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選択の人類史 | ショートショート

    一色 一

    いいから、選挙行け。

    🗳️

    事務所のラジオが、開票率を読み上げている。
    探偵は椅子に深く座り、腕を組んだまま聞いていた。

    「……政党政治なんてな」
    いきなり来たな、という顔をヒナコはしない。

    「たかだか二百年だ」
    「急に単位が大きいですね」
    「二百年だぞ。恐竜が滅びてから、人類が火を使い始めるまでの時間に比べたら、誤差みたいなものだ」
    「誤差で選挙やってるんですか」
    「やっている。俺はその誤差に乗らない」
    探偵は胸を張る。

    「俺の遺伝子にはな、二億年分の選べなかった歴史が刻まれている」
    「威張って言うことですか」
    「選択肢がなかった時代を生き抜いた生物だけが、ここまで残ってきた」
    「選挙権、持ってなかっただけでは」
    「違う。選択そのものが、贅沢だった時代だ」

    探偵は続ける。
    「逃げるか、食われるか。食うか、飢えるか。そこに保留はなかった」
    「今はあります」
    「あるから困る」
    探偵は指を一本立てた。

    「選択肢が増えた瞬間、生物は迷う」
    「それ、人間だけです」
    「人間はな、迷うように進化してしまった」
    ヒナコは湯呑みを持ったまま聞いている。

    「二億年、即断即決で生きてきた系譜に、急に候補者三名を並べるな」
    「文明側の事情ですね」
    「急すぎるんだ」
    探偵はラジオを指差す。

    「政策だの、公約だの、そんなものは後付けだ。
    根っこは、選ぶという行為そのものに耐えられるかどうかだ」
    「センセイは耐えられない、と」
    「俺の祖先は耐えていない」
    「祖先、投票してません」

    「だからだ」
    探偵は誇らしげに言う。
    「選ばないことで、生き延びた」
    「選べなかっただけでは」
    「結果的にな」
    少し間が空く。

    「センセイ」
    「なんだ」
    「昨日、晩ごはん何にするか、
    悩んでましたよね」
    「……それは別だ」
    「二十分くらい」
    「短い」
    「候補三つでした」

    探偵は目を逸らした。
    「日常の選択と、国家の選択は違う」
    「遺伝子は同じです」
    探偵は一瞬、言葉に詰まる。
    「……政党政治は、人類史の一瞬だ」
    「はい」
    「俺は、もっと長い時間を背負っている」
    ヒナコは頷いた。

    「センセイは、地質学的に生きてますね」
    「そうだ」
    「だから行かない?」
    「だから、行かない」

    ヒナコは湯呑みを置いた。
    「二億年分の迷いを、一日で処理する制度じゃないですからね」
    「そうだ」
    探偵は満足そうに頷いた。

    「……で」
    ヒナコは続ける。
    「センセイの遺伝子、昨日スーパーでどの弁当選びました?」

    探偵は答えなかった。
    ラジオが、次の当選確実を告げていた。

     
     
     
    見つけてくれてありがとう。 会社名義の文章を書く匿名ライターとしての歴は長いのですが、あの手の文章はもうAIの時代。 ここではもっと気楽に、好きなことを。 くだらない話や恋愛、変わりゆく日常を描きます。 どうぞ気軽にのぞいてください。

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