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前略、30年後の僕へ

     80歳になった僕は何をしていますか。元気に暮らしていますか。大好きなお酒はやめられてないでしょうけど、もう若くはないので、ほどほどにしてくださいね。
     あなたに聞きたいことが山のようにありますが、せっかちで面倒くさがりなあなたのことを気遣って、質問を4つに絞りました。

     まずは1つ目、子供たちは元気ですか。息子のハルは36歳ですね。大人になっても頑張り屋さんですか。30年が経っても、あの日のことは忘れてはいないと思います。ハルが5歳になったとき、誕生日に、補助輪無しの自転車をプレゼントしましたね。初めて補助輪無しの自転車に乗って、ハルは苦戦していました。「やっぱりダメだ」とか、「もう出来ないよ」と、弱音を吐くハルに、「諦めても良いんだよ」という言葉を、あなたはグッと飲み込んで、「頑張れ。ハルなら出来る」と、励まし続けました。倒れても倒れても、起き上がる我が子に、胸が熱くなったのを覚えていますか。
     それは突然のことでした。ハルが転ばずに自転車を漕げるようになったのは。桜が咲き乱れる土手で、よろよろと自転車を漕ぐハルを見たとき、あなたは、周りの目も気にせず、拳を天に突き上げ、「やったー」と、叫んでいましたね。

     双子の娘は元気ですか。相変わらずお転婆ですか。「パパ見て。凄いでしょ」と言いながら、トランポリンで飛び回っているヒナとホノが34歳だなんて、信じられません。
     あの頃の二人を連れて歩くのは、本当に大変でしたね。双子用のベビーカー、双子の用の抱っこひも。あまり目にすることのない赤ちゃんグッズは、注目の的でした。双子の父になってからは、「あら、双子ちゃん」と、すれ違う人から声をかけられたり、双子を連れている親と目が合えば、謎の会釈をされたりと、知らない人とのコミュニケーションが増えて、人見知りのあなたは戸惑っていましたね。 
     そんなあなたは、父になったその日から「怒らずに褒めて伸ばす」と、決意しましたね。厳しい両親に育てられたあなたが、「自分のような辛い子供時代を過ごしてほしくない」という思いからの決意ですが、この決意は正しかったですか。ダイニングテーブルからジャンプする子たちに「そんな所からよく飛べるね。勇気あるね」と、褒めるのは正しいことですか。それとも「テーブルの上に上がってはいけません」と、怒るべきですか。
     全てを見てきたあなたなら何と言うのでしょうか。その答えを聞けないまま、僕は今日も子育てを続けています。

     次に2つ目は、妻の事です。63歳のしいちゃんは、きっと可愛いおばあちゃんになっているんでしょうね。しいちゃんは、子供と遊ぶのが上手なので、孫がいれば、現在のように賑やかな毎日なのでしょう。
     もし、あなたがしいちゃんに捨てられなければ、結婚生活は38年目ですね。それだけの長い結婚生活だと、さぞいろんな出来事があったのでしょう。ただ、あの時のような辛い経験は、もうしていませんか。

     ハルが、生まれたばかりの事でした。あなたが事業に失敗したのは。会社を立て直そうと金策に走り回ったけど、もがけばもがくほど、事態は悪化するばかり。現実から目を背けたあなたは、お酒に逃げましたね。一日の始まりを告げる朝日が邪魔くさくて、カーテンを閉め切ったリビングで、酒を煽る毎日でしたね。そんなあなたにしいちゃんが言いました。「お金のことより、子供に目を向けて」と。しいちゃんのあのひと言で、あなたは目を覚ましました。お金で悩むのはいつでもできるけど、子供と過ごせる時間は限られている、ということに気が付いたんですよね。それからのあなたは、「男は稼いでなんぼ」という思想は捨て、見栄を張ることもなくなりました。ただ、しいちゃんには散々怒られましたね。ハルが夜泣きをすれば「何であんなに泣いているのに寝てられるの」と怒鳴られ、哺乳瓶を洗えば「そんなんじゃ除菌できないじゃん」と、呆れられる始末でしたね。今思えば、恥ずかしいことですが、やることなすこと全てを否定されるあまり、苛立ちを隠せなかったあなたは、「俺には俺のやり方があるんだよ」と、反発していましたね。しいちゃんの悲しそうな顔を見ては、反省。そして、怒られるたびに反発。また反省。怒りと反省を半年ほど繰り返して、ようやく、あなたとしいちゃんは、息の合う夫婦になれましたね。でも、意外だったのは、あなたが家事に向いていた、ということです。炊事・洗濯・掃除、あらゆる家事をあなたは、何の苦もなくやっていましたね。「あのときから家事をやってれば良かった」と、あなたは飲み歩いて、浪費ばかりしていた過去を悔やんでいました。家事という生きがいを見つけたのは良いことですが、調理器具や掃除道具にこだわってはいませんか。道具にこだわると、切りがないのでやめて下さい。
     もし30年の間で、お金に余裕が出来ているなら、しいちゃんの夢を叶えてあげて下さい。看護師として働くしいちゃんは、助産師の資格が欲しいと、一度だけ口にしたことがありました。あなたはその時、「へえ」としか返しませんでしたね。でも今になって思います。あれは夢の話だったのだと。あなたはもう十分に自分のためにお金を使いました。だから、大切な人のためにお金を使えている未来を願っています。

