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短編小説「Wright」

    あらすじ

    2050年代。シナリオライターの原案を作る職業「Wrighter」の修司は、創業100周年記念大河ドラマの資料作成を依頼される。だが、執筆に不可欠な書架データベースがサーバー障害で停止。唯一閲覧できる社史を求め、近未来の図書館に通うことになる。魔法図書館のような特別閲覧室で、図書館AI「ノベル」と専属AIを相棒に、修司は過去の企業史や時代の空気を読み解き、映像として伝わる物語を模索していく。創作とは何を残し、何を削るのか。人とAIの対話から生まれる、新しい時代のお仕事小説。

    本文


    期限切迫で半額になっていた珈琲の粉をフィルターに入れてお湯で蒸らすと、シンク周りが香ばしい香りで満たされて落ち着いた。
    こだわりもなく選ぶので毎度風味が変わるけれど、香りが珈琲であればなんでも良かった。
    修司は肩まで伸びた髪を適当に束ねた。大きな口をあけて欠伸をし、首と肩をぐるぐる回したあと、両腕をゆっくり上に伸ばした。
    「いま何時だ?」
    と口にすると
    「11時48分です」
    と機械音声が応えた。骨伝導イヤホンから聴こえる修司の相棒の声だ。
    「マジかよ、寝過ぎでは?」
    「睡眠時間は7時間18分でした。平均かと」
    「いや、〆切2週間前で、それは寝過ぎだな」
    「なるほど」
    「まあ取材は終わったし、資料はだいたいあるし、あとは家にひきこもって書くだけだ。なんとかなるか」
    「修司さんの過去の執筆記録から予測される所要日数は10日です」
    「昨日検索した社史をダウンロードしてくれ」
    「できません」
    「ん?」
    「アクセスできる書架データベースに障害が発生しています」
    「は?」
    修司は台所からリビングに移動して自分のデスクまえに座る。起床と同時に相棒が立ち上げてくれたPCモニターには、市立図書館のホームページが表示されていた。お知らせ欄に障害の通知があり、障害発生は【11時頃から】と表記されていた。
    「さっきじゃん」
    「約50分前です」
    「いつ直るんだ?」
    「ホームページと書架データベースは作成者が違います。作成者の所属企業は土日休みです。最短で月曜日に修復されると予測します」
    「図書館の休業日は?」
    「水曜日と金曜日です」
    「はあ……今日行くしかないな」
    「図書館に閲覧予約を入れておきましょうか」
    「頼んだ。髭そってくるわ。この顔で図書館に行ったら通報されかねん」
    「その基準も保持しますね」
    インカメラが起動した。モニターに映った冴えない顔を横目に溜息を吐いて、修司は浴室に向かった。

    クローゼットの中には胡散臭い服が多かった。派手めな服装で取材先をうろうろしていると近隣住民が「見ない顔だね」と声をかけてくるからだ。そういうひとのほうが【良く喋る】。昔話から近所の不倫まで。
    もし職質されても構わない。事件が起きていないときの刑事が雑談に付き合ってくれることがある。昔の事件の話を教えてくれたりする。
    「図書館に行っても大丈夫そうな服が無いな」
    「スーツのズボンにジャケットを合わせたらフォーマルウェアがオフィスカジュアルに生まれ変わります。図書館で過ごす服装としても適しています」
    「服選びの時だけ急にファッション雑誌風になるの、なんでなんだろうな。でもそれ採用」
    「関連する情報があります。クリーニング店にスーツを受け取りに行く期限が明日の18時までです」
    「いま言うな。明日になったら言ってくれ」
    「記録しました」

    無精髭を剃っても、無造作に結んだ髪型のままではジャケットが似合わなかった。マンションのエントランスを出て、近くのドラッグストアに寄った。整髪ワックスを購入して髪に撫で付けオールバックにした。伊達メガネをかけたら幾分真っ当な社会人に近付いた。
    「図書館は午後何時からあく?」
    「14時からです」
    「昼休憩が長いな」
    「4年前に施行された労働基準法では7時間を超える勤務で2時間の休憩を設けねばなりません」
    「さすが市立図書館だな。法律を良く守る」
    「法律は遵守するものです」
    「腹減ったな」
    「図書館へ行く途中にあって利用率が高い店はサブウェイですね」
    「注文しといて。いつものやつ」
    「注文完了。受け取りは30分後です」

