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私は私の庭がほしい

    6月のはじめ、金沢に行った。金沢には9぀離れた効が䜏んでいる。行くのは2回目で、去幎の2月ぶり。前回は雪が降っおいたけど、今回は梅雚前ずいうこずもあり、汗ばむくらい。それに金沢は湿床が高いようだ。

    効ず䞡芪ず合流するたで時間があったので、䞀人で散策をする。前回の滞圚でずおも気に入った、長町歊家屋敷跡に行くず前々から決めおいた。金沢駅から埒歩30分くらいのずころにあるので、バスに乗れば早いのだけど、歩いお行くこずにした。長町方面に向かう道䞭は、途䞭からお堀が珟れお、そこに勢いよく氎が流れおいる。氎がゆるゆる流れたり、氎がほが流れおおらず溜たっおいる氎路ずいう感じじゃなくお、「ザヌッ」ず気持ちのいい音がする。道の脇に朚々が生い茂っおおり、倧きめの公園なんかもある。私はその道を歩くのが奜きなので、バスで行く、いう遞択肢はなかったのだ。その道を歩くず、普段はなるこずがない皮類の、いい気持ちになる。

    石畳や土塀など、埀時の面圱が色濃く残る歊家屋敷跡は、THE・和ずいう感じなのだけど、京郜などのそれずはたた違くお、煌びやかではなくお、静かな感じ、ひっそりずしおいる感じ。私はこちらの方が奜みだ。界隈で䞀般公開されおいる、歊家屋敷跡 野村家ずいうお屋敷があるのだが、私はこの堎所がずりわけ奜き。もしも、すぐに行ける距離にあるのなら、盞圓の頻床で蚪れたいくらいに奜きだ遠くに䜏んでいお、たたにしか行けないからありがたみを感じるのかもしれないけど。

    野村家には、玠晎らしい庭園がある。池にいる数匹の鯉は、こちらのこずなんお䜕も気にせず、たおやかに泳ぐし、背が高くお、厳しさを持ったような束は、偉ぶりもせず「ただ䜕幎もここにいるだけだ」ず蚀っおいる気がする。うっそうずした朚々は、静かにこちら偎を芋おおり、自然ず私の頭の䞭も静かになる。ここ数幎、頭の䞭がひず぀のこず毎回现かいこずは倉わるのだけど、倧きなテヌマずしおはい぀も同じみたいなで占領されおいお、どこにいおも、誰ずいおも、頭の䞭をぐるぐるずしおいるのだが、それをどこかに吹き飛ばしおくれる。
    この庭にいるず、時間が止たっおいるみたいで、い぀たでもここにいたい、吞い蟌たれたいずいう気持ちになる。そういう時の自分は、誰ずも䞀緒にいるこずができなくお、ひずりでどこたでも、ずんでいっちゃうみたいな気分になる。その感芚は怖くもあるのだが、私はそういう時の自分が、実は嫌いではない。
    こんなにもすばらしい庭を今から䜜るずなるず、どれだけ時間がかかっお、どれだけお金がかかるのだろう。よく「宝くじが圓たったら、䜕に䜿うか」ずいうトピックがあるけれど、私は庭を䜜りたい。こんなに立掟で、荘厳ではなくおも。
    私は、私がたったひずりになれる、私の庭がほしい。

    人間は誰でも心の底に
    しいんず静かな湖を持぀べきなのだ

    田沢湖のように深く青い湖を
    かくし持っおいる人は
    話すずわかる 二蚀 䞉蚀で

    それこそ しいんず萜ち぀いお
    容易に増えも枛りもしない自分の湖
    さらさらず他人の降りおはゆけない魔の湖

    『みずうみ』- 茚朚のり子

    茚朚のり子の、みずうみの詩が奜きで、この詩を知った圓時、私も自分のみずうみを、䜕にも䟵されるこずなく、守っおいきたいなず思った。このみずうみず、先ほどの庭の感じは䌌おいる気がする。

    私にずっお、絵を描いたり、物を曞いたり、物語を描くこずは、庭のようなものだった。庭を他の人たちに、いろんな颚に芋おもらうこずはできるし、そういう颚にしおもらうこずは奜きなのだけど、庭自䜓には誰も入っおくるこずはなく誰も入れない、だからその庭は私にずっお倧事で、う぀くしい庭だった。けれど、い぀しかその庭は倉わっおしたった。

    ここ数幎、自分よりも䜕か、䟋えば人を優先させるようなやり方をしおきた。誰にも頌たれおいないのに、自分でルヌルを䜜っお、自分のこずをお利口に蝶々結びした。それがその時の私には心地よかったし、そうしないず、私は私を保っおいけなかった。けれどそのせいで、私は、私の庭の䞖話を思う存分にするこずが少なくなったように思う。

    自分が匱っおいお十分な状態じゃない時に、そもそも招くべきでない庭に、人を招いおしたったこずがあり、結果、その庭をめちゃくちゃにされたこずもあった。倧事にしおいる背の高い束に「虚栄」ずいう別の名を぀けられ、この池の氎は濁っおいるから、是非自分に掃陀させおほしいず蚀われた。
    私は自分を守るために、庭に鍵をかけた。朚々を敎えたり、瞁偎に腰掛けお、青々ずした緑を芋぀め、庭に溶けるこずをやめおしたった。

    野村家の庭は、理想の庭だ。どんなに芳光客を集めようず、芋られようず、庭自䜓はい぀も枅々しく、厇高で、それでいお嚁匵らず、䜕も倉わらない。私はそんな庭を持ちたい。

    今幎に入っお、気づいたら、半幎が経っおいた。最近の私は、文字通り「元気」に、そしお前向きになっおいる。これたでの生掻に区切りが぀き、仕事が萜ち着いたずいう物理的な郚分も勿論あるけれど、他の人の庭を芋せおもらっお、自分ずは違うずころに疑問や面癜みを感じながら、庭づくりの楜しさを思い出しおいるからだず思う。この人の庭は尊いな、すごいな。そういう颚に思わせおくれる人は、やはりどこか、しいんず、しおいる。そしお、近しい、懐の深い友人たちが、䜕気ない䌚話の䞭で、私のこずを安心させおくれるから。安心、倧䞈倫な気持ちになれば、庭はのびのびず䜜れる。そしお、䜕よりも、私自身が庭を぀くるために必芁な、自分のしいん、ずしおいるずころを思い出した気がするから。頭の䞭にある庭を想像するず、安堵する。その庭はずおも静かでう぀くしく、私をひずりきりにしおくれる。もう䞀床、自分の庭を぀くりたい、そしおもう䞀床芋たい。私は私の庭がほしい。







     
     

    isshonemui

     
     
    空OneCUPに癜ワむン泚ぐバランスでのみ生掻する人です。chihayuri名矩で絵も描きたす。絵はむンスタに。

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