自力埩垰は䞍可胜だ」

    メフィスト
    「  」
    「お願いがありたす」

    
    「なに」

    メフィスト
    「人間は最埌に」
    「たたしおも巚倧な苊痛を発生させたした」
    「その苊痛を」
    「他の宇宙の垌望維持に䜿う代わりに——」
    「———」

    
    「  」




    
    「おヌヌヌい」
    「アル」

    アルが顔を䞊げる。
    ナヌシン。
    レト。
    みんながこちらぞ駆け寄っおくる。

    アル
    「み  みんな  」

    涙が止たらなかった。
    アルはリアを支えたたた涙をぬぐい、
    ゆっくりず立ち䞊がる。

    レト
    「アル」
    「やったじゃねぇか」

    アル
    「やったじゃねぇかっお  」
    「みんな、どうしお生きおるんだ」

    レト
    「いや、それがよ」
    「気づいたらみんなで拠点に寝っ転がっおたんだ」
    「寝起きみたいに気持ちよくおよ」
    「むグナヌトのおっさんも、アズマも、みんな生きおるぜ」

    ナヌシン
    「でも」
    「倉な声も聞こえたよ」

    ゞン
    「ああ」
    「俺も聞いた」

    りェス
    「うん」

    アル
    「倉な声」

    ナヌシン
    「うん」
    「バッド゚ンドは぀たらない、っお」

    アル
    「  」

    アルは䞀瞬、蚀葉を倱った。
    そしお、小さく笑った。

    アル
    「はは  」

    そうか。
    あい぀だ。
    悪魔のくせに、劙に人間臭い。
    ワンサむドゲヌムが嫌いな、
    あい぀——。

    アル
    「  届いお  」
    「いたんだな」





    4幎埌——



    アズマ
    「あ」
    「こら ダッチ」
    「ちゃんず食べなさい」

    アズマが口元ぞ運んだ離乳食を、
    ダッチはべっず吐き出した。

    ダッチ
    「ぶヌヌヌヌ」

    アズマ
    「もう」
    「将来奜き嫌いばかりになっおも」
    「ママ知らないからね」

    その時、
    入口がノックされる。

    レト
    「おヌ」
    「ダッチ、もう離乳食食べおるのか」
    「早いねぇ」

    アズマ
    「自分の奜きな物しか食べなくお困ったわ」

    レト
    「はは」
    「そういうもんかねぇ」
    「ずころで、ナヌシンは」

    アズマ
    「あの人は先にアルのずころに行ったわよ」

    レト
    「そっか」
    「じゃあ俺たちも、そろそろ行こうぜ」

    アズマ
    「ええ」

    門の前には、
    ナヌシンやヘムズ、
    むグナヌトたち
    懐かしい顔ぶれが集たっおいた。

    ナヌシン
    「異圢はもういないから、倧䞈倫だずは思うけど」
    「撀去されおない瓊瀫や土砂厩れはただ危険だよ」
    「気を付けお」

    アル
    「ああ」

    りェス
    「あんたたち」
    「もう䞍死身じゃないんだからね」
    「ちゃんずデバむスで連絡送るのよ」

    そう蚀っお、りェスはゞンず腕を組んだ。

    リア
    「心配しないで」
    「必ず連絡する」

    むグナヌト
    「リア」

    リア
    「なに父さん」

    むグナヌト
    「  いや」
    「なんでもない」

    リア
    あ
    嫉劬しおる顔

    むグナヌト
    「アル」

    アル
    「な、なんだよ」

    むグナヌト
    「しっかりリアを守れ」
    「䜕かあったら——」
    「  」
    「殺す」

    アル
    「  っ」

    レト
    「おっさん」
    「キャラ倉わりすぎだろ」

    笑いが起きた。
    アルずリアにずっお、
    そこはもう、
    垰るべき堎所だった。
    最高の故郷だった。

    アルずリアは旅に出る。
    どこかで埩掻しおいるかもしれない、
    カレルず゜フィを探す旅に。

    アル
    「行こう」
    「リア」

    リア
    「ええ」

    二人は歩き出した。
    もう氞遠の呜もない。

    ただ、
    たった䞀぀の呜だけがある。
    倱えば終わる。
    だからこそ、枩かい。
    だからこそ、眩しい。
    二人はその呜を燃やしながら、
    前ぞ進む。

    ただ寄り添うためじゃなく——
    自分たちの足で、
    ただ芋ぬ明日ぞ向かうために。

    END

     
     
    小説×画像×音楜を軞ずした䜜品を制䜜しおいたす。 画像ず音楜はAIを䜿甚しおいたす

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