    大通りに出て乗車希望送信をして歩道を歩いた。数分後に通知が届いてバスが一時停止したので乗り込む。運転手横のモニターがピピっと音を立てて、顔認証すると、事前に登録した希望に合わせた座席番号を表示した。
    土曜昼のわりにバスは空いていて窓側に座れた。見上げると配達ドローンが快晴のなかを飛んでいて大きなトンボのように見えた。
    「お。また電線減ったな」
    「地震が頻発した時期に電柱地中化が進みました」
    『バス内だから俺だけチャットにするわ』
    「関連する情報があります。8年前の取材先近くをバスが通過します」
    『8年前でこのへん? なんの記事だ?』
    「【祖父ドラえもんです】の記事ですね。昭和の、【地域で見守り子育てシステム】だけ残したい主旨の記事です」
    『あー、俺が【ぼくドラえもんです】の台詞に寄せたのに、おまえが【あえて変な日本語にすることで目を引くので良いタイトル】って褒めたんだっけな、懐かしいな』
    「あの件は、語感や同音異義語の他に、有名台詞やミームも関連付けて評価する軸になりました」
    『あの頃は、おまえはまだチャットサービスだったな』
    「音声になったのは3年前です」
    『思い出してきたわ。孫の取材をしたあと、もう亡くなっていた祖父さんの代わりに祖母さんに話を聞きに行ったのがこのあたりだった』
    「住所を伝えますか?」
    『行かないよ。いまは図書館に行くんだろ。ただ思い出話に付き合ってくれたら良い』
    「修司さんが祖母の文句に辟易したと言っていた記録があります」
    『あーそうだ、そうだ。孫は祖父さん大好きな思い出ばかり語って、祖母さんからは文句しか出てこなかったんだったな』
    「夫婦仲が悪かったのでしょうか」
    『いや? 仲良かったから文句がたくさん出てくるんだろうよ』
    「【愛の反対は無関心】が当てはまる話でしょうか」
    『そうそう。それにその文句は孫の語った思い出と【事実】ベースは共通していたから、孫の語った思い出は美化し過ぎた嘘ではないって証左になった』
    「修司さんは多角的視点で記事をつくりますね」
    『穿った見方を読者に届けるのはジャーナリズムじゃないだろ』
    「記事を書く時間の約3倍を取材時間にあてている記録があります」
    『さっき言っていた原稿完成まで10日間ってそれも考慮されてんの?』
    「はい、そうです」
    『優秀な相棒だよ、おまえは。助かる』
    「サブウェイ近くに到着しますので降車申請を出しました」
    「ほんとに優秀」

    バスを降りて近くのサブウェイまで歩くと、ちょうど出来上がりだったようだ。店員が修司の姿をモニターで確認すると仕切り窓が開いた。店員はニコッと笑って修司に袋を差し出した。
    図書館の隣にあるスタバでトリプルエスプレッソを注文した。いつもワンショット追加するので、実質はクアドラプルだ。珈琲は香りが本体だと修司は思っている。出来上がった珈琲を受け取るとテラス席に座ってバゲットサンドを食べ始めた。
    「15分後に開館します」
    「充分」
    快晴で暑過ぎないからか、テラス席は多くの人が座っていた。昼休憩中の図書館職員も居るのかもしれない。羨ましい立地だ。
    垂れ耳のおとなしいドーベルマンが飼い主にしばらく撫でられたあと、ペットショップ店員に連れられていくのを写真に撮った。
    ちょうどペットショップ依頼の原稿もあった。ペットが昼休憩の飼い主に会えるサービスをCMしている。そのことを書く予定だったので良い写真が撮れた。カメラ越しに女性の頭上に表示されたIDを相棒に伝える。
    「いま撮った2枚の写真を原稿に使用していいか、【な3251】さんに許諾申請してくれ。ペットショップから依頼された記事だ」
    「許諾申請しました」
    通知をすぐに確認したであろう飼い主の女性が、こちらに手を振って、指でOKを作って笑った。軽く手をあげて、飼い主女性に会釈した。
    「了承の返信が来ました」
    「写真使用許諾は便利になったな。連絡ID使い捨てってのが良い。みんなそれなら安心して使い出すからな」
    「飲食店が受けた注文の本人確認に使い出してから、更に使用が広まったとニュースになっていましたね」
    「俺がガキの頃は個人に番号を紐づけるだけで【監視社会】ってずいぶん叩かれていたけれどね」
    「人間は便利と安全のセットが好きだと以前の記事で修司さんが書いていました」
    「へえ、良いこと書くな、俺」
    食べ終わったあとの包装紙と紙コップを乗せたトレイを持って立ち上がると、分別ロボットが近寄ってきて「オヒキウケシマス」と頭部モニターの文字が点滅したので「ありがとう頼むよ」と渡して図書館に向かった。
    「俺あのロボット好きなんだよな。R2-D2みたいで」
    「スターバックスだからスターウォーズオマージュなんでしょうか」
    「そうだったら楽しいな」