    そして3つ目は、母さんのことです。母さんは、幸せな晩年を過ごせましたか。あなたは、悔いのない親孝行が出来ましたか。
     母さんは苦労の多い人でした。酒癖の悪い父さんからは、散々泣かされましたね。父さんが酔って暴れると、母さんはよく、あなたと妹のサトを連れ出しました。今になって思えば、父さんが酔い潰れて寝るまでの時間稼ぎだったのでしょう。母さんは、あなたとサトの手を引いて、よく童謡を歌っていました。すっかり日の沈んだ、虫の音しか聞こえない河川敷で。だからなのか、父さんが、60代の若さであの世に行った日、母さんはどこかホッとした表情をしていました。長年連れ添った夫がいなくなっても悲しまなかったのは、よほど辛い思いをしてきたのだろうと思います。
     一人暮らしになった母さんを、あなたは心配していましたね。でも、「田舎は嫌だ」と、実家を飛び出して上京したあなたが、頻繁に帰省するのは無理でした。そんなときに、母さんを支えたのはサトでしたね。母さんと同じ大分県に住んでいるサトは、毎週、実家に帰っては、母さんに寄り添っていました。あれは、帰省したある日のことでした。「お兄ちゃんは、お兄ちゃんの暮らしがあるんやけん、お母さんのことは私に任せて」と、サトが言った時、2つ下の妹が、とても頼もしく思えました。母さんもサトが近くにいることをとても心強く思っていましたね。だから、信じられませんでした。「サトが死んだ」という、朝5時にかかってきた母さんからの電話は。朦朧とした意識の中、あなたは何とか実家に帰りました。しかし、サトの「お帰り、お兄ちゃん」という元気な声が聞こえなかったとき、あなたは、玄関で泣き崩れましたね。
     サトが死んで一番辛かったのは母さんでした。通夜でも葬儀でも、喪主の義弟を懸命にサポートして気丈に振舞っていました。でも、出棺になったとき、とうとう堪えきれなくなった母さんは、棺を抱きしめて人目もはばからず、絶叫して泣き崩れましたね。
     とにかく母さんは苦労の絶えない人でした。あなたにとって、最大の親孝行は、母さんを出来るだけ多く、孫に会わせることです。母さんは、笑って「幸せだった」と言ってくれましたか。あなたが答える30年後を楽しみにしています。

     最後に4つ目は、あなたのことです。80歳のあなたはどこで暮らしていますか。もしかすると、実家で暮らしているのではないですか。「田舎は嫌だ」と言って、都会で暮らしたあなたですが、里帰りをする度に、田舎の良さを実感していましたからね。どこに住んでいても構いませんが、あなたは幸せでしたか。子供たちに囲まれて笑っていましたか。しいちゃんとくだらないことで笑い合っていましたか。そして、母さんに胸を張って「幸せだったよ」と、言えましたか。

     30年後、この手紙を肴にあなたと酒を酌み交わす日を、楽しみにしています。

     それでは、30年後に。
             
                         早々

    #創作大賞2026 #エッセイ部門

     
     
    50歳で三児の父に。 家族との日常、人生の失敗や後悔、そして小さな幸せを、等身大の言葉で綴っています。

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