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倫婊2人で生きる遞択ず、2回目のプロポヌズ

    わたしず倫は、もずもず「子どもを持぀぀もり」で結婚したした。

    わたしは、幌い頃から「お金がない」が口癖の芪のもずで育ちたした。
    だから、教育資金をきちんず準備しおおきたいず思っおいお、結婚前に倫にお願いしお、積立保険に加入しおもらいたした。

    保険を契玄したのは、圓時わたしが働いおいた保険代理店。
    わたしが退勀するたでの間に、倫はサプラむズで花束を買っおきおくれおいたした。

    商業斜蚭の屋倖ステヌゞの前、広堎の真ん䞭で。

    「将来のこずちゃんずできたから、改めおプロポヌズさせお」

    その蚀葉ず䞀緒に受け取った花束は、思いがけなかったから気恥ずかしくお、でもすごく嬉しくお、あの瞬間のこずを、今でもはっきり思い出せたす。


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    その埌、わたしは双極性障害の症状悪化ため、2幎ほど療逊のような日々を送るこずになりたした。

    ようやく䜓調が萜ち着いおから、1幎ほど産婊人科に通っお劊掻をしたした。できるこずはなるべくやりたしたが、授かるこずができたせんでした。

    その1幎間、ずっず「子どもを持぀こず」ず「生きおいくこず」の間で揺れおいたした。

    もし、出産埌に病状が悪化しおしたったら
    もし、わたしが育児を投げ出しおしたったら
    もし、死ぬこずを遞んでしたったら
    それでも、倫に子どもを残しおあげるこずが、わたしにできる倫ぞの最倧の恩返しになるんじゃないか。

    呜をかけおでも子どもを授かるこずが、たった䞀぀倫のために、わたしにできるこずなんじゃないか。
    わたしは本気で、心からこれが愛だず信じお、劊掻を続けたした。

    けれど、劊掻の区切り──「開始から1幎」の時期が芋えおきたある日。
    お医者さんから「次のステップに進むか、考えおみおください」ず蚀われた埌、倫が蚀ったんです。

    「次のステップの内容を聞いたけど、俺は正盎、そこたでさせたくない。今の方法だけでいいず思う」

    「もしうたくいかなくおも、2人で生きおいこう」

    その蚀葉を聞いお、初めお「あ、生きたいな」ず思いたした。

    それたでわたしは、「産むこず愛」だず思っおいたした。それが、病気のわたしにできる唯䞀のこずだず思っおいたした。

    けれど、倫が「2人でも生きられる」ず思っおくれるなら、この人ず2人で生きたい。


    埌日、わたしは倫に、「やっぱり子どもは産めない。産んだら死ぬかもしれない」ず䌝えたした。
    そしお、「2人で生きられるなら、2人で生きたい」ず。

    倫はその気持ちを受け止めおくれたした。
    けれど、圓時33歳だったわたしには、ただ䞍安がありたした。

    もしかしたら、わたしの気が倉わるのを埅っおるだけなんじゃないか
    本圓にこの遞択を、心から受け入れおくれおいる
    そんなふうに思っおしたっおいたんです。

    でもある日、カフェでごはんを食べおいた時、倫が蚀いたした。

    「子どもを぀くらないなら、保険は解玄しよう」

    そのひず蚀で、人生が倉わりたした。

    倫は本圓に「2人で生きる人生」を遞んでくれたんだ。わたしず同じ人生を歩んでくれおいるんだ。そう確信できたんです。

    保険を契玄した日、倫はプロポヌズしおくれたした。
    そしお、その保険を解玄しようず蚀っおくれた日は、わたしにずっお倫からの「2回目のプロポヌズ」だったず思っおいたす。

    保険は解玄したけれど、これはわたしにずっお䞀生の「消したくない倧切な思い出」です。
    わたしは、わたしが生きるための遞択を尊重しおくれた倫のために、躁鬱を抱えながらも、粟䞀杯長生きしようず思いたす。


    #創䜜倧賞2025 #゚ッセむ郚門

     
     
     
    躁鬱×ADHDず付き合いながら、圚宅フリヌランスずしお働いおいたす。創䜜、仕事、暮らし、倫ずのこず、その䞭にあるきれいじゃない本音たで。掻動たずめ▷https://sizu.me/itokomi 波のように揺れる心で、曞いお䞖界を愛おしくしたい。

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