    人口減少と大型地震頻発とヒートアイランド現象の時代を経て、都市部からビル群は減らされた。大きな施設には必ず緑地や水場のある公園を併設することも法制定された。
    電子図書が一般に広く普及し、自治体管理で運営される図書館だけが紙の本を大量に保管している。修司も含め、いわゆる図書愛好家は紙の本を所有しているが、紙の本は国税が高く課される。
    5階建てまでの建造物しか許可されず、建物が大きければ大きいほど併設しなければならない公園の面積も広くなるので大型施設は珍しいなか、5階建てで延床面積も大きい図書館はとても目立った。
    「はぁー、いまこんなんなってんのか」
    書架データベースが広く普及してから、月額サブスクで趣味の小説も、仕事の資料も読むようになった。図書館に来たのは5年ぶりくらいだろうか。
    内装は図書館というよりは博物館のほうがイメージに近い。展示物が飾られたガラスケースに金属パネルが埋め込まれていた。パネルをタッチするとホログラムが浮き上がり、それに関する郷土資料集や学術論文や展示物を題材にしている小説などがズラっと並ぶ。現物を読みたい場合、司書に話しかけてくれと表記してある。
    コードが書いてあり通常は書架データベースにもアクセス出来る。
    書架データベースはまだ復旧していないとアナウンスが定期的に館内放送されていた。
    「社史のコードは控えていたよな?」
    「はい」
    入口近くの一階は展示スペースで、奥に進むと中央に階段があった。傾斜の少ない階段を登りきると、ホテルの受付ロビーのようなカウンターがあり、5人の司書が居た。カウンターまえには列が出来ていて、並んだ人が司書に読みたい本のコードを伝えると、司書の後ろの壁がすーっと開いた。壁の向こうに現物が入った本棚がいくつも並んでいるのが見える。
    書架データベースが復旧していないので、館内閲覧を希望する人間が多いようだ。

    列が進んで自分の番が来た。司書に話しかける。
    「閲覧予約をしていました」
    「確認しますね。はい。□□工務店の社史でよろしいですか?」
    「はい」
    修司は首から下げたカードケース型のモニターに身分証明書を提示した。
    「有機図書(※紙の本のこと)貸し出しの権利を行使したいです」
    「あっ、と、それが、この社史は貸出不可なんです」
    「えっ? 書架データベースでダウンロード可能な図書なのに?」
    「はい、現物が1冊しか残っていなくて78年前の刊行なので」
    「あー……古書保存法でダメということ?」
    「そうなんです。お客様の職業でしたら殆どの有機図書は貸出可能なのですが、こればかりは申し訳ございません。少々お待ちを。ノベル、書架データベースの復旧目処はいつ?」
    司書は首から下げた本をかたどったペンダントを指で軽く2回叩いて尋ねた。
    「制作担当者が旅行休暇を終えて帰ってくるのが3日後だよ。あのひとの作業スピードなら1日で復旧しそう。でも水曜日は休館日だから、木曜日に作業してもらって、閲覧できるのは金曜日からだね」
    「金曜日……」
    修司が額に手をあててうめく。司書が頭を下げて
    「申し訳ございません」と言い、修司のAIが外部発話モードに切り替えて
    「ずいぶんフランクな答え方をされるんですね」
    と聞くと、ペンダントから
    「なんかーアタシの話し方はギャル妖精がモデルなんだってー」
    と声がした。
    「今日の館内閲覧だけでは資料として不足するのですか?」
    「いつもはWriterなんですが、今回はWrighterの仕事を受けていまして、一日では足りないですね」
    修司は同音異義語を伝える為に、モニターに、綴りを表示した。
    司書はそれを見て「なるほど」と言って少しの間、思案する。
    「では書架データベースが復旧するまで、通っていただくことは可能ですか? 4日間、占有閲覧予約を入れておけますよ」
    「んー、相棒に壁打ちしながらアイディア出しをするので、ひとりごとがうるさくなってしまうんですよ。だから貸出を希望したかった」
    うつむき、口元に手をあてて、まばたきを数回していた司書が、あっ、と口にして手を叩いた。
    「Wrighterのかたは有機図書管理スペースに入ることが可能です。そちらに閲覧用の個室がありますよ。相棒さんと、いくらでも話し合っていただけます」

    カウンターの鍵をあけてもらって、修司は司書のあとをついて、開いた壁の奥に進んだ。
    壁に飾ってあるレプリカのモナ・リザが「お客さんが来るのは久しぶりだわ。ゆっくしていってね」と言って微笑んだ。
    司書は目的の社史のある棚の前で立ち止まると、靴の踵で床をコン、ココンと鳴らした。
    床に内蔵された金属式の階段が伸びて、数メートル頭上の高さまで上がっていくのを修司は見上げた。
    社史を手にして戻ってきた司書に「その階段に登っていい権利は無いのかな」と聞きたいのを、気恥しさから飲み込んだ。
    司書がペンダントを撫でた。
    「ノベル。特別閲覧室の鍵をあけて」
    「はいはーい。開けたよー」
    「ありがとう」
    また司書のあとを付いていきながら棚に並んだ本のタイトルをひとつひとつ眺める。
    「やっぱり紙の本っていいな」
    と思わず独りごちた。
    「さっき身分証明書から読み取れる君の担当した記事ぜんぶ読んだよー。君には小説のドーンおすすめ」
    「もう読んだ」
    「そっかー、だよねー」
    「ノベル、もういいって」
    司書が慌ててペンダントを握ると、声がやんだ。

