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マスコット超大国・日本の「キャラ社会学」:群雄割拠の絵面が現代人の〈感情インフラ図〉になる特異性【ミニマル宗教国家・日本②】

    前回の記事で、日本は無宗教国家ではなく、宗教機能の一部を小さく、軽く、「趣味」へ埋め込んだ共同体が無数に乱立している、と書いた。

    いわば神の姿なき宗教。
    他の国における道徳機能の代替物。
    私はこれを『ミニマル宗教』と名付けた。

    前回を第1回目として全4回の記事に分け、その有り様をさらに掘り下げていきたい。

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    #0. 日本はなぜ、こんなにキャラクターだらけなのか

    日本は、おそらく世界でもかなり特殊な「キャラクター超大国」である。

    ちいかわ。コウペンちゃん。すみっコぐらし。リラックマ。ポケモン。カナヘイ。サンリオ。ゆるキャラ。LINEスタンプ。VTuber。

    面白いのは、ひとつの覇権キャラが国民感情を独占しているわけではないことだ。無数の巨大IPが群雄割拠している。世界的にかなり異例。

    しかも各キャラクターは、単に「かわいい」だけではない。抱えている感情の種類が違う。

    ちいかわには、不条理と労働と生存不安がある。
    コウペンちゃんには、全肯定と自己受容がある。
    すみっコぐらしには、居場所不安と社会不適合の積極的な肯定がある。
    リラックマには、脱力と生産社会の離脱がある。

    つまり日本のキャラクターは、ただの娯楽商品ではない。それぞれが、現代人の異なる感情を受け止めるための、小さな避難所になっている。

    いわば、様々なミニマル宗派が「基本的には争わず」に存在している。

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    #1. 日本のキャラは「完全な存在」ではない

    海外のキャラクター、特にアメリカ的なキャラクターには、比較的「役割完成型」が多い。

    強い。明るい。個性的。
    行動する。成し遂げる。物語を動かす。

    もちろん例外はあるが、基本的にはキャラクターが「ストーリーの中で」何かを達成し、何かを乗り越え、役割を果たしていく。

    一方、日本のマスコットキャラは少し違う。
    彼らは必ずしも強くない。
    何かを成し遂げるわけでもない。
    立派な目的があるわけでもない。

    弱い。疲れている。怖がっている。隅にいたがる。だらけている。褒めてほしがる。

    しかし日本では、その「欠けている感じ」こそが魅力になる。これは、私が以前から考えている「かわいい論」の話ともつながる。

    日本の「かわいい」は、必ずしも完成された美しさではない。むしろ、欠損や弱さや未完成さを受け入れる感覚に近い。

    だから日本のキャラクターは、ヒーローではなく、いわば「感情の容れ物」になる。

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    #2. サンエックスは「感情設計会社」

    この構造がもっとも分かりやすいのが、サンエックス系のキャラクターだと思う。

    リラックマは、がんばらない。
    すみっコぐらしは、端っこにいたい。
    たれぱんだは、たれている。

    彼らは何かを達成しない。
    だが、そこがいいとされる。

    サンリオが「キャラクター=アイコン」を作る会社だとすれば、サンエックスは「キャラクター=生活感情」を作る会社に見える。

    だらけたい。隅にいたい。疲れた。
    何もしたくない。
    でも、それでも存在していていい。

    そういう現代人の言葉になりにくい感情を、キャラクターとして外部化している。
    これはかなり高度な感情設計だ。

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    #3. 日本のキャラクターは「感情の居場所」になった

    日本のキャラクター文化を見ていると、キャラはもはや単なる商品ではない。

    文房具にいる。
    LINEスタンプにいる。
    ぬいぐるみとして部屋にいる。
    SNSアイコンにいる。
    コンビニにいる。
    自治体にもいる。

    つまり、日本のキャラクターは日常へ住み着いている。アメリカ映画が2時間の物語体験だとすれば、日本のマスコットは常時接続型の感情装置。

    落ち込んだ時に見る。
    疲れた時に抱く。
    誰かに送る。
    自分の気持ちの代弁として使う。

    キャラクターは、現代人の感情を小さく支えるインフラになっている。そして生活様式に溶け込んでいるのは、まさに宗教のあり方に似ている。

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    #4. 感情別マスコット社会

    だから日本は、正確にはキャラクターが多すぎるというより、感情の受け皿の種類が多すぎる。

    不安担当。
    癒し担当。
    孤独担当。
    労働疲弊担当。
    自己肯定担当。
    現実逃避担当。
    不条理担当。

    それぞれの感情に対して、それぞれのキャラクターが存在する。
    この点も『ミニマル宗教』の話と接続する。

    巨大な宗教がひとつあるのではない。
    小さな宗教がたくさんある。

    同じように、巨大なキャラクターがひとついるのではない。小さな感情の神様がたくさんいる。

    日本のキャラクター文化とは、感情別に分散した「小神様システム」なのかもしれない。

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    #5. 日本人は人格を消費しているのではない

    よく「日本人はキャラクター好きだ」と言われる。しかしそれは少し浅い理解かもしれない。

    日本人は、ただキャラクターを消費しているのではない。感情の居場所を探している。

    自分の不安を置ける場所。
    弱さを笑ってもらえる場所。
    だらけても許される場所。
    怖がってもいい場所。
    生きているだけで肯定される場所。

    それが、ちいかわであり、コウペンちゃんであり、すみっコぐらしであり、リラックマ。

    日本ではキャラクターとは娯楽ではない。
    感情の避難所であり、精神の代行人格であり、現代人のインフラなのである。だから彼らは、日本では日常的に意識されづらい「社会規範としての宗教」の、代替物としての側面を持つ。

    我々は「アーメン」や「アーミーン」「南無」を日常的には使わない。代わりにハチワレの「なんとかなれーッ!」を崇めるのだ。

    ※次回記事は「推し活」に焦点を当て、その宗教性をさらに掘り下げていきます。

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