
母さんが風になった日 [イラスト/エッセイ]
-母さんが風になった日-
「帽子を被らなきゃだめよ!」
ギラギラと照りつく太陽の下、
日焼け対策もせず自転車で飛び出そうとする私を、
母は追いかけてきた。
「自転車で走ると帽子が飛ばされるから嫌なの」
そう言う私の頭に冴えない麦わら帽子をポンと置き、
「日射病になると大変!車にも気を付けてよ!」
と言いながら、古臭い顎ひもをギュッと締めた。
とかく母親というものは、老婆心の塊である。
母は感情をあまり表に出さない、
よく言えば ”おっとりタイプ” だった。
父の工房を手伝っていた女性が言ったことを、たびたび思い出す。
「みきちゃん、あなたのお母さんと長年付き合っているけれど、
一度も人の悪口を言うのを聞いたことがない。不思議なほどよ」
確かに、自分の夫に対する愚痴を口にする以外は無かった。
それは現在の私の人生の”みちしるべ”のひとつになっている。

もし私が風だったら 青い海を渡ってあなたに私の心を届けることができるのに
- Digital painting by miki -
病気らしい病気にかかったことがないのが自慢の母だったが、
80歳を目前にして大手術を余儀なくされた。
突然の動脈乖離で、家族にとっては青天の霹靂。
亡くなったら父さんの世話は?という話にまで発展した。
そんな家族をよそに、その後10年近く頑張ってくれた。
地域のサークルに参加したり、年に一度の同窓会を楽しみにしたり。
残念だったのは、父が他界すると、
それまで夢中で取り組んでいた習字を
あの日を境にピタリとやめたことだ。
人生の伴侶をなくすと気力を失うというが、さすがの母も同様だった。
亡くなる前の3年間は入退院を繰り返しながらの生活で、
最後にはホスピスにお世話になった。
ここでも、優しい穏やかなお母さんだと施設のスタッフに言われた。
「この期に及んでも外面がいいのね」と姉と冗談めかしながらも、気分がほぐれた気がした。
「不思議だけど、母さん ひと言も苦しいとか、弱音を吐かないのよ」と
長期に看病した姉が首を傾げながら言った。
「不思議」という言葉が似合う母親なのだ。
今日明日が峠だと告げられ、二晩病院に泊まった私は、
一旦家に戻ることにした。
家に着いた頃には外は真っ暗で、
早く戻らねばと大急ぎで荷物を整えていた。
その時、遠くの空でピカピカっと稲妻が光ったような気配。
雨でも降るのかと窓を開けた瞬間、
外からの風が窓際に下げていたカピス貝をシャランと鳴らした。
「ああ、今、風になったんだね」
私はしばし窓辺に佇んだ。
麦わら帽子を持って駆け寄ったあの日と同じ暑い夏に、
母さんは風になった。
2026年5月 -母の日に捧げる-
*見出し画像 数枚作ったので
みんなのフォト ギャラリーにUPします。
誰か使ってくれるといいな♡
islamk で検索してね。