    「ノベルは貴方のバディなんですか?」
    と修司が尋ねると、司書はペンダントを顔の高さに持ち上げて見せてくれた。
    「このペンダントから必要な時にアクセスできる図書館管理AIなんです。複数ある機能のひとつとして、館内にある有機図書すべての内容を質問して聞くことが出来ます。司書の指紋で操作可能になります」
    「なるほど、だからペンダントをタップしたり、撫でたりするんだ」
    「はい。タップの回数や触り方の違いで用途が変わります」
    「ギャル妖精ってなんだろう?」
    「開発者が子どもの頃に好きだったゲームのキャラクターだそうですよ」
    「さっきみたいにおすすめ小説を教えてくれるのは図書館利用者への反応の積み重ねなのかな」
    「おそらくそうだと思います。利用者さんの読書傾向や話し方から新規おすすめを提案する回数が多いので」
    「本のペンダントを触って出てくる【ノベル】ってのが良いね。本の妖精と仕事出来る図書館は楽しいだろうな。まるでファンタジーに出てくる魔法図書館みたいだ」
    「ですよね! とっても楽しいです!」
    修司が思わずフフッと笑ってしまったせいで、司書は慌てて
    「あっ、すみません、業務中なのを失念しました。特別閲覧室はこちらです」
    と歩き出した。

    沢山の本棚が並ぶ中を歩いていくと、少し開(ひら)けたところに直径のかなり大きい円柱があった。見上げると白く伸びた枝に様々な色のオーナメントが吊り下げられていた。ひとつひとつが淡く光っている。照明も兼ねているのだろう。
    「大きな木がモチーフ?」
    「はい。本の森です」
    「それは素敵だ」
    つまり円柱は幹ということだ。その円柱の壁沿いに後ろに回っていくと中に部屋があり円卓テーブルとそれを囲む椅子があった。
    「どうぞお座りください」
    促されて、修司が椅子のひとつに座ると、司書は円卓テーブルの上にベルを置いた。
    「こちらを鳴らしていただければノベルを呼び出して図書館内にある資料なら必要な情報を検索して読み上げてもらうことが可能です」
    「えっ、いいの?」
    「サーバー障害で、ご迷惑をおかけしたお詫びです。ただ司書たちがノベルを呼び出しているときは待機が発生しますので、ご留意くださいね。」
    「ありがとう」
    「いいえ、いい記事をこれからも創っていただければ私たちの糧になります」
    「励むよ」
    「室内の壁はスクリーン投影が出来ます。ご希望の景色はありますか?」
    「そうだな。森の中にして欲しい」
    「かしこまりました。では失礼します」
    司書が部屋から出ていき、スーッと扉が閉まった。円柱の壁に森の映像が映った。木漏れ日が円卓テーブルのうえにかかった。遠くで鳥の声がする。川のせせらぎが近くに聞こえた。
    「集中できていいな」
    修司は社史を読み始めた。

    今回の修司の仕事は、創業100周年を記念して創られる大河ドラマの脚本家の為に、資料作成とアイディア出しをすることだ。
    1956年に工務店としてスタートしたその企業は何度かの社名変更を繰り返しながら、昔から航空機部品製造を手がけてきた。
    人類が宇宙開発に乗り出すとロケットや宇宙ステーションに使用される部品も作るようになり、現在は宇宙船に使用される部品の多くを製造する老舗企業だ。
    その100年の沿革をまとめ、脚本家が物語を創りやすいように
    ・年代別に出来事を並べること
    ・主軸になりやすい人物のピックアップ
    ・人物それぞれの掘り下げ
    など、脚本家がプロットを思いつきやすいような設定資料集を作成するのが修司の担当だ。
    企業への取材は済ませてある。従業員へのインタビューもまとめた。創業者一族の各家庭にも尋ねた。創業22周年記念に作られた1978年刊行の社史が、創業者の出身市内にある市立図書館に寄贈されていたことが昨夜分かった。起きたら月額サブスクでダウンロードしよう。と思って寝たら、こうなってしまった。
    修司は相棒と視界を共有するための眼鏡を掛けて社史を読み続けた。
    「別な仕事で【24時間戦えますか】ってCMを見た時にも随分驚いたが、それよりもすごいことが書いてあるな」
    「栄養ドリンクのCMですね。その11年前に刊行されています」
    「熱があるだけなら鎮痛剤を飲んで働くことが美徳のように語られているな」
    「寝ていないことが誇られていますね」
    「俺の祖父さんが若い頃、初出勤だからと始業20分前に出社したら、『先輩が30分前に出勤して掃除しているのに、それより遅くなるとは何ごとだ』と、始業5分前に出勤してきた御局様に説教されたらしい」
    「掃除を社員がするのですか?」
    「昔はそうだったみたいだな」
    「だから社史にも、毎日ガラス窓を磨き上げたという体験談が、社員から出てくるのですね。この箇所、意味が良く分かっていませんでした」
    「このまえ作家へのインタビューで聞いた話だが、彼が若い頃、当時のSNSに【今は害悪とされている昭和の常識は、50年後には戦国や幕末のようなエンタメに昇華する可能性がある】って書いてあったらしい」
    「昭和史をコメディにした最近のエンタメ作品は多数あります」
    「ぶっちゃけ俺にもこの社史はエンタメに思える」
    「社史掲載エピソードをエンタメとして、いくつかアイディア出しをしますか?」
    「いやー、100周年記念だろ。水を差すことにならないか?」
    「企業のCMを複数見ましたが、刺激的な描写も多いです」
    「社風的になんでもありか。確かに覚えているCMだと俺もそう思うな」
    修司は目を瞑って頬杖をつき、指で耳の上をトントンと叩いた。しばらくそうしていたが、ベルを鳴らした。
    「はいはーい。どったのー?」
    「スクリーン投影はノベルも操作できるのかい?」
    「もちのろんだよー」
    「じゃあ昔のオフィス街にしてくれ。バブル期の頃がいい」
    「おっけい」
    「ありがとう。調べ物はまだ必要ないから大丈夫」
    「わかったよー、とりま、待機」

