
電車の席譲ります。「プレ善人、参上!」
電車で席を譲ろうとしたけれど、譲れなかった経験。誰しも、一度くらいあるのではないだろうか。あの、歯に海苔がついたような歯痒さと言ったらない。
譲ろうと思った席は、誰かが譲っている。
そして、座るべき誰かがその席に座っている。
座席を巡る思いについては以前のエッセイでも綴っている。
譲れずに残るのは、どこかもどかしい気持ち。
真面目すぎる場合、自責の念が込み上げる。
それは精神衛生上よくない。
簡単に譲ることができないのは、なぜだろう。
もっとスマートに対応できないかなと、頭をこねくり回して考えてみる。
障壁は2つあることに気づいた。
そして、その2つの山を一度に飛び越えられる自分なりの思考法を発見した。
①高齢者の見極め
②周りの目
①高齢者の見極め
ここが1番の山である。
譲り慣れている場合であれば、やり取りはすんなりいく。ところが、「いえ、大丈夫です」と言われたら?声をかけた側は気まずい。
よく見かける光景だ。
見ているこちらも、声をかけた勇者を気の毒にと感じる。
②周りの目
「偽善者に見られないか?」この葛藤が占める割合は大きい。
また、席を必要とする人が複数人いる場合、誰に譲るべきか?という問題も出てくる。
自分の位置から対象者ごとの物理的、心理的な距離を測ることになる。
話しかける相手を間違えたくない。
結局、話しかけやすい人に話しかけることになるのだが、そのロスタイムにより席を譲るタイミングを逃してしまうことがある。
難しく考えていても、受け手の気持ちは天気と同じで自分ではコントロールできない。
予想外の反応をデフォルトと想定すれば、断られた際にあまり傷つかなくていいのかな。
それなら、難しいことは考えずに声をかけちゃいなよ。席を譲ろうと思っている時点で、あなたはイイ人なんだ!
自分の場合、電車やバスなどの公共機関で席を譲る際は、自分自身のこれからのふるまいを実況することにより、気まずさや躊躇を克服している。
「プレ善人、参上!」
※プレ善人とは、善人になるための前段階。
デパートや洋服屋で、本格的にセールが始まる少し前の「プレセール」から思いついた言葉。
「さぁ、これからこの一席をどなたに譲りましょうか。十分、ベンチ(席)は温めております。
必要ないならおっしゃってください。
どんな断り方をされても大丈夫。
すぐさま、気を取り直して座り直しますので。
そして、またいつかプレ善人として戻ってまいります。それは5分後か一駅先なのかはわかりません。ただ、戻ってくるという強い意思はあります!」
こうすると、周りの目は気にならなくなる。
実況をすることに忙しくなり、つまらないことは気にしなくなる。
おもいやりの輪が広がれば、少しずつ生きやすい社会に近づいていくと思う。
今日も善人ぶって、プレ善人を謳歌したい。
プレ善人に終わりはない。