
子育てを振り返る
22歳で妊娠がわかり、かかりつけの病院にするつもりで行った産婦人科では「産むつもりがないならこの日までに来るように。」と渋い顔で言われた。
保健師さんや小児科の先生に子供の成長や体調のことで相談すると、子育てに向き合う態度や育児に対する無知で注意を受けた。
出来ちゃった結婚かどうかを確認されることもよくあった。子供が子供を産んで…と嘆くように言う人もいた。
心配になるような頼りない私だったのだろう。
母には頼れなかった。
母自身が、産後も子育ても自分の母親に頼れなかった苦しみを手放せず、自分が味わった辛さを娘にも与えたがったからだ。
夫が子育てに参加することが当たり前ではない時代で、イクメンという言葉が出てくるよりも前。
子供の夜泣きで寝ている夫を起こさないのが妻の務めと言われるぐらいだった。
一人で子育てをするのは辛かったが、自分ごととして共に子育てをして欲しいと思っていることを夫に伝えるすべを持たなかった。
たった一人の理解者は、私の半年後に出産した姉だけだった。あの時の姉がいなかったら今ごろ私はどうしていただろう。
子育てに同じ日なんてない。わからないことをなんとかこなし、できないことをやろうして、ずっとそうやって、わからないままできないまま、毎日母親をやってきた。
世の中のお母さんたちの子育ての視界はもっと明るいのだろうか。
私は、正解なんてわからないまま。
いや、きっと誰の子育てにも正解なんてないのだろう。
どの時代も必死だった。
子供たちが家庭内で孤独を味わうことがないように、そして、私が母のように精神を病んでしまわないようにと、細心の注意を払って生きていた。
子供を大切に育てること以外にはどんどん気持ちを鈍らせ、諦め、どちらでも良いことにした。反対に、子供を大切に育てるのに必要だと判断したことは精査することなく我慢を続けてしまった。
うまくできないことがたくさんあって、私の必死さや未熟さで子供たちを傷つけてしまったこともある。後悔もたくさんある。
もちろん、楽しい思い出も嬉しい出来事もたくさんある。子供たちと笑い合う時間はいつでも幸せだ。健やかな寝顔を見ると今でもほっとする。
これを書きながら、本当にごめんね、と本当にありがとうが順にやってくる。
子供たちは2人とも私よりもずっと大人で、賢く育ってくれた。良い子に育ったと思っている。
今日電車で、遠くの座席で子供が20分間泣き続ける声が聞こえた。ママはどうしてるだろう、辛くないだろうか、と勝手に心がザワザワした。
私は一体、何を伝えたくてこの文章を書き上げたのか。わからないまま出すことにする。