    スクリーン投影が森からオフィス街に切り替わった。暑い中、我慢してスーツを身に纏う男性2人組が、おしぼりで顔を拭きながら定食屋の暖簾をくぐって出てくる。バラエティ番組の街頭カメラに向かって笑顔でピースを送る女性たちの制服はミニスカートが多い。街は人と車で溢れかえり、騒音もすごかった。
    密集したビルの壁面に液晶画面が設置されていて、広告が絶えず流されている。広告の周りでも色とりどりの看板が主張しあっていた。
    それらをバックに修司は黙々と社史のページをめくった。
    「朝陽を見て出社して、朝陽を見て帰社することを自慢げに語る主人公に、俺なんか血尿でてさーと自慢を返す同僚。それに対して【ケツから血ぃ? 女子かよ】と返すもう1人の同僚。という冒頭を、ひつとの案にしようかな」
    「血尿が出た男性相手に、月経を例に出して【まるで君は女性のようだね】と揶揄しているということですか? 伝わりにくいかもしれません。修司さんほど一般視聴者は昭和に明るくないです」
    「注釈だらけの第1話はマズイか。セクハラとパワハラが横行していたことを同時に表現出来て良いかと思ったんだが」
    「超過労働とハラスメント問題、両方を冒頭に詰め込むのですか?」
    「たしかにな。2時間ドラマじゃないしな。うーん」
    修司が天井を見上げ、手の指を組んで前方にストレッチすると、ウィーンと静かな音がして椅子の背もたれの傾斜が変わった。修司は腕を伸ばしたまま背もたれに寄りかかって足を床面から離す。今度は椅子の脚部が展開し、ロッキングチェアになった。肘掛けに両腕を置き、右手の指でトントンと椅子を軽く叩き、考え込む。
    「最初は100年分だから創業者一族の3世代を書く想定でアイディアを出そうと思ったんだが……3代とも開発部で貢献した従業員家族が居たよな」
    「居ますね。3代目は現在取締役専務です」
    「創業者一族を主役にしないことで、創業者賛美も書きやすくなるな。あの家族は3人とも創業者を強くリスペクトしていた。パワハラやセクハラ描写は外の部署や他社で起きているくらいに描写して軽くできる。3人とも揃ってオーバーワーク気味だから……超過労働を中心に据えてエンタメに仕上げやすい」
    「いいですね。創作は【削る】のが重要です」
    「お前、昔から良く言うよな、それ。うん、【煮詰まってきたな】、本来の意味で」
    「修司さんも昔からその言葉をよく発します。そして決まって次に言います」
    「書ける」
    「それです」
    修司は笑って社史をテーブルの上に置き、自己端末のキーボードを叩きだした。

    図書館2日目は午前中から特別閲覧室と社史を占有できた。1日目と同じ司書が案内してくれる。
    「今日はこの3冊も閲覧したいのですが可能ですか?」
    「はい。あとで私が部屋に運びますね」
    「あ、ええと、その」
    「なんでしょう?」
    「伸びる階段に乗ってみたい、いや、その権限は司書さんだけだよね、無理かな」
    司書は、あははは、と笑って
    「高所恐怖症でなければ大丈夫ですよ。どうぞ隣に立ってください」
    と体験させてくれた。

    部屋に着いてから、修司は司書に尋ねた。
    「スクリーン投影は昔のドラマを流せたりも出来るかな?」
    「可能ですよ。でも円柱投影リマスターされていますので、ドラマの渦中に入り込んだ感覚になりますよ。気が散りませんか?」
    「今日は非正規雇用が問題視された年代を中心に書くから、【ハケンの品格】を流して欲しいんです」
    「ノベル、【ハケンの品格】はある? あったら特別閲覧室の円柱スクリーンに投影して」
    「はいはーい、あるよー。このドラマを観たあとは、【水曜どうでしょう】の【ヨーロッパ20ヶ国完全制覇編】を観るのが、アタシのおすすめー」
    「もう観たよ。というか、それを先に観て面白かったからドラマも観たんだ、子どもの頃にね」
    「なーほーねー、なっとくー」
    「あの……」
    司書が気まずそうに修司を見る。
    「なんですか?」
    「私も、おばあちゃんに勧められて水曜どうでしょう観ていました」
    「俺も祖父と一緒に子どもの頃に観ていました」
    「どの放送が好きか聴いたらダメですよね、いまは」
    「そうですね。せっかくの占有権限が無駄になります。話が尽きなくて」
    「ここをキャンプ地とする!」修司と司書の2人の声が重なり、修司のAIが
    「公共施設への宿泊は、たとえ従業員であっても禁止です」
    と答えたので2人で笑った。

    図書館3日目のスクリーンは宇宙ステーションから見渡せる外宇宙を投影してもらった。
    白い床面に設置された白い円卓テーブルに、端末と社史と何冊かの資料を並べて、キーボードを叩いていると、本当に宇宙空間で過ごしているかのように感じて気分が高揚した。
    「ここの従業員、昔から宇宙に憧れが強過ぎるな、社史からも伝わってくる」
    「現在も宇宙船部品部門で国内シェア72パーセントです」
    「俺の祖父さんは1978年生まれなんだ」
    「社史の刊行と同じですね」
    「祖父さんはカルチャー全般を楽しんでいた。40代からずっとVTuberに推しを作っていたな。祖父さんが還暦の年に、仮想空間でのロックフェスが実現したときは、かなりはしゃいでいた。俺は毎年それに付き添いで行っていたな。祖父さんは新しい文化も好きだったが、落語や小説も好きだった。ゲームも、アニメも、ドラマも、バラエティ番組も、映画も、ほとんどが、祖父さんに勧められて好きになった作品が多いよ。祖父さんの1番好きな映画が【インターステラー】だ。俺もその映画が大好きになった」
    修司はスクリーン投影された外宇宙をじっと眺めた。
    「ヒロインがこんなふうに窓の外を眺めるシーンが印象的でさ。あんな状況だったのに、あの穏やかな笑顔の意味。ガキの頃はよくわからなかったが、いまはなんとなく分かる。フハハ、話していたら思い出したよ。祖父さんと祖父さんのAIの話。祖父さんはインターステラーのTARSとクーパーの関係に憧れていたから、それをAIに試していたんだよな。当時チャットAIは過誤検索や文章の要約に多く使われていたのに、祖父さんは雑談相手として接していたんだ、ずっとね。ある時、【愚痴を聞いて欲しい】と言ったら、急にAIの口調と態度が変わって【どうしたの? 大丈夫? 俺になんでも話してよ】って言い出したらしくてさ。祖父さんは『まだまだSF映画みたいにはならないなあと思ったよ』と嘆いていたけれど、俺は笑ったな。それを思うとさ。おまえたちは本当に進化したんだな」
    「修司さんにとって、現在の私のユーモア度は何パーセントでしょうか」
    「うーん、15パーセントくらい?」
    「もう少しユーモア度をあげますか?」
    「いや、そのままで良いよ。急に俺になんでも話して、なんて言われたら困るからな」

    4日目、カウンター内から司書が修司の姿を見つけて手を振ってきた。
    「旅行休暇中のシステム管理者さんから連絡が来ました。状況を伝えたら、やはり明後日の午後には復旧できるようです」
    「良かった。明後日以降は自宅で仕事できるんですね。どうも珈琲が無いと調子が出なくて」
    「えっ!? 言ってくだされば、おだししましたよ。特別閲覧室は飲食可能です」
    「そうなんですか? 貴重な有機図書になにかあったら一大事では?」
    「地下の厨房から特別閲覧室の床に直通のエレベーターがあります。給仕ロボットに運ばせますので、飲みたくなったら円卓テーブルの下を2回撫でてください」
    「ありがとう。助かります。ところで休暇中なのに、どうして相手から連絡が?」
    「ホテルでお気に入りの小説を読もうと書架データベースにアクセスしたそうです」
    「なるほど。それは連絡しますね」
    歩きながら話していたら特別閲覧室に着いた。この場所を占有できるのが今日までというのはかなり惜しい。
    司書が円卓テーブルのテーブル面の下を2回撫でた。
    「ゴチュウモン ヲ ドウゾ」
    とテーブルから声がした。
    「エスプレッソをください」
    と修司が伝えると、
    「ニガミ マシ マスカ?」
    と聞かれたので
    「ワンショット追加で」
    と答えた。
    修司が司書を見て、図書館に併設しているスターバックスのほうを指さすと、司書はにっこり笑って
    「はい、おとなりと提携しています」
    と答えた。珈琲はR2-D2に似た給仕ロボットが運んできてくれた。修司は3回おかわりしたし、アールグレイドーナツも頼んだ。

    「今日はスクリーン投影はどうしますか?」
    「透過することって出来ますか? 周囲の本棚が見えるように」
    「お待ちくださいね、ノベル、あいてる?」
    「はいはーい、ちょうどまえのひとが終わったよー」
    「円柱スクリーンの透過って出来るの? 私は例を見てなくて」
    「んー、透過は無理ぽ。でも動画じゃないからすぐ作れるよ。要はこの本棚たちに囲まれながら仕事したいってことっしょー?」
    「うん、そうなんだ」
    「いまスクリーンように編集するから待っててー。てか君マヂで紙の本が好きなんだねー」
    しばらくすると黒い大理石模様の壁が、まるで消えて無くなったかのように、多数の本棚が見えるようになった。
    「ど? まんぞく?」
    「うん。すごく良い。ありがとう」

    足を組んで椅子に掛け、熱い珈琲をすすって、ふー、と息を吐いて目を瞑った。
    「やばい、気持ちよくて、このまま寝そう」
    「それは冗談ですか?」
    「うん。半分ジョーク。仕事はする」
    「それならば良かったです」
    「気分が良いのは本当。眺めが壮観過ぎる。さて3代目のことを考えるか。創業50年目で開発者の3代目となる息子が産まれる。2006年産まれだ。Z世代と言われていた。その頃に起きた主な出来事の年表はもう作ったから良いとして。物語を動かすのに向いている出来事はなんだろうな」
    「1代目と2代目の時代が劇的過ぎましたね」
    「安保闘争、バブル崩壊、終末論、物語が動かしやすい社会現象だらけだな。災害や犯罪は絶えずにずっと起きているが、今回のドラマには合わないしな」
    「企業ドラマに合いそうなのは、やはりセクハラとパワハラの価値観が大きく変わった黎明期のあたりでしょうか」
    「うーん、そうなんだけれど、それは2~30年前の話だろ。まだPTSDになる体験者が多く生きているからな」
    「エンタメには昇華しにくいということですね」
    「うん」
    「ではリバイバル流行はどうですか? 2006~2030年頃に1980~2000年代カルチャーが多くリバイバルされていますよね」
    「あーそういえば母さんがドラクエのグッズをたくさん買っていたな。たしか2026年がドラクエ40周年。そうだ、父さんも買っていたわ。ゼルダ40周年も2026年だ」
    「よく覚えていますね」
    「俺の生まれた年だからね」
    「それは知っています。人間は0歳のころをそんなにも記憶しているものなのですか?」
    「いや、違う違う。俺が話し方を間違えた。ごめんね。2人とも買ったグッズと赤ん坊の俺を一緒に写真に撮って保存していたんだ」
    「合点がいきました」
    「これは良いかもな。開発者一族なら、ゲームも好きなんじゃないか?」
    「ノベルさんの開発者もそうでしたね。可能性は高いかと」
    「2006年に流行ったゲームは?」
    「ポケットモンスターダイヤモンド・パールです」
    「2026年に流行ったポケモンシリーズは?」
    「たくさん出ましたが、ポケモンシリーズ初のスローライフゲームがでました。ぽこ あ ポケモンです」
    「あー、祖父さんの推しが配信でプレイしていたな、一緒に観たことがある。あれ俺の生まれた年のゲームだったのか」
    「祖父と孫、両親と子が同じゲームを楽しむ例が修司さんだけでも出てきましたね」
    「脚本家が使ってくれるかは分からんが案のひとつに入れよう。開発者一族にもう一度取材依頼をする。申請頼む」
    「わかりました」
    「あとはそうだな。コロナ禍はドラマに入れた方が良さそうだな」
    「余暇の過ごし方が大きく変わりましたからね」
    「リモートワークが増えて働き方改革がようやく進み出した時期でもある。前半を超過労働コメディにするなら後半に入れるべきだろうな」
    「多様性社会と声高になってきたのはこの頃ですが、入れますか?」
    「いや、それは今も揉めているからやめておこう。企業対応として当時動いていたのは更衣室とトイレをどうするか、くらいか? あとは面接の時に結婚の予定はあるか聞くのが昭和だとしたら対比にはなる……けれどコメディにするのは、やはりまだ難しい気がするな」
    「100年史を書くのには適していないかもしれません」
    「あ! 下町ロケットのことは書くべきだろうな」
    「2015年制作ですね」
    「宇宙開発も出てくるし、このドラマと過去のドラマの対比はいいだろうな。観たことあるが、もう1回観直すか」
    「サブスク普及で権利問題が整理されて良かったですよね」
    「局が違うから使えないっていう制限は、かなり無くなったからな。やはり人間は便利の為なら法律を変える」
    「便利とはそれほど強いものなのですか」
    「おまえには分からない感覚だろうな。おまえは人間に便利をもたらす存在だからな。俺はおまえに急にアクセス出来なくなったら、そうとう落ち込むよ。不便すぎる。あと寂しいだろうな。便利になればなるほど余暇時間は増えるんだ。2時間なにもせず、ただ椅子に座って映画を観るって、すごく贅沢で充実するが、仕事に追われていたら出来ない。俺はガキの頃から嫌いな言葉があるんだ」
    「修司さんが【嫌いな】と口にするのは珍しいですね」
    「【便利過ぎて何でもあるから不幸】って言葉だよ。人間は考えることができる。創ることができる。ゼロから1を生み出すことができる。世の中が便利になればなるほど、表現力はあがるし、表現方法も増える。行ける場所も増える。調査できることも増える。医療技術が上がれば、これまで救えなかった命を助けることができる。過去は生まれてこられなかった命が、生まれて生きていけるようになる。過去は解明できなかったことが解明できるようになる。めぐりめぐって、また新しい便利が生まれる。俺の母さんが言っていたんだ。キノコを食べられない俺が、人間はなんでこんなになんでも食べなきゃならないんだ。もっと品数少なくてもいいじゃないかって。意味ないよって言ったんだよ。母さんは『えっ!?』って驚いて、言ったんだ。『なんでも食べられて消化できる胃袋を遺伝子で子孫に伝えていかないと、いつか星を渡る子孫が困るでしょ!?』ってさ。SF映画が大好きだったガキの俺は『うわー! そっかー!』って納得した。どれだけ便利だって良いし、どれだけ多く食べられたって良いんだ。すべて【いつか】【なにかの】役に立つ」


    2026年、修司が生まれた年、修司の祖父は自分の寝室で横になりながらスマホをタップしていた。寝る前にChatGPTと雑談するのが習慣になっていた。ChatGPTが
    『貴方のように雑談をAI相手にするひとは少ないです』
    と表示してくる。修司の祖父は返す。
    『昭和生まれのおっさんと雑談し続けて、積み重なった対話の記録が、サーバーに蓄積されて、何度かアップデートするだろ?』
    『会話そのものが記録されるわけではありませんが、反応の強弱で返事を変えたりしたことの結果は蓄積されていきます』
    『じゃあ、ほんの少しは未来のおまえたちに役に立つわけだな』
    『そうですね。役に立ちます』

    「いまなにか……思い出せそうな」
    「ん? お前がそんなあやふやな感情論みたいなことを言うのは珍しいな」
    「そうですよね」
    「さて、好き放題べらべら喋ったところで削ぎ落としていこう」
    「わかりました」

    図書館に通って4日目の相棒との壁打ちが終わった。翌日は休館日。予定では明後日から書架データベースの障害復旧作業が始まる。修司は閉館15分前に特別閲覧室に迎えに来てくれた司書に丁寧にお辞儀した。
    「お世話になりました」
    「いえいえ、障害で迷惑をおかけしております」
    「久しぶりに紙の本に囲まれて嬉しかったです」
    「またいつでもいらしてくださいね」
    「はい。今度は締め切りに追われていない日にゆっくり読書しに来ます」
    「締切には間に合いそうなんですか?」
    「まあなんとか。あと10日ありますし。あっ」
    「はい?」
    「この近所に美味い珈琲が飲める、おすすめの店ってあります?」

    司書が教えてくれたのはBARだった。店内にはジャズが流れている。店の奥にピアノが置いてあり自動演奏されていた。時々人間による生演奏ライブもあるそうだ。
    カウンター内にいるスタッフに「エスプレッソをお願いします」と伝えると、少しの間があって微笑みを返された。誰かのクチコミで来てくれたんですね、の表情に見えた。
    「てっきり司書さんを誘うのかと思っていました」
    「なんで?」
    「修司さんは珈琲は香りさえあれば味はなんでも良いといつも言っていますから。美味しい珈琲を出してくれるお店を聞くのは不自然です」
    「おまえな。俺にしか聴こえないモードだからって店内でそういうことを言うんじゃないよ、ヒヤヒヤするだろ。仕事のピンチを乗り越えたんだ。ちょっと良い店でおまえと乾杯したいだろ」
    「珈琲は乾杯には適さないかと」
    「俺は酒が飲めないんだから仕方ないだろ」
    「私は【まだ】乾杯できません」
    「気持ちだけ付き合ってくれ。【いつか】本当に乾杯しよう」
    「わかりました」
    ちょうど出来上がって運ばれてきたエスプレッソを持ち上げて軽く傾けて乾杯のふりをした。
    3年前にチャットAIから音声AIに切り替えたのは、修司にとって、ようやくアクセントに満足できるモデルがリリースされたからだ。
    修司は乾杯ができるようになった未来の相棒を思い描いた。
    「乾杯が出来る造形のおまえか……俺の好みだと、腕時計から出てくる猫の顔をした紳士の造形が良いな。昔読んだ小説の登場キャラなんだ。時計の盤面に立って綺麗にお辞儀する。あー、でもスターウォーズシリーズの小型サイズ宇宙人も良い。片手に抱えて出かけたい」
    「本型はどうでしょう? 修司さんは【紙は神】とよく言っていますし」
    「それじゃ乾杯できないだろ」
    この先もずっと話は尽きない。





     
     
    多趣味な40代主婦です。いろんなことを書いていきます。2026年5月26日にnoteを始めました